11.終わりの始まり。
「自殺……? 何を言っているの?」
「別に、お前を攪乱させるために言っているわけじゃない。本心だよ。どこにも嘘なんてない。おれのただの本音だ」
「どういうこと?」
余計におかしい。ウォルクの頭がおかしいのか、私の頭がおかしいのか。まるで頭がついていっていない。何を言っているのか分からない。自殺志願者である私が何を言っているんだって感じだが、それでも分からない。
私は何度も、いつだって、毎日、死にたいって思っている。この鬱々とした生活が、勇者の子どもとして生まれてしまった宿命に嫌気が差している。全てを消滅させるためには、自殺が一番手っ取り早いと思っている。でも、それは、前向きであるがためのもの。もっと高くジャンプするために腰を低くして、足を曲げているだけのこと。
それでも、生きようとするためのものだった。どうしようもなく私の人生は破綻してしまっているけれど、もう、取り戻せないけれど、それでも後ろ向きなことを考えて、それを否定して、黒く塗りつぶして、前向きになりたいがための、後ろ向きな思考。
でも、でも、でも。
目の前のウォルクの言っている自殺は何かが違う。本物だ。私のように地べたをはいずりまわって生きながらえようとするような小汚い生へとの執着など微塵も感じさせない。
本当に、本物の自殺志願。
ありえないほど純粋なものを持っている。生物は生きるために何かをしているのに。それすら放棄している、そんな眼をしていた。覚悟をしている瞳だった。
「俺達魔王の子どもは魔王から力を継承した。その力は絶大だと、俺自身思っている。だがな、この力は危険だ」
「そんなこと、分かりきっているじゃない」
「そうじゃないよ。お前はきっと分かっていない。破壊や殺戮できることだけが危険じゃない。強大過ぎる力は周りだけでなく、自分をも傷つけるもんだ。俺はこの力を手にした瞬間、人格が切り替わったように感じた。呑まれたんだ。自分の心の弱さにつけこまれた。だって、いきなりだ。いきなり天から金銀財宝が振ってくるようなものだ。お前なら、どうする?」
「それは、喜ぶんじゃないの?」
「そうだ、喜ぶ。喜んで、そしてそのお金を使って心を歪ませる。――そりゃあ、元々金持ちだとか、ちゃんと努力して努力してようやく手にした金だっていうんだったら、それは歪まないよな。でも、いきなり天から降ってきた贈り物を手にしてしまったら、誰だって壊れる。力を手にした奴は、必ず周囲を傷つける」
「そんなの――」
「魔王の血を引いている俺みたいな化け物だけだって、か?」
「―――――っ!」
「お前にとって俺は化け物に見えるかもしれないが、俺にとってはお前の方が化け物だよ」
「なっ、なにを――」
「そうやって自分とは違う種族を蔑視し、自らを特別扱いし、他人の意見を排除し、自分の世界に引きこもって、自分だけの正義を信奉するようなお前は化け物以外の何物でもない。そんな風に心が歪んでいるのは力を手にしているからじゃないのか。勇者の力がお前を歪ませているんじゃないのか?」
「そんなの、あなたには関係ない!! あなたには私のことを理解できないっ!」
「理解できない? そんなの当たり前だろ。自分のことを理解できるのは自分だけだ。自分の答えを見つけられるのは自分だけだ。そんなこと、子どもだって理解しているだろ? それをわざわざ口にするってことは、つまり、お前は、ただ『自分のことを理解して欲しい』のか? 俺にはこう聴こえるよ。『どうか、私のことを理解してっ!』って、そんな風に助けを呼んでいるように聴こえるよ」
「うるさいっ!!」
そんなことしか言えなかった。そんな幼稚な言葉でしか言い返すことができなかった。それはきっと、図星だったから。何か他に言い返そうと思ったけど、即座にでてこなかった。私は、私の理解者が欲しい。なんでも分かって、何も話さずとも察してくれるようなそんな人が欲しかった。
でも、そんな人いるわけがない。
もしも、いると錯覚できるのなら、何も話さない人。言葉を解せば必ず齟齬が発生する。ズレが生まれる。そんな当たり前のことを、私は人と接していないせいで分からない。
妥協して、私のことを分かってくれる人、それは私が待ち望んでいた人。それはどんな人かっていうと、私と似た人。私と同じ境遇の人。私のように親が特別で、世間から見放されたような人。特別な力を望まずに持ってしまった人。そんな人、いるはずがないと思っていた。だから、私には理解者なんてできない。だから、心を開かなくてもいい。そんな風に安心しきっていた。傷つかずにすむと思っていた。だけど、傷つかなきゃ、私の心は満たされないこともどこかで気がついていた。傷ついて、傷つけて。そんな風に誰かと本当の意味で接することを私は知らなかった。今、この時までは――。
「うるさいっ! うるさいっ! うるさいっ! 私は、強いんだ! 私はそのへんの村人と違って魔法が使える! 犠牲者がでたって、なんとも思っていない! 私が人を殺してしまったことで泣いてなんかないっ!! 自分のあまりの弱さに、偽者なんかに負けてしまって絶望なんてしていないっ! いつだって、死にたいなんて思っていないっ! 私と同じ立場のような人に出会えて嬉しいだなんて思っていないッ!!」
はあはあ、と息が切れるほどに叫ぶ。人恋しくなって叫ぶことだってある。ああああああああ、とまるで、狂っているかのように。いや、狂いそうになっているのをなんとか止めるために、叫んでいるようなものだけど、いつもと違う。
同じ絶叫なのに、疲れる。
圧倒的に他人と一緒にいる、今の叫びの方がつかれる。
久しぶりだから? いや、それだけじゃないはずだ。この疲れは、頭を使っているから。傷ついているからだ。他人のために叫んでいる。ヒステリックに叫ぶ姿は、まさに自分のために、自己弁護のために叫んでいますといった感じ。それは、私も認める。別に、私は悪くないですとか、そんな意味不明なことを言い出すつもりは毛頭ない。
だけど、この叫びは、自分のことと、それから、ウォルクのことを考えての叫びだった。この叫びは、ウォルクの言っていた言葉を加味して、それから反論するための叫びだった。それは、ウォルクの心情を考えているから。ウォルクのために一生懸命考えているから出た叫びで、言葉だった。適応するためのもではなく、敵対するためのものだった。その場しのぎの言葉ではなく、やっぱり、敵同士の口論だった。
わずらわしいだけだ。他人と正面からぶつかるのはきっと、私じゃなくても嫌なはずだ。だからいつだって、他人に合わせる。それがいい方向に転がることが多いから、みんなそうしているだけだ。でも、この平和とはかけ離れた世界。争いしかない世界だからこそ、剥き出しの反論が心打つ時だってある。
「俺達、協力し合えないか?」
ふっきれたように、そんなことを言い出す。笑っている。馬鹿にしているようで腹が立つけど、見下しているわけではない。むしろ、愉快そうだ。私が心を裸にして話しているから、それが嬉しいような顔をしている。こっちは死にかけのように顔を赤くしながら叫んだというのに、随分と余裕そうだった。
「なに、言っているの? そんなこと、できるわけないでしょ?」
「俺達の目的は同じなんだ。だったら協力するぐらいはいいだろ?」
「目的が、同じ? そんなわけないでしょ? 私の目的は――」
「『魔王の子どもを全員殺すこと』なんだろ? だったら俺も同じだ。俺の目的もそこに繋がってくる」
「どういうこと?」
「俺は俺以外の九人の魔王の子どもを殺し尽した後に、ちゃんと自殺するつもりだ。そうじゃないと、『魔王の遺産』が誰かに悪用されてしまう。今すぐに俺が自殺したとしても、一つでも『魔王の遺産』が残っていたら大変なことになるからな」
「待って。その右腕が『魔王の遺産』なのよね。でも、自殺したら、だめなんじゃないの?」
「どうして?」
「だって、それは魔王が死んであなたに継承されたものなんでしょ? だったら、あなたが死んだら、また他の誰かに継承されちゃうんじゃないの?」
「自分の意志で誰かに継承はできる。だから、俺自身がそう思わなければいい。――だけどな、俺の死体から俺の右腕を切り離して使おうとする奴は必ず現れる。だから、俺には行くべき必要があるんだ――『深淵の谷底』へ」
「ほんとうに? まさか、本当に自殺するためにそこへ行くの?」
「ああ。あの谷底なら、どんな存在だろうが抹消されてしまう『死の谷底』。俺は全ての『魔王の遺産』を収集し、そしてそれを全て破棄する。自分の身体とともにッ!!」
「……………………」
絶句。
ここにきて、ようやく分かってきた。話して、どんどんと根本が顕わになって思う。そんな発想に至ることができるか? ただの人間に、まさか、自分の義理の兄弟を殺して、自分を殺して、それから自分の父親の遺産全てをこの世から消し去るなんて発想できるわけがない。
魔王の子ども。
これが、魔王の子どもなのだ。自分がどうなろうが知ったことではない。周りが傷つこうがどうでもいい。目的のためなら、どんな犠牲を払おうとも構わない。それが、こいつのやり方なのだ。半分でも人間の血が入っているという事実が信じられない。彼が魔王の息子ならば、あの大陸がどれだけ危険なのかも分かっているはずだ。死ぬつもりなのかと、自殺志願者なのかとあの時思ったが、その通りだ。ほんとうに死ぬつもりなのだ。死ぬために、自分が全てを終わらせて死ぬために、自分の兄弟を殺そうとしているのだ。
「……それじゃあ、どうして冒険作家なんて嘘なんて……」
「嘘じゃないよ。ちゃんと小説は書いている。どうせ死ぬのなら、自分が最後まで何を考えていたかを記したい。別に、それだけなら日記だけでいいけれど、やっぱり、誰かに知って欲しいんだ。俺は、父親のことをずっと誤解していた。もっと知りたかった。父親のことを! だから、俺は遺したい。父親のように何も言わずにかっこつけて死ぬよりも、何かを遺してかっこ悪く死にたいんだっ!」
私は、勇者のことを何も知らない。どんな風に死んで、どんな風に生きていたのかさえも知らない。だけど、この人は、知っているのだ。自分の親がどんな想いを遺して生きて、死んだのかを。だから、自分を持っている。自分の夢を、気持ちを持っている。そんな風に、私もなれるだろうか。
「世界を守っていた父親の遺志を俺は継ぐ。そのためには、お前のように強い奴が必要なんだ。一緒に来て、滅ぼそう。魔王の子どもたちを全て殺してしまおう」
「……分かった。でも、勘違いしないで。あなたに賛同したわけでも共感したわけでもない。今、ここで断ったらあなたに私は殺されるから、嫌々しているの。あなたに無理やり従わされているの。それだけは理解して欲しい」
「……ああ!」
決して私は仲間にはなれない。勇者の子どもが魔王の子どもと分かりあうなんて、今の私には考えられない。そのことを、ウォルクも分かったようだ。いいたいことをグッと堪えて私の手をつかんでくれた。握りしめてくれた。
私達は共に生きていくことに決めた。命運を共に分けることを決めた。
そう、魔王の子どもと勇者の子どもは手を組むことになったのだ。お互いが親の仇であるにも関わらず、この世界に再び平穏を取り戻すために剣を鞘におさめた。魔王にとっては自分の義理の兄弟姉妹を殺すための旅。決してほめられたものではない旅。そして、二人とも自殺志願者であり、まるで無理心中のような旅だった。
旅の道中、誰かに殺されるか、旅の最後に自殺するか。あまり違いはない。その利益度外視、理性が吹っ飛んだような提案だからこそ、私は受け入れた。正論ばかりじゃ人を動かせない。たまにはこんな暴論のような提案で動くこともある。
これは、確実にどちらかは不幸になることが分かっているバッドエンドの物語――。終わるために始まる冒険譚。始まり、始まり。終わりの始まり。
魔王は勇者に殺されましたが、世界は平和になりませんでした。 魔桜 @maou
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