第20話(第三章エピローグ) 赤い髪の、あたしの……
「――それで? 御堂は結局どうなったんだよ?」
十香は、隣へ座る美夜子へ尋ねた。
場所は、伸司の事務所。病院で診察と治療を受けてからの記憶が曖昧だが、気がついたらここのソファに寝かせられていた。目が覚めたのはついさっきで、十香と隅っこのスペースにいる子犬を除いては、そのとき部屋にいたのは美夜子だけだった。伸司は今、依頼の件で外へ出ているらしい。
腫れていた左頬には、大きなガーゼが貼られている。診察によると、骨が折れているとか、内臓にダメージが残っているといったようなこともなかったのでひとまず安心した。怪我の痕も、後々まで残るようなものではないらしい。
もう遅い時間なので、帰ってこない自分を父親が心配しているのではないかと思ったが、携帯を確認してみると、その父から「今日も飲みに誘われたので遅くなる」とのメールが入っていた。勝手なものだ、と思わないでもないが、今回ばかりは都合がいい。弟の夕飯を任せられていたのをすっぽかしてしまったが、あいつもバカじゃないから、腹が減ったら残ってるカップ麺でも食べるだろう。
今は家のことより、美夜子の話のほうが気になる。
「御堂先輩は事件のほとぼりが冷めるまで、謹慎処分だって」美夜子が言う。「ナイツの本社が今回の騒動を嗅ぎつけたとかで、しばらくは身を隠しておかないと危ないかもって。だから、岸上先輩のツテでどこか海外に飛ばさせるって言ってたよ。学校のほうは、転校ってことにしておくみたい」
「ふーん……。じゃああいつら、仲直りはしても結局は離ればなれ……ってことか。なんつーか、うまくはいかねぇもんだな」
「でも、二人とも生きてるんだから良かったよ。生きてさえいれば、いつかまた会えるんだから。岸上先輩も、どのくらい先になるかはわからないけど、頃合いを見て呼び戻すつもりだって言ってたし」
「そうか……ま、結果としては上々だよな」
生きてさえいれば、やり直しはきくだろう。
「ところで気になったんだけど、岸上は事前に御堂の計画を見抜いてたんだよな? それでわざわざ自分が囮になって誘拐されていた、と。大胆すぎてすげーとは思うが、だったらなんでそのことをあの護衛の……えっと、織江さんだっけ? あの人に言ってなかったんだ? 信頼がないから教えられてなかった……ってわけじゃねぇよな?」
「あ、そのことね。あたしも気になって、聞いてみたんだ。そしたら――」
薔薇乃は、こう答えたのだという。
「――そのことですか。わたくしも、迷ってはいたのです。しかし、魅冬さんをうまく出し抜くためには、ギリギリまでこの策は伏せておきたかった……彼女の目敏さは、わたくしもよく知るところですから。しかしその結果、織江さんにそのことを伝えるタイミングを逸してしまいました。言い訳のように聞こえるかもしれませんが、金庫の鍵が亀井さんの手元にあったというのは、さすがにわたくしも予想だにしていないことだったのです。その報告を受け、わたくしは織江さんを、亀井さんと志野さんの護衛として向かわせました。わたくしが自由に動かせる戦力の中では、彼女が最も強く、信頼を置けると判断してのことです。それから間もなく、わたくしは魅冬さんの電話によって呼び出されました。もちろん、ブルーガイストを使って誘拐させるに先だって、わたくしを誘導しておくためのものです。そこで初めて、わたくしは信頼できる一部のメンバーにだけ、作戦を伝えておきました。その場にいなかった織江さんには計画について話そびれてしまいましたが、亀井さんたちの護衛に専念していただければそれで良いかとも思ったのです。しかし、青桐からのあの電話のこともあって、却って心配をかけてしまいましたね……申し訳なく思っています。アジトへの突入は、わたくしが誘拐されてから一時間後を目安に設定していたので、あの電話を止めることができなかったのです。あの場で、囚われの身であるわたくしが青桐を止めるのも不自然でしたから」
……なるほど、織江が計画を知らされていなかったのは、決して薔薇乃から軽んじられていたわけではなく、むしろ信頼されていた結果だったわけだ。
「あ、それとね。やっさんのことだけど、治療を受けて無事に一命を取り留めたって! 織江さんが言ってたよ」
「ほんとに? そうか! そりゃよかった……」
ブルーガイストのチンピラに刺されたときには、てっきり死んでしまったのではないかとも思ったが、助かったなら何よりだ。これを機に反省して、スリなどやめてくれればよいのだが。
「色々あったけど……一応、解決したってことでいいのかな。寝てる間に終わっちまって、なんだかすっきりしねーけど。ま……」
十香は小さく笑って、美夜子へ拳を突き出す。
「お前も、お疲れさん」
「うん。十香ちゃんも、お疲れさま!」
美夜子も微笑んで、十香と拳を軽く打ち合わせた。
「…………」
十香は美夜子の顔をじっと見て、思い悩む。視線に気づいて、美夜子は眉を上げた。
「……なに? 十香ちゃん」
「……迷ったんだけどな。やっぱ……お前には、言っておきたいんだ」
「……なにを?」
その機会はきっと、今しかない。今を逃せば、後悔する。こいつとの関係で、あたしは後悔したくない。
「あたし、昨日……用事があるって言ったよな。だから、お前と一緒にここへ来ることはできないって」
「うん。でも、その用事なくなったって昼休みに――」
「あれ、嘘だったんだ。本当は用事なんて、はじめからなかったんだよ」
「えっ?」
「自分でも、なんでそんな嘘ついたのかよくわかんなくてさ……でも、あの時あたしは、反射的にこう思ってしまったんだよ。お前とは、これ以上会いたくないって」
「あ……えっと……」
美夜子の表情がみるみる曇っていくのを見て、十香は慌てて取りなす。
「ま、まって! 最後まで聞いてくれ! お願いだから!」
「う、うん……」
美夜子が頷いてくれたので、十香は話を続行する。
「……会いたくない……っていうのはさ。お前と仲良くなるのが、怖かったからなんだ」
「……どういうこと?」
「昔……友達だと思ってたやつらから、裏切られたことがある。それはあたしにとって、すごく……今でも夢に見ちまうくらい、キツい記憶なんだ。それ以来あたしは、友達なんていらないって思ってて……高校に入ってからもずっと、一人だった。悪ぶって、強がって、周りの連中から距離をとるようにしてたら、いつの間にかあたしに近寄ってくるやつは誰もいなくなってた。あたしは、それでもいいと思ってたんだ。そのほうが気楽だし、なにより、弱みを作らなくて済むから。でも……昨日、お前と色々話していて……あたし、楽しかった……楽しかったんだ。だから、本当の弱っちいあたしを知られて、お前に落胆されるのが怖かった。お前がそんなやつじゃないってことも、わかってたつもりだけど……どうしてもその考えを振り切ることができなくて……だから、あんなこと言っちまったんだ。……ごめん」
「十香ちゃん……」
十香は弱々しく笑って、
「ほんとに、悪いな。こんな話聞かされて、お前も困るよな。……でも、どうしても言っておきたかったんだ。それで、もう一つ言うことはあって……こんな話の後で、なんなんだって思うかもしれないけど……ああ、もう! と、とにかく、言うぞ……!」
――うじうじと悩むのは、もうやめよう。昔のことのために明日をふいにするなんて、バカらしいじゃないか。『自分がどうしたいか』、それが重要なんだろ? そんなこと、とっくにわかってるさ。
十香は深呼吸して気持ちを落ち着けようとしてから、次に美夜子の目を見て言う。
「――あたしは、お前と友達になりたい」
……言った。言ってやった。
美夜子はしばらく黙ったまま、答えない。
「……だめ、か?」
不安になって尋ねると、美夜子は慌てたように首を横に振る。
「違う……そうじゃなくてね」美夜子は笑って言う。「なんだかおかしいなって……だって、あたしたち、とっくに友達だと思ってたから!」
「あ……あれ? そ、そうか?」
「うん。でも……十香ちゃんが正直に色々話してくれて、嬉しいよ、とっても! ……あ、そうだ! じゃあじゃあ、アレしよう?」
「アレ?」
「友情のハグ! 友達になった証として!」
「なんだその文化? 聞いたことねーよ……って、あっ、ちょっと待っ――」
十香は美夜子に抱きつかれて体勢を崩し、そのままソファに倒れ込んでしまった。美夜子は猫のようにじゃれかかりながら、十香の顔へ頬をすり寄せるようにする。
「えへへ、十香ちゃん好き! 大好きー!」
「うわ、ちょ……やめろよ、こら……」
そのとき、部屋入り口の扉が開く音がして、誰かが入ってくる。伸司だった。伸司は十香と美夜子を見て、ぎょっとする。……デジャヴだ。
「おいおい、こいつらまた抱き合ってるよ……」
「ち、違うって!!」
いや、まぁ、違わないのだけれど。でも違うのだ。
「まぁ、お二人とも、そんなに仲がよろしかったのですね」
伸司とは別の声。この声は……
「あ……岸上」
「どうも、お邪魔させていただいております」
上品な動きで頭を軽く下げる。
「ああ、こりゃどうもご丁寧に」
十香は美夜子をなんとか押しのけて、ソファに座り直した。伸司はコートを脱いで壁際のハンガーに掛けながら、十香へ尋ねる。
「気分は……良いみたいだな?」
「ああ、まだちょっと痛むけど、平気だよ」
「そりゃよかった」伸司は薔薇乃のほうを顎でしゃくるようにして、「さっきまで依頼のことで話してたんだがな。岸上のお嬢さんから、お前らに話があるそうだ」
薔薇乃は十香と美夜子の対面のソファへと座る。彼女の右手には包帯が巻かれていた。
「話って、なんだ?」
「この度は、お二人に多大な迷惑をおかけしました。身内でのトラブルに巻き込んでしまい、大変申し訳なく思っています。つきましては、今回のお詫びをと思いまして」
「お詫び……?」
「亀井さんの怪我の治療費はもちろんこちらで負担いたします。それとは別に、お二人には慰謝料としてそれぞれ一千万、お渡ししたいと考えているのですが」
「一千万だって!?」
十香はソファから飛び上がりそうになる。薔薇乃は小さく首をかしげ、
「一千万ではご満足いただけません? それではその倍でも――」
「違う違う! そうじゃなくて! いきなりそんな金渡されてもあたし、困るよ! 親にどうやって説明すりゃいいんだよ!?」
「まぁ……そこは、なんとか」
「なんとか、じゃねーよ」十香は手をひらひらと振る。「いらないいらない。そんなデカい額、こっちもびびっちまうよ。治療費だけくれりゃ、それで充分だって」
「そう言われましても……それではこちらが納得いきません。では、お金以外のことでも結構です。なにか、わたくしに頼み事など、ありませんか?」
「頼み事ねぇ……」
十香は一応、考えてみる。
「うーん……何かあったかな……」
「目障りな人間一人くらいなら、消してみせますよ?」
「こえーよ!」
「ふふっ、今のはジョークです」
「お前が言うとまるでジョークになってないの、わかってる?」
魅冬もそうだったが、こいつも笑いのセンスはどこかおかしいようだ。
「あ……そうだ!」
良いことを思いついた。
「お前さ……犬、引き取ってくんない?」
「犬……ですか?」
「ああ、柴の子犬なんだけど。そこのダンボール箱の中にいるやつ」
十香が手で示すと、薔薇乃は立ち上がって見に行く。ダンボール箱を上から覗いて、薔薇乃は声を上げた。
「まぁ……まぁ、まぁ! なんと愛らしい……!」
薔薇乃は子どものように目を輝かせる。
「公園に捨てられてたのを拾っちまったんだけどさ。引き取り手がいなくて困ってたんだ。捨て犬の保護団体なんてのもあるらしいけど、知ってるやつが引き取ってくれるならそれが一番いいからさ。……で、どうよ? お前んとこなら、犬の一匹くらい飼えんだろ?」
「もちろん、引き取らせていただきますとも!」
快諾を得た。やった!
「サンキュー! じゃ、それがあたしからのお願いってことで」
「了承しました。責任を持って、飼わせていただきます」
薔薇乃は美夜子のほうを向いて、
「……それでは、志野さんのほうはいかがいたしましょう?」
「んー……」美夜子は悩んで言う。「お金はべつに欲しくないし、頼みたいことも今は思いつかないなぁ」
「それでしたら、ひとまず保留ということにしておきましょうか。なにか思いついたら、遠慮なくわたくしにお申し付けを」
「うん、じゃーそういうことにしときます」
美夜子はいったい、薔薇乃に何をお願いすることになるのだろうか。気になる。
「――それでは、わたくしの用件はこれで終わりです。おいとまさせていただきましょう」
「なんだ、もう帰んの?」
十香が尋ねる。
「ええ。織江さんを車に待たせていますし、それに明日には魅冬さんを乗せた飛行機が飛んでしまいますので……今宵は少しでも長く、共に時間を過ごそうかと」
「そっか……。ああ、そうだ。織江さんにもう一度、ありがとうって伝えておいてくれよ。あたし、ちゃんとお礼言わないままだったからさ」
「わかりました。必ず伝えておきます」
薔薇乃はダンボール箱に敷いてあった毛布ごと、子犬を抱え上げる。子犬は薔薇乃のことを嫌がるようでもなく、おとなしいものだ。
「名前は、まだないのでしょうか?」
「ない。好きにつけてくれ」
「名前、名前……悩んでしまいますね。じっくり考えることにいたしましょう。それでは、わたくしはこれで――」
「あ、ちょっと待って。最後だから……」
十香は手を伸ばし、子犬の頭を撫でてやる。すると、それに応えるかのように、指先を子犬が舐めた。
別れるのは少しばかり寂しい気もしたが、薔薇乃ならしっかり飼ってくれそうなので安心だ。
「じゃあ……元気でな。でっかくなれよ」
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ビルの入り口近くに、十香と伸司は並んで立っている。
薔薇乃が帰った後、伸司が車で家まで送ってくれると言うので、せっかくだから厚意に甘えることにした。美夜子も一緒に車に乗る予定だが、トイレに行っていて遅れている。
「おい、寒くないか?」
伸司が十香へ向けて言う。
「ん、へーき」
「聞いたよ。美夜子のこと、守ってくれたらしいな。俺からも礼を言わせてくれ、ありがとう」
「いや、守ったってほどでもねぇけどさ……無我夢中だっただけだよ」
結局は織江が来てくれたから助かったのだ。礼を言われるほどのことをしたつもりはない。
「それにしても、よかったのかよ? せっかく大金せしめるチャンスだったのに」
伸司が言う。先ほど薔薇乃から持ちかけられた慰謝料の話だろう。
「いいんだよ。あたしには、身分不相応ってやつだ」
「なるほど。まぁ、俺もあれでよかったと思う」伸司はそこで少し間を置いて、「……なんだかんだで、今回一番得をしたのは岸上だったな」
「ん? ……そうか?」
「ああ、結果を見てみろよ。身内の、それも一番自分に近いところにいたやつが反乱を起こしたっていうのに、岸上はそれをあり得ないほど穏便な形で収めてしまった。その騒動の中でナイツに敵対する組織、ブルーガイストは壊滅したし、翠鷲も先遣隊のアジトを潰されて大きな痛手を負った。この街でのナイツ――ひいては岸上薔薇乃の力は、より盤石に……というより、前とは比べものにならないほど強力になったと言っていいだろう。今この街にはナイツの支部が二つ存在するが、そのうち東支部が西支部を飲み込んで、岸上がこの街全体の支配者になるのは、そう遠い話じゃないかもしれん」
「ふーん……それってさ、どうなの? いいこと? わるいこと?」
「一概には言えない。強力な支配者ってのは、簡単に言ってしまえば恐怖そのものだ。上手くやれば今回のブルーガイストや翠鷲みたいなハネた連中をその恐怖で抑え込むこともできるだろう。そうすりゃ、この街の治安もいくらかマシになるかもしれないな。もちろん、下手を打てば悪化する可能性もある。結局は、大きな力がなにをもたらすかってのは、それを持つ者次第ってことさ」
岸上薔薇乃は、どちらの結果をもたらすのだろうか。
「ま、お前さんが気にするような話じゃないよ。お前さんのような学生が気にかけておくべきなのは、ずばり、テストの成績、そして恋。これだ」
伸司はおどけて言う。十香は「はいはい」と適当に相づちを打った。
十香は左頬に貼られたガーゼを手で触って、
「あーあ、それにしても……この怪我、親父になんて説明しようかな……ぜってー色々聞かれるわ」
「ダチを守るために闘った――とか言っとけよ。かっこいいぜ」
「へっ、趣味じゃねーや」
そう言いつつも、十香は笑う。
昨日と今日、あまりにも沢山のことがありすぎて――身体は疲れ果てているはずなのに、心は晴れやかだった。遭遇した全てが、十香にとって未知のもので、美夜子との出会いもまた、その一つだ。怖い思いも沢山したが、今回のことを通して得たものは、きっとかけがえのないものだったと思う。
「……あたしさ、今回のことで思ったよ」
「ん?」
「人生って、想像以上だなって」
「人生は想像以上、か。ははっ、そりゃあいい!」
伸司は愉快そうに笑った。
「楽しくなりそうか? これから」
十香も小さく笑ってから、
「……ま、少しはね」
十香はふと思い出して、付け足すように言う。
「あ、そうだ。犬、預かってくれてありがとな。預かり料、払うよ。えっと……いくらだったっけ?」
「いいよ」
「え?」
「契約書は書いてねぇし、いくらの約束だったかも忘れちまった。サービスしてやるさ。俺は子どもには優しいんだ」
十香はむっとして、
「子どもで悪かったな」
「言い直そう。俺は子どもと、レディには優しい」
「ははっ……あんた、実はかなりお人好しだよな。美夜子のやつが懐くのも、わかる気がするわ」
「お人好しじゃあない。紳士的と言え」
伸司はコートのポケットから煙草を取りだして、吸い始める。十香は手を差し出して、
「一本ちょーだい」
「だーめーだ」
「ちぇ、ケチ」
「そーいう問題じゃない」
伸司は煙を吐き出すと、やや改まった口調で言う。
「……今言ったサービスの代わり……ってわけでもないんだが、一つ、お前に頼みたいことがあってな」
「へぇ、あたしに? なによ?」
「美夜子のことだ。あいつ、ああいう性格だろ。学校ではちょっと浮いちまってるみたいでな」
……え?
「きっと、お前みたいに仲良くなれたやつは、初めてだったと思うんだ」
……そうだったのか? あたしはてっきり、あいつには友達なんてたくさんいるんだろうって思ってた……。
思い返してみれば、ヒントはあったのかもしれない。
最初に――厳密には二度目だけど――あいつと会った屋上のことだ。あいつは、なんであんな場所にいたんだ? 扉が開いていたから気になった――なんてことを言っていたが、それはつまり、昼休みに一人で学校の中を歩き回っていたということだ。しかも、普段誰も寄りつかない屋上への階段のあたりを。もしかしたらあいつは、教室に居場所がなくて、あたしと同じように、安心して一人で過ごせる場所を探していたのかもしれない。それで、屋上に来た……。
……なんてこった。あたし……今まで自分のことばっかで、人のことなんて全然考えてなかったんだ。そうか、あいつは……。
「それで、お前さんが良ければなんだけど……美夜子のやつと、友達になってくれると嬉しい」
ビルの入り口のほうから早足で歩く足音が聞こえる。
「……へへ、なに言ってんだよ」
十香は伸司に向かって言う。それと同時に、「お待たせー!」と美夜子がビルの入り口から元気よく出てきた。
「あれれ? ね、ね、二人でなんの話?」
後ろからやってきた美夜子は、十香と伸司を交互に見ながら言う。
十香は、話のわかっていない美夜子の肩に手を回すと、もう一方の手で伸司を小突いた。
「――もうとっくに、友達に決まってんじゃん?」
【終】
裏稼業探偵 アルキメ @arukime
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