第2話・『胸を揉むならペチャパイを』

『決定・エルフライダー』


「「は?」」


教会の澄んだ空気の中で呆けた二人の声が仲良く木霊する、聞き慣れない単語を何度も頭の中で反芻する。


ライダー……ライダーまでは良かった、しかしエルフライダーとはこれ如何に?……シスター・グロリアの反応から見ても一般的な職業ではないのは確かだ。


粘ついた唾液が喉に絡む、緊張と緩和、農家を継がなくて良い希望とドラゴンライダーになれなかった事に対する絶望、現状では何もかもが受け入れ難く心苦しい。


「『お告げ人さま』そのエルフライダーと呼ばれる職は天命職でしょうか?」


聞き慣れない単語がまた出てきた、当人の俺を無視するかのように流れは加速してゆく………心なしかシスター・グロリアの頬が紅潮しているような……何なんだ。


『肯定・十三種ある天命職の一つである』


「凄い!!こんな冴えない上に不潔で遺伝子的に劣等っぽい農奴の男の子が天命職に選ばれるなんて!!」


何か物凄い罵られている、しかし大半が当たっているので否定するのも難しい、だけど悔しい。


後で隙を見てペチャパイを揉むとしよう………俺は右利きなので正面からだと鬼畜シスターの左胸を揉む事になるわけだな。


両方揉むわけでは無いので怒られはしないだろう。


『否定・選出したわけでは無い、天命職は生まれながらに定められた職業、世界の理を革新させる為にルークレット神が生み出した存在』


「神の子ですか!」


『――――――肯定・故にその『第二』の生誕を目撃した14302号『グロリア』に神子の行く末を見守る使命を与える』


「ふふふふ、量産型の兵器から神の子を慈しみ育てる聖母へとランクアップ♪やりました、やりましたよォ、見てますか同時期に生み出された姉妹たちよ!」


無駄にテンションの高いシスターがクルクルと回りながら絶叫している、それに答える『お告げ人』の声のなんて無機質な事……しかし、話を聞いても内容がさっぱりだ。


神の子云々とか聞こえた気がするが俺の親父もお袋もその前もその前もみんな人間だ、そもそも神の子って柄でも無いし、神の子云々はどうでもいいからドラゴンライダーにしてくれよ。


「キョウさん、いえ、キョウさま!」


「さま付けは止めてくれ………それよりもドラゴンライダーになる事は不可能なのか?俺がホントに神の子だったら融通を」


「無理、もう無理です、絶対無理、一生エルフライダー」


「だからエルフライダーって何だよ!」


「天命職ですよォ」


美術家が生涯を費やして完成させるような一点の澱みも無い美貌を邪悪に歪めてシスター・グロリアは卑しく嗤う、体に絡みついてくる瘴気のような禍々しい気配。


陰鬱な雰囲気を美貌で掻き消しながら彼女は細く長い指で俺の頬を撫でる、繊細なソレは風が吹き抜けたかのような淡い感触、春の麗らかさの中に香る死臭のような。


取り敢えず、この人やっぱ怖い。


「………もみ」


「あら」


「もみもみもみもみもみ」


「……………どうしてこの流れで胸を揉む事になるのでしょうか?」


気付いた時にはシスター・グロリアのペチャパイを揉んでいる俺がいた、ホントです、信じてください。


胸はいい……如何なる時も気持ちを安らげてくれる、純白の修道服の上から揉む胸の感触はやっぱり胸の感触で……エクセレント!


「ペチャパイもいいもんだな、揉んで初めてわかる感動がそこにはある」


「よし、殺しましょう」


「待て、どうせならケツも揉ませてくれ、肉厚の薄いケツも初めてなんだ」


「………」


「初めてって大事だろ!」


勢いでケツまで揉もうとしたら勇者の剣のレプリカ(鞘あり)で頭を殴られた。















馬車に乗りこんでゆく同郷の仲間に家族への言伝を頼む、教会の中に滞在した時間の長さから何かを察したのか深く聞かずに頷いてくれた。


こいつともあまり話した記憶はない、ここに到着した時と同じ無気力な表情なのは『農民』として覚悟していた人生が確実なものとして決定したからであろう。


「なあ、ドラゴンライダーになれたのか?」


「え」


夢を語った記憶はない、しかし狭い村の中では突飛な事を口にして剣の修練に明け暮れる俺の姿は中々に滑稽なものとして映っただろう。


咄嗟にそのような事が過ぎってすぐに言葉が出てこない……いやいや、幼い頃は恥ずかし気もなく夢を大声で口にしていた……その時の事を覚えていても不思議ではない。


「なれなかったわ、エルフライダーだってさ」


「はぁ?……ぷっ、何だよソレ、エルフに跨って戦うのかよ」


「ああ、そんで世界を変革させよだってさ」


「糞みてぇなビジュアルになるな……そんな恥ずかしい職業になるくらいなら『農民』の方が幾らかマシか」


へへっと仏頂面を崩して笑うそいつは何処か憑き物が落ちたかのような印象を俺に与えてくれる、荷台に乗り込んだそいつは腕を俺の方へ差し出す。


意図を理解して握る……働き者の手だ、何度も土を耕して来た男の手だ……命を生み出す立派な手、俺はこの手とさよならをしなくてはいけない、もう農民では無いのだから。


大切なモノを手放した時のような喪失感、思えば土を耕すのも作物の世話をするのも嫌いではなかった、嫌いだったのはそれに安易に埋もれようとする弱い自分だったのだ。


そんな事に今更ながらに気付くとは……自分の鈍感さが疎ましい。


「話は変わるがさっき受け付けのシスターの胸を揉んだんだ」


「なに?」


「あの超絶可愛い残念ペチャパイの胸を……だぜ?」


「お前、そのたん瘤はその時の………」


「胸は小ぶりだがたん瘤はデカいだろ?」


「その胸の感触がお前の手を通して伝わってくるようだぜ」


こいつとはもっと早くに話していれば親友になれたかもな、またもや喪失感を……どんだけ喪失感を味わわないと駄目なんだ。


そもそもドラゴンライダーになる夢を裏切られ、エルフライダーってわけのわからない職業になる事を強要され、胸を揉んだらペチャパイだし……今日は何て日だ。


「じゃあ元気でな、また胸を揉んだら握手しようぜ」


「おう、親父さんにはちゃんと伝えておくから安心しな」


荷台の上から右手で手を振りながら左手で胸を揉むジェスチャーをしたそいつがどんどんと遠くなってゆく……ああ、さようならさようなら。


「お別れは終わりましたか?」


振り向くと教会の壁に背を預けながら微笑むシスター・グロリア、俺が伝言を頼んだり茶番に興じたりしている間に『お告げ人』からエルフライダーについての情報を聞き取ってくれたらしい。


馬鹿な俺にでもわかるように簡単に説明してくれたが………聞いてみれば身も蓋も無い話で、ドラゴンライダーのエルフ版ってだけ、やっぱりエルフに跨る未来は回避出来そうにない。


「そもそもエルフってあの森とかに住んでる種族だよな?」


「まあ、エルフにも様々な種がいますが一般的な知識としてはそれで正解です」


指を立てながらシスター・グロリアがほほ笑む、こうやって暗黒面を隠している時は言葉遣いや格好も合わさってちゃんとしたシスターに見えるから理不尽だ。


しかし女の子の指って細くて白くて男の指と全然違うんだな……この少女のパーツは全て小奇麗で小ぶりで俺と同じ人間であるとは到底思えない……それが例え人工的に生み出されたものだろうが。


「何ですか、人の指をまじまじと見て」


「その指で鼻くそ穿れるか?」


「ふん」


両目に激痛、地面を転げまわる俺。


そんなに綺麗な指で鼻の穴を穿るのに支障はないのか?この意図はちゃんと伝わったのだろうか?


「鼻は無理でも目は穿れるみたいです」


「は?!鼻糞の糞と『ふん=糞』をかけたのか!流石はシスター!学がある!」


「踏みましょう」


ケツを思いっきり踏まれる、自分のケツは揉ませてくれないのに人のケツは踏みつけるだなんて何て心の狭いシスターだ。


しかしながら俺のケツを踏んだって事はシスター・グロリアのケツをいつでも揉んでもいいって権利を得た事にもなるわけで、困ったな。


「うっ、踏みつけたお尻から何だか邪悪な波動を感じます」


「説明、続けてどうぞ」


「と、兎に角、エルフライダーも冒険職に該当するので冒険者ギルドに登録してそこから今後の予定を……そう!私には貴方の行く末を見守る使命があるので!」


何だか良くわからないがシスター・グロリアは俺に同行してくれるらしい、見上げると風で広がったシスター・グロリアの銀髪が空を侵食するように揺らいでいる。


悪魔じゃね?大丈夫かな俺。


「そして道具も必要ですね、幸い、ここから五日も歩けば大きな街があります、そこで冒険者ギルドに登録して装備を整えて」


「え、お金出してくれるのか?」


「無論です、けれど限度があります、貴方が私を頼りすぎても成長に繋がらないので……エルフライダーとして最低限の装備……それぐらいは……」


「つまりは?」


「まあ、エルフですよね、貴方が跨いで乗る為のエルフ」


「それ、装備じゃなくない?」


何だか辛い。

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