10月は特別な月

黒須英二

第1話



 「皆さま、この飛行機はただいま、出雲縁結び空港に着陸いたしました」

 出雲空港に「縁結び」が付いて数年。この呼び名にもようやく慣れてきた。

 空港にニックネームを付け、地方の活性化をはかるという意図はわかるが、こうした機内放送を聞いて何だか気恥ずかしい心持ちになるのは私だけだろうか。 

 大体、こういう呼び名をふつうに言う人をまず見たことがない。聞いたことがない。それこそ、機内でのパーサー(私はスチュワーデスと呼びたい)のアナウンスくらいではないだろうか。

 また、純粋に言葉として「縁結び」はともかく、同じ山陰地方の「米子鬼太郎空港」は淡々と口にするのが至難のわざのような気がするし(近場なので何度も利用して何度も聞いたことがある)、遠く北は東北の「おいしい山形空港」も一度は聞いてみたいものである。

 ところで、話は出雲縁結び空港に戻って、時折、続けてこういうアナウンスを聞くことがある。

 「さて、島根県では、10月を『神無月』(かんなづき)でなく『神在月』(かみありづき)と申しますが、これはこの月に日本中の神様が出雲に集まって会議を行なうからと言われております。神様がたくさんおられるこの季節に出雲大社に参拝される皆さまに、とびきりの良いご縁があることを心より祈っております」

 周りを見ると確かに「それ」目当ての若い女性の観光客が多いが、またまた変な気持ちとなる。私が島根県人であり、しかも単なるおじさんだからであろう。さらに、私の出雲旅行、帰郷の目的は、父の墓参なのである。

 父は5年前の10月に亡くなった。したがって私の出雲行きは、この月に集中する。そうして父の死に際して、私は今までにない体験をした。


 5年前の9月の終わりのある日、私は突然、久しぶりに田舎に帰ろうと思い立ち、妻に航空券を取ってくれと頼んだのだ。

 約1年ぶりに顔を見せた親不孝の次男坊を見た父は「どうした、出張のついでか?」と真顔で尋ねてきた。母も、同居の兄、義姉もきょとんとしている。「まあ、ゆっくりしていけ」と、酒の相手が出来て喜ぶ兄と痛飲し、翌日には東京に戻った。

 1週間後、父は眠ったまま息を引き取った。横に寝ていた母も気付かなかった。父は80半ばにしてどこも悪いところはなかった。自動車の運転は数年前に止めていたが自転車であちこち出歩き、元気そのものと言ってよかった。

そんな父だったから、親戚知人一同皆びっくりし、そうして悲しんだが、いい死に方だったと思ってもいた。シベリア帰りで健康自慢の父は、やがて歩けなくなったり、寝たきりになることをもっともおそれていたからだ。

 9月のあの日、なぜ不意に帰郷しようと思い立ったのか、私は今でもまったく思い出せない。妻も、飛行機の予約をする際、私が何も理由は言わなかったという(妻自身、なぜか私に理由を聞かなかったともいえる)。

奇妙なことはもうひとつある。10月のあの朝、携帯電話がなったその瞬間に、私は父が亡くなったと悟ったのだ。兄は今でも言う。お前はあの時、俺が話す前に「親父だろ」と訊いたよな、と。

 こんな話はちっとも珍しくないだろう。だがこうして、それまで幽霊や怪談、超能力、UFOといった類いの話をまったく信じないたちの私が「虫の知らせ」だけは信じるようになったのだ。


 今年も10月に墓参のため、出雲に帰った。

「皆さま、この飛行機はただいま、出雲縁結び空港に着陸いたしました…」

 さあ来い。どうした。

「……出雲ではこの10月を他県と異なりまして…」

 気恥ずかしい機内放送をどこか心待ちにしている私がいる。

 父は、いい季節に亡くなった。10月は、神様でなく父に会える月なのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

10月は特別な月 黒須英二 @kyojim

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ