三話 序章

「さてっと……」

 俺は三人の仲間を見渡す――

槍使いのオクタヴィア。ポジションは近接アタッカー兼サブ・ファランクスってトコかな? ファランクスっていうのは軍隊用語でいう密集体型。敵の攻撃をもっとも受けるって意味合いで、最前線に立ち敵の攻撃を受けるポジションの意味で使われる。

 続いて精霊使いのカリン。精霊の声を聞いて火、水、土、風のエネルギーを魔法として操る。ポジション的には遠距離アタッカーに位置する。俺のポジションであるファランクスはこの遠距離アタッカーと息が合わないと同士討ち(フレンドリーファイア)の名の通り火ダルマにされる事もある。

 最後に神官のサラ。ポジションはヒーラ兼サポーター、傷を癒し、重力軽減や筋力増強などの魔法を得意とする、盾役としては一番お世話になるポジションになる。

「俺が起きて番をするから休めよ」

 三人の仲間に向かって、既にカリンとサラはウトウトと船をこぎ始めていた。

「……ん……そします……」

「はい……アタシは……お肉が……いいです……」

 カリンとサラがそれぞれそんな声を返してくる。

「私も先に休んで、後で交代するとしよう」

 長い銀髪を揺らしながら立ち上がるオクタヴィア。

「さぁ、二人ともゆくぞ」

 右手でサラを左手でカリンの手を牽きながら近くのテントへと向かい――一度、振り返ると、

「おそらくミリア殿も番は無理であろう」

「あぁ……体調が悪いなら仕方ない」

 テントに向かいながら、この場にいないもう一人の仲間の話しをする。

 狩人のミリア。ポジションは遠距離アタッカー。弓使いで様々な種類の毒矢を使う事で敵の五感を封じたり、自身の鋭敏な感覚で奇襲や伏兵を察知する。もちろん長弓から放たれる矢は板金鎧を貫通するほどの高威力を誇る。腕のいい射手ならどんなに激しい接近戦をしていても正確に敵のみを射抜くことができるファランクスとしてはとても助かるポジション。

「まっ、弓の腕はいいけど……もうちょい経験値をー……」

 ミリアのやらかしっぷりは昔の自分を見ている様で気恥ずかしさ半分、気持ちはわかるといった同調半分といった想いなんだけど……。

 そんな物思いに耽っていると、焚火が『バチっ!』弾ける。

「おっと! イカン。イカン」

 ボ~としかけた自分に活を入れる。

「まあ、狩人が獣を、精霊士が精の安定した場所を選んだ上に神官が魔除けまでしてんだから滅多な事はないと思――!」

 微かに聞こえる草を掻き分ける音!?

「…………」

 あまり鋭くない探索系の感覚をフル動員させて音のした方に向ける。

 …………………………。

「…………少人数……音は遠ざかっていってる……」

 あまり気配を探るのには慣れていないが、そこまではわかった。

「斥候か? だとしたら、このまま返すワケにはいかないな」

 手甲をつけ盾と刃渡りの短い剣闘士剣を手に――後になって考えると、仲間を起こして追跡能力の高い者に任せるのが正しい判断なのだが、この時の俺は自分でのみ追跡を行ってしまった。


「確か……こっちから――」

 チロチロと微かに聞こえる水音のするほうの茂みをかき分け――

「んっ!?」


 突如、目の前の光景は――


上半身を脱ぎ、片足を引っかけただけの下着を脱ぎかけたミリアの姿!?

普段から薄着の姿を好むミリアだが、さすがに――そんなあられもない姿を見るのは初めてだ。

穿き物を脱ぐために前かがみなっているせいか、いつもより胸が強調され――そこで俺はミリアとはいえ仮にも女の子の裸を凝視しているコトに思い至り慌てて背を向ける。

「わ、悪い」

 背を向けて立ち去ろうとする俺の首に『ニュ』細い腕が回される!

「わ、悪かったって、だから首を絞めんなって」

 絞めるなと言いったが、その腕には力が籠められておらず……そうか! こうやって動けなくしておいて俺をのぞき魔として吊るし上げるつもりだなっ!

 それはそうと、背中に感じる二つの柔らかい感触は……やっぱりアレだよな……。

「なにをやっておるのだ?」

 一瞬、頭に過った光景をそんな声が掻き消す。いつの間にか目の前にはオクタヴィアが立っていた。

「い、いや……あの……」

 なんと説明すればいいいいのだ? この状況……。

「ん? そこにいるのは――」

オクタヴィアが背後のミリアに気づくっ!?

「そこにいるのはミリア殿か?」

 そういいながら、俺と背後にひっついているミリアに近づき――

「あぁ……。そういう事かぁー……」

 オクタヴィアは俺とミリア交互に視線を送りつつ、

「ほら、ミリア殿」

 俺の背後からミリアを引きはがすと、

「こちらへ――シャーではない! イテテテテ! これ! 暴れるでない!!」

 な、なんか大変そうだな……。

 オクタヴィアに任せてキャンプへと戻ってくると、剣を近くに置き、焚火の前に座る

「――なんだったんだ、あれは?」

 遭遇した出来事を思い起こす間もなくオクタヴィアがやってくる。

「すまない。話しておかなければならない事が――」

 そういって焚火を挟んで向かい合うような形で座るオクタヴィア。

「実は――私も最近聞かされた話しなのだが……」

 珍しくオクタヴィアが言葉を濁す。

 エルフ族だけあって、俺や他の仲間とは比べ物にならないほどの人生経験を積み、なんでもそつなく処理できるオクタヴィアが……。

「うーむ……ミリア殿の人猫族の女性は――ああ、先に断っておくが、ミリア殿はまだ乙女であるからなっ!」

「?」

 オクタヴィアの真意がわからず、首を傾げる。

「ミリア殿の人猫族の女性は子を宿せる成体になれば『発情期』というモノがあるらしいのだ」

「へぇー。そうなんだ」

 習性まで猫みたいなんだなー。

「そうなってしまうと自分の意思とは関係なく異性を求めてしまうと……それで、これまでは無用なトラブルを避ける為に男性との間に壁をつくっていた様なのだ」

 そういえば、俺との初カラミもやたら突っかかってきたな……。

「そうだったのか、そうなら、そうと話してくれたら……」

「いやいや。ミリア殿は一〇代半ばの少女――男性にそういう話しをするのは……」

「あぁ……なるほどな……」

 実際にはサッパリわからないのだが、俺もエッチな書物なんかをコイツ等や妹に知られるのはちょっと……。

「じゃ、さっきのは――」

 俺はいまだに背中に残る柔らかい感触を思い出しながら、

「う、うむ。私の口から言うのも……そうゆう訳だから、先ほどの事はあまり深く考えないでくれ」

「そうかー……わかった。なら、フォローのために俺からアイツに気にするなって」

 そういってテントに向かい歩き始める。

「いやいやいや。待て! はぁー……これだから男は困る。あんな事があったばかりだ。今はそっとしておいたほうがいい。最良は明日、何事もなかったようにいつも通り接する事だ」

「そ、そーゆーものなのか?」

 まあ、ここは女性で年長者の意見に従っておこう。

「明日の朝できるだけいつも通りに接するのが一番だ」

「わ、わかった。自然に――自然にか――」

 そういって、この場をオクタヴィアに任せ眠りについた。


 番をしたために少し遅めに目覚めた俺は既に全員が起きていた。

「あっ! ラーアルさん。おはようございます☆」

 真っ白なフードつきのローブを纏ったサラが同じように真っ白なタオルでゴシゴシと顔を拭きながら、

「ラーアルさんもどーですか?」

 そういって今、自分の顔をゴシゴシした布を差し出してくる。

「あっ! もちろんカリンちゃんに言って新しいのを用意してもらってくださいネ☆」

 差し出していた布を引っ込めながらそう言うサラの背後に――

「あ……」

 浮かない表情をしたミリアが現れた。

「よ、よう!」

 俺はオクタヴィアの助言通り、なるべく自然に声をかける。

「いやー。今日はいい天気だなー」

 木々の間から覗く青空を見上げながら、

「あの……昨日……」

「んー? 昨日なんかあったか? いやーそれにしても今日はいい天気だー」

 珍しく言いよどむミリアに完璧ないつも通りの対応をする俺。

「今日のラーアルさんヘンですネ」

 そんな事を言うサラに視界の隅では顔に手を当てているオクタヴィアが見えるが、俺は完璧にいつも通りだ。

 もし昨日の俺と比べてみたら、全く見分けがつかないぐらい完璧に『いつも通り』をこなしているハズだっ!

「……いつもなら『ボー』とした表情で頭とお尻を掻きながらやってきて、大あくびをした後、ボクの頭を撫でる」

 カリンが起きてるのか、寝てるのか判別のつかない判目の状態でそんな事を呟く。

「な、なにを言ってるんだ。俺はいつもこんな感じだぞ――毎朝、空を見上げて一日の天気をだな――」

 そんな風に『いつも通り』を主張していると、オクタヴィアが『もういい』と言わんばかりに遮る。

「いや。ちょっと待ってくれ! 俺は本当に毎日、天気を――」

「しっ!」

 いつになく真剣な表情に俺は言葉を止める。

「ミリア殿っ!」

「な、なにかがいる……たぶん一人」

 頭の上に『ピョコ』と突き出た三角の耳が左右に開いたり、ピクピクと動かしながら、珍しく自信なさそうに言い淀む。

「オークか?」

 近くにある野営陣から斥候がでてきた可能性に思い当たる。

「たぶん……違う。もっと、こう――森の経験が豊富な――違うな、森と同質の存在というか……」

 よほど探りづらいのか左右の耳に手を当て目を閉じ、聴覚に全神経を集中するミリア。

「では、植物に憑いた霊獣の類か?」

「そこまで大きくはない。大きさはオレ達とほぼ同じ……いや、ちょっと小柄? こっちに敵意はなさそうだけど……オレが知ってる気配の中で一番近いのは……」

 ミリアは同じように真剣な表情をしているオクタヴィアのほうを視線を向ける。

「エルフの――オクタヴィアさんの気配に一番似ている」

 オクタヴィアの表情がより一層険しくなった。

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