作者様からの自薦 5 ~【手】~

 実に温和な雰囲気の土地だった。

 彼らがこの地に入ってスコップを始めて二週間が経つが、特に名作を掘り当てたわけではない。それでも二人に悲壮感が漂わないのは、土地柄がそうさせているのかもしれない。


 陽射しの優しい田舎の村で、黙々とスコップを振るう。


 一休みにと、二人は小川で手足を濯ぎ、冷たい水で顔を洗って汗を流した。


「いやあ~。気持ちいいっすね」

「ああ。これで名作が出てくれば言う事なしなんだがな」


 木陰に腰を下ろした二人。


「隊長、あの子、ほら」

「本当だ。毎日毎日よくもまあ」


 小学生くらいの女児、その存在を二人は明確に認識していた。

 村の外れにある研究所で作られたアンドロイドなのだ。


「あなたたち、また掘ってるのね」


 アンドロイドではあるが、どう見ても人間にしか見えない。


「ああそうだ。これが俺たちの仕事だからな」

「君も一緒に掘ってみるかい?」


 隊長と隊員の声掛けに、女の子は小さく頭を横に振る。


「遠慮しておく。ジョイント部分に異物が入ると困るから。博士が動かなくなってからなるべく故障しないように気を付けているの」


 実にのどかで、優しい雰囲気の土地である。

 だが、その温和な土地の片隅に、少々異質な研究所があった。そしてそこで彼女――アンドロイドの少女――は生活している。


「そうか……博士に、よろしくね」

「ええ。伝えておく。だけど博士はもう動かないから、伝わったかどうかを確認する術がない」


 無表情なアンドロイドであるが、その面持ちにはどこか寂し気な雰囲気が漂った。


「やっぱり寂しいかい?」


 隊長の問いかけに、アンドロイドは小さく首を振る。


「いえ。私には感情がない。だからそう問われても困る」


 アンドロイドの答えに、隊員が質問を投げ返した。


「困るってのも立派な感情さ。博士の研究室を見させてもらった時、君の設計に博士は感情を持たせようと躍起になっていた形跡がある事に気付いた。本当は持っているんだろう? 感情をさ」


 隊員の言葉に、アンドロイドの少女はじっと見つめ返して口を開いた。

 瞬き一つない、無機質な瞳。


「感情は諸刃の剣。プラスの物もあればマイナスな物ある。善を誘因する物もあれば悪を誘因する物もある。私には不要な物よ」


 そのまま背を向け、ひとりごちるように小さく言葉を続けた。


「私は自分が動かなくなるまで、ただあの場所へ戻るだけ。あの場所に居続けるだけ。それ以上でも以下でもない。無価値な存在よ」


 そう言って立ち去ろうとする彼女の背に、隊長が声をかけた。


「それが君の、博士に対する復讐かい? それとも、博士に対する愛かい?」


 人口が激減した限界集落に活気を持たせようと、とある博士が開発したアンドロイド。

 だが、その彼女が自らの足で立ち、自らの目でその集落を見るまでに開発された頃には、既に研究所以外の場所に人はいなかった。

 そして最後に残った住人である博士もまた、彼女を残してこの世を去った。


「分からない。善も悪も、復讐も愛も、私には全てが無価値。私の存在さえ無価値。貴方たちもなるべく早くこの土地を去ってほしい。この土地に、変な意味を持たせないで」


 隊員と隊長に見送られ、彼女は誰もいない集落の見回りを行う。

 それはもう何年も続いている日課であり、この先何年も続いていく日課であるのだろう。


 だが一つ確かなのは、彼女はその手で壊れた建物を修繕し、風化していく集落を保全し続けている。

 僅かな田畑の手入れも行い、彼女が食すわけではない農産物の生産を行っている。小さくも力強いその手で、誰もいなくなった場所を変わらぬ形で守り続けている。

 そして彼女が体を休める研究所には、彼女がこの先何百年と動き続けられるだけのメンテナンス品が大量に積まれており、博士が残したそれを少しづつ消費しながら、彼女は変わらぬ無垢な日々を過ごしている。


「隊長、この世界のスコップはこのくらいですかね」

「ああ。願わくばあの子が心優しいままでいてくれる事を願って、俺たちは邪魔をしないでおこう。感情が無いなんて嘘さ。あの子は優しい。博士の白骨体を今でも世話し続けているのは、きっと復讐なんかじゃないさ」


 博士の遺骨を墓に収めようという隊長と隊員の提案を、彼女は頑なに拒否した。

 ベッドに横たわり、白骨化するまで放置された博士には、今でも日々変わらず食事が用意されている。


「残酷なのか、そうでないのか。俺たちの常識で判断すべきじゃありませんね」


 こうして二人は、この世界でのスコップを坊主のまま諦め、新たな世界へと旅立つのであった。

 願わくば、アンドロイドの日常が今のまま延々と変わらぬ事を願って。





 二人が去ったこの世界で、彼女は今日も博士の世話を続けていた。


「ふふ、邪魔者は去った」


 白骨化した博士の遺体に掛けられていた毛布を、彼女は乱暴に引き剥がす。

 そこに露呈した博士の肋骨の隙間に、一振りのナイフが引っかかっていた。


「抜いてあげない。このナイフは私を生み出した貴方への罰。こんな何もない無価値な場所に、こんな無価値な私を作り出した貴方の罪は、そうそう消えやしない」


 そのナイフは血痕によって深く錆びが刻まれており。

 白骨体の横たわるベッドは赤黒く染まっていた。


 彼女は小さく笑みを浮かべると、今日も博士に食事を提供する。

 決して食される事のないその食事には、毒性の強い農作物ばかりが使われていた。


「スズランの花は綺麗よ。ふふ、ふふふ」





◆作者様から頂いた自薦作品を紹介します


タイトル:手

ジャンル:現代ドラマ

  作者:加藤ゆうき様

  話数:30話

 文字数:51,058文字

  評価:★15 (2017.2.19現在)

最新評価:2017年1月27日 08:05

 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881680902

 検索時:タイトルでは難しいです。作者様名『加藤ゆうき』で検索しましょう。


キャッチコピー

 人の「手」は善にも悪にもなるーー。


頂いたお便り(近況ノートより転載)

 犬のニャン太さま、初めまして。

 加藤ゆうきと申します。

 ぜひ読んでいただきたい作品があります。


 中編「手」です。

 キャッチコピーでもある「人の手は善にも悪にもなる」ことを強調しています。

 人の手が表裏一体であることに注目していただけたら、と思います。

 もしよろしければ、私の近況ノートにお返事をお願いいたします。



感想★★★

 特別目立った減点理由がありませんので、満点にて!

 ただ読者の皆様に注意点が御座います。


 先ず、アンドロイドは出てきません(笑)


 それから、お話は基本的に暗いです。

 一気読みしてしまえる高いクオリティーは間違いありませんが、明るく楽しい気分になりたい時に読むべき作品では御座いません。


 太く、鋭く、心に訴える何か。

 文字数も手軽に読める中編で、グッとくる何かを投げかけてくれます。


 物の見方、捉え方、狭くなりがちな現代人に丁度いいエッセンスなのかも知れない。

 私はそんな感想を持ちました。


 皆様も是非、ご一読下さい。

 

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