温もりが表情をつけるまで
隣乃 清鷹
第1話 その瓶が引き寄せたのは
金色に輝く雫が池に落ちる。水面に落ちた瞬間、音が空間と共鳴する。
薄暗い空間、池の上にお婆さんが一人立っている。
池に微かに漏れた光が反射して、不気味に照らされていた。
目が細く、美しいほどの少し黄色がかった白髪で、口が裂けそうなほど頬に近く、まるで目を瞑る蛙のようである。腰は45度傾いており、赤色の、炎を黒く焦がしたような柄、それらが不均等に編みこまれた着物を羽織っている。
手にカラフルな瓶を持ち、そっと、何かを待つようにただ息を潜めていた。
* * *
あたりが静かになり始めた夕暮れ時、八王子司家の隣の空き地で窓から漏れる光にバッタが照らされていた。上体を2、3回動かして弾みをつけて茂みに消えていく。
司は自室の部屋でパソコンを覗いていた。
何か希望をどこかへ落としてしまったかのような少し閉じた瞳、光の当たり具合では微かに見える茶髪、少し剃り残しがある髭、上下セットの黒いジャージを緩く着こなしている。
画面のスクロールと交互にマウスをクリックする。たわいの無い記事に目を通し、ふと生きる意味について調べていた。何のために生きるのか。そんなことを考えても仕方が無いのだが、目が無性に画面を追い続けた。
悲観的な記事が並ぶ中、楽しみを見つけてみては?と前向きな視点も見受けられた。お勧めの趣味一覧が表示され、誰がこのようなことをするのかというようなマニアックなものまで記載されていた。まるで読者を楽しませる要素で考えられた、面白半分に添えられたネタにしか見えなかった。
机から椅子をスライドし、背もたれに大の字にもたれかかる。
「はあああ ・・・ ・・・ 」
深いため息を漏らす。目を休めるため、瞼を数分閉じる。
* * *
目を開けると、大の字に池のそばで寝そべっていた。見慣れない空間に驚きのあまり身動きが取れない。3メートル先にはお婆さんがこちらの顔色を伺っている。
「あはは。急に呼び出したりしてごめんよお。なにも悪い様にはしないいさあ。ただあ、見過ごすわけにゃあ、行かねえと思ってえねえ」
そうお婆さんが不敵な笑みを浮かべ、驚きが恐怖になり、その恐怖を通り越していつのまにか呆れてしまっていた。
「お婆さんは、俺が考えていることがわかるの?」
引きつった顔を無理やり動かし、気づいたときには冗談交じりで思わず口を開いていた。
「本質はあわからないのだけれどもお、あんたにゃ少し濁ったあ色しとるもんだけん、気になったんよお」
顔色を見るのがうまい方なんだと平常心を取り戻す。少し変なことを聞いても、聞いてくれるような気がしたので思いの丈をぶつけてみることにした。
「少し変な考え方かもしれないけれど、生きることの意味とか考えてみたりしてたんだ。特にやりたいことは無いし、毎日が同じ感覚と言うか。本当、何言ってるんだろ、俺」
恥ずかしがる仕草を見せる反面、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
「本当に贅沢な悩みだあねえ。青年はまだ若い。正直に生きてみなさい」
そう言うとお婆さんは歩み寄り瓶を手渡した。その瓶は清々しいほどに澄み渡っている。
「その瓶の中の液体を飲むとおいい。希望ってもんがあ見えてくるってもんよお。死んだりはしないから安心しなさいい」
このお婆さんは何者なのか、こんな怪しいもの渡されても飲めるはずがないと平常心を取り戻そうとする。しかし、体がその液体を求めている。自分を抑えきれずに司は瓶の蓋を開け、勢いよく半分程飲むと目の前がぼやけ、その場で倒れこみ意識が飛んでしまった。
温もりが表情をつけるまで 隣乃 清鷹 @tonari_kiyotaka
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