第114話 エピローグ 終焉、そして……


 私ことアイネリア・フォン・アリタリアは今、最後のときを迎えようとしている。

 初めてこの世界の真実を知って既に102年の歳月が流れた。

 長いようで、短く、また短いようで長い人生だった。


 結局私とカスミちゃんはレイモンド様、キャスバル様とそれぞれ結ばれた。

 私たちは協力して、アルタリアとゲルマノイルを立憲君主制の国へと作り替え、王や貴族は君臨すれども統治はしない、民間から優秀な人材を登用する形式を採用した国家システムを構築した。

 モデルとしたのは前世の日本やイギリスだが、冒険者をしていた頃のサラス共和国の議会制なども参考にした。

 前世との最大の違いは、貴族や王族も選挙に立候補できることだろう。


 実際、私の夫となったレイモンドは初代ゲルマニア大統領、第2代アルタリア大統領を務めた。

 カスミちゃんと結ばれたキャスバル様もアルタリアの大統領を通算3期務め、この世界の繁栄に貢献した。


 ローミラールとの紛争は、私たちが50歳になったときにもう一度起こったが、その危機を救ったのは、あのサレグロ副団長だった。もっとも、当時は提督にまで上り詰めていたのだが。

 ローミラールの好戦派は全艦隊を率いて地球を攻めようとしたのだ。

 しかし、当時穏健派の筆頭だったサレグロ提督は、好戦派の説得が不可能となったときに、側近の部下のみを率いて当時の最高速船でその情報を私たちに届けてくれたのだ。

 技術革新でワープイレブンまで出せるようになった串団子宇宙戦艦はわずか半年で1000光年の距離を飛び、地球に到達した。

 サレグロ提督によると、血気盛んな若い提督たちが、私たち地球側の力を過小評価すると同時に、技術の進化とともに威力を増した自軍の能力を過大評価して戦争を決意したそうだ。

 好戦派を後押しした背景には、ローミラール本星が徐々に公転軌道の半径を狭め、太陽に近づいたことによるローミラール星の温暖化と農作物被害があったという。

 後で分かったことだが、私たちが最初にローミラールの3師団を沈めたときに処理し忘れたブラックホールの影響で軌道がずれたらしい。


 とりあえず、休戦協定が破られた場合はローミラール本星をブラックホールの藻屑にしてもよいという約束をはったりだと思った好戦派は、サレグロ提督たち穏健派の説得を無視して、全艦隊を率い地球に向かったのだ。


 私とカスミちゃんは、ローミラール本星の安泰と、公転軌道を元に戻すことを約束し、サレグロたちの協力を取り付けた。

 サレグロたちは好戦派のワープアウトポイントを割り出し、私たちに伝えてくれた。


 幸い地球からかなり離れていたので、ワープアウトポイント付近に大きめのブラックホールを複数用意しておいたところ、敵艦6000隻は、太陽系到達と同時にブラックホールの藻屑と消えたのだ。


 私たちはサレグロ提督をローミラール本星にテレポーテーションで送還するとともに、斥力ホワイトホールと小型ブラックホールを駆使して、ローミラール星の軌道をほぼ元の位置に戻した。


 宇宙艦隊をほぼ全て失ったローミラールはその後太陽系に現れていない。

 もっとも、公転軌道の微調整のため、その後10年ほどは年に数回、私たちがローミラールを訪れ、その能力を余すところなくローミラール星全域に知らしめたことも大きかったようだ。


 それからは大きな戦いもなく、カスミちゃんは既に昨年、故人に名を連ねた。

 人としての寿命は最大でも115年ほどだと言われているので、私もカスミちゃんも長生きした方だろう。

 夫のレイモンドやキャスバル様は100歳を超えたあたりで他界している。


 国のことは私たちの孫やひ孫の世代が滞りなく運営している。

 もはや、現世で私ができることもあまりないだろう。


 暖かい日差しの中、まどろんでいると、よく知った声に起こされる。

「お姉様、お加減はいかがですか?」


 今年109歳となったカオリーナだった。

「ああ、カオリーナ、久しぶりね。

 それにしても相変わらずあなたは年より随分若く見えるわね」


 そう、妹のカオリーナは結局前世の記憶を思い出さずに既に109際を迎えている。

 しかしその容姿は年より随分若く見え、70歳と言っても通用するくらいだ。

「いやですわ、お姉様。中身は100歳越えのおばあちゃんです」

 そういう声もまだまだ張りがあり元気そうだ。


 おそらく私と最後の挨拶を済ませるべく訪れたのであろう妹に後事を託す。

「あなたはまだまだ生きられそうね。後のことはお願いね。

 分からないことがあればテレポートでゴードンさんを訪ねなさい」

「分かりました。お姉様。ご安心ください」


 カオリーナがかえった後、またしばしまどろみ、いつの間にか夜のとばりが訪れていた。

 ふと目を開けるとそこにまたなじみの顔があった。

「いままでありがとう。アイネリア。

 君とカスミには言葉で言い尽くせない借りができてしまった。」

「ゴードンさん……

 どうして?どうやってここに?」

 アンドロイドのゴードンさんが以前と変わらぬ80歳くらいの出で立ちでそこに立っている。

 最初にあったときは随分おじいさんのように感じたが、今では私の方が老けてしまい、ゴードンさんの姿に若さを感じてしまうから不思議だ。


「この体はホログラムじゃよ。未来演算システムで君との別れが近いことを知り駆けつけたのじゃ。

 本当にありがとう。そしてこの先の君の輪廻に幸多からんことを願う……」


「ありがとうございます。

 その未来の演算結果で、この世界は平和ですか?」

「ああ、安心するがいい。向こう四半世紀は平和そのものじゃ」

「そうですか……

 安心しました」

 私はホッと吐息を漏らす。


「もう疲れたじゃろ……

 お休み、アイネリア……

 今度こそ、人類がより良き可能性の未来を選択出来ることを…………」


 ゴードンさんの声が徐々に遠くになっていき、私の意識はまた、二度と目覚めることがないはずの眠りの中へと静かに沈んでいった。








 ドクン、ドクン……

 自分の心臓の力強い拍動で意識を取り戻す。

 このように自分の心音が意識できるくらい力強く感じたことはここ最近無かった。


 なんだかまぶたに明るいものを感じる。

 頬にも暖かみがある。

 何だろう?


 私は静かに目を開く。

「まぶしい……」


 右目と右頬に窓からの陽光が降り注ぐ。

 白い壁と天井……

 明らかに王宮の自室ではない。


「ここはどこ?」

 発した自分の声に驚く。

 若い声だ。

 そしていつものアイネリアの声ではない。

 しかし聞き覚えがある。

 かつて慣れ親しんだ自分の声……


 陽光から目をそらすと私の左腕には点滴の針が刺さり、その先には大きな点滴パックがつながっている。


 ズキッ

 頭が痛む。

 どうやら頭頂部を中心に痛みがあるようだ。


 この景色。どう見ても病室である。


「まさか、夢?」

 私は寝返りを打って枕元を見ると、そこには私の名前が書かれた患者カードが貼り付けてあった。


 宮川藍音

 20□□年□月□□日入院


 ここは、21世紀の病院!?

 それでは今までの冒険に満ちあふれた世界の記憶はいったいなに?

 まさかあれは夢だったのだろうか。


 私はあらためて自分の腕を見る。

 明らかに20代の若々しい肉体だ。

 肌の色は白色ではなく黄色人種の肌色だ。

 髪の色も青ではなく黒い。


 私は混乱の中にあった。

 しかし、あの長い長い未来世界の記憶が単なる夢だとはどうしても信じられない。


 古武術大会で昏倒した後の夢?


 本当にそうなのか。


 なんだかとてものどが渇く。

 からからだ。


「水……」

 私は思わずベットの下方にあるテーブル上のペットボトルに手を伸ばす。




 『届かない……』と思った。

 その瞬間、水の入ったペットボトルは宙を飛び、私の右手に収まる。


 サイコキネシスが発動したのだ。


「この力……、夢じゃない……

 夢じゃなかった……」


 私は上半身を起こし、現状を確認する。


 するとそこに、見回りの看護師さんが通りかかり、持っていた検診用のボードを取り落とす。

「先生ー! 宮川さんが気がつかれました」

 大きな声で叫ぶと、私の状態を確認してきた。






 私は21世紀のもとの体、宮川藍音の体にもどっていた。

 アイネリアとしての記憶とESPを持った状態で……。

 肉体的な力は宮川藍音のもので、超人的な力や早さはない。アイネリアから藍音にもどると同時に失われた。


「ESPは魂の力……」

 私はふと、以前ゴードンさんが言った言葉を思い出して呟(つぶや)く。



 何にせよ、今の私は22歳の肉体を持つ大学4回生……

 そしてこの体には、どうやらまだ未来があるようだ。

 アイネリアとして多くのことを成した今の私なら、宮川藍音としても何かができるかも知れない。


 そのようなことを考えていると、ふと視線を感じる。

 ベッドに上半身を起こして、感じた視線の方向へ振り向く……


 病室の入り口には、二度と会えることはないだろうと思っていた前世の母が涙ぐんで立ち尽くしていた。


「藍音……

 おかえりなさい」


 母の涙でくぐもった声に、私も同じようにくぐもった声で返答した。


「ただいま、お母さん……」

                             (完)







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【あとがき~執筆を終えてのご挨拶とネタバレ~】

 以上で胎児転生は完結します。

 ここまでお付き合いくださった読者の方、ありがとうございました。

 よろしければ、感想やレビューなどをお願いします。


 本作は、私が初めて執筆した小説で、以前小説家になろうさんへ連載したものを微修正しながら転載したものです。

 最終回の構想が先行して完成していたため、内容的に駆け足となったエピソードもありましたが、何とか最後まで書き切ることができました。

 これもひとえに読者の皆様の暖かいメッセージや応援のおかげです。ありがとうございます。


 なお、本作のスピンオフ作品として、『巻きこまれ召喚』という小説がありますので、よろしければそちらもご覧ください。カクヨムさんにはまだ掲載していません。

『巻きこまれ召喚』には21世紀にかえってきたカスミちゃんや藍音が登場します。

 少し胎児転生時と登場人物の設定が変化していますがご容赦ください。


 現世にかえってからの胎児転生続編を構想していたときに考えていた話を修正し、別作品としたものです。




 ここまで読んでいただいた皆さんには伝わったともいますが、一見異世界転生に見える本作は、最初から異世界ではなく未来世界への召喚転生だったわけです。

 執筆段階でも、地球上に存在する生物か、化石が発見されておりかつて存在した生物しか登場させていませんし、異世界転生ものでよく見られるエルフやドワーフ、神獣などの架空の存在も出てきません。もちろん神様や女神もいません。異星人はいましたが……

 また、遺伝子操作でサイズが大きくなった生き物はいましたが、魔法についてもESPで説明できる範囲であり、物理法則に関しても、科学的に説明できる範囲を中心に執筆しました。

 現実世界から逸脱した設定は『ESP、ワープ理論、ホワイトホールの定義』くらいですが、これらは異世界ファンタジーと言うよりSFの設定です。

 作中には現在地球の技術の延長上にある高機能液晶プロジェクターや立体ホログラム、アンドロイドも登場させました。

 全ては、異世界ではなく、未来の地球であることへつなぐ伏線でした。

 最終章でこれらのことが明らかになりましたので、本作のジャンルは異世界ファンタジーではなく、遠未来SFものと言うことになると思います。

 本作をカクヨム大賞に応募する機会があれば、異世界ファンタジーものとSFのどちらのジャンルで登録するか、悩ましいところです。(今回の第4回には入力ミスの修正が間に合いそうにないので、第5回以降の応募となると思いますが……)


 最終章でアンドロイドのゴードンさんが一種のタイムパラドックスを引き起こしたと言っていたのは、最終回を呼んでお気づきの方もいるかも知れませんが、藍音の死後の輪廻先がアイネリアであり、そこに22歳の藍音の魂が融合し、アイネリアの死後22歳の藍音へと魂が帰って行くことになるための発言でした。

 これにより、未来帰りの藍音が寿命で死んで輪廻した先のアイネリアに22歳の藍音の魂が融合する。

 これを繰り返すというタイムパラドックスによって、アイネリアと藍音の魂は無限に融合を繰り返しその強度を増すことになります。

 魂の強度がESPの強さになり魔力となるため、アイネリアやカスミの魔力は他の追随を許さない強さへとなってしまったわけです。


 最終話のゴードンさんの台詞「今度こそ、人類がより良き可能性の未来を選択出来ることを……」と言う部分は、21世紀に帰った藍音達の行動しだいでは、違った可能性の未来へつながる事もあるという意味で付け加えたものであり、続編『巻きこまれ召喚』の世界がその可能性の未来の一つであることの伏線です。

 なお、この台詞はなろう版にはありません。




 回収できなかったネタとしては、アイネリアの妹のカオリーナの秘密や、サラセリアでの冒険者生活、ヘンリー隊長のその後、国境付近のテイムしたオオカミたちのその後、などいくつか出てしまいました。

 特に、カオリーナは、本来最強キャラの予定でしたが、作品のバランスが壊れるので活躍の場を与えることができませんでした。

 実は『巻きこまれ召喚』で登場するあるキャラクターの転生体です。


 また、学園編で伏線を打つ予定だったゴードンさんの存在が、大幅にエピソードを割愛した関係でタイミングを逃してしまったことはかなり悔やまれます。

 ステータス測定の液晶プロジェクターをゴードンさんが設置した経緯など、昔話に残って折るという設定なのですが、十分に描ききれませんでした。


 回復魔法については、カスミが大怪我をし、現代医学の知識で超能力を駆使してアイネリアが助け、習得するという回を動乱編で予定していたのですが、これも書くことができませんでした。まあ、回復魔法があると物語に収拾が付かなくなる危険性も高まりますので、これはこれでよかったと思います。


 失われた地下世界のエピソードも書きたかったのですが、こちらは構想が固まらず、執筆を断念しました。


 月面コロニーはもっと活躍させたかったのですが、機会が無く残念です。用途として、動乱編での避難先としてもっと出す予定でした。

 また、ローミラールの穏健派が亡命してきて月面コロニーに定住する話も結局かけませんでした。


 現代にもどってからは、カスミも元の体にもどっており、続編では再会とそこからの活躍を書いています。(『巻きこまれ召喚』参照)

 ローミラールとのファーストコンタクトは現代編で起こるような構成で考えていた時期もあったのですが、この構想は早い段階で現在の形に修正しました。



 100話を超えるお話にお付き合いいただきありがとうございました。

 それでは、またの機会にお会いいたしましょう。


【追記】2019年3月2日より、続編『巻きこまれ召喚』の連載を開始しました。

    新主人公2人に、本作主人公達が絡んで展開する異世界召喚ものです。

    よろしくお願いします。

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胎児転生 輪廻の先は侯爵令嬢!? 安井上雄 @AIUEO-2016

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