読者様からの推薦 2 ~【泡沫の夢をみる 絵師の登楼】~

 無数に存在する物語の世界。

 スコッパー達はそれぞれ、お気に入りであったり、得意であったり、そういった趣味趣向に寄るところのジャンルという物を持っている。


 スコップ歴の長いスコッパー程、幅広いジャンルを掘る事が出来るのだが、同時に得意ジャンルという物に対する愛着も深くなっていく傾向が強い。


 隊長とて例外ではなかった。

 この日、珍しく休暇を取った二人は、隊長が古くから通い慣れている世界へと足を踏み入れていた。


「隊長って、こういう雰囲気が好きなんですね」

「ああそうだ。時代の古い新しいこそあれど、人間という存在は大差がない。価値観の違いこそあれど、本質は同じ人間だ」


 楽しければ笑い、悲しければ泣き、そこにある感情は古今東西同じ「人間」が描き出す物語である。

 隊長は、そう主張する。


「どうにも毛嫌いされがちだがな、俺は歴史・時代ジャンルこそが主戦場だと思っているのだよ」

「そうでしたか。実は自分もそうなんですよ」


 隊員は目を輝かせて言葉を続けた。


「歴史上の偉人も、言ってしまえばただのオジサンじゃないですか。魔法が使えるわけでもないし、トラックに轢かれて転生したわけでもないんです。ヒーロー然とせず、人間臭い描かれ方をしている歴史小説が大好きなんですよね」


 隊員曰く、織田信長ほど「愛」に拘った武将もいないのだとか。


「まあいい。今日は貴様の歴史観を聞くためにここへ連れてきたわけではないのだ」


 古めかしい街並みが美しく、背の高い建物など存在しない世界。

 貧しい衣服に身を包んだ子供たちが眩しい程の笑顔で駆けずり回り、粗末な生活と不幸とが決してイコールではない事を教えてくれる、そんな世界。


「ついた。ここだ」


 隊長が足を止めたのは、一軒の画廊。


「隊長って、絵画を収集したりするんですか?」

「いや。ただな、ずっと手に入れたいと思っている絵があるのだ」


 足を踏み入れたその画廊には、西洋風な物から和風な物まで色とりどりの絵画が並べられており、それぞれに高額な値札が貼られている。


「絵って高いんですね。自分の小遣いじゃ逆立ちしても無理ですよ」


 隊員の言葉に、隊長は一切の反応を示す事無く、ただ画廊の奥へと突き進む。

 並べられた美しい絵画には目もくれず、ただ奥へ奥へと。


 そして、店の一番奥の隅に立てかけられている額縁の前で足を止めた。


 錦絵。


 独特の技法で描かれた、美しい女性の錦絵がそこにあった。

 その錦絵に値札は無く、端の方に『売約済み』の札が貼り付けられているのだが、その札はどう見ても最近貼られて物ではない。

 四隅が寄れて黄ばんでおり、それこそ数年間貼られたままの『売約済み』である。


 その錦絵を前に、隊長がぼそりと呟いた。


「お前、俺の物になりたいか?」


 絵画に語り掛けるという一見奇妙な行動を、隊員は黙って見守る。


「俺は……お前が欲しい。だいぶ待たせちまったな。だが、お前を俺の物にしたいとずっと思っていた。どうだ、俺の物になりたいか?」


 錦絵の女性とひとしきり見つめ合った隊長は、ふと隊員へ言葉をかけた。


「すまん。この奥に店主がいるはずだ。トイレがどこか聞いてきてくれないか」

「え? ああ、いいですよ。自分も行きたかったところですし」


 隊員は店の奥で店主に話しかけ、その奥にあるトイレへ入った。


 刹那、店の方からガコンと音がし、その直後に猛然と駆ける音が響く。


 すっきり顔でトイレから出た隊員は、鬼の形相となっている店主に首根っこを捕まえられた。


「あんたのお連れさんがうちの絵を盗んでいったようなのだが?」

「え……え? はああああああああ!?」


 その後、隊員はどうにかこうにか隙を見て画廊を脱出。

 せめてもの罪滅ぼしにと、一つの感想を画廊に残したのは、また別の話。




◆読者様から頂戴した他薦作品を紹介させて頂きます。


タイトル:泡沫の夢をみる 絵師の登楼

ジャンル:恋愛・ラブコメ

  作者:早瀬 翠風様

  話数:1話

 文字数:29,891文字

  評価:★29 (2016.11.26現在)

最新評価:2016年9月25日 06:12

 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881449218

 検索時:『絵師の登楼』で検索しましょう。



キャッチコピー

 分は弁えている。だけどそれ以上を望んでしまったらどうすれば好いのだろう



氷川マサト様より頂いたお便り(近況ノートより転載)

 バッチ恋とのお言葉に甘えて、紹介させていただきます!


 『泡沫の夢をみる 絵師の登楼』 早瀬 翠風さん著

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881449218/reviews/1177354054881769613


 ★29

 1話/29,891文字


 早瀬さんが書かれている遊郭シリーズ『泡沫の夢をみる』の第1作目です。

 ハッピーエンド至上主義者を自称されているとおり、苦界のドロドロの描写は控えめで、いい具合の夢に酔いながら切ない恋を堪能できます。

 女同士のバトルや過激な男女の駆け引きが見たい読者さんには物足りないかもしれませんが、遊郭が舞台であればこその細やかな愛情表現が素晴らしかったです。


 続編(21話/29341字)はおしとやかで知的な雰囲気にて完結、続々編は年上遊女と年下青年の恋物語が進行中です。

 順に読まれることをお勧めします。



感想★★★

 まず初めに、遊郭物でありますので、お子様は観覧注意です。

 ただ、紹介者様のお便りにもある通りドロドロ感は殆ど存在せず、性的描写も存在しますがそこはあくまで「心理描写の一環」で描かれており、エロスを求めるような物語ではありません。


 一言で表現するなら「繊細」であり、作者様の繊細さが作品に投影されているような気がしてなりませんでした。

 美しく、繊細で、それでいて強い。



 さて。


 キリスト教の伝来と共に日本に輸入された『一般的な貞操概念』は、どうにも庶民に定着する事がなく、そのまま江戸時代に入ると鎖国とキリスト教の弾圧によって霧散。

 お代官様に手籠めにされるとお嫁に行けなくなってしまうのは、文明開化のずっと後の話だという事を皆様はご存じだったでしょうか。


 そんな時代、そんな世間にあって、遊郭という場所は実に華やかで美しい場所として栄えながら、それでもやはりそこで働く当事者である女性には「苦しい世界」だった。

 現代の夜の仕事や風俗の仕事とは全く違う、遊郭特有の世界観を、とても繊細なタッチで描き出した素晴らしい作品だったと思います。


 ぜひご一読下さい!

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