第5話 譲れない一線 ~【星のギルドの名探偵〈ディテクティブ〉】~

 隣町で老夫婦が殺害された。

 事件はそれだけにとどまらず、あろうことか老夫婦はその場で調理され、惨たらしく食されていたというのだ。


 そんな凄惨な事件が起きた翌日の朝。


 隊員は痛む頭を抱えて上半身を起こす。

 いつの間にかソファーで寝てしまっていたようだが、どうにも体が重く頭が痛む。

 寝る前の記憶も曖昧で、無性に喉が渇く。ふらつく足取りでキッチンへ向かった隊員は、そこで恐ろしい情景を目にした。


 テーブルの上に置かれた古びた陶器の皿には、べっとりと赤い模様。


「嘘だろ……」


 更に、陶器の皿の傍らには金属製と思われる凶器が二つ。

 数本の鋭い突起が付いた得物と、肉を引き裂くのに適しているノコギリに近い刃物。


 隊員の背筋が凍った。


「隊長! 隊長!」


 眠り薬でも盛られたのだろうか、痛む頭を抱えながら隊長の姿を探す。

 昨夜、ともに食事を取った所までは覚えているのだが、その後の事は面白いように記憶がない。

 その時、奥の部屋から隊長が姿を見せた。


「なんだ、起きたか」


 隊長の口角に、べっとりと赤い何かが残されている。


(間違っている……こんなの、間違っている!)


 隊長はゆったりとした足取りでソファーに腰を下ろした。


「ああすまん、キッチンを勝手に使わせてもらったよ。やはり子供の頃から慣れ親しんだ食材という物は、どこか安心させてくれるな」


 笑顔で言う隊長。


(子供の頃から? 隊長はいったいどんな半生を送って来たんだ……やめさせなきゃ)


 目が泳ぎ、完全に動揺する隊員の様子に気付いたのか、隊長は立ち上がるとキッチンへと歩を進める。


「あまり体調が良くないのか? それならば片付けも俺がやろう。座っているといい」


 言いながら、隊長はテーブルの上にあった陶器の皿を手にした。


「ああそうだ、皿とフォークとナイフも勝手に借りた。フライパンとサラダ油、フライ返しもな。それと当然だが卵も一つ使わせてもらった」


 その言葉に、隊員は愕然となった。


「隊長! 目玉焼きになぜ、なぜケチャップなのですか!」

「ほう、貴様は醤油派だと?」


 隊員は喉の渇きも忘れ、猛然と食って掛かった。


「当然です! 半熟を少しばかり超えた絶妙な焼き加減の黄身には、醤油こそが絶妙なバランス。ケチャップでは卵の味が台無しですよ!」

「半熟を少し超えた焼き加減だと!? ふざけるな! 黄身までしっかりと火を通し、ケチャップで食してこその目玉焼きだ!」


 隊長が右手にナイフ、左手にフォークを構えた。

 隊員も応戦すべく、キッチンから菜箸を手に取った。


「目玉焼きは箸で食べるのが和の心です!」

「笑止、ケチャップで味を補う以上、そこに在るべきはナイフとフォークだ!」


 隊員は手にしていた菜箸を高く掲げた。

 その菜箸は、柄の部分が紐で結ばれて一対になっているタイプである。


「だから、そもそもケチャップが邪道なんですよ!」


 隊員は舞うようにして菜箸を振るう。

 紐で結ばれた菜箸は、ヌンチャクのように弧を描き、腕の振りとは少し遅れて先端部分が隊長を襲う。


 だが、その攻撃もナイフとフォークで完全に防がれてしまった。


「ふん、二日酔いの身体で俺と戦おうと言うのか。これだから頭の悪い奴と付き合うのは疲れる」


 昨夜飲み過ぎた事を後悔しながらも、隊員は譲れない一線を守らんとする。


「誰がなんと言おうと、目玉焼きには醤油です!」

「黙れ! 醤油だ醤油だと騒ぎ立てる前に、感想の一つでも書いて見せろ!」

「くっ、いいですよ。でもその前に、ケチャップは間違いだったと言わせてみませす!」


 不毛な戦いを繰り広げる二人が隣町で起きた事件を知るのは、この日の夜になってからであった。





◆本日読んだ作品を紹介します


タイトル:星のギルドの名探偵〈ディテクティブ〉

ジャンル:ファンタジー

  作者:アオヤマ様

  話数:8話

 文字数:32,979文字

  評価:★46 (2016.11.11現在)

最新評価:2016年9月30日 14:21

 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881411806

 検索時:『星のギルド』で検索しましょう


キャッチコピー

 探偵は戦場にて推理する


感想★★★

 お見受けしたところ、漫画コンテスト応募作品でしょうか。

 ファンタジージャンルにあって珍しく、推理要素を入れ込んだ作品。

 どちらかと言えば脳筋系の主人公視点で描かれていくストーリーは、世界観も含めて練り込まれており、しっかりとしたファンタジー物に仕上がっています。

 頭脳が武器。ただそれだけの言葉に大きな解釈を付加し、立派なファンタジースキルとして成立させたアイデアが秀逸。


 読者としては、続編に期待したくなるラストも良かったです。


 ぜひご一読下さい。

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