魔法使いの機関銃

漂白済

魔法使いの居る戦争

 帝国歴1499年 6月1日 デーレンタール平原 



「連絡、司令部。此方コルベルク01。コルベルク小隊は王国軍本陣まで距離10000フェート。コルベルク小隊は所定位置に到着した。小隊はどうなってる?送れ」

「此方司令部。マインツ小隊は後方1000フェートの位置を移動中の筈だ。ケルン、アウクスブルク両隊は所定位置に到達済みでその位置で待機している。コルベルク小隊も現在地点で待機されたし。送れ」

「コルベルク小隊、了解。交信終了する」


 コルベルク魔道科小隊の小隊長ベルンシュタイン少尉はカナリス准尉が背負う無線機にマイクを戻した。


 現在、コルベルク小隊は王国軍が放棄した塹壕線の中に身を潜ませている。


「コルベルク小隊聞け。我々は作戦開始まで現在地で待機する。作戦開始はマインツ小隊が着いてからだ。今のうちにもう一度装備の点検をしておけ」


 小隊指揮下の兵達が装備の再点検を開始する。チャカチャカと無駄な音は立てず、最小限の手際で点検事項をクリアしていく。


「カナリス准尉、地図を出せ。そして本作戦の目的を答えてみろ」

「は、はっ!本作戦は王国軍の重要拠点であるデーレンタール砦を占領することであります!」


 上擦った少女の声をカナリス准尉は上げた。士官学校を満足に卒業する前に戦場に来たひよっこ士官はベルンシュタイン少尉が同校の卒業生というだけの理由で少尉の部隊に配属された。


 面倒を見ろ、というのが上からの命令である。貴重な魔道科の士官は本人の意思とは無関係に軍部に重宝されるのだ。いや、こき使われるの間違いか。

 せめてカナリス准尉が使いパシリになる前に死なないように、とベルンシュタイン少尉はカナリス准尉に命令以上に目を掛けていた。


「まだ作戦は始まってもいないぞ准尉。緊張は必要だが、過度の緊張は筋肉を委縮させ、思考を鈍らせる。敵の弾は当たらんと祈っていれば当たらない物だ。・・・・・・それでもっと詳しく説明してみろ准尉」

「すぅ・・・はぁ・・・・。はいっ。作戦開始と共に味方の砲撃があり、陽動の第11機甲師団が前進。その後、複数の魔道科小隊からなる少数の部隊でデーレンタール砦を奪取します」


 深呼吸をして落ち着きを取り戻したカナリス准尉は作戦の内容を述べた。説明中、地図上の地点を指さしながら説明するようにさせたのは士官学校でやる実戦を想定した戦術論の授業を思い出させるためだった。ルーチンワークは異常の中にあって人に安心感を与えるものだ。だからと言ってそればかりに頼るのは危険だが。


「よろしい准尉。ならばなぜ、デーレンタール砦を少数の兵力で攻略しなければならないのか説明してみろ」

「デーレンタール砦は平原の東端、山岳部の麓に位置しており砦と平原の高低差、地形上の問題から多数の兵力を用いての攻略は味方の損害が多くなってしまうからです」

「そうだな准尉。問題無いだろう。だから、准尉は訓練通りに自分の仕事をこなせ。スコアを考えるのは准尉がこの戦いを乗り越えてからだ。いいな?」

「はいっ!」


 カナリス准尉は歳相応の笑みを浮かべて威勢の良い返事をした。


「カナリス准尉、ここは敵地ですのであまり目立つ声は上げないでいただきたい」

「あ、すみませんゲルハルト軍曹・・・・」


 だが、古株のゲルハルト軍曹にそう釘を刺され笑顔が途端に暗くなった。その姿に、「三年前の自分もあぁやって軍曹に怒られたな」とベルンシュタイン少尉は思い出していた。三年前はベルンシュタイン少尉はあそこまで愛想があったわけでは無かったが、ひよっ子ではあった。


「准尉。准尉も装備の再点検を始めろ。特に准尉の背中に負ぶわれている無線機は見落としの無いようにな」

「はいっ」


 ゲルハルト軍曹に怒られてカナリス准尉は声を落として返事をした。流石に慣れた手つきで点検を始めた。


 ベルンシュタイン少尉も自分の銃の再点検を始める。どこにもおかしな箇所は無い。当然の事だが、こうしていることで非日常の中にベルンシュタイン少尉の日常を作り出して、心中の緊迫を抑え込む。


 ベルンシュタイン少尉は予備の弾も落としていないか確認する。通常弾式、散弾式、爆裂弾式、貫徹弾式。全ての弾種の弾倉がちゃんと腰のポーチに納まっていた。


 魔道科に配属される人間はそうで無い者から畏怖を込めて魔道士ヘクセと呼ばれる。弾式とは魔道士が詠唱によって体内を循環する血液を媒介にして現実に表す魔術を予め弾に込めて簡略した物だ。簡略術式とも呼ばれる。

 近代魔道士はじょうではなくじゅうを持ち、魔術を行使する。


「ベルンシュタイン少尉!司令部から通信です!第11機甲師団が砲撃を開始、120秒後に進撃を開始すると!」

「始まったな」


 カナリス准尉が無線で聞こえた内容をベルンシュタイン少尉に報告する。その声はこの場にいるコルベルク小隊の全員に聞こえていた。


 遠くから砲撃の爆音が聞こえてきた。それらが弾着し地面に触れて爆発する。腹を震わす轟音がデーレンタール平原に響き渡った。


 ベルンシュタイン少尉は首に装着した咽喉マイクに指を当てて話を始める。


「准尉、無線封鎖。緊急時以外は無線傍受を防ぐために無線機を絶対に使うなよ。砲撃が止んだ120秒後、コルベルク小隊はデーレンタール砦に足で向かう。第11機甲師団が王国軍と直接交戦し始めるのを確認してから飛行術式を使用。高度を8000に維持しデーレンタール砦まで詰める。いいな?」


 最前線に勤めるコルベルク小隊の隊員は精鋭が揃っている。誰もがベルンシュタイン少尉の指示に頷いた。ひよっ子のカナリス少尉も頷いた。彼女も前線に配属される程度には優秀な成績を学校で認められコルベルク小隊に配属されていた。


「行動開始だ―――」


 魔道士ヘクセ達は塹壕の中を走り出した。







 高度8000フェート。そこは人間の生存圏から離れた世界。人間が活動できるのは限られた時間の中だけだ。

 それは魔道士とはいえ例外ではない。酸素マスクにゴーグルを装着しコルベルク小隊は進撃していた。


 地上では第11機甲師団と王国軍デーレンタール砦守備隊が交戦中だ。作戦通りに進んでいれば、第11機甲師団は次に後退を始めるだろう。

 攻勢に転じたと勘違い・・・した王国軍エスカルゴはジリジリと後退する第11機甲師団を追撃しデーレンタール砦から離れていく、という筋書きだ。


(正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった・・・・)


 ベルンシュタイン少尉は好調に反攻する王国軍部隊を俯瞰してそう感じていた。

 第11機甲師団にも魔道科部隊は存在している。その彼らのお陰で王国軍の目を欺けているのかも知れないな、とベルンシュタイン少尉は考えた。


 中世的な組織体系を保持し続ける王国軍にとって魔道士という存在は地位が低い。王国軍の魔道士達は一人の例外もなく軍内での出世は望めず昇給も無い。従って王国軍の魔道士の士気は低く、練度は比べるまでも無い。

 更に装備も旧式が多く、此方の射程の半分程度だ。そして騎兵のような兵科が前線で活躍しているのは王国軍エスカルゴが封建的で保守的な意識の殻に閉じこもり、技術革新に消極的で牛歩の歩みを見せている証拠だ。


 この情報を過信し過ぎるのは危険だが、ある種の余裕を持たせる意味でもカナリス准尉には一定の効果が出ているようだった。初陣で緊張こそすれ、カナリス准尉の行動は模範的だ。だが、教科書通りと言ってもいい。戦い慣れしている魔道士という稀有な存在が偶然にもカナリス准尉目掛けて飛び込んでくれば、彼女の生存率は明らかに低い物だという事は誰でも分かってしまうだろう。


 出来るならカナリス准尉には生きてほしかった。彼女は魔術の適正があるというだけで軍に徴兵されている。国の奨学金で大学相当の高等教育を受けられたとは言え、そのあとは戦場に放り込まれ暴力を強制される。限られた人間にのみ現出する魔術の才がカナリス准尉の人生を幸せな物にしたとは思えない。


 勝手なお世話とは思いつつ、出来るだけカナリス准尉をカバーする。自分にはそれが出来ると言い聞かせてベルンシュタイン少尉はコルベルク小隊の前を飛ぶ。


 次第にデーレンタール砦が見えだした。


 王国に侵攻するにはエギーユ山脈を越えねばならない。その関門となるのがデーレンタール砦だ。

 デーレンタール砦は我らが帝国の侵攻を長い間防いでいた。堅牢無比と呼ばれたデーレンタール砦のおかげ帝国は王国への攻撃を躊躇していたが、すでに帝国がデーレンタール砦の前で足踏みをする時代は過ぎ去っている。


 デーレンタール砦まで1000フェート。周りに敵影は無し。王国軍はすっかりまるっと策に嵌ったようだ。


 ベルンシュタイン少尉が停止するとコルベルク小隊も同じように停止、高度8000で滞空する。

 足下にはデーレンタール砦がある。ベルンシュタイン少尉は自らの銃を下に向けた。そして親指を曲げた状態で片手を掲げた。四。四つ目の弾式、貫徹弾式を装填しろ、という合図だ。


 短い間で銃の装填を終えたコルベルク小隊は先頭のベルンシュタイン少尉を見た。ベルンシュタイン少尉は酸素マスクを一度外すと、一度、頷いた。


「帝国に勝利あれ!」


「「「「「「「「「「「「「「帝国に勝利あれ!」」」」」」」」」」」」」」」」


 ベルンシュタイン少尉は飛行術式を解除すると重力に身を任せる。

 顔を下に足を太陽に向けて、コルベルク小隊は高高度から降下を開始する。


 ベルンシュタイン少尉の頬を冷たく鋭い風が撫でる。本能的な恐怖を烈風が吹き飛ばす。高鳴る鼓動が腹の底から這い上がろうとする緊張感を押し上げてくる。


 ベルンシュタイン少尉は右手を上げ、そして振り下ろした。


 ダンッ!


 空になった薬莢がベルンシュタイン少尉の顔目掛けて吹き飛んでくる。しかし、そんな物に構わず、トリガーを引き続ける。


 貫徹弾式。その正式な名称を貫通徹甲榴弾式という。この弾式は字の如く目標を貫き爆発する。


 最初に放った弾式がデーレンタール砦の天井に弾着した。爆発に伴って巻き上がった粉塵が確認できた。


 銃から伝わった反動が消えた。弾倉にあった弾式を撃ち尽くしたのだ。コルベルク小隊の全員が装填した貫徹弾式を撃ち尽くした。だが、貫徹弾式の弾幕は消滅していない。


 マインツ、ケルン、アウクスブルクのどの隊か。いやこの三つか。だが、味方の存在をベルンシュタイン少尉は背中で確かに感じていた。


 ベルンシュタイン少尉は指で二を示す。散弾式装填の合図だ。

 ポーチから落とさぬよう慎重に散弾式が込められた弾倉を取り出し銃に装填する。


「砦に侵入し、王国軍の兵士を排除する!飛行術式展開!」


 あらん限りの大声でコルベルク小隊の全員に聞こえるように叫んだ。

 ベルンシュタイン少尉は己の飛行術式を展開した。魔法陣がベルンシュタイン少尉の前面に展開され、重力がベルンシュタイン少尉を避けるように下に流れて落ちた。


 貫徹弾式でデーレンタール砦の天井は大きな穴が幾つも空いていた。ベルンシュタイン少尉は身近な穴からデーレンタール砦に侵入した。


 一番先にデーレンタール砦に舞い降りたベルンシュタイン少尉は安全確保の為に周囲に警戒を払う。しかし、先の貫徹弾式の雨霰によって侵入先の廊下に残っていたのは瓦礫と死体だけだった。


 死体の中で五体満足な死体は数少なく、彼らの青の制服で血で赤黒く汚れていた。瓦礫に頭を潰された死体もあり、ベルンシュタイン少尉は地獄に落ちてきたのだと自覚した。この感覚は何度も体験したが慣れないし慣れたくもない。


「少尉っ!」


 カナリス准尉が悲鳴を上げた。


「どうした!?」


 ベルンシュタイン少尉が慌ててカナリス准尉の方を向いた。すると、彼女の視線の先に瓦礫に足を潰され、苦痛に呻く王国軍の兵士が助けを求めるようにもがいていた。


「ハイネン伍長、手伝え!」

「はっ!」


 ベルンシュタイン少尉は現場の近くにいたハイネン伍長と協力して彼の足を潰した瓦礫を取り除いた。

 兵士の足を潰した瓦礫は大の男二人でも持ち上がるかどうか、というほどの重さがあった。おそらく兵士の足は骨まで潰れているだろう。


「伍長、応急手当をした後は拘束して放置しろ」

「はっ!」

「少尉!」


 カナリス准尉がベルンシュタイン少尉の指示に異議を示す。


「彼は怪我をしています。医務室のような、衛生的な場所に連れて行かなければなりません!」

「分かっている。だが、我々には任務がある。その為に友軍は敵の攻撃を誘発させてサンドバッグ状態だ。これ以上の時間のロスは許されない。行くぞ准尉」


 しかし、カナリス准尉はベルンシュタイン少尉に従おうとしない。カナリス准尉はその兵士に背を向け、ベルンシュタイン少尉から庇うようにして立った。


「准尉、駄々をこねるな!今だって友軍の命が失われているんだぞ!」

「彼だって一個の命です!」


 ベルンシュタイン少尉は自分が何を守りたかったのかをよく理解した。この目だ。命は平等で尊い存在なのだと、純粋に信じていられたその彼女の心だ。


 遂には准尉は銃から手を離して両手を広げだした。ベルンシュタイン少尉はどうしたらいいのか悩んでしまう。士官学校でも女性の扱いだけは教えてくれなかった。


 カナリス准尉はジッとベルンシュタイン少尉の心変わりを信じて見つめている。ベルンシュタイン少尉はその信心だけは壊したく無いと感じてしまっていた。


「准尉ッ!危ないッ!」

「えっ――?」

「クソッ!」


 ベルンシュタイン少尉はカナリス准尉を横に突き飛ばした。そして、ベルンシュタイン少尉の頬をピストルの弾丸が掠めた。


「ッ!」


 ベルンシュタイン少尉は銃を構えて、一切の躊躇無くトリガーを引いた。込められていた散弾式がピストルを構えていた兵士の身体をミンチにした。辺りに血飛沫が飛び散った。


「ベルンシュタイン少尉!」


 突き飛ばしたカナリス准尉が駆け寄って来た。彼女はベルンシュタイン少尉の頬にハンカチを当てる。カナリス准尉の白いハンカチはベルンシュタイン少尉の流血で赤く汚れてしまう。


「す、すみません・・・わ、私が・・・私のせいで・・・・」

「准尉、慣れろとは言わない。だが、覚えてほしい。准尉が軍人として戦場に赴いた時、命は平等では無くなることを。同胞の命を優先しなければならないと言うことをだ。分かったか?」

「はい・・・」

「なら話は終わりだ。准尉は俺の後ろを追ってこい。絶対に離れるな。そしてずっと俺の背中を見ているんだ。余計な物は見るなよ」


 きっと、出来たての新しい死体を見ればカナリス准尉は足を止めてしまうだろう。彼女の意思とは関係なく。しかし、弔いに割ける時間は与えられていない。


「はいっ」

「良い返事だ。・・・・・ゲルハルト軍曹、安全の確認は終了したか?」


 ベルンシュタイン少尉は切り替える。時間が無くなった。すぐにでも制圧しなければならない。


「はっ。この階層は放棄された模様であります」

「分かった。准尉、砦内の地図を出せ」

「はっ」


 内通者のリークによって齎された砦の地図だ。この地図によってこの砦の司令部がどこにあるのかが丸わかりだ。だからこそ、秘匿事項として厳重に管理されてしかるべき代物だ。侵入者が言う事ではないが。


「現地点はここだな。指令室は、ここだな」


 地図上で示された指令室をゲルハルト軍曹と共に確認する。指さした場所に指令室がある。だが、そこはこの建物とは別の建物であった。


「コルベルク小隊、指令室に向かう。通常弾式に弾倉を変更しろ。他の施設破壊は別隊に任せる。敵の首は俺達が落とす!」


 返事を待たず、ベルンシュタイン少尉は走り出すと、コルベルク小隊は彼の背を追って動き出した。







 扉の影から顔を出すと、弾幕がベルンシュタイン少尉に迫り顔を引っ込める。


 デーレンタール砦守備隊の兵士達が指令室のある建物と今いる建物の間にバリケードを築いて応射している。


 机を重ねただけのバリケードだが、通常弾式程度なら弾いてしまう。


 ベルンシュタイン少尉は自分の銃から通常弾式を引き抜くと爆裂弾式を込める。


「邪魔だァ!」


 トリガーを引き、銃身から放たれた爆裂弾式はバリケードを兵士ごと吹き飛ばした。

 ベルンシュタイン少尉はもう一度トリガーを引いた。爆裂弾式は向こう側の建物の扉も吹き飛ばす。


「今だ!」


 ベルンシュタイン少尉は扉の影から身を乗り出す。向こうの建物の上層階の窓からは機関銃を構えた兵士がベルンシュタイン少尉に照準を合わせて狙っていた。


 だが、その兵士が機関銃のトリガーを引くより先に彼の眉間に大きな風穴が空いていた。どこの誰が撃ったのか、しかしベルンシュタイン少尉は構わず走り抜けた。それに続いてゲルハルト軍曹らが走って此方に向かってきた。


「運が良いですな少尉。それとも味方がマークしてくれていると分かっていたので?」

「まさか!悪運が強いのさ俺は」


 ベルンシュタイン少尉は再び砦の地図を取り出して、指令室の位置を確認する。


「諸君、頭上に気を付けろ!」


 ベルンシュタイン少尉は銃を天井に向けるとトリガーを引いた。弾式が天井に当たった瞬間に、起動し爆裂する。天井に大きな穴が空くと、ベルンシュタイン少尉は飛行術式を展開した。


「指令室直通の道だ。俺に続けコルベルク小隊!」


 たて続けにトリガーを引くと、見事に指令室までの道が出来上がる。魔法陣がベルンシュタイン少尉の身体を押し上げる。


 ベルンシュタイン少尉が階層を登っていく中で上の階層でバリケードを作っていた兵士達と目が合った。


 ベルンシュタイン少尉はトリガーを引いた。最後の一発が放たれる。空になった弾倉を捨て、通常弾式を装填した。


「さて、終わらせてしまおうか」


 豪奢な絨毯の切れ端をベルンシュタイン少尉は視界の端に捉えた。指令室のある三階層に到着したのだ。


 ベルンシュタイン少尉はデーレンタール砦の責任者とその護衛らしき兵士を確認すると、トリガーを引いた。

 狙ったのは護衛の兵士のみ。砦の責任者にはまだ仕事があるのだ。


「帝国陸軍ヴァルプルギス大将麾下のコルベルク小隊を預かるベルンシュタイン少尉であります。デルランジェ中将でありますね。投降願います」

「ボッシュ共め・・・よくも私の砦をここまで!」


 デルランジェ中将は机の引き出しからピストルを取り出そうとしたので、ベルンシュタイン少尉は机に向かってトリガーを引いた。


「ヒッ!?」


 デルランジェ中将は間抜けな声を出しながら手を引っ込めた。


「我々が必要としているのは貴方の首から上だ。我々の目的に関して言えば貴方の足は必要無い。腕も必要無い。それらが私の恩情・・でまだ身体にくっ付いていることを自覚していただきたい」

「分かった、分かった!投降する!」


 デルランジェ中将は両腕を高く頭上に掲げた。これが王国軍の将官か。腹回りの無惨な膨らみはどうした。王国で将官になるには騎士号が必要だ。デルランジェ中将も騎士ということだろう。


「クソ、クソ!こんな閑職に追いやられたせいで私は!カサンドル、エロディ、ジョルジェット!私はどうなってしまうのだ!?」


 王国の女性名を叫ぶデルランジェ中将。すでに自らの進退ばかりを気にしているようにベルンシュタイン少尉には見えた。彼の怠慢がこの作戦の成否を如実に表しているようだった。


「デルランジェ中将殿。まずは砦内の将兵達に戦闘行動の停止を命令していただく」

「分かった!分かったから私を撃つなよ!?」


 魔道士達に怯えつつサー・デルランジェは砦内の放送に使われるマイクに口を寄せた。


「砦に残った王国軍の将兵達よ!私はデルランジェ中将である。今すぐ戦闘行為の一切を終了させ帝国軍に降伏せよ!戦闘は終了したのだ!いいな!私の命が掛かっているんだ!パリスには私の帰りを待つ三人の妻がいるんだ!」


 見事なまでに酷い演説だった。この場の帝国将兵は王国軍の兵士達に同情を禁じえなかった。


「言った、言ったぞ!頼む!これでいいだろう!?私を解放してくれないか、金っ金なら出そう!だから、私を!あと一年我慢すれば任期を終えてパリスに帰れたんだ!」


 王国軍の失敗は帝国と国境を接する重要な防衛拠点であるデーレンタール砦をこの男に任せたからだとこの場の誰もが思った。


「これが王国騎士の実態か・・・・。見るに堪えん。誰か、中将殿に猿轡さるぐつわをして差し上げろ」

「貴様!誰に物を言っているのか分かっているのか!私は!」

「王国騎士のデルランジェ中将でありましょう。次の出番までしばらくそのままでお待ちいただく」

「なんだと―――ムゴググッ!」


 ようやく静かになった、とベルンシュタイン少尉はため息をした。


「カナリス准尉、無線封鎖は解除だ。無線を司令部に繋げ。作戦は成功した」

「はいっ!」


 場違いな彼女の返事が束の間の平穏が帰って来たことをベルンシュタイン少尉に告げる。

 そして、カナリス准尉に手渡された無線に、ベルンシュタイン少尉はくたびれたという感情を忘れたように話し掛けた。


「此方、ヴァルプルギス魔導大将麾下、ヴァルプルギス魔導師団、コルベルク小隊、小隊長のベルンシュタイン少尉。デーレンタール砦を占領した。繰り返す、デーレンタール砦を占領した!」

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