二話 終章+エピローグ
「ウチの――ウチのパパはママを――」
高熱で喘ぐ俺はベッドに縛り付けられた不自由な身のまま天井のシミを見ながら、それを聞いていた。
「ウチって両親とも元傭兵だったんだ……」
そう言ったきり、しばらく間を空けた後――
「強かったんだよ。村の自警団でも手に負えなかった大型の魔物をやっつけたりして……」
そういう割にナナの声は優れなかった。
「二人とも……ホントに……すっごく、すっごく強かったんだから……」
そう言うと再び黙りこむ。
「ある晩……」
ポツリとそういった言葉は明らかに震えていた。
「あの夜……」
次の言葉が出てこないのか、そう言いかえる。
「……パパがね」
その声は見なくてもわかるほど、震えていた。
「怖い人達が――野盗っていうのかな? 家を取り囲んでいたの……」
自警団ですら手に負えなかった魔物を倒せるなら、盗賊としては自警団より先にそっちをなんとかするだろう。
「すっごい人数で家を幾重にも取り囲んで……物凄い数の松明が明々と燃えてる、あの光景は……」
その光景がいまでもナナのトラウマになっているだろう事はその口調からでも容易に想像できる。
「その中から――一人の男がでてきて……そいつは……長身で鋭い目つき、大振りの大剣を引き摺りながら――家に――家にはいってきたの……」
カタカタと異音がし天井から視線を移すと――ナナがイスに座ったまま震えていた! 音はイスの脚と床が擦れあう音だった。
「……ナナ」
「ご、ごめん……ちょっと動転しちゃって……」
そう言いながら落ち着こうと、息をと整え始める。
「次に……次に……憶えてるのは……」
ナナは苦しそうに胸をギュっと掴み、
「血だまりに倒れてるママと……うっ……」
再び苦しそうに胸を押さえ――
「そのママの血がついた剣を持ったまま盗賊に縋りつきながら命乞いをするパパの姿っ!」
胸中に痞えたモノを吐き出すかのように、
「あんなに――あんなにウチやママの事を大事だって言ってたのにっ! いざとなったらママを斬って命乞いをしたのよっ!! パパは――あの人は――アイツは――」
「ウチ達を見捨てたのっ!」
その言葉に俺は『ガツン!』と殴られたかのような衝撃を感じた!
「ご、ごめんね。こんな話ししちゃって……アンタもウチと同じように悪夢を見たんだよね? なにを見たのか知んないけど、辛い過去があるのはアンタだけじゃないんだから」
始終こちらに背を向け、早口でそんな事を残すと部屋から出ていく。
「……泣くぐらいなら、無理して話すなよ」
そう言いつつも自分のツライ境遇を話し、俺を元気づけようとしたナナの気持ちに感謝した。
「もし……もし、俺がアイツの父親みたいに……」
自分で口にして途中で止める。
どうやら俺が目覚めたのは明け方らしく眠れぬまま、数時間を過ごすと壁の隙間から陽光が入り、鳥が囀り始めた。
俺と隊長が海蝕洞にむかったのが明け方――目覚めたのが同じく明け方、という事は丸一か数日寝込んでいたのだろうか?
ボ~っとシミだらけの天井を見ながらそんな事を考えていた。
そのうち外が騒がしくなり、
「ぐらんどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――」
幼い声でそんな怒号が聞こえてくるっ!?
「くるすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――!」
空気を切り裂く音の後に『ドガァン!』というなにかを地面に叩きつける音とともに部屋にまで伝わってくる振動――すぐその後に今度は別の幼い声が全く同じ事を言い、『ズシン!』と先ほどよりは控えめな振動――その後も、その後も――続く声と振動。
「まさかアレの特訓をやってんのか?」
いつかの夜に見た、伝説の大技を思い起こしながら……。
「そう簡単に実践できるとは思えんが……つ~か、あんな技の体得が院長になるための試練ってどうゆう修道院なんだ?」
未だベッドに拘束されたままの俺はその声と振動に感じながら、ずっとナナの事を考えていた
外で行われてる特訓なのか、遊びなのかは陽が沈む頃にようやく聞こえなくなった。
「あっ! 起きてたんだ?」
陽が沈み、虫の音が聞こえ始めると昨日よりも疲労の色が薄くなったナナが現れた。
「ん~……熱は下がったかな?」
ナナは俺の額に手を当て、
「熱も下がったみたいだし、外すね」
そう言いながらナナはベッドの支柱に括りつけられた拘束を解く。
「――っ痛」
俺は荒縄で擦り剥いた手首を摩りながら、
「なあ――」
俺は一日中考えて事を尋ねた。
「ん~?」
ナナは持ってきた水差しからコップに移しながら、そんな返事をする。
「ナナのお母さんはなんで抵抗しなかったのかな?」
床に落ちるコップ――太い木の枝の中をくり抜いたコップなので落ちたトコロで問題はないが……。
「な、なに……いきなり……」
ナナのその反応に早速、後悔をするがもう後には戻れない。
「自分が殺されるって時だ。普通なら抵抗するだろ? 記憶では父親は傷を負っていたのか?」
「さ、さぁ……? お、憶えてない……」
「本当に? 昨日はあんなに細部までハッキリ憶えていたのに」
明らかにおかしい答えにさらに問い詰めと、重々しく口を開いた。
「ママは――ママは抵抗しなかったわ。きっと、パパ――あの人に斬られるなんて全く予想してなかったのね。そして――その後に――も、もういいでしょ!」
そういって話し切り上げようとする。
「なんだ、理解してるんだな。『抵抗できなかった』じゃなくって『抵抗しなかった』って事に――」
「――っ!?」
俺の言葉に息を呑むナナ。
「無意識にでも理解してんだろ? ただ目の前で起きた、もっとも残酷な出来事――」
俺は一瞬、躊躇った後に――
「父親が母親を斬り殺すって衝撃的な事実で思考停止している」
「なっ!? なんの事? 一体なにを言ってる…………の?」
「母親を斬った後の事が曖昧なのはなぜ? それまでは盗賊の特徴までハッキリと憶えてるのに、その先になると曖昧になるのはなんでだ?」
「な。なんでって……」
ナナは震える声で言いよどむ、
「ナナの父親は娘を――ナナを助けるために妻を斬ったんだ」
「っ!!」
俺の言葉に、
「あっ……あっ……あっ……」
言葉にならない声を洩らしながら、その場に座り込む。
「そうよ。ウチのせいで……ウチのせいでパパとママは……」
「違うっ!」
ナナの言葉を力強く否定する。
「違うんだっ! そうじゃない!! それは麦角菌の毒素がみせた悪夢であって、事実は事実は――君の父親がやった事は――」
「なによっ!」
「子供を――ナナを守ったろっ!」
「!」
半ば言い争いの様になってしまったトコで言い放った俺の一言に息を呑み絶句するナナ。
「そうだろ? 歴戦の母親が抵抗もなく斬られ、父親は娘を助けてくれって命乞いしてたんだろ? 両親と同じ道にはいったって事はおまえに意志が受け継がれてる。それを負い目に感じる必要はないんじゃないのか?」
言葉に詰まったのを好機に一気呵成と言い切る。
「うっ……うっ……」
ナナは大粒の涙を落としながら嗚咽を洩らし始めた。
俺はその背中を落ち着くまで擦ってやった。
王都に戻り。
「ありがとうございました。本当に――本当に勉強になりました」
深々と頭を下げ、借りていた剣を返す。
「ね、ねえ」
村を出てから余り口を開かなかったナナが隊長に話しかける。
「その剣さ――コイツにあげない? その……代金が必要ならウチが出してもいいし……」
と、そんな事を提案してくる。
「ふむ。そう高価な物でもないし、別に構わんぞ」
「いえ! ダメです!!」
二人の会話をそういって遮る俺。
「お、俺は自分の力でやんなきゃダメなんです! だ、だから――しばらく街中でできる仕事をしつつ装備を整えるつもりです! で、では、俺はこれでっ!」
隊長に押し付ける様に剣を返すと、そういって走りだす。
そのまま工房区まで一気に駆けると、露店の立ち並ぶ一角へとやっていた。
「あ、アイツは――」
半ば強引に別れた俺は記憶を掘り起こしながら、目当ての人物を探す。
「クソっ! いないか……か?」
そう広くもない場所を探し終えそう洩らす。
その日から俺はろくに家にも帰らずに工房区を探し回った。
目的はもちろん――俺にダイコン――『麦角菌』を売ったあの錬金術師を見つける事。
そして――
「よし! これならいいだろ!」
ついでに装備を整える事も忘れていない。
良さそうな斧を見つけ大根――やっぱり試し切りといえば大根だよね!
朝の陽光を浴びて、鮮やかに輝く斧を見ながらそんな事を言う。
「剣はやっぱし難しいから、斧ならどんな粗悪品でも大根には負けないだろ? 負けるワケないよな! だって元々は大木を切り倒すための道具なんだから、大根ぐらい『ズバっ!』と真っ二つに――」
自分で驚く程よく回る舌に嫌な予感をおぼえつつ――
「せいっ!」
地面に立たせた大根を横薙ぎに払う!
カキン! ――キンキンキン――
路傍に転がる金属の破片!?
「ま、まさか……」
俺は手元の斧と大根に視線を移す。
「あぁ!?」
思わず洩れる悲痛な声!
「な、なんで……」
俺は震える手を必死に抑えながら自分の腕――腕――斧柄――そして――刃部分と順に視線を移し、大根の形に合わせるように欠けた刃を見る。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」
思わず、そんな声とともに思いっきり斧を投げ捨てる!
直後に人に当ったたらマズイと判断し行方を目で追ってみると――
ドボン!
そんな音とともに盛大に水しぶきを上げ、池の中へとドボンする斧。まあ、よく考えたら大根に強度負けするような斧が当たったトコで大した事にはならんか……。
うまく進まない錬金術師の捜索。またもやダメ商品を掴まされたショックで一気に疲労感が襲ってくる。
「あぁ……」
そんな声を洩らしながら、草の上に横になる。仰向けに寝転がった視線の先で蝶が飛んでいった。
「あの?」
唐突に影が降り、同時に声をかけられる。
「はい?」
溜まったストレスもあり、少し感じの悪い返しをしてしまう。
「貴方さきほど斧を投げた方ですよね?」
ヤバっ! さすがに怒られるかな?
そう思い起き上がる。
「あ、いや……あれは……ちょっと手が滑ってしまって……」
「貴方が投げたのですか?」
「投げたとゆーか……飛んで行ったとゆーか……はい……投げました……」
「では、貴方の投げた物はこの――」
そこで始めて相手を見た――陽光の照りを受けて輝く金色の髪に肌が透けるよな真っ白な肌を同じような透けるような真っ白な装束といった姿。
そして、なにより俺を驚かせたのは――
「ア、アンタ……ビショ濡れじゃないかっ!?」
陽光を受けて輝く髪はポタポタと水滴が落ち、極薄の装束は水分を吸ってピッタリと肌に吸い付いていた。
「えぇ……ご心配には及びません」
透き通るような声だった。まるで貴婦人のような優雅な仕草に思わず見とれてしまう。ビショ濡れだけど……。
「貴方の落とした斧はこれですか?」
どこからともなく大振りの斧――それも眩いばかりの黄金色に輝く金でできた大斧!
「貴方の落とした斧はこれですか?」
パンパンと手で斧の峰を叩きながら全く同じセリフを口にする。
「斧?」
「ええ。貴方がさきほど池に放り投げた物――それはこの斧ですか?」
「ち、違います」
「そうですか。では――」
黄金色に輝く斧をどこかへやると、今度は別の色に輝く斧を取り出した。
「この銀の斧ですか?」
「いえ。違います」
「そうですか。貴方はとても正直な人ですね。この斧を両方とも差し上げましょう」
両手に持った斧をこちらに差し出す。
「いえ。結構です」
「えっ!」
両手に異なる輝きを放つ斧を持ったまま、そんな声を洩らす。
「えっと……貴方はとても正直な方ですね。この斧を二つとも――」
「ですから、いりませんって」
ズイっと差し出してくる斧を押し返すように手で押す。
「えっ! えっ!! 受け取ってもらわないと困ります」
「いえ、いらないです」
そういっても、さらにズイっと強引に渡そうとしてくる!
「お願いします。受け取ってくださいっ!」
「だから、いらないですってばっ!」
しつこく渡そうとしてくるのを振り払うようにして、その場から立ち去る。
「で、ではこれはどうですか? 私――原初の精霊が宿るウングルブーメラ――あぁ、待ってください。せめて、せめて貴方が数多の精霊に愛されるよう祈り――」
まだ何かを言ってくる相手にうすら寒いモノを感じながら逃げるように立ち去る。
「なんだったんだアレは? あれは――新手の宗教勧誘か?」
そんな事を言いながら、逃げてきた池のほうを向――!
「いたっ! アイツだ!!」
フードを目深にかぶり、大きなカバン手に辺りを窺うかのような仕草をしながら道の隅をコソコソと駆けていく姿。
間違いない! アイツだ。
俺はその姿を視界から外さないようにして後を追う。
「どうやら市場に向かっている様だな……」
俺は態勢を低くしながら、視線の先にいるフード男の行先に見当をつける。
やがて俺の読み通り露店や御座を敷いた簡素なつくりの市場に着いた。
まだ早い時間のために物を売ってる者こそ少ないが、宿屋の退去時間に合わせてやってくるであろう傭兵をターゲットに準備作業をしている人で込み合っていた。
大きなタルを運ぶ者、刀剣類をロープで括って運ぶ者、周囲をライバル視しているのか腰かけて周囲を睨みつけている者。
小さな公園ほどの空間に百人近い人がそんな風に作業をしていた。
みな傭兵なのか腰に長剣を帯びていた。
「おっと――」
フード男を見失いそうになり、慌てて歩く速度を上げる。
幸いにも露店の角を曲がる後姿を確認したところだった。
「あっ!?」
曲がった先は袋小路!
「だ、だだ誰だよっ! お、おまえ」
街の内壁と左右に建つ露店、そこで護身用の短刀をこちらに向け言葉を閊えさせながら問うてくる。
「…………」
俺は完全に固まってしまっていた。いきなり問い詰められるとは思っていなかったし、そもそも俺はコイツを見つけてどうするつもりだったのか? 修道院であまりにも酷い光景を見てしまい、何かしなくてはいけないという考えのみで行動していたため、いざ具体的にどうこうといった考えは全く俺の中にはなかった。
「な、なんだよ? なんで黙ってんだよ」
俺の態度を勝手に勘違いして警戒を強める。
とりあえず取り押さえるか? 見たところ構えも素人。短刀も刃渡りからすればそれほど脅威にはなりえない。
そう判断し腰の剣に――剣に――あれ? 手に硬い柄の感触はないっ!?
そ~いえば、俺って剣返して、大根――滅びの魔剣ラグナロクは焼却処分……その後…………くれるっていう剣断ちゃったよね……?
もしかして――もしかして、俺いま丸腰っ!?
今更、気がつく自分の現状に愕然とする。
この時、頭が冷静ならもっとマシな手段があったハズなんだ。
しかし――
俺はこの時、もっともやってはいけない行動にでてしまった!
両腕を顔の前に掲げた――ナナが拳闘士がやっていた構え。
「ひっ!」
俺の行動に引き攣った大袈裟な悲鳴を洩らす。
簡素な露店が連なる通路――そこかしこに人の気配があるが、俺達二人だけ隔絶された様に睨み合う!
「よよよ、よるなぁ!」
先ほどよりもさらに閊えさせながら、もはや絶叫に近い声でそう言いながら、懐から革袋を取り出す!?
「こここれはな――この辺り一帯の奴等をみ、皆殺しにできるほどの毒だっ! ううう、ウソじゃないぞ! ぼ、ボクが作ったんだっ!」
その言葉に俺は村での出来事を思い起こす!
「よしよし。う、動くなよ。少しでも動いたらバラまくからな」
俺の態度が変化した事によって少し余裕がでたのか、そう言いながら何かを考える。
「やはり、自分で捌くのは危険か?」
そこで何かを思い付いた表情になると、
「おい。おまえの家に連れて行け」
予想外の事態に頭がついていけず、身体とともに完全に固まっている俺に向かって、そう言い放つ。
「これからはおまえが窓口になってもらう」
そう言うと、一方的にしゃべり始める。
「まずはおまえの家族に毒を打つ! 安心しろ。毎日解毒剤を摂取してれば死にはしないし、日常生活にも支障はない。おまえには僕――私が開発した様々な代物を売る窓口になってもらう。おっと、その際に起きたトラブルは全部自分で始末しろよ。私の事を誰かに言ったり、品物や代金をもって逃げればおまえの家族が死ぬ事になる」
そんな事を淡々と言い始める。
俺はというと――そんな事を聞かされても固まっていた!
いや、より固まってしまったといった方がいいかもしれない。妹――サクヤが巻き込まれる! それを想像しただけで居ても立っても居られないのに奴の持つ革袋の存在のために動けなかった! この時の俺は真剣に妹とこの場にいる数十人の命を天秤にかけていた!
「おい! いい加減にしろよっ!! 僕――私が本気じゃないと思っているのか?」
再び興奮を始めたフード男はそんな事を言いながら革袋を頭上まで上げ――
「確保じゃ!」
フード男の後方――遥か頭上からそんな声とともに金色のなにが降ってくる!?
「おおせのままに!」
市場全体から寸分狂いの無い唱和の声がする!
「我ら王国騎士団王室警護隊である!」
市場にいた数十人の男達全員が一斉に剣を抜き放ち、そう言う!?
「なっ!?」
フード男は自分に突き付けられた数十の切っ先を驚愕に見開いた瞳で見つめる。
「これがそんなに危険な物なのか?」
そう言うのは先ほど、遥か頭上から降りてきた――赤毛の少女はフード男から奪い取った革袋を目線の高さまで掲げる。
「姫さまっ!? あぶのうございますっ!!」
一人の年若な騎士がそう言う。
姫と呼ばれた少女は眩いばかりの黄金の甲冑に身を包み、背中には自分の背丈よりも長大な大鎌を背負っていた。
「よいではないか、直接触ったり、吸い込んだりしなければ問題ないのであろう?」
アセる若騎士にそう返す少女――そういえばこの若騎士さっきなんて言ったっ!?
「そうだっ! それは――ボクが作ったソイツは特別なんだ! 麦角アルカロイドと呪術を組み合わせて――肉体的にも精神的にもすっごく効率的に苦しめながら――」
「ええ。とてもサイテーな体験だったわ」
静かな声音の中にハッキリと怒気を含んだ声がフード男の言葉を遮る。
「アンタが作った物のおかげでね――」
そこで自身を鎮めるように互いの拳を合わせる! ナックルガードから金属を叩いた時に出る『ガチン!』という音を響かせた。
「ウチは――ウチは――」
静かに――尋常ではないオーラを放ちながらフード男へとにじり寄っていくナナ。
「とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――っても、良い悪夢が見れたのよ――」
声に怒気を含ませ――
「こいつはそのお礼よっ!」
バンっ!
「覇っ!」
石畳みにクモの巣状のヒビを刻みこむ強烈な踏み込み! と同時に放つ裂帛の気合の声。
「ぐへぇ!」
そんな声を上げながら取り押さえていた騎士数人と一緒に後方の石壁に飛んでいく!
殺しっちまった……。
一瞬そう思ったが、ナナは金属のナックル部分ではなく掌底のような感じで突きを放っていた。
とりあえず命に別状はないと思う……まあ、掌底のようなモノで内臓にショックを与えられたら一週間は満足に食事ができないが……。
件のフード男はそのまま――取り押さえていた数人の神殿騎士もろとも背後の石壁に向かって『ぱひゅーん』と飛ばされ盛大な音とともに人型の穴を穿つ。
「ちょっとスカっとしたわ」
掌底を放った態勢のまま洩らす。
「ほう」
王国の姫――国中に知れ渡るほどのワガママで傍若無人で知られる人物はナナの一撃を見た後にそんな声を洩らす。
「姫様これを」
先ほどの年若な騎士が膝を折り、恭しく何かを差し出す。
「うむ」
それを受け取った姫は大仰に頷き。
「皆、膝まづけ!」
年若の騎士は立ち上がると、その場にいる全員に向かってそう叫ぶ。
さすがに王国騎士の中でも格別の忠誠心と腕前を買われて結成されている王室警護隊、即座に全員が膝立ちのような格好になる。
「なにをしている! 貴様もだっ!!」
王室警護隊の練度に感心していたら、年若の騎士がイラついた様子でそんな事を言いながら、俺の脚に蹴りをいれてくる――鉄靴グリーヴで蹴られたために飛び上がる程痛かった!
「ふむ……」
膝まづくというよりも、痛みで立っていられない状態になった俺を値踏みする様な視線で眺める王国の姫。
「おまえが今回の立役者か……あまり有能そーには見えるぬが……まあ、よかろう」
そう言うと、見覚えのある剣闘士剣――隊長から借り少し前まで腰に帯びていたあの剣。
それを鞘から抜き放つ!
「今回のおまえの働き、功績を称えこの剣を――」
抜き放った剣の腹の部分を膝まづいた俺の肩へ近づける。
「ち、ちょっと待ってくれ」
なんかこのままなし崩し的に進みそうな流れを遮るように声を上げた。
「き、き、貴様~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
そんなギョっとするような怨嗟の声はすぐ脇から聞こえた!
「貴様も貴族の端くれなら王族から直々に剣を授かる栄誉ぐらいわかるだろっ!」
殺気でも籠っているじゃないかってほどの眼光で睨まれながら、
「で、でもコレを貰うワケには――」
数日前まで腰に帯びていた剣を指しながら、
「黙れっ!」
今度はハッキリと視線に殺気を籠めながら、ドスの効いた声で言われる。
「それ以上、口を開くなっ! もし次に口を開いたら――」
言いながら剣の柄を握る。
「もう進めてよいか?」
目の前の少女――姫は少し呆れながら若騎士に尋ねる。
「はっ!」
おもしろいほど素直にそんな声を上げ、引き下がる、ただし下げた頭の下からこちらを睨みながら、
「今回のおまえの働きに――」
そういいながら剣の腹で俺の右肩を『トン』と軽く叩く。
「この剣を授ける」
今度は左肩を、
「さぁ――この剣に心の中で誓いを立てよ」
目の前に差し出された刀身を前にそんな事を言われ、俺は――熱病のときに視た悪夢を思い出す。
「この剣はやがて折れるだろう、しかし今、誓った事を決して忘れるなっ!」
そう言い放ちクルリと踵を返す。この時に俺はいつの間にか剣を受け取っている事に気づいた。
「姫様このような事は――」
「いいではないか、なかなかおもしろかった」
「あのような者達の願いを――」
「おもしろそうだったのでな」
この姫様よっぽど娯楽に飢えてて、気分で動いてんだろうな……。
「まあ、おまえが一番おもしろいがな」
「はっ?」
そういって若騎士の鎧――胸当ての辺りを小さな拳でをつつき去っていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおお恐れおおいお、お、お、お、御言葉を――」
完全に上擦った声で、顔を真っ赤にさせたまま頭から湯気を出していた、その湯気がハート型になった気がしたが……確かにおもしろい奴だ。
「ホント、バッカじゃないのっ!」
王室警護隊が去った後に待っていたのはナナの罵倒と呆れ果てた表情の隊長だった。
「何か考えがあると思って任せたのに、まさかの無策っ!? ウチと隊長が王国騎士に協力してもらったりしなかったらどーなってたと思ってんのっ!」
ぐうの音もでないとはこの事だ。
「さすがに姫様がしゃしゃり出てくるとは思わんかったがな」
ナナの言葉を隊長がそう付け足した。
「尾行は最低二人一組。でなかったらターゲットとは距離を置いて潜伏場所やよく行く場所を確認して後日に網を張って確保。こんなの常識じゃないっ!!」
「うむ……ワシも修道院でのおまえの働きを考慮して傭兵許可証を発行しようと思っておったが……さすがにこれほど愚か――いや、考えなしに行動するとは……少し考えなおさなければならんのう……」
隊長までそんな……。
「もしアイツがあの革袋の中身をブチ撒けてたらこの辺の人が何十人と犠牲になってたトコなのよっ!」
なおも、そう言い放ってくるナナ。
「うむ。そうなったら事態は深刻だったのう、ヘタをしたらワシ等は事件の拡大の一因を担ったという事で断罪されていたかもしれん」
隊長もそういいもはや許可証どころの話しではなくなっていく……。
「そこでだ!」
「おまえ達二人でなら――うむ。そうだ! おまえ達二人でなら認めてもいいだろう」
「「はい??」」
隊長の妙案に俺とナナの声は見事に重なった。
「ナナは荒野での経験が不安、ラーアルは街中での経験が不安。なら、二人で協力して欠点を補いあっていけばいい。互いに成長できるし、なにより他人との協調の訓練にもなる」
そういって隊長はいいアイディアだろと言いたげな笑みをみせた。
「――それで、結局はナナとバディを組むのを条件に俺達は傭兵になったんだ」
俺がそう語り終えると『パチっ!』と目の前の焚火が音を立てた。
「最初は協力どころの話しじゃなかったなー……魔物駆除の依頼はどっちが多く倒したか競い合ったし……街中の輸送依頼じゃ、どっち先に着くか競ったし」
俺は生々しい傷痕の残る刀身を見ながら語る。
「それでもさ手ごわい魔物とやりあった時に思ったんだ『一人じゃ殺られてた。コイツがいて助かって』その後からかな? 少しづつ協力して今まで無理そうな難問に挑戦したのは、二人揃ってレベル2に昇格した時は酒場でお互いを讃え合ったり」
誰もなにも言わず俺はどんどん饒舌になっていった。
「そのうちギルドには俺達じゃないとダメっていう人まで現れてさー。ああいうのを順風満帆っていうのかな?」
そうあの頃まで俺の功績はまったく汚点らしきものはなかった。
「それで? そのナナ殿とはどうなったのだ?」
なぜか少し声に不機嫌そうなトゲを含みながらオクタヴィアが訪ねてきた。
「あぁ……あれは――確か揃ってレベル3に昇格した時の事だったかな?」
「なんとっっ!? そんな最短でレベル3に?」
「レベル3ってすごいですか?」
「……レベル3は一流の証。無許可で国境を行きでき、場合によっては国レベルから直接依頼がくる」
伝説的な魔獣や神獣を討伐したり、軍隊でも手が出せないような大盗賊団を壊滅させた場合にはレベル4に昇格する事もある。
最上段のレベル5は現在、生存してこの階級についてる者はいない。全て死後功績で昇格してる者ばかりだ。
「そのレベル3に昇格したとき――」
俺はいまでも思い出すと少し嫌な気分になるあの朝の事を思い出す。
「いい頃合いだったから、どっかに拠点を置いて活動しようと思って空き部屋を探してたんだ。ナナもなにか別の――あぁ……イヤ……なんて言えばいいのかな?」
俺はしばらく思案した後に、
「俺はこの国で拠点を構えて傭兵活動をと思っていた。だが、ナナは大公国へ行くって――」
それは別離の言葉だった。
俺が拠点を探していた間にナナはさらなら飛躍のために大公国行きを決め、そこへ向かう傭兵グループを探していたのだ。
「アイツはその言葉通りある朝、他の傭兵達とともに旅立っていったよ。そのまま――今はどこでなにやってるかサッパリだ」
「ふむ……」
「う~みゅ……」
「……」
オクタヴィアとサラ、カリンが何か言いたそうな表情をしていた。
「な、なんだよ?」
「もしかしてナナさんはラーアルさんに「俺も行く」って言ってほしかったんじゃないかなーって……」
「えっ!」
「確かに……」
「おいおいオクタヴィアまで」
「主達は深い仲だったのであろ?」
うっ! いやまあ……確かにそーゆー部分は意図的に話してないけど、確かにナナとは――。
「い、いや。ほら大公国までっていったら長旅で酒が飲めるようになるまでは俺には厳しいかなーって……」
「その話をナナ殿にはしていたのか?」
「…………」
黙り込んでしまった俺を三人の女は『やれやれ……』といった雰囲気の視線を送ってくる。
なにこのアウェーな感じっ!?
「ま、まあそれがこの剣を処分できない理由だよ」
「ふむ。そういえば姫君に剣に誓いを立てさせられたのだったな」
「さ、さすがにそれは言わないぞっ!」
俺は先に防衛線を張った。
「ラーアルさんだモン! 『みんなを守る立派な騎士になる!』たぶんそんな誓いですよ☆」
ニパっと笑いながら、そんな事をいうサラの言葉はそのものズバリだった。
『守る』
誰がとか何をとか考えずそう誓ってしまった。
だから俺の役割は前衛――その中でも盾ファランクスと呼ばれるポジションになっているのだ!
次話『おかしなミリアと森の出会い』へと続く。
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