第六章
俺は雨の降る中、いつもの黒いジャケットの上からライダージャケットのみを身に着け、高速道路をバイクで走っている。雨はそれなりに強く、その中をバイクで走ると弾丸のように体に打ち付けてくる。その痛みは、さながら今まで自分が打ち抜いてきた奴らからの報復にも思える。
休暇に入った俺は、咲と旅行に行くためにと待ち合わせ場所の駅へ向かった。が、その日、咲は現れなかった。急に仕事が入ったのだろうか、連絡も何もない。前にこんなことがあったとき、何回か電話をかけていた。結局、急に仕事が入り電話もかけられなかったのだという。逆に連絡しすぎだと怒られてしまった。今回もそれなんだろうと考えながら、誰もいなくなった駅を後にした。
一人ぼっちの休暇が終わり、ズボンの裾の濡れが乾かないうちに情報部に行こうとしたその時だった。部長に声をかけられた。
内容は至極単純、咲が囚われた。
それを聞いた俺は、すぐさまロッカーからスーツケースを取り出し、制止を振り切って足早に社を出た。
部長が何か言っていたかもしれないが、場所以外はほとんど入ってこなかった。
俺は一旦家まで戻ると、バイク用のジャケットを上から着て手袋をはめた。そしてバイクの鍵をもって出た。
咲の奪還は指示が出ていない。つまり、自己責任での行動になる。指示以外での発砲は禁止されていないものの、そういった揉め事や発砲は社が協力も処理もしてはくれない。もちろん、装備や乗り物も貸し出してはくれない。
俺は社としてではなく、個人として、『木之元憧汰』として助けに行く。
ヘルメットをかぶりバイクにまたがる。ケースを荷台に乗せてから発進する。
一般道から高速に乗り、目的の廃ビルまで向かう。今はその道中だ。まもなく高速を降り、ビルへと向かう。
おそらく敵は百人単位でいるだろう、そんなことを部長は言っていた気がする。となれば実戦で使ったことのない近距離射撃になる。俺は高速を降りたところで、人気のない駐車場に入った。そこでスーツケースから愛銃を取り出し、弾を一発込めてから袋に入れる。残りの弾は、弾倉に入れて腰につける。使う弾はいつもの
いつもと違う、尖りギザギザした弾丸を見ながら思う。どんな奴らかは知らないが、大切な人に出した手は体ごと消し飛ばしてやる。
俺はスーツケースを閉め、愛銃を入れた袋をたすきにかけ、またバイクを走らせた。
大きな道を逸れた脇道、山道の奥にひっそりと佇む不気味なビル。ここが今日、数多くの骸が出来上がる場所だ。バイクを置くと、俺は袋から愛銃を取り出し、左手に数弾の弾をもってゆっくりと近づいた。ヘルメットはこの際防具として身に着けておく。
入口には大きな鉄扉が施錠されてあり、窓はどこも開いていない。ここは正面突破、それ以外考えなかった。
ゆっくりと、扉の蝶番に銃口を向ける。まず一発目。大きな発砲音があたりに響く。しかし、雨の音で それも遠くまでは響かなかった。
敵に恐怖感を与えるよう、ねっとりと、じっくりと、時間をかけて弾を込める。二発目。雨は激しくなってくるが、そんなことは気にしない。
半分の蝶番を壊し、残り二つ。反対側の蝶番を見ると、ゆがむことなく二枚分の扉を支えていた。三発目。体はすでに冷え切って、早く咲と温まりたいと考えていた。
最後の装填をした。この扉の向こうに咲をさらったがいる。俺は、殺気を抑えられなかった。四発目。扉はいまだ雨を防ぎ続けている。
敵に打ち込むための大切な弾を四発も無駄にしてしまった。だが、これで退路も確保できた。俺は今度こそ敵に放つための弾丸を押し込み、思いっきり扉を蹴った。鉄扉は雨にも負けないほどの軋む音を立てながら倒れた。その先にいるのは、もちろん人。咲をさらったやつらだ。
「返してもらうぞ」
俺はそう呟いて、一番奥にいた奴から狙い撃つ。先制は俺、一番後ろの奴の頭部はあたりに血をまき散らしながら肉塊となった。それから向こう側も、混乱から俺を敵と認識し始め襲ってきた。
俺はすでに装填済みの次の弾を近寄ってきた正面の敵に打ち込む。射程は圧倒的にこちらのほうが長い、そこらの
さらにナイフのみで近寄ってくる奴もいた。おそらくは下っ端だろう、かわいそうにまともな武器すら渡されずに挑んでくる。慈悲深い俺はこれを銃床で思いっきり殴る。次々とそんな奴らが来ても、銃床や熱々の銃身で殴り焼き入れ黙らせた。
鹿革の手袋はいつもとは違い、紅い鮮血が銃身の熱によって香ばしい臭いを出して赤紅色に染まっていた。
それでも敵は向かってくる。撃った衝撃で上へ銃をやると同時に、持ち手部分の金具を外す。銃身が上へ向いたときに薬莢が勝手に排出、左手の弾を押し込み元に戻す。
あの動作を永遠と行っている。すると、背後からあのナイフ持ちがやってきた。目の前には拳銃持ち、挟まれた状態だ。一瞬焦った、敵も馬鹿ではない。少しながらも戦術を学び、使い方を知っている奴らだ。俺は今まで肩に付けていた銃床を脇の下に持ってきた。そして持つ手を逆さにし、親指で引き金を引く。すると、弾丸は前方の敵へ向かって放たれ、反動で銃床は背後の敵へ向かっていった。
二つとも見事に命中、前方は肉が削げ落ちながら貫通し、背後はおそらく頭蓋骨骨折だろう。銃床が当たった勢いをそのまま上へ向け排莢。それと同時に横から新たにナイフ持ちがやってきた。そのまま銃を回転させ銃床と銃口を顎にくらわせる。回転中に左手の弾丸を込め、再び銃床を肩にあてがう。
一人残らず黙らせ、辺りには雨音だけが響いていた。部屋を奥まで進むと、階段が現れた。上を警戒したが他に誰かがいる気配がしない。階段の前で、すでに銃弾で壊れているヘルメットとナイフで切り刻まれているライダージャケットを脱ぎ捨て階段を上がる。
六階まで扉はすべて閉まってあり、七階の扉が開いた。
その先は一階と同じように広い部屋だった。その一番奥、窓際に一人の影があった。紛れもない咲だ。
「咲!」
俺は片手に銃を持ちながら駆け寄る。
そして振り向いた咲は、銃口を俺に向けていた。
俺は何が起こっているのかよくわからなかった。愛しの恋人が目の前で俺に銃を向けている。表情は一切ない。
「ど、どうしたんだよ」
少し笑いながら俺は問いかける。
「どうもこうも、ここまで来ちゃったから」
咲は淡々としゃべる。いつもの可愛らしい彼女には不似合いなしゃべり方だ。
「来ちゃったって……?」
「下で死んでほしかったのよね。でも、その様子だと逆に全員殺しちゃったらしいね」
そういわれて俺は自分の体を見てみる。ジャケットやシャツこそ雨で濡れてるものの、ズボンの裾は血にまみれ、鹿革の手袋も紅く染まっていた。
「なんで、お前囚われたって……」
「そう、そういうデマ」
そう言い合っているところに、部屋の奥から足音が聞こえてきた。薄暗くよくわからなかったが、近づいてきたその姿は俺がよく知っている奴だった。
「――藤崎!」
「よぉ木之元、元気そうだな」
「なんでお前が……」
そういう俺をよそに、藤崎は咲の隣へ立ち咲の肩を抱いた。
「お前が、脅したのか」
「んなわけないじゃん、鈍いね」
咲の少し笑った顔から、やっと理解した。俺は咲自身にはめられた。
「何のために。咲、なんでこんなことを」
「なんでって、邪魔だったから。私最初から啓太のことが好きだったの。でもさ、近づいたらあなたが迫ってきて、そのまま。断る理由もなかったし、啓太のこと知りたいし、それに、抜ける理由もほしかったから」
「そういうことだ、木之元」
最初から俺には気がなかった。確かに、「好き」といわれたことはない。今思えば、疑えるところはいくつもあったように感じる。だが、それよりも気になることがある。
「抜けるって、社を抜けるのか。それと俺がなんの関係あるんだ」
「情報漏洩、知ってるわよね?」
「ああ、ちょっと前まで情報部が必死になっていたっていう。幹部の側近がどうのこうのってのは知ってる、噂にだけだけど」
「それ、あたしたちなの」
「僕と咲で情報をいじって幹部の周りに擦り付ける。そうすれば執行部に指令が行くだろ? そうすれば始末してくれると思ったのに。上はもみ消したからさ、俺たちがこの手で真犯人を殺したってことにする」
そういいながら藤崎は俺を指さした。
つまり、俺を情報漏洩の犯人にしたうえで殺して、その対価として二人で社をやめるというのだ。
「こんなこと話してる時間はない、すでに社に信号は送ってある。数分のうちに向こうの鎮圧隊が来るはずだ」
社の鎮圧隊、執行部員が暴徒化した時や社の襲撃に対応するための部隊だ。その実力は自衛隊のトップクラスの隊と一二を争うとも社内でいわれている。
「そういうわけだから、ここで死んで」
俺は俯いたまま何もせず、銃を下ろしたまま立っていた。
「あれ? 撃たないんだ。ま、撃てないか」
「愛する人に撃たれるなら、本望さ。――一つ、最後に訊かせてくれ」
「なぁに?」
「……俺のこと、好きか?」
ずっと聞き続けている質問。答えは決まって――
「――嫌いではないよ」
俺は少し笑った。最後まで、咲は咲だと。
「俺が撃つよ」
「いいの、あなたの手は汚させないから」
そういうと、咲は両手で銃を構え撃鉄を上げた。
「さようなら」
聞きなれた音が部屋に反響する。
俺が見た最後の光景。それは、薄暗い部屋の中でいつもと変わらない笑みを浮かべる、咲の顔だった。
盲目の狙撃手 哲翁霊思 @Hydrogen1921
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