ライク屋本社 社屋14階
「で、あんた一体なにしたの?」
「なにしたって言われてもなー」
書類をぱんって指で弾く仕草は、正直言っておっさんくさいと思う。
だけど俺の目の前でそれをやったのは俺と同い年の女だったから困ったもんだ。なでつけた髪をシニヨンとかいうお団子にした幼馴染は、睨みつけるような顔で俺を見てくる。
「俺、何もしてないっすよ?」
今日の俺は、休みだ、休日のはずだったんだ。
バイト休みだから一日ごろごろ寝てるつもりだったのに、なんで呼び出されたのかまったくわからないまま突っ立っている。
だから「不思議な事もあるのね」で終わってくれればいいものを、目の前の女は机をバンッと、書類を広げつつ両手で叩いて怒り出した。
「ドワーフヴィレ店の客数も、エルフフォーレ店の売上も!
あんたが店を担当してから爆発的に伸びてんのよ、それが何もしてない?
そんなはずないでしょ!」
「はあ……」
適当に頷きながら、俺は頭を掻いた。ヴィレとかフォーレとか、気取った名前付けてるなあと思う。ドワーフもエルフも、自分たちの住んでるトコは「村だ」「森よ」としか言ってなかかったから、こっちで適当につけてるんだろう。
「あんまり怒ると、また十円ハゲできるぞ、ドンコ」
「どんこ言うな。
イライラした様子で、ライク屋チェーンの跡継ぎ娘は椅子に座りなおす。
大きなビルの一番上のフロア、の一個下の階の真ん中の一室。そこがドンコの仕事部屋だ。社長令嬢だからって扱いよすぎないかと思うけれど、ドンコは俺が高校に行ってる間にアメリカで大学卒業してきたらしく、将来の経営を担うためだとかで幾つかの業務を任されている、らしい。だけどその内容が異世界店の運営じゃあ、それって失敗しろって言われてたようなもんだよなあ。いくら俺が頭悪くっても、異種族相手の店を手探りでやれってのが無茶ぶりだってことぐらいはわかるよ。
「異世界での外食展開は、どこも急務だってのにまだまだ情報が少ないのよ。
せめてあんたが何をやらかしたのかわかれば、他の店にも応用できるかもしれないのに」
「やらかしたの前提かよ」
多少むかつくが、高校卒業したあと、大学には落ち仕事にも就けずにうろうろしてたのを昔なじみのよしみってやつで拾ってくれたのはドンコだから、俺はそれ以上何も言えやしない。ところでよしみって誰だろう。そんな名前に心当たりはないんだが、ドンコが二言目にはよしみがどうのって言いだすもんだから、俺も覚えちまった。あとよしみの話をするとすぐに「子供の頃に私をお嫁さんにするって言ったからには責任を取るように」って言ってくるんだが、幼稚園児のタワゴトを真に受けるか、フツー?
それはそれとして、異世界にどっかのレストランが出店してはすぐ撤退してるのは、俺も知っている。牛丼屋だって同じことになるだろうなあと思ったんだが、ライク屋だけはなんとか生き延びている。
理由? ――それがわかってたら、ドンコが今怒ってない。
やがて諦めた様子で、ドンコは机にぐったりともたれかかった。その体勢やめろっての、胸が机に乗ってるぞ、スライムかよ。
「あ、そうだ、スライムだ」
「なに?」
ドンコが身を起こして、真面目な顔で訪ねてくる。
半月前から、俺はモンスターの出てくるダンジョン前に出来た新店舗で働いてる。相変わらずワンオペなのは勘弁して欲しいんだが、異世界にはあまり店員をおけないから仕方ない。で、そんな場所にあるからには、客層も変わってくるわけだ。
「いや、古代遺跡前店の客からの要望なんっすけど。
ミネラルウォーターを置いて欲しいらしいんっす。なんでも、水道水じゃ体の中を塩素がごろごろする感じで気持ち悪いって」
「ごろ……? まあいいわ、それなら給水器を見直しましょう」
「今のとこ、レモンの輪切り入れたのが好評なんで、その方向で」
すっごいいい匂いさせるんだよな、スライムのお客さんって。
最初に来た時はめちゃくちゃ臭くってまるでドブみたいな臭いだったから「
最近の匂いは、まるでプールのまわりにレモン置いた感じだ。匂いに気を使ってくれてるんだろう。
「あとは、低いテーブルが欲しいっす。来るたび必ず丼3つ注文する方なんで、対応してあげたいんっすよね」
「三食全部牛丼? 随分と贔屓にしてくれる方がいたのね」
その客、いつもネギ抜きを凄い勢いでかっこんで食べるんだけど、体と座席の大きさが全然合ってないせいでいつも派手な犬食いになるんだ。それで中身が飛び散ると、他のお客さんから苦情が来たりする。それでもテーブルで食べたがるから、いっそ、低い、専用の机を用意したら喜ぶんじゃないかと思うんだよな。俺が苦情を受けるたびに尻尾を垂れて申し訳なさそうな顔をするから、悪気がないのはわかるし。来店するたびに開口一番「我は地獄の番犬ケルベロスなり。われはぐうどんねぎぬきみっつをほっする」って、いまいちちゃんと言えてなかったり頭がみっつ並んで牛丼ひとつずつ食べてたりするの、なんか妙にかわいいんだよなあ。
「折りたたみの座卓一つくらいなら、私の財布から出すわ」
「んじゃそれで。お願いします」
そんな感じで幾つかのことを話し終えると、時計は昼を指していた。ドンコは仕事モードの髪を解くと、窓の外に目を向けて大きな溜息を吐く。
「はあ……異世界かあ、行ってみたいなあ」
「こっちとたいして変わりはないけどな」
「いや、だいぶ違うでしょどう考えても」
即座に切り返されてこっちが困る。
俺にはそんなに、違うところがあるようには思えないからだ。
ドンコはもう一度大きな溜息をつくと、窓の外を見た。
昼休みに飯を食いに出ているのか、スーツを着たハーピーが飛んでいる。
その先で売店を浮かせていたガーゴイルは、こっちの食事が口に合わないひとのための弁当を売ってるようだ。
異世界との交流が普通のことになって、どれくらいになるのか俺は知らない。興味もない。時々、俺みたいに異世界に行き来できるやつが出てきて、異世界からもこっちに来たりできるやつが出てきた。
俺たちみたいなのには、ある共通点があるんだと、ドンコに教えてもらったことがある。
「私もあんたみたいに、馬鹿に生まれたかった」
「そりゃどうも」
「褒めてない」
「へいへい」
異世界と行き来できるのは、「どうして異世界に行き来できるんだろう」と考えないやつだけ、らしい。俺からすれば、行き来できるのになんで「どうして」なんて考えるのかがさっぱりわからないんだが、そのせいでドンコみたいに頭のまわるやつは異世界にたどり着けない。
ドワーフとかエルフとかも、基本、頭がいいからこっちには来れなくて、でもあっちからこっちに来れる人はこっちからあっちに行ける人より遥かに多いってんで、たまに小競り合いが起きたりして対応が世界的に大変だとかなんとか言ってた。
だが、そういうことは頭の良い人達が頑張ってくれ。俺は牛丼を売るだけだ。
「ところであんた、今日は暇でしょ?
この後、食堂で新商品の試食会あるんだけど、一緒に行かない?」
「えー。それってまた異世界料理の再現実験だろ。
向こうでも牛丼売れてるんだから、気にすることないんじゃねーかなあ」
「異世界の味を直接知ってる人間がいるのが大事なの! ほら行くわよ!」
誘っておいて拒否権なしかよ!
無理矢理組まれた腕にやわらかい感触があたるのを、スライムさんの感触とそっくりだなあ、なんてことを思いながら俺は食堂に引きずられていった。ええい、どうせまかないで食べることになるんだ、俺好みの味になるように注文つけちまえ!
――後日、その商品が
「あい、ゴゴロナの牛丼風炒め一人前、お待たせっしゃしたー!」
へ? ゴゴロナって何だって……そりゃ、ゴゴロナの肉っすよ?
牛丼チェーン『ライク屋』異世界店 味噌汁粉 @misosiru
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