第一章・第三節【影】
=玲奈=
「それでは、本日の会議はここまで。もう暗くなってきたから、寄り道しないで帰るのよ」
生徒会顧問を務める
今日は5月末に行われる体育祭の打ち合わせに、前年度の活動実績から今年度の予算が決定するための会議を行っていた。
「お姉ちゃん、お疲れさま」
「コ~ラ!学校の中では『先生』を付けなさいって言ってるでしょ?」
「あはは、恵美先生。今日の仕事はもう終わり?」
「そうね。会議の内容は書記の子が纏めてくれてるから、それを提出したら終わりかな。だから先に帰っててもいいわよ?」
「待ってるよ。お姉ちゃんだって女の子なんだから、夜道は危ないでしょ?」
「せ ん せ い!……いいの?櫂斗ちゃんが迎えに来てくれるんじゃないの?私が一緒だったらイチャイチャできないんじゃない?」
恵美は嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。
その言葉に玲奈は瞬時に顔を赤くした。
「べ、別にイチャイチャなんてしてないよ!………まだ」
「ふふふ、ごめんなさい。そうね、それじゃあお言葉に甘えようかしら。久し振りに玲奈と櫂斗ちゃんと一緒に帰りたいし」
弱々しい否定の言葉を聞いて満足したのか、恵美は微笑みながら玲奈の頭を撫でながら謝った。
恵美は少し年の離れた私のお姉ちゃんだ。
私と同じ色の長い銀髪を三つ編みにし、美しすぎるくらいに整った顔立ちと完璧なプロポーションは見る者を全てを虜にしてしまう程の美貌だった。
我が姉ながら羨ましいと思わずにはいられないよ…。
お姉ちゃんは今年度からこの学校に新任教師として赴任してきたが、その美貌と生徒を想う真摯な姿勢から、僅か数日で生徒だけではなく教師陣からも信頼されており、僅か数か月で生徒会顧問に就任した。
櫂斗君やユキちゃんとは当然顔見知りで、櫂斗君達の事も弟や妹のように接している。
そして事ある毎に私と櫂斗君の仲をからかってくる困った人だが、小さい頃から憧れ続けている私の自慢の姉だ。
「お疲れさま、水瀬さん」
「あ。皇君もお疲れさま」
お姉ちゃんと話していると、先程まで会議を取り仕切っていた皇君が声を掛けてきた。
「凄いね。皇君のお陰でこんなに早く話が纏まっちゃった」
「いや、俺だけじゃなくて、他の皆のサポートのお陰だよ。当然、水瀬さんもね」
「えへへ、ありがとう」
全く嫌味に聞こえない謙遜の言葉を素直に受け取り、笑いながら話し合う。
まだ一年だというのに完璧に生徒会長の仕事をこなす皇君の取り仕切りのお陰でスムーズに会議は進み、日が沈み切る前に生徒会活動は終わった。
「ところで、もう外も暗くなり始めたし、僕が家の近くまで送っていくよ」
「平気だよ。私だって少し前まで友達の家の道場で鍛えてたんだから!それにお姉…先生も一緒に帰るし」
「道場」とは、当然櫂斗君の家の事だ。
昔、弱かった自分を救ってくれた櫂斗君のように、そして自分を変える為に、私は高校受験前まで彼の家の道場に通っていた。
決して!気になる男の子に近付くための口実の為に通っていた訳じゃない。
ないったらない!
「でも、女の子だけで夜道を歩くのはやはり危険だ」
「あら、私のことも女の子扱いしてくれるの?」
「何言ってるんですか。当り前じゃないですか」
お道化たお姉ちゃんに対しても当然のようにそう言う皇君は、流石に人気No1の男子だと思う。
普通の女子だったらあんなこと言われたら勘違いしちゃいそう。
…まぁ、お姉ちゃんは昔からお世辞には慣れてるからそんなことはないんだけど。
「大丈夫だよ、皇君。連絡入れたら迎えが来てくれることになってるから」
「…そうなんだ。ご家族、かな?」
「うん…。家族みたいなもの…かな?」
もう長い付き合いになるし、家族ぐるみでの付き合いもあるし、「家族」と言っても過言ではないだろう。
うん、過言じゃない。言うだけならタダだもんね!
少し大胆な発言に若干頬を赤くしながら帰り支度を終える。
隣でお姉ちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべてこっちを見ているが、それは無視する。
そして、携帯を取り出して櫂斗君に連絡をしようとし―――
―――キャアアアアアアアアアアアアアア!!!
校内に響き渡った悲鳴によって、生徒会室の雰囲気が一変した。
「…い、今の、なんスか!?」
「悲鳴…みたいね。しかも尋常じゃない!」
突然響き渡った悲鳴に、生徒会室が騒然となる。
呆然とする生徒会メンバーのやり取りを聞きながら、私は真っ先に行動を起こした。
「皆は危険だからここから動かないで!」
今の悲鳴は…下から?急がないと!!
「え…あ、れ、レイさん待って下さいッス!!」
健太君の静止の声を無視して私は生徒会室を飛び出し、階下に向かう。
部活の喧騒もとっくに収まっており、校内は不気味なほど静かだった。
先程の悲鳴の在処を探ながら廊下を走り、階段は全段を一気に飛ばして駆け下りた。
(…………いた!!)
そして一階の下駄箱の近くに差し掛かった所で人の気配を感じ取る。
恐らく外へ逃げようとしているのだろう、今尚気配は動き続けていた。
「水瀬さん!!」
「皇君…それに皆も!?」
「やはり一人は危険だ!皆で一緒に動くべきだ」
「…でも」
「そうよ、玲奈。」
「…お姉ちゃん」
困惑する顔をする私に、生徒会メンバーと恵美がそう言った。
「あなただけ危険な目に遭わせる訳にはいかないわ!…私じゃ役に立たないかもしれないけど、それでも私だけ安全な場所に居るなんてこと、大人として、教師として、…ううん、姉としてできません!」
恵美の自分を顧みないその姿は、まさに聖職者と呼ぶに相応しいと素直に思った。
流石は私が憧れる自慢のお姉ちゃんだ。
「…解った。これから校庭に向かうけど、絶対に私の前に出ないでね!」
「解ったわ。玲奈も、絶対に無理だけはしないでね」
「よし、話も纏まった所で急ごう!」
皇君の号令で私達は再び駆け出した。
昇降口で靴を履き替え、急いで校庭に向かうと一人の女生徒が校庭を横切るように走っていた。
「…ハァハァっ!…あの子一人だけか?」
辺りを見回しても、今校庭を走っている女生徒以外には人影はない。
だが、女生徒は今も尚必死に何かから逃げるように走り続けている。
疑問には思ったが、とりあえず女生徒と合流する為に玲奈達も走り出した。
その時、異変が起こった。
「…え…何?あれ」
突如校庭の中心に、前触れもなく現れた“何か”に目を奪われる。
校庭の中心から現れたモノは、黒い靄のような、一言で表すなら“影”だった。
「な…なんか、ヤベェッスよ。絶対っ…!」
一目見ただけで全身から鳥肌が立った。
それは周りの生徒会メンバーも同様だったようで健太君が震えながらそう言った。
皇君も険しい表情で“影”を睨んでいる。
「皆はあの子の所へ!私はアレをなんとかしてみます!!」
「わ、解った。玲奈、絶対に無茶はしないで…!」
青白い顔をしながらも生徒の身を案じるお姉ちゃんに微笑で返事をする。
そして女生徒の元へ向かうお姉ちゃんを見送ってから、私は“影”と女生徒との間に割り込み、“影”と向かい合った。
すると、今までゆらゆらと揺れて這いずるだけだった“影”は、一気に膨れ上がり人の型になった。
成人男性くらいの大きさになった“影”は、その手に“影”で出来た剣を握っていた。
そして“影”はこちらの方を向くと、濃密度な殺気が放たれた。
常人なら気がおかしくなっても仕方ない程の殺気を全身で受け総毛立つ。
……殺される。
そう自覚した途端、足が震えだす。
「逃げなければ」という本心と「逃げたら皆が危ない」という思いが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざりあい、まともな思考ができない。
すると、今までのゆっくりとした動きが嘘のような速度で一気に間合いを詰め、手に持った剣を大きく振りかぶった。
剣を振り下ろす瞬間、咄嗟に跳ねるように後ろに下がる。
しかし、震える足は言う事を聞かず、無様に地面を転がってしまう。
すぐさま顔を上げると、今まで自分が立っていた場所に“影”の剣が地面を砕いて突き刺さっていた。
もし転んででも動いていなかったら、そう考えると背中に冷たい汗が流れる。
“影”は剣を振り抜いた状態のまま顔だけをこちらに向けている。
ビクっと体が震え、立ち上がろうと足に力を籠めるが、震えた足は意思とは別に全く力が入らない。
そして“影”は剣を引き抜き、再び構えながらこちらに向かってきた。
遠くでは必死に何かを叫んでいるお姉ちゃんと生徒会メンバー、そして青白い顔でこちらを見ている先程まで“影”に追われていた女生徒が居た。
(…これで、終わりなの?)
その時、頭に浮かんだのは後悔だった。
命知らずな行動を取ったことへの後悔ではない。
ただ、頭に浮かんだ少年に何も伝えずに終わることに対する後悔だ。
(……ごめんね。櫂斗君)
私は心の中で彼に謝罪し、迫りくる死を目を固く閉じて待ち受けた。
§∞§∞§
―――だが、予感しか終わりは一向に訪れなかった。
私は固まった瞼に力を入れて恐る恐る目を開けた。
そこには、“影”の一撃を手に持っている白鞘袋で防ぎ、私を守ってくれた少年の背中があった。
それは、私の最高の
今、一番会いたかった人の背中。
涙腺が決壊し、涙を流しながら私は彼の名前を叫んだ。
「櫂斗君!!」
異世界神話の異端者《ワールド・ブレイカー》 mossan @code-mossan
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