一章

「なんでだよっ!」

 帰還組と追跡組でメンバーを分ける判断し、そのメンバーを聞くなりミリアが喰ってかかってきた。

「オレは狩人だぞっ! 追跡の専門家だっ! そのオレを追跡組から外すって一体――オレの能力を疑ってんのかっ!」

 激しい口調でそう言いながら詰め寄ってくる。

「疑っている? トンデモナイ!」

 俺は少し距離を離すようにミリアの肩に手を置き身体を離す。

「いいか。おまえの能力を信じての配置だ」

「なっ!? い、一体な――」

「ちょっと、こっちこい」

 そう言って肩に置いた手を移動させミリアの手を取ると、みんなから離れる様に歩き出す。

「いいか。おまえの能力は疑ってない」

「じ、じゃ、どうして――」

「まあ、聞け。俺も本来なら俺、サラ、カリン。おまえとオクタヴィアで分けるのが適当だと思う」

「だろ、それなら」

「そう急ぐなって、心配になってくるだろ」

「心配?」

「そうだ。まずはこいつを渡しておく」

 そういって、一通の書状を渡す。

「これは?」

 受け取った書状を見つめたまま、

「隊長章とこの仕事の依頼書だ」

「あぁ……。先に帰るから報酬の手続きのためか? ハっ! もしかしてオレの能力を信じてるって、書類手続きなんかの雑務作業――」

「いや。その能力には全く期待してない」

 俺は過去に書類記入の仕事を頼んだ時、メンバー表にある俺の性別欄に『オス』って書かれた書類を思い出す。

「少し考えてみろ? もし、同族を見つけて我を失ったオクタヴィアを止める事ができるか?」

「うっ! うーん……」

 ミリアの頭頂にある三角の耳が自信なさげにしおれる。

「む、無理かも……」

「だろ。俺も自信ないが、手はいくつか考えてある」

「そ、そっか、それでこういう配置なんだ……」

「おまえのほうも大変だけどな」

「オレの?」

「ああ。俺達が戻らなかったら、おまえが――」

 俺は少し離れたトコにいるカリンとサラのほうに視線を移し。

「おまえがあの二人を守っていくんだぞ」

「オ、オレがっ!? も、戻ってくるよな? なっ?」

 ミリアは俺の腕にすがりつくようにして言ってくる。

「もちろん死ぬつもりはないが、何があるかわからないのがこの稼業だ」

 すがりつくミリアから出立の準備をしているサラとカリンに視線を移し。

「俺達が戻らかったら――」

 視線をミリアに戻すと、空いている方の手をミリアの肩に置き、言い聞かせるように。

「わ、わ、わかった」

 コクコクと頷くミリア。


「同胞を見たら、私は我を失うかな?」

 三人の背を見送る最中、隣のオクタヴィアがボソリと言う。

「聞こえていたのか、まぁ、そーゆー可能性もあるって話しだ」

 先ほどのミリアに言い聞かせた口調とは違う、砕けた言い方で返す。

「ふふ。これでも結構、高ぶっているのだぞ。もし私が暴走したらどう止めてくれるのか聞かせてくれぬか?」

 鎖鎧(チェーンメイル)越しに胸元を押さえながら。

「まあ、いくつかは考えてある。ただなー――あまり実行したくない」

「ふむ。俺が魅了で止めてみせる! 言ってほしかったのだが……」

 からかわれてんのかな……?

「追跡は任せる。ハッキリいって俺には何の気配も感じられん」

「わかった。私が先導しよう」

「頼む」

 俺は動きやすいように盾を背中の留め金に引っ掛けると、森の中とは思えない俊敏さで駆けるオクタヴィアの背中に追いすがる。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「少し休むか?」

 お、同じ……様な……装備…………を身にしてる……ハズなのに、木々を……舞う様に……移動……しな……がら……。

「ごほごほ!」

「無理をするな」

 ……………………………………………………。

 ……………………………………………………。

 ……………………………………………………。

「……いや。いい、さきを――」

 背中を摩られながら、かなりの――ちょっと少し長い間の休憩をもらって後に、

「平気だ。相手は動きを止めた。位置も掴んでいる」

 そういって森の一角に視線を移す。

 倣ってそちらを見る。木々が見えるだけで鳥の音なんかは耳にはいってくるが、それ以上の気配を感じる事はできなかった。

「む!」

「どうした?」

「どうやらノンビリしていられる状況ではなくなったかもしれぬ」

「なに!? 一体どうい――」

 俺の言葉を待たずに、長い銀髪を翻しながら木々の中を飛翔するように駆ける!

「くそっ! 行くかっ!!」

 せっかく回復した体力を再びゴリゴリと削りながら、俺はその背中を追う。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 慣れない長距離移動に四苦八苦しながら――普段、盾役(ファランクス)は動かないからなー……。

 重い装備を纏う盾役は後衛とともに比較的、安全なトコにいて軽戦士や弓士などが盾役のほうに獲物を追い立ててくる戦法を取る。

 奇襲を受けないためや個体的に上位種を狩るための集団戦法、昔の軍隊が陣を敷いた時の名残などなど諸説あるが、単純に盾役の体力を戦闘にのみ集中できるという点も無視できないと思う。

 重い甲冑を纏いながら、そんな事を考える。

「でも、実際はもっとツライはずんだよな」

 俺は普通の甲冑よりも遥かに軽い素材で作られた籠手や肩当、脛当てを順繰りに見渡し、洩らした。

「くっ! 早――早く逃げるんだ――くっ!」

 オクタヴィアの切羽詰った声と小柄な者の足音、そして――


 ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!!


 それは、つい昨日聞いた咆哮! あの金毛種の魔獣だっ!!

「も、もう……もた……ぬ……」

 オクタヴィアが槍の柄で陽光を受け輝くように光る獣の爪を受け止め、苦悶に満ちた声を洩らしていた!?

「待ってろ! 今いく!!」

 加勢すべく駆け出す!


がふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ん!


背中から壊れた銅鑼のような音が響いたが、今はそれどころではない!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!」


 腰の刀を抜き放ち――

「あれ?」

 移動を楽にするため鎧の背中にある留め金にひっかけた盾、それを掴むために伸ばされた手にはなんの感触もなかったっ!?

「…………」

 もはや、言葉すら洩らせない程の状態になったオクタヴィアの苦鳴で優先すべき事柄を思い出す。

「ええいっ!」

 俺はヤククソぎみに叫ぶと刀のみを持って駆け出す!

「たぁ!」

 盾をつけていない分、バランスが悪いが両手を使って振り抜いた刃はオクタヴィアが槍で受け止めていた爪を切り飛ばす!

「す、すまない。助かった……」

 足元をフラつかせながら礼を口にするオクタヴィア。

「平気か?」

 庇うように魔物との間に入り込み問いかける。

「……」

 背後から怪我の有無を確認する音が聞こえ、

「なんともない。しかし、どうする?」

 確かに後衛の援護なしでは正直キツい!

「せめて盾があれば……」

 その時だった!

 金毛種の魔物が腕を振り上げる!

 いつものクセで盾で防ごうと腕――あげかけ慌てて剣で受ける!

 がきぃ!

 乾いた音と腕に伝わる強烈なシビレ!

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」

 重い一撃をそんな声を出しながら、辛うじて流す!

「受けに徹すれば……」

 剣を持つ方を突き出した前傾姿勢を取りながら、相手の挙動を注視する!

「!」

 予想を遥かに超える速度で繰り出される腕の一撃!

 両手でしっかりと柄を掴むと、刃先でガードすると――

「うっ!」

 そのまま俺の身体が『ふわっ!』とした浮遊感が襲う!

「アブナイ!」

 背後にいたオクタヴィアが体重を載せたくれたおかげで、持っていかれかけた体をなんとか踏みとどまらせる!

「すまん。助かった」

 頷きで返すオクタヴィア。

 マズいな……。

 身構えながら、現状をざっと考察する。

 俺とオクタヴィアの二人がかりなら受け流し続ける事は可能だが……俺が前衛にいるため攻撃の取っ掛かりがない。

 加えて、受け流し続ければこっちの疲労は蓄積する。相手の体力のほどはわからないが普通に考えたら攻撃よりも防御のほうが圧倒的に疲労が蓄積する。

 何か打開策を考えなければ……。

「盾さえあれば……」

「もしかして盾というのはアレの事か」

 背後から伸びる指のほうへと視線を向ける。

「あぁ!? な、なんであんなトコにっ!!」

 丁度、俺の肩ぐらい高さにある太い木の枝がありそこに、

「なんで俺の盾があんなトコで風に揺られてんのっ!?」

 凶悪な魔物と対峙している俺達とは違い、気持ち良さそうな微風に揺られて時折、銅鑼のような音を――あぁ! さっき駆けた時に背後からした音ってっ!?

「くるぞ!」

 オウタヴィアの声に意識を魔獣へと戻し、横凪ぎにきた腕の振りを受け流す!

「はぁはぁはぁはぁ……こ、このままではもたぬぞ」

 慣れない役割に大きく消耗するオクタヴィアの声を聞きながら、

「あぁ……なんとかしないと……」

 ちょっと懐に痛いが強化薬で乗り切るか? はぁ……そうすると今回は確実に赤字に……。

「こっち」

 俺が損得勘定をしていると、幼い子供の声が聞こえた!

「ど、どこだ?」

声の感じから近いのだが……?

「! こっちだ」

 隣にいたオクタヴィアに手を曳かれる!

「!」

 魔獣とは逆方向にある樹齢数千年はあろうかという大木の方――

「うわぁぁぁ!」

 眼前まで迫りくる幹に思わず、そんな声を上げ、次にくるであろう衝撃に備え瞳を閉じる。


「………………………………あれ?」


 いつまで経ってもやってこない衝撃に戸惑い瞳を開ける。

「こ、ここは?」

 周囲を見渡すようにオクタヴィアが言う。

「ここにいれば、アイツははいってこれないよ」

 幼い声を辿って、そちらに視線を向ける。

 そこにはこの辺りでは珍しい黒い髪とエルフの特徴である長い耳を持つ男の子がいた。

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