第130話 終章/エピローグ  

 一,二か月なのか、十年なのか、時間の感覚が分からなくなった頃、声を聞いた。

             

『てっ』


 暗闇から音が響いて、意識が目覚めた。


 ――うん?

『ちてーっ』 


 今、声が……思念か?


『てーっ。……ちてーっ』


 思念が聞こえた……女の子? それも幼い声。


 ――誰?

『パパさん、おちたーっ』

 ――パパさん? えっ? ええっ?

『こんどこそ、パパさんだーっ』


 暗闇に一点の光、そこから声が響いてくる。


 ――まな……か? 

『まなだよ。やっとみちゅけたーっ』

 ――まな! そっ、そんなに話せるようになったのか?

『えへん。はなちぇる。パパさんがづーと、おちないからだよーっ』

 ――そうか、そうか。話せて、思念まで送れるようになったのか。凄いぞ。偉いぞ。

『みんな。づーとまってる。だから、ちゃんと、おちよーっ』

 ――ああっ、ごめんまな。パパは道に迷ったみたいで、戻れ……起きれなくなったんだよ。

『んーっ、パパさん、みちにまよったの? じゃあ、まなと、てをちゅなごーっ』

 ――どうかな、戻れるかな?


 暗闇に浮かぶ小さな光が、大きく点滅した。


『むーっ。まな、もどるのじょうずなんだから。すずきょうかんにも、ほめられたんだから。ちゅごいんだよーっ』

 ――そっ、そっか、ごめん。ごめん。わかった。行こうか。


 俺は小さな光に、両手で合わせると暗闇が、一瞬のうちに白い世界に変わった。




 ――うっ。まぶしい。


 光だ。……これは戻れたのか?

 白い光に線画入り、影が付き、シーツだと自覚できた。

 そのシーツから、目線が上がり光が溢れる。

 その光を背に受けて、一人の人物が見えた。


「あら、まな。起きたのね」


 ……髪が長く伸びているが、麻衣だ!


「ママ、ママ。パパさん、見つけたよ」

「んっ? また、ママを脅かすのかしら? 困った子」


 目線が低いのは、まな目線だ。

 その目線から、目の前にベッドがあり、人が寝てるのが分かった。

 白い清潔な、病室? 

 なんかデジャブーが……。

 久しぶりの麻衣が、リンゴの皮を切っていて、その一切れをまなに与えた。

 リンゴをほおばって、ひとしきり食べたあと話し出す。


「さっき、みちゅけて、ひっぱってきちゃんだよーっ」

「ふふっ、ほんとーっ?」


 軽く笑いながら、近くのテーブルにりんごの皮とナイフを置く。


「パパさん、おちてーっ」


 目線主のまなが、ベッドのシーツを揺する。


「こら、パパを揺するものじゃありません」

「いまね、いまね、パパさんとおはなち、できたんだよ」

「んっ?」


「パパさん、まながはなすって、すごいって、ほめてくれたんだよーっ」

「ほっ……」

「みちにまよってたんだって、だから、まながつれてちた」

「……そ、そんなことないわ。パパは今日も眠り続けてるわよ」


 麻衣は立ち上がり、ベッドの方へ向いて寂しく言った。


「えーっ。さっき、まなとおしゃべりしたんだから。うそじゃないもん」

「だって、ついこの間もそう言って……」


 目線主のまなが、麻衣を見据える。


「うそじゃ……ないもん。パパさん、つれてちたもん」

「本当?」

「うん、まなはママがおどろくこと、しちゃうけど……でも、これもホントのことだよ」

「そうよね……まなは嘘つきじゃないものね」

「うん、そうだよ」


 俺はどうすればいいのだろう。


 これだとベッドに眠り続けて、かなり日々が経ってる。

 彼女たちは、今までどう暮らしていたのだろう。

 まなといい……麻衣に苦労かけてる様だ。


 ――戻りたい。


「また……話せるかな?」


 麻衣がまなに聞いた。


「パパさん、おちるよう、はなちてみる」

「そうね、二人で起こして見ようか?」

「うん」

「パパさん、起きてーって」

「ふふふっ、パパさん、おちてーっ」

「そうそう」


 早く麻衣のところに戻りたい。

 そして、また彼女と会話をしたい……バカな話で、笑ったり怒ったり……。

 麻衣の笑顔を見たい、まなをこの目で確かめたい。

 そして、二人を抱きしめたい!

 抱きしめて感じたい!!

 この腕で……腕……暖かい……肌……温もり。


「パパさん、起きてーっ」

「パパさん、おちてーっ」

「もう一度」


 まぶしい……光だ。

 瞼を感じる。


「パパさん、おちてーっ」

「パパさん、起きてーっ」


 あっ……。

 聞こえる。声が自己の耳として聞こえてる。

 うっ……んっ。

 体を動かせる、感触が伝わってきた。

 だが、全然動かせない。


「パパさん、おき……て……」

「パパさん?」


 あっ・・・麻衣の、まなの声。


「ま……」


 口を開けようとしたが動かない。

 だが、聞こえた……自分の耳で……己の声が……。


「パパ……し、忍?」


 薄っすらと目が空き、二人が少し見えた。


「お、お帰りなさい」


 聞こえる……麻衣の涙声が……うれし泣きの声。


「おはやうーっ。パパさん」

「あうっ、お……は……う」


 口が開いたが、全然言葉にならなかった。



 ***



 あの光球消滅で要も消失した。

 そして俺は暗闇に取り残され、眠り王子として三年間寝たきりになっていた。

 なんとか、まなに連れ戻されての回帰である。

 駆けつけた元スタッフに、光球消滅は要が消失して身を張ったものだと語った。

 麻衣は涙を流し、鈴、道場主などは落胆した。

 教祖彩水は、


「伝説にさせるわ」


 と息巻いた。

 世界は、光球騒動や金融騒動から落ち着きを取り戻し、仕切り直しで明るく動き出していた。

 俺は一か月のリハビリを過ごして、城野内研究所の能力開発に復帰した。

 とうの昔にカレクシャン・プロジェクト修正計画は終了していたが、合同チームは解体せず、異能の研究と発展に貢献する団体になっていた。

 俺の勾玉能力は、目覚めてから発動しなくなっていたが、政府の厳重監視の下に、しばらく置かれたのは言うまでもない。

 富士のすそ野の一軒家で、四年間住んでいた麻衣たちと合流して、俺は静かに暮らすこととなった。

 幼い娘まなは、オレンジティがなぜか好きで、そしてポニーテールを愛好して首を傾ける癖を見せだし、俺と麻衣を不思議がらせた。


「きょうかん」


 まなは遊びに来る鈴をそう呼んで、異能の力を見せてもらうとすぐマスターしてしまい俺を驚かす。

 政府も城野内研究所も、俺でなく、まなに能力者として照準を合わせだしてたので、心中穏やかでない。

 俺は彼女から目がはなせず、まなが城野内研究所に呼ばれるたびに付きっきりになり、いろいろと細かく口出ししてしまう。

 城野内研究所は、まなに取って保育所でしかないのはわかっている。

 スタッフになっていた三田村教授が顔をしかめ、麻衣から親バカと言われた。


 零翔ぜろかけは使えたので、栞と要の遺産になった希教道へ顔を出すようにした。

 事前報告と城野内緋奈が監視役で同行することとなったが仕方ない。

 だか、希教道の教祖彩水が、俺を信者の能力関係問題の調停役にさせて、こき使うのである。

 同行の緋奈は呆れる。


「断ればいいのに」

「でも、まあ、やぶさかでない」


 俺はそう答えたあとに、こう言って納得してもらった。


「栞との約束」


 直人や純子たち幹部は、全員希教道に残り、和気あいあいで過ごしていた。

 そこの道場主は、なんと竹宮女医と結婚してて驚いた。

 もうすぐ赤ちゃんが生まれるらしい。

 女医からの約束で、子供が大きくなるまで競馬は禁止と言われてがっかりしていた。

 道場主と女医に要の消失を報告すると、肩を落としていたが、栞のお墓を建てていたので、要も名前を入れてもらうことになった。

 俺はそのお墓に手を合わせて祈る。

 栞は過去に行けて、新しい未来を作れているのだろうか……。

 要は俺の自信に、信念になると言って光球消滅を成功させて消えたが、本望だったのだろうか……。

 どちらもわからない……。

 ただ彼女が、


『私のこと……覚えていてください』


 と言っていたことが思い起こされる。

 忘れるはずがない。

 彼女への手向けの言葉として、希教道を守り通すとお墓で誓った。




 京都の指南役は光球騒動から体調を崩して、すべてから手を引き引退。

 京都へ見舞いに行き、老師に声をかけるとベッドで笑っていた。


「今はただの横町の隠居爺じゃよ」


 あとは緋奈たちとで城野内研究所を盛り立ててくれと託された。

 萩原夢香さんは谷崎製薬に就職し、谷崎知美さんと一緒に働き、富士の城野内研究所で俺とよく会うようになった。

 相変わらず失敗をするが、知美さんのまやかしイミテーションでいやされ、すぐ元気よく復活して感心してしまう。

 何を見ていたのか聞いてみると、彼女は目を見開いて慌てだす。


「駄目」


 赤面しながら言うので、ますます知りたくなった。

 同級生だった、佐野雅治と椎名瞳はそれぞれ東京の大学に合格して、二人で共同生活しているという。


 政府の厳重監視が解けると、前回やっていた暴動鎮圧のサポートがプロジェクトチームになっていて、そこに加わることとなった。

 新しい平和を守るお仕事である。

 その仕事の帰りに一人夜空を見上げると、栞、要を思い起こし寂しくなるが、家に着くと入り口でまなが待っていて、ご飯だと引っ張られ食卓に着く。

 足元には栞の番犬だった、柴犬のシノブくんが寝ている。

 前を向くとは麻衣の笑顔があり、まなの笑顔があり、心が落ち着く団らんで、今の俺は幸福なんだと思った。

 白咲要、谷崎栞と言う彼女がいたから、今の幸福があるんだと自覚する。

 愛しさと感謝を彼女に捧げた。

 そして、ありがとう……と。



 <全了>




――――――――――――――――――――――――――――――――

 「教団編」終了です。


 これにて、「零の翔者~チートな彼女と教団づくり~」 全終了です。

 

 読んでいただきありがとうございました。

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零の翔者~チートな彼女と教団づくり~ おへそに茶釜(書立憧志) @hackett

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