第4話・『シスターの愛は重いから痩せてくれ』

自分はどうやら失敗作であるらしい。


『どうして神様は私達の前に姿を見せてくれないのですか?』


生み出されてすぐに何気なく問い掛けた一言、私と同じ顔をした教育係の頬が引き攣って視線が宙を泳いだのを覚えている。


今にして思えば処分するべきか上に判断を求めるべきか思案していたのだろうと思う、しかし如何せんシスター『一体』を生み出すのにも莫大な予算がいる。


私は軽い体罰を受けた後に地下の牢屋に放り込まれて3年間放置された、生まれて初めての周りに他人の目が無いという状況は私に自由に現状を思考出来る状況を与えた。


地下特有の芯の凍るような冷気を足の裏で感じながらも私はその自由を最大限に活かそうと思考を続けた………層になった垢の下の皮膚が痒みを訴えても目ヤニの煩わしさが眠気を邪魔しようと考え続けた。


高度な知能と肉体を与えられた割に答えはすぐには出なかった―――しかし物事は単純な事柄で安易に反転する、部屋に一輪の花が咲いた……何処から種が忍び込んだのか見当もつかないがそれは確かに咲いていた。


『花、か』


自分が本当に神を愛しているのか?――皆と同じように消耗品として生み出された私は他のシスター達より疑り深く、その癖、臆病で素直な感性を持っていた……花が一輪咲いていてもそれが神の思し召しとは思えない。


この狭く明かりも無い地下室で咲いた一輪の健気な命、この花の美しさは花が自らの命で形にしたものだ……神のモノではない、神の『手柄』では断じてない……命の美しさはその命が自ら世界に示すものなのだ。


何かを掴みかけたのだが睡魔に勝てずその日は瞼を閉じた。


翌日、花はネズミに食い殺されていた、ここの『殺された』って表現は自分でも気に入っている――命を奪われる際は動物であろうと植物であろうと平等に扱うべきだ、神はその事をどう思っているのだろうか?


部屋を見渡すと隅の方でネズミが口から泡を吹いて死んでいる、仲間たちに齧られた後があるが噛み千切られた形跡は無い……推理する事でも無い、あの花には毒がありそれを知らずに食べたネズミが死んだ。


そして仲間のネズミはその亡骸で腹を膨らませようとしたが違和感を感じて食すのを止めた……あんなに美しかった花には毒があり、今やそれがネズミの死体へと変貌を遂げている事に倒錯的な悦楽を感じる。


神は私を生み出した創造主である、しかし私には他のシスターたちには無い偏った個性がある……いや、そもそもだ、私を生み出すのに莫大な予算がかかる時点でそれは神が用いる奇跡の御業では無い。


それを惜しむばかりにこうやって私を地下室に閉じ込めて飼い殺す羽目になる――全てが人間の世界の小さな理だ、だとすれば……神の存在は確認しようが無く、保留するとして……ルークレット教とは何だ?


『あは』


神の存在は不確かで現状ではこの世にあるものとして確認が出来ない、例えば人々に職業を『強制』する御業も単純に大きな力がもたらした事柄なのだとしたらどうだろう?そこに神という存在は言葉では過ぎるが事実としては存在しない。


そうだ、だからこそ『どうして神様は私達の前に姿を見せてくれないのですか?』と疑問に感じたのだ、太陽も月も雲も空も畏怖すべき対象として現実に存在している、なのにそこから『神』だけ欠落しているのは納得が出来ない。


ましてや私はその神の使徒であるのだから―――姿を見せないその神に疑問を呈しただけでこんなにも『美しく優れた失敗作』の私が世界の吹き溜まりのような地下牢に幽閉される事になるとは……おかしい、絶対におかしい。


『ふふ、はは』


だとしたら私は花となり毒となり神とやらの誘い水となろう、そして立場を得てチャンスを得るまでは従順な使徒として振る舞うとしよう……ああ、自らの存在意義をここまで狂わせる神とやらが憎い、愛しい、憎い、愛しい。


それが存在するのなら跪いて愛に屈服しよう、それが存在しないのであれば私が神を生み出してやろう、私が神を愛するために、私が神を憎むために、私が『私』の為に……神になるべく子供を見守って愛して甘やかして痛めつけて母となろう。


私は、神の子供の聖母として与えるものは与えてやがて一つになろう。


『花を食べて死んだネズミのように』


一つになろう、汚い私と美しい貴方――ねぇ、キョウさん。















「何か悪寒がする」


あれから兵士全員の股間を蹴り上げた挙句に脱走、今はこうやって裏路地をコソコソと逃げ回っている。


シスター・グロリアに合流出来ればルークレット教の威光で現状を打破出来るのだが……多分、大通りにいるよなぁ。


別れの際に過保護な面が見え隠れしていたので俺を探してくれていると思いたい、そもそもあの人がいないと無一文で飯さえ食べれない。


ん?……今の台詞、ヒモっぽいな……いやいや、断じてヒモでは無いのだが………頭を抱え込んで座り込む俺を不思議そうな目で見るエルフ。


「ん?どうした?」


「あ、あんたさ、こんな事をしてどうなるのかわかってんの?……助けれくれたのは嬉しいけど」


「あー、お前、女の子だよな?」


「そ、そうだよ、何か文句あんのか!」


「その喋り方、男みたいで……ギャップがあって可愛いな」


「う、え」


「俺の生まれ育った村にはいなかったタイプだ、何だか新鮮、こんなに可愛い女の子を助けれるなんて俺ってラッキー、村出て良かったー」


「ななななな」


「勿論、俺はロリコンでは無い、エルフって年齢より幼く見えるんだよな?うん、どちらにせよ成長するまで俺は待つぜ、あ、爺さんになっちゃうかな?」


「ちょ、ちょっと」


「今でもこんなに可愛いんだし美人に成長するのは確実だもんな、あんな扱いをされながら働いていたわけだし根性もありそうだ、見た目だけでなく中身も……」


「は、は、話を、ね」


「よーし、自己紹介だ、俺の名前はキョウ、お前の名前は?」


「き、キクタ、ルルクレット・キクタ」


「キクタか、人間の名前には無い響きだな、気に入った………よろしくな、キクタ」


「う、うん………じゃなくて!」


何かに目覚めたように大声を上げるキクタ、今は逃亡中だって事はわかっているのだろうか?―――まじまじと観察する、俺は女の子が大好きなので観察する事に引け目を感じない。


まず最初に思うのは初雪を思わせる白い肌、シスター・グロリアの肌が白磁の陶器を思わせる代物だとしたらこちらは自然物である初雪のような儚さを思わせる肌だ……故に痣の跡が痛々しい。


大きくまん丸い瞳は青みを強く含んだ紫色……春風の到来を告げる花を連想させる菫色だ――睫毛はくるんと上を向いていて眉毛も綺麗に整っている―――――エルフは生まれながらに美を極めてると言われているのも納得。


髪は少し癖っ毛でここまで完璧を極めた美貌に一点の隙を与えている……それがアクセントとなって愛嬌もきちんと備えている、真っ白い髪は老婆のそれとは違い若さを含んだ美しさを象徴しているし……そしてエルフ特有の尖った耳。


「可愛い」


「し、しつこい」


見た目の年齢は人間でいえば10歳程度に見えるが……将来に期待しよう……しかし、これだけ可愛いのに服装が俺の農民スタイルとほぼ変わらないのは惜しい、あのデブ爺、ホントに見る目が無いぜ。


可愛い子が横にいるだけで幸せだろうに……それを大衆の面前で踏みつけるだなんて女の子の事を一つもわかってない……女の子は可愛いだけで素晴らしいのだ、えっへん。


「どうして見ず知らずのアタシなんかを助けたんだよ……一銭の金にもならないのに」


「それは間違いだな、『なんか』では無いし……言ったろ?お前は俺のものだって」


「それは勝手に!」


「そうだよ、ぶん殴ったあいつも勝手にお前を奴隷にしたんだろう?俺はあいつよりも素直で率直なのだ」


「勝手!勝手すぎるー!あ、あと、ひ、卑怯!卑怯!そ、そーゆーの卑怯!」


「驚くほどの引き出しの少なさ、んー、可愛い、そんな所も可愛い、あっ、連呼し過ぎか?―――まあ、取り敢えず、あの糞みたいな旦那様より俺の方がマシだと思うぜ?」


「ば、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ」


キクタの桃色の唇から単調な罵詈雑言の嵐………小さくて可愛い女の子に罵られるのも悪くないな、しかし較べて見ないとわからない……シスター・グロリアの胸でも揉んで罵ってもらうとするか。


シスター・グロリアの胸も大きくなるし一石二鳥だもん。

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