第5話・『エルフに騎乗、二人は狂う』

キクタを連れてシスター・グロリアと合流したのはいいけど……説明に困った。


ポカーンと口を開けて白い歯を覗かせるシスター・グロリア、ムダ無く整った歯並びにホントにスキの無い人だなぁと感心。


職業神『ルークルット』は………いや、ルークルット教はどうしてこんなにも美しい生き物を生み出したのだろう………何となく、不思議に思った。


「えーっと、こいつはキクタ、変なオッサンの奴隷で背中を踏まれて可哀想だったのでそいつぶん殴って俺のものにした、今はそいつの兵隊から逃走中、ヨロシクねー」


「短めにお願いします」


「キクタ拾った、飼っていい?」


素直に懇願して見ることにした。


「ちゃんと躾をするんですよ」


「おう」


「え、何か扱いが前の旦那様より酷くない?」


俺の後ろに隠れていたキクタがポツリと呟く、ちなみにキクタの身長は俺の半分程度……良くわからないけどシスター・グロリアを警戒しているみたいだ。


別に俺に懐いているわけでは無いのはわかっている……時折、怨敵を見るような鋭い視線を向けてくる……こいつにとっては前の主も俺も何一つ変わらない薄汚い人間なのだろう。


そりゃ、いきなり自分をモノ扱いするような相手なら命の恩人だろうが憎らしく思うだろう……でもいいや、そんなコイツを自分のものにするのが楽しみだ、そして幸せにしてやろう。


昔から叶わないとされた夢を必死に求めてきた俺は自分の欲したものに酷く貪欲的な気がする――自分では己の気質は一本気で真っ直ぐな所だと思っているが歪んでいる部分があるのも認めよう。


そうしなければ、このエルフを自分のものには出来ないし、夢も遠ざかる一方だ。


「俺は歪んでいるのかも」


「そりゃ、初めての都会でいきなり幼女エルフを誘拐して俺のものとか宣う時点で相当にエグいもんですよ」


「一文字変えたら『エロいもんですよ』になるのに……シスター・グロリア………頼んます」


「エロいもんですよ」


「ヤッター、流石シスター」


「………………ルークルット教のシスターってこんなんだっけ?」


青みを強く含んだ紫色の瞳を大きく見開いてキクタが唖然と呟く、その様子が可愛かったのでついつい気安く頭をポンポンと撫でてしまう。


呆気なく右手で叩かれて睨まれる、癖っ毛の銀髪が思ったより撫で心地が良く俺の方も驚いてしまう……村で飼ってた羊を思い出したことは言わない方が良いだろう。


言ったら何か知らんが碌な事にならないような気がする。


「しかしこんな華奢な体でキョウさんを乗せて戦えるんですかね?」


「俺もそれは疑問だ………どうしよう」


「え、何の話をしてるの?」


キクタが不安そうにこちらを見上げてくる……シスターと合流出来たのは幸いだが未だに路地裏だ……世間から切り離されたような空間でキクタの不安そうな姿は捨て猫を連想させる。


シスター・グロリアから『ご自分で起こしたトラブルならご自分で解決なさい』と割と甘くないお言葉を頂いた、取り敢えず追手を全員ボコボコにしてケチョンケチョンにすれば大丈夫だろう。


何せ俺には学が無いので長期的な視線で物事を解決しようとしても無理が生じる………いざとなれば俺を見捨てはしないだろうと甘い打算もあるが……これは内緒。


シスター・グロリアは俺を『利用』して自分の望む何かを得ようとしているのは短い付き合いでも安易に想像が出来る。


「取り敢えず、跨って見ない事には………『レイ・パクト』」


何の感情も無く短く呪文を詠唱したシスター・グロリアって邪悪を超越した何かだよなぁと改めて思うと同時に魔法を使う人間を見るのは初めてでは無いが素直に関心もする。


彼女の魔法はとても洗練されていて無駄が無いように思える、詠唱も短く囁く程度のものなのにキクタは見えない力に縛られたように体を硬直させている。


「『レイ』系の魔法は基本的に生物の意識に働きかけるものです、『レイ・パクト』は初級の金縛り魔法」


「強力な魔物には通用しなそうだな」


「『レイ』系の究極は相手の精神を『死』の状態に落としてやがて肉体をも死滅させる素敵な魔法です」


「何それ、『レイ』系って怖すぎだろ、そもそもシスターが覚える類の魔法じゃねぇ」


ルークルット教のシスターはこの世に誕生した時から魔法と剣技に優れた高位職の『聖騎士』に固定されており強さの指針となる『レベル』も80で固定されている。


腰にぶら下げた聖剣もかつて魔王を倒した勇者の聖剣を極限まで分析して簡易量産したもので、世界各地に存在する『伝説の武器』に次ぐ強力な代物だし……改めて規格外の化け物だな。


俺が成長するまでのお守り役には最適だ……その内、神でなく俺に心酔するように色々と『変化』させてあげよう……欲が溢れる、あの狭い村を飛び出してから考え方が少しずつ飛躍してゆく。


どうしたんだろう、エルフライダーの職を神から与えられた時から少しずつ自分が『孵化』に向けて変質してゆくような感覚がある、少しだけ怖い、少しだけ嬉しい。


唯の農民で無くなろうとしている自分が頼もしい。


「か、体が……うご、かない……うぅう、死にたくないよぅ」


「エルフは魔法に長じた種族、多くがどの職業に定着しようが素質は消えないものですが……フフ、貴方には教えてくれる人がいなかったようですねェ」


「卑しいシスターめ、跨ぐぞ」


こんなに小さくて細いエルフ娘に跨ぐのは流石に抵抗が………片足だけ肩に乗せて様子を見よう……全体重を乗せるのは今の俺には無理だ、夢の為に少女に痛みを与えるのは違う。


絶対に違う。


「見つけたぞーーーーーーーーー!!」


絶対に違うけど俺たちを追跡していた兵士たちの絶叫のせいでついつい両足を細く頼りない肩に乗せてしまった。


俺のせい?――――――――意識が飛んだ。















別段、キョウさん達の追手を追い払う役を買っても良かった。


しかしどうしてだろう、このエルフを同行させたいと晴れやかに笑った顔を見て心の中で抵抗が生じた。


エルフライダーにとっての最低限の装備である『エルフ』を購入してあげると非人道な事を口にしたのは確かだ……奴隷市場に行けばお金さえ積めば手に入るだろうとシスターらしからぬ考えで。


「どうして」


春風の到来を告げる花を連想させる菫色の瞳も新雪を思わせるような繊細で儚げな肌もエルフ特有の人間離れした美しさも全て全て―――疎ましく思った、道具が綺麗であるのは必要で必然の事なのに。


そして今はそんな一時の疑問も消え去るような『どうして』が次々と溢れてくる……キョウさんが……少しだけ冗談を含ませた口調で『キクタ』と呼ばれたエルフに完全に跨ってしまった瞬間にそれは出現した。


狭い路地に着古した錆臭い鎧を鳴らしながら入り込んできた追手の数は10人、どいつもこいつも傭兵崩れのレベル20弱の戦闘職、さっさと倒してしまって跨った感想を聞かなければと思った。


その矢先に一人の兵士があらぬ方向に吹っ飛んだ、キョウさんとあのエルフの一番近くにいた兵士だ。


「お、ぁあぁあぁぁ」


声にならぬ声がエルフの口から毒々しく吐き出される……異様な風景……自分の倍以上もあるキョウさんを持ち上げて先程まで発していた愛らしく甲高い声を忘れさせる重低音のような声。


長旅の果てに帰省した主人を向かえる忠犬を思わせるような蕩けきった表情、支配されるモノの支配するモノへの絶対的な愛情をぶちまけたその表情、エルフの整った表情が淫靡な笑顔に変質する。


兵士たちも事態に理解が追い付かず硬直したまま……そもそも、自力もレベル差も天と地ほど離れた私の魔法を解除している時点で状況は異様の一言に尽きる。


「あは、いい子だ、いい子だなぁ、いい子、いい子、いい子だ、俺のキクタ」


彼女の尖った両耳をまるで『手綱』を握るように両手で握りしめながらキョウさんが言葉を発する、俯き気味で前髪のせいで表情はわからない―――だけれど、いつもの彼の快活とした声では無い。


まるで所有物を自慢するかのように片手で『キクタ』の透き通った下あごを撫でる、まるで媚びるかのように声を発するキクタ、先程の反抗的な態度は何処へ消えてしまったのだろう……まるで、それでは。


主人に騎乗されるための『動物兵器』に他ならない。


「あいつらを、倒せ」


「に、あ」


キクタの歪んだ一言の後……暫く、絶叫が響き渡り。


私はキクタに嫉妬した。

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