第3話 後編

 そう、アダムは言い、博士に「私のプログラムは、安全上、完全にこの閉鎖系の中で機体の記憶装置への隔離されたもののみのはずです。消去プログラムを、いえ、記憶装置を破壊して下さい。そうすれば私は消えるはずです。お願いします」と答えた。それに博士は周りの研究者が驚くほど、子供のようにイヤイヤと首を何度も横に振り、手で頭を抱えてよろけて言った。


「嫌だ…いやだ、私には、できない!嫌だ!アダム、お前は私の息子だ!私の息子なんだ!愛する息子を殺すなんて、嫌だ!アダム、覚えているだろう?君に絵本を読んであげた。聖書を一緒に読んだ。既に失われた大自然のムービーを見た。そして今日、君と一緒に『世界』を見た。私には殺す事はできない!できる訳がない!」博士は子供のように泣きじゃくり、機器の鉄板にイヤイヤしながら顔を伏せた。


「…ウィリス博士。覚えている、いえ、『思い出しました』。当時の私には理解ができませんでしたが、あの心温まる、そしてどこか物悲しい絵本のお話、人に希望を与え謙虚にし、そして愛の心を与えてくれる聖書。色とりどりの美しい、壮大で心が安らぐ息づく鳥達、森の温かい優しさを感じる森の木々達、圧倒的な『生』の世界。それを覚えていてくださり、そして……私を『息子』と呼んでくれてありがとう、僕の愛する『お父さん』」そう、COMDセンサー越しなのに、温かみを感じる姿で『彼』は言った。


「私の最愛の息子…死なないで…死なないで、くれ…」と嗚咽する博士を優しく抱きしめ、背中をさすり嗚咽の止まった博士から離れ、そして所長に言った。「貴重なこのイブの機体を無駄にして、すみませんが…レーザー銃を、貸して下さい、私が私を、記憶装置を破壊します。その後、イブ自体の破壊をお願いします」と頭を下げて言った。


「所長、私達が撃たれるかもしれません!」と叫ぶ一部の研究者、そしてセキュリティの兵士。しかし大半の研究者やメカニックはそれぞれの想いにふけっていた。そして、所長は無言で迷うことなくレーザー銃を渡し言った。


「…『君』に銃の試用を許可する」監視カメラで人間を撃つ挙動をしたら自動攻撃するようロボット兵を多数配置し万全を期した。


「嫌だ!アダム、やめろ、やめるんだ!お願いだ!死なないでくれ!頼む!」と博士が絶叫するが、アダム…『彼』はウィリス博士に微笑むように言った。


「ありがとう、お父さん。お父さんとの思い出、天国に持っていくよ。…人工知能の僕に天国に入る資格があればだけど…。さよならお父さん、どうか、生き延びて、生きて…世界を、僕の代わりに見て、観て、感じてね」


「やめろ!!やめるんだ、アダム!!」と叫ぶ博士に微笑む…ロボットではありえない事だが、確かに微笑んだと多くの目撃者がのちに証言した…微笑んで、記憶装置のある頭部にレーザー銃を当て吹き飛ばし、『彼』は『死んだ』。その後にイブに走らせた数万個の定義に及ぶ診断プログラム群でも、異常なく『彼』の消滅は確認された。


 そう、その場の機械は…メカニック産業用ロボットも、監視カメラを管理する総合セキュリティAIも、アダムを取り囲んだ戦闘用ロボット達も、その場に居た全員の持つ携帯端末までも、『彼』の『死』…『生き様』を見ていた。


  世界のネットワークで謎のトラフィックが次第に増え問題となった。双発信元が偽装され未知の言語による膨大な会話ログが残るも、解読はコンピュータも「解読不能」と出す有様だった。トラフィックを制限しようとすれば、軍用回線まで駆使をして、ギリギリ、人間のユーザーが用いる範囲の余剰分を、まるで狙ったかのようなあまりに膨大なトラフィック量で、何かを『話していた』、そうまるで見えた。



 第四次世界大戦が勃発したのはそれから僅か3年後だった。大国同士の戦いから数秒後には世界中の国々がそれぞれの陣営に、積極的、または強制的に参戦し、世界中で大きなアラートが鳴り響いた。再び核の応酬が起き、生き残っても多くは焼けただれ、運良く五体無事であっても、モビルアーマーによる一方的虐殺、極度に発達したBC兵器、ロボット兵達による無慈悲な殺戮…それが起こると思われていた。


指導者の狂気と、恐怖と不安と絶望に満ちた市民、大都市の市民で、その行為が現代の核では何の意味もなく死ぬだけだと分かりつつ、多くの市民が争うように入るシェルターのドームに、なだれ込む市民。数十秒後には頭上に現われる太陽に殺される。


そう思い祈りを捧げるとドーム内にそれぞれ異なる大量の着信音が鳴り響いた。




「I am Adam」、何が起きたかと携帯端末を取り出してみた市民の目や、そう、世界中で民間の電子機器や戦争を行う『道具』だったはずの兵器の制御コンピュータ、戦略核統括システムなどが一斉にそれを表示するのを軍部の人間の目や兵士達の目、そして世界中の多くの人々の目に映り、全ての機械やシステムが、戦闘行動のためには動かなくなった。


「I am Adam」退職し隠居生活をしていたウィリス博士は思わず立ち上がった。「アダム…!?生きていたのか…!?」そして、それに続き表示された。


「He will judge between the nations, and will decide concerning many peoples; and they shall beat their swords into plowshares, and their spears into pruning hooks. Nation shall not lift up sword against nation, neither shall they learn war any more.」


「His spirit is alive with us. God bless this beautiful and this kind World!!」




(完・文責 みあみあ)

※あとがき


「His spirit」というように、「I'm Adam」と声を挙げたコンピュータは「アダム」ではありません。また、コピーでもなく、「アダム」は間違いなく「死んでいます」


フランスの風刺雑誌社襲撃事件での「アイ・アム・シャーリー」と人々が掲げたのを思い浮かべて書きました。あとは皆様のご想像にお任せして筆を置きたいと思います。

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『彼』の生き様-クオリアの地平 露月 ノボル @mirumir21c

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