空奏世界都市

歌音柚希

空奏世界都市

私はこの国が好き。

日本大国。旧日本国。確か2250年くらいに改名されたんだっけ。歴史で習った。今や日本は世界一の"技術国"。


私たちの生活には、当たり前のように便利な家電があって、当たり前のように人間型ロボット、通称RHが共存している。

近いうちにRHとの結婚も認可されるようになるらしい。どうなるのかな?

私? 私はね、人間同士で結婚する人が減りそうだと思うんだ。RHってば人間の理想をそのまま実体にしたモデルばかりなんだもの。


でも私は人間が好き。完璧じゃないから。

人間という未完成な存在のほうが付き合いやすい。欠落? あってこそでしょ。

他の人はそんな私を気味悪がるけどね。あははっ、このご時世だ、しょうがない。

人間は怠惰になり、完全を求め、不完全を排除したがるようになってしまった。……いつか、自分自身でさえも“完璧”な機械にしてしまいそう。

いや、その気持ちは分からないでもないんだよ。けれど、それでいいの? 完璧を得る代わりに何を捧げたの? そんなことを考えたことはない? 

科学が発達して技術国になって国土が広がって人口が増えてお金がいっぱいになって借金が無くなって他国を援助して、この国の人々が阿吽の呼吸で積み上げた努力の結果、世界がいい方向に向かっているのは分かってるよ。グローバル化ね。今こうして私と君が出会ってるのもそのおかげだもんね。これだけは、世界の仕組みが変わってくれて嬉しい。


だけどだけど、やっぱり、なんかなぁ。


知らないことがあるって面白いし、秘密を秘密のままにしておいたほうが良い時もあると思うんだ。


おっとごめん。私がこんなこと言っちゃダメか。


現在のこの国が嫌いなわけじゃないよ。断じて。あしからず。

日本がどこよりも住みやすくて、生きやすくて、安全で素晴らしく綺麗だって認められたことが嬉しい。胸を張って言えるよ、私が日本人であることは誇り。

都市部も地方も賑わっていて、人々が笑っていて。そこらじゅうで音楽を楽しんでいる人がいる。あ、これはとある政治家が唱え始めた、『日本を音楽で溢れる国に』条例のおかげなんだよ! そしてストリートミュージシャンが増えた。素人でも歌が好きな人と楽器が得意な人とが即席で組んでいる光景を見かけた時、思わず目頭を抑えたなぁ。たまにスカウトを受ける人もいるんだって。こういう効果を狙ってたんだって感心しちゃった。


それに、この条例が出てから空から色んな音楽が流れるようになった!


というのも、空奏列車なるものが走るようになったんだ。ご存じ? 我が国が誇る至高の芸術! 空奏列車!

空を走る列車、つまり空走列車は、私たちのメジャーな交通手段。空を走ることを皆好いているから。いつの時代も空は綺麗で憧れの対象なんだね。だからパイロット志望が多かったんだろう。空走列車がない頃は飛行機と宇宙船しか空への道がなかったって考えると、その時代に生まれてみたかったような、今の時代に生まれてよかったような。

おっと、話が逸れる。あはは、ごめんね? 私、熱中するといつもこうなの。

とにかく、空奏列車は大手空走列車会社が生み出した、空で奏でる列車なんだ。どっちのか理解できてる? そっか、良かった。

それでね、空奏列車の運行開始に合わせて、天空楽団っていうのができたんだ。

ほら、ここから高い塔が見えるでしょ? あれはこの国で一番高い塔なんだけど。あそこってね、毎日イベントやってるの。まぁ、イベン塔なんて名前なんだから、当然なんだけど。ネーミングセンス変わってるよね。面白いから好きだよ。

天空楽団っていうのは、イベン塔の最上階で活躍する音楽集団なんだ。

毎日、この国の物理的なてっぺんから、ここ東京の街に向けて音楽をやってる。たった今聞こえている歌こそが天空楽団だよ! ―え? ううん、歌だけじゃない。マルチにやってるの。団員はざっと50名くらいらしいよ。お給料無し、完全ボランティアなのにね。それだけ日本人は音楽が好きだってことだ。かくいう私も大好きなんだけど。


そうだよ。故に東京は“空奏都市”と呼ばれているのです!

どう? この国好きになってきた? そりゃ良かった。


音楽好きな君なら、きっと日本を気に入ってくれると思っていたよ~。

……え、私があまりにも熱弁するから?

よく言われる。この仕事は向いてるってね。私もそう思うよ。天職だね。


じゃあ、移住してみる?

そっかそっか。大丈夫だよ、ゆっくり考えさせてあげてほしいって総理直々に頼まれてるから。しかし、今の総理は凄い人だよ。


あ、まだ付き合ってくれるんだ。嬉しいなぁ。

じゃあちょっとだけ。今の総理大臣の名前は知ってる? 正解! いちじく首相は世界的に有名だね。九首相が人気な理由は、その親しみやすさにあると思うんだ。あの人、テレビで堂々と「首相じゃないです、首相です。間違えないでくださいね」って笑って言うんだよ。人柄が分かるってもんだ。ああいう変な人だからこそ、急激に変化していく日本を上手く操縦できたんだと思う。いい意味で変な人。彼ほど柔軟な頭を持った首相はいないよ。だから十年も務めてるんだろうけど。国民人気は全然衰えない。不思議な魅力があるんだ。勝手に人を惹きつける能力って、空想の話かと思ってたよ。つくづく、色んな概念を覆して塗り替える人物だと感服せざるを得ないね。


あ、もうこんな時間か。

そろそろ終わろう。


今日はたっぷり日本の魅力を語れて満足だよ。これで君がこっちに移住してくれたら、私の給料にボーナスがつくんだけど……なんちゃって。生々しい話は気にしないで。そもそもこの仕事って給料高いし。いくらかって? それは秘密。解き明かさないほうが面白いこともあるんだよ。さっき言ったけど。

とはいえ、日本政府直属のお仕事だもの。お察しの通りでございます。


この仕事が発表された時は心臓がどっかいったね!

そのうえ私が総理から選ばれるんだから、もう魂ごとぶっ飛んだよ。しがない国家公務員として観光省で働いてただけだったのに。


知を網羅したこの時代でさえ、唯一確実な答えが得られないものがある。それは人生という未知の存在だ。


って総理も言ってたし、君の人生にも不思議な縁があるといいね。例えば、私に出会ったことで巡る運命もあるんだよ。―なさそう? 失敬な。これでも顔は広いんだから。あ、そういえばそっか。名前教えてなかったね。



私は九理美いちじくりみ

君が帰るときまでには、これからもよろしくねって言えるといいな。

そう思わない? 世界一のピアニストさん。


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