人のいない場所

矢口ひかげ

人のいない場所

 年末に私はバイクに跨がり、とある場所へ向かった。


 そこは大きな沼のそばにある遊園地。名を化女沼レジャーランドという。


 しかし稼ぎ時という時期に反してそこには人の姿は見えない。異様なほどに閑散とした光景だった。


 それもそのはず。ここは2000年に閉園した廃墟。某大手テーマパークで客足が遠退いて、やむを得ず門を閉ざすことになった遊園地の一つであった。


 草が伸びっぱなしになり、観覧車は錆を帯びて風で軋み、看板は朽ちて地面に倒れこんでいる。その姿が往年利用されていないことを物語っていた。


 その地名の不気味さと傍の沼が相まって心霊スポットとしても名高いが、私はオカルトには興味がなく、ただ廃墟巡りとしてその地に訪れてみたく、仕事の休みにやってきた。


 自前のカメラ片手に廃墟周辺の道を散歩。


 廃遊園地の看板を被写体にカメラを構えた。すると看板の裏から女性の顔がひょこっと現れた。


 人がいるとは知らなかった為思わず驚いたが、相手も目をぎょっとさせて驚いた様子だった。


 何をしているのか気になり看板の裏側をのぞいてみると、ビニールと毛布で作られた、膝ほどもない小さな小屋があった。


 小屋というにはみすぼらしい、非常に簡素なものだった。


 女性に訪ねてみる、


「何をしているのですか?」と。


 すると女性は手を休めず、


「猫のための寝床を作ってるんですよ」


 と答えてくれた。


「そこに二匹いるんだけどね。大きい子はもう何年も冬を越してるから大丈夫なんだけど、小ちゃい子は今年捨てられて初めての冬なのよ。寒さに耐えられるか分からなくて......」


 よく見ると奥の木陰に大小二匹の白猫が、首を低くしこちらの様子を伺っている。

大きい猫は身を低くして睨み、子猫――毛はまだ殆ど汚れていなかった――はひっきりなしに鳴いていて、こちらに近寄るかどうか足をそわそわさせていた。


 折角のご縁ということで、私に何かできないか訊いたが、「大丈夫だよ」と返されてしまった。


 しかし私は特に何かをする当てもないので、しばらくそこにいることにした。



 しばらくすると、子猫が私の側を行ったり大きい猫の元へ戻ったりし始めた。私のことを害のない人間と認識してくれた……のだと思う。


 試しに写真を撮れないかカメラを近づけたら、鳴きながら興味津々に寄ってきた。よっぽどカメラが珍しかったのだろう。


 そっと子猫の首筋を撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らし、その場で寝ころんだ。


 普通、捨て猫や捨て犬は、捨てられた恐怖で人間に対して非常に警戒心を抱くものだが、その子は短時間で私にすり寄り、一時間も経たずしてお腹をみせるほど慕ってくれた。


 その姿に胸を締め付けられる。


 人間に裏切られ捨てられても、なお人間である私を信じてくれてるんだな......と。


 ただ何も言うことができず、ただひたすらにその子を撫でた。



 やがて小屋が完成すると女性は帰路につき、その場には私と二匹の捨て猫だけが残った。


 こんなに懐かれても、私もいつかは自分の家に帰らないといけない。

それは、この猫にとってはまた捨てられたと思わせてしまうだろう。そう考えれば考えるほど、その場を離れるのが苦しくなる。


 日も大分暮れ、本当に帰らなければならなくなってきてしまった。別れを惜しみつつも私は立ち上がりその場を後にした。そのときのかすれた子猫の鳴き声が忘れられない......



 後に調べたところ、その遊園地は再建を望む者が現れるのを、今も待ち続けているそうだ。


 この猫達もどうか生きる希望を捨てないでほしい。


 彼らがまた人と共に過ごせる日が訪れることを願い、私は人に捨てられた土地を去った。

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人のいない場所 矢口ひかげ @torii_yaguchi

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