我が名はエルフライダー
イカの胴体の中のプラスチック
第1話・『エルフライダーですって』
職業固定、この世界では17歳になると職業を『神』に選択されて固定されてしまう。
その職業は基本的に変化することはないが高位の上位職に格上げされたりさらに突き詰めた専門職へ変化したりと例外もある。
多くの人間は一般的な『農民』や『商人』等の普通の職業に固定されその生を終える、神にも情けがあるのか17歳までに積み上げたスキルを無駄にするような職業に固定する事は少ない。
「…………『ドラゴンライダー』…………………頼む、頼むぞ」
故郷の古びた村から馬車に乗せられ数時間、吐瀉を何度も繰り返し到着したのは職業神『ルークルット』を讃える教会、予想に反してあちこちに修繕の後が見られる古めかしい建物。
ド田舎である我が故郷の周辺にはここしか教会が存在しないらしく俺の父も祖父も曾祖父もここで職業を神から与えられた………『農民』としてのありがちな一生を………。
職業は血縁関係も関係があるらしく『農民』のように呪いのように子孫に継がれていくものから『勇者』のように伝説の血筋として永劫に続いてゆくものも存在する。
しかし、農民の家系から『勇者』が出ることも必ずしも無いとは言えない、様々な事情が複雑に絡み合って『ルークレット』の慈悲は下される、望みを捨てない事に値する理由。
「はいはーい、次の方ー、神殿の奥へどうぞー」
(………………神殿では無くてボロい教会だろうに………ルークレット教のシスターは可愛いな、そして怖い)
山間の村では行商に足を運ぶのも面倒だし利益も少ない、そんな中でもルークレット教のシスターたちは一か月に一度は足を運んで薬や生活品を持って来てくれる。
彼女たちの頭には利益や損得は皆無だ、神の教えに従い善行を積んで職業を与え反発する者には相応の罰を与える………ルークレット教のシスターは狂信者だ。
何故なら彼女たちはルークレット教が神の業を借りて生み出した人工的な生命体、誰もが同じ顔を持ち、誰もが神の教えを布教して、誰もが異教徒を草の根を分けてでも抹殺する。
彼女たちの職業は魔法と剣技に優れた高位職の『聖騎士』に固定されており強さの指針となる『レベル』も80で固定されている(一般的な職業で人生を全て捧げても50が良い所)
腰に差した聖剣もかつて魔王を倒した勇者の聖剣を極限まで分析して簡易量産したもので、世界各地に存在する『伝説の武器』に次ぐ強力な代物だ。
「おや?どうしました、君ィ」
あれは人の形をした化け物なんだなぁとぶっちゃけ差別的な視線を向けていたら当人であるシスターに声を掛けられた、緊張に少し背筋が伸びる……どうやら村で見かけるシスターでは無い。
青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、全てのシスターは『17歳』の姿で誕生し、老ける事も病に伏せる事も無い、姿見の年齢だけが俺と同じだ。
「いや、ここで一生が決められるんだなと緊張してた」
「ほほう、緊張していた割に邪な視線を向けていましたが」
ニヤニヤと吊りあがった唇の端が意地の悪さを含んでいる事に気付く、シスターにも精神的な個体差があるのだろうか?少なくとも村で見かけるシスターはこのような下卑た笑みをしない。
見た目が美少女なだけに僅かに漏れ出す精神の醜悪さが目立つ、良い作物を育てるために畑の中の観察は重要なもの、幼い頃から畑を継ぐと信じて疑わない親父にしごかれた観察眼が役に立つとは。
「そりゃ邪にもなるでしょう、俺の夢である『ドラゴンライダー』になれる可能性なんて万に一つも無いのに、可能性だけはチラつかせられている」
「『ドラゴンライダー』………ええっと、少しお待ちを」
ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながら彼女はもう片方の手で腰の辺りを弄る、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で引け目を感じてしまう。
俺の服装は着古された作業着、農家の息子だから仕方がないのだがこれと一生を共にするつもりは無い。
「ここ10年で発生したのは12件のみ、レア職ですね」
「戦闘向きの職業って魔物の増加や人間同士の争いが多発すると増える傾向にあるんだろう?なら今がチャンスじゃねーか」
「まあ、新しい魔王も誕生したし、国同士の争いも増えてますし、一理ありますね、しかし自分の夢の為に世界の平和が崩れて喜ぶとは……いやはや」
「何だよ」
「相当に歪(いびつ)な精神と不遜な夢をお持ちで」
「……シスターであるあんたに対して不遜な態度をしている事は詫びるが、夢に対しては真摯なつもりだぜ」
英雄に憧れる若者は多い、そして英雄と呼ばれる一握りの人間たちは『特別な職業』を神から授かっている、『農民』に魔王は倒せない、子供でも分かる簡単な理屈。
俺が幼い頃から憧れている『ドラゴンライダー』もその一握りの職業、強靭な肉体と生命力を持つ様々な竜に跨って戦場を飛び回る……かっこいい、俺の理由は『かっこいい』の一点。
幼い内に捨てられれば良かった大それた夢、しかし人生が決定される『今日』って日まで捨てる事は出来なかった、誰に笑われようと誰に蔑まれようとこの夢だけは捨てれない。
例え神が与えてくれなくても……『農民』としての一生が決定しても絶対になってやる……その為に畑仕事の傍らで剣を振って修練を積んできた……雨の日も風の日も雪の日もいつだって。
竜に乗る練習は山に住んでいる『アバレイノシシ』を代用してチャレンジしたが骨折したり縫ったりと割と散々な目に合ったがそれもきっと無駄ではないはずだ。
「ふーん、面白いお方、畑仕事で灼けた肌に砂利を踏みつけるのも素足……見るからに低い身分です」
「失礼な」
「だけれど、あなたが直面する様々な理由で夢を諦めない様に、低い身分である貴方を私が気に入るかどうかは別の話」
「む」
「気に入りましたよ、あっ、ちなみに私の名前は『グロリア』と申します、多くのシスターを管理する立場にあります」
名前持ちのシスターがいるとは知らなかった、管理職であるシスターにだけ与えられるものなのだろうか?問い掛けても良いがさっきから周囲の視線が冷たい。
この世界では神の遣いであるシスターは神と同様に敬われ愛される、俺からしたら人生から多くの可能性を淘汰する悪魔の僕(しもべ)にしか思えないのだが……俺の考えは世界では禁忌だと自覚している。
危険な思想に沈みかける俺を何処か楽しそうに見上げるシスター・グロリア、彼女の方が頭一つ分身長が低いのに高みから観察されているような感覚を覚える。
「お、俺の名前はキョウ」
「姓は?」
「あ・る・わ・け・ね・ぇ」
「アハ」
つい素で喋ってしまう、親父には世間で生き抜くには敬語も使えた方が良いと口を酸っぱくして言われたがそんな勉強をするなら剣を振う方が未来に活かせると信じていた。
それが無駄だったのか無駄じゃなかったのか……今日、決まる。
「さて、キョウさん、折角なので貴方の行く末が決まる瞬間をこの目で見てみたい」
シスター・グロリアは人の人生の分岐点に関してヘラッとピエロがお道化る様な仕草で軽々しく笑った。
悔しいので心の中でウルセェ貧乳と呟いた。
シスターはみんな貧乳。
神よ。
○
教会の中は静寂に包まれていた、あれから数時間、一人ずつ教会の中に案内され数十分後に希望か絶望かのどちらかを抱えて出て来る事になる。
橙色に染まった空に千切れた雲が流れてゆく、同じ村から参加している顔見知り達の表情は無気力のソレであり、彼等の人生に大きな分岐が無かった事が言葉を交わさなくてもわかる。
最後の一人になった俺に対しても『お前も同じ農奴として終えるんだろう?』と憐みの視線を向けてくる、思えば村の連中とは幼い頃から一度も遊んだ事が無い……輪から弾かれていたのか、自分から避けていたのか……。
「どうしましたか?」
「……シスター・グロリア、出てけよ」
「いや、ここはルークレット教のボロ小屋ですし」
「……さっきまで神殿って」
「あんなに多くの人がいるのに素直にボロ小屋と言えますか?その点、貴方は神に対しての敬いが薄そうなので本音で話せます」
「え、えぇぇ」
ホントにこの人はシスターなのだろうか?しかしながらボロ小屋と形容されながらも中身は中々に立派なモノだ、様々な装飾も嫌味にならない程度に抑えられていて品がある。
円形のステンドグラス窓から差し込む光の中心に浮かぶ球体、あれが神の代行者である『お告げ人』だ。
「あれに手を入れたら神からのお告げが?」
「そー、そー」
周囲の視線が無くなった途端に言動が恐ろしく軽くなったような気がする、他のシスターも他人の目が無ければこんな残念な仕様になっているのだろうか?……何となくだが、こいつだけ特別な気がする。
ドクンドクン、流行る気持ちを後押しするかのように心臓の音が響く、いつも傍らにあるはずのその音が何処か他人のもののように思えてしまう。
「ほやくー、はやくー」
「ウルセェ!!急かすなよ!!」
「急かそうが急かさずとも結果は同じなのですよ、なら男らしくさっさと結果を求めてみなさい」
声音が急に変わる、シスター・グロリアの優し気な言葉は最後の決断をさせるには十分なもので俺は汗まみれの右手を蒼く発光する球体へと伸ばす。
『認識・職業を選択します……ビー……ビー……ビー…』
男のものでも女のものでもない声、機械仕掛けの玩具が発する音に似ているように感じる、これが神様の声なのだとしたら何て無機質で無気力なものなのだろう?
こんな声に人生を決定されるだなんてと腹の内から込み上げる何かを無理矢理に抑え込む……結果を!結果を言え!
「ここまで選択が遅いのも珍しい、少なくとも私は初めてです」
ボソリとシスター・グロリアが呟く、少なくともソレがどのような結果を導くのか無知な俺には理解しようが無い。
天命に反するような感情を抱えながら待つ。
『決定……ビー…イダー……ライダー……ビー』
「え」
胸が震える、シスター・グロリアも大きな瞳をさらに見開きながら口元を手で押さえる。
報われたのか、俺は?
『決定・エルフライダー』
「「は?」」
これから長い付き合いになるシスター・グロリアと初めて声が重なった瞬間で。
そしてエルフに跨るビジュアル的に残念な英雄が生まれた日で。
すべてはここからだった。
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