第3話

 偶然元カレを見かけたあの日から、あっという間に季節は過ぎて、私はまた一つ『お姉さん』になった。


 あの日以来、彼と同じ電車に乗り合わせることも、別の場所でばったり会うことも、もちろんどこかで見かけることも全くなかった。


 やっぱりあの日の偶然は、一生に一度起こるかどうか、くらいの確率のものだったんだろう。

 そんなことが二度も三度も起きるわけないことくらい、十分理解できる。

 私はもうそんな年齢だった。


 右を見ても左を見ても、新しい顔ばかりの我が社。


 社食ですら、ちょっとしたイベントなのだろう。新入社員たちはとても楽しそうにお昼を過ごしている。この時期だけは、毎年、社食というより学食の雰囲気があちらこちらに散らばっていた。


 カレーライスを乗せたトレーを持ちながら、空いている席を探していると、顔を上げたその人と目があった。


「どうぞ!」


 空いている隣の席を勧められたが、ほんの一瞬だけ私は戸惑った。


「ありがとう。でも、視線が痛い席だね」


 彼と、その彼の向かいに座る彼に私は苦笑いしながらそう言った。


「……視線?」


 彼らは気付いてないようだ。

 いや、慣れてしまったのかもしれない。


 女の子たちから向けられるキラキラ輝く視線に。


「さすが、我が社の王子コンビは違うわ」


 私が二年目の時に入社してきたこの二人。

 その時も凄かったけど、今年はもっと凄い気がする。


「いやいや、王子はこいつだけですよ」

「いや、結婚したら王子は卒業です」


 そう口々に言い合う彼らは、確かに色気が増したような気がした。


「ま、みんなの気持ちわかるけどね」


 初めて目の当たりにする『働く男』は、誰も彼も素敵に見えるのだ。

 スーツを着こなし、難しい専門用語を操る。

 英語で電話に出たりしたものなら、一日中輝いて見える。


 王子タイプからは程遠い、前の課長ですら素敵に見えたことがある。


『でね、課長がそこで言ったの!…謝るのも僕の大事な仕事だから。って!!かっこよくない?!』


 元カレにも興奮して連絡したっけ。

 あいつは空返事ばっかりで会話にならなかったけど。



「俺は一年目なんて、忙しかったなぁーってくらいしか記憶にないですけどね」

「だな」

「そうなの?!」

「そうですよ。余裕ないです」

「仕事覚えるので精一杯ですよ」



 正直、意外だった。

 新人の時から、この二人は仕事が出来た。

 余裕がないとか精一杯とか、そんな単語が彼らの口から出てくるだなんて。


『そんなにカッコイイなら、その課長と付き合えば』


 急に、あいつの言葉が記憶の引き出しから飛び出した。


『お前さぁ、自分のことしかないわけ?』


 あの日、余裕のないあいつが子供に見えた。

 私のまわりにいる男とは全然違う。

 彼の存在が急に小さく思えた。


 でも……


 もしかしたら、彼だって毎日精一杯だったのかもしれない。


 彼の話も聞いてあげれば良かったな……

 ふとそう思った。

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