※)読者企画〈誰かに校閲・しっかりとした感想をもらいたい人向けコンテスト〉参加作品としてレビューします。
〈まず通常レビューとして〉
感情のない一人称の文体で綴られる、これは、心に棘を残す物語だ。
主人公は、東京を遠く離れてとある地方へと旅に出た。スタちゃん、とあだ名されたアメリカ人の元同僚、その終焉の地を訪れるために。
気のよさそうな、しかしどこか田舎の閉じた感じも見せるおばちゃん達、現地を案内してくれる、スタちゃんの面倒を見てくれた土地の顔役――人々との触れ合いや、語られることの中から、主人公はスタちゃんの来し方に思いを馳せる。
同時に読者も、彼の人生を思わずにはいられない。周囲と巧くやれずに疎まれてしまう彼。実の親にも受け入れてもらえない彼。思い出にも裏切られる彼。どうやっても、誰からも愛してもらえなかったのに、愛されようとすることをやめられなかった哀しい男のことを。母国を離れ遠い異国で生きることを選んだ、選んでしまった、選ばざるを得なかった彼の哀しさ。
物語の始まる時点ですでにこの世にない彼の人生模様は、しかし作中では深刻な響きを持たない。どころか、滑稽ですらある。彼の記憶を反芻し、足跡を追う主人公の淡々とした叙述は、哀しさを滑稽味に閉じ込めて、あふれ出さないようにしているかのようだ。あるいは――彼から、あるいは自分の責任から、逃げているかのようだ。
実際、まるで逃げるように主人公はその土地を去る。スタちゃんの記憶から遠ざかろうとするかのように。彼の心に刺さった棘は、読者の心にも小さな傷痕を残す。自分は、寄る辺なき身の誰かに手を差し伸べられるだろうか。そして、その手をずっと、離さずにいてやれるだろうか――と。
ずしりと重たい物語だ。
※この改行・空白はレビュー一覧にネタバレ言及が載るのを避けるためです。
〈以後本格的に、ネタバレもありで〉
まず技術的なところで思ったことを。
文章それ自体はすでに一定以上のレベルにあったと思う。ただ表現として気になったのが、「風景がない」という点。視覚的な情報が少なく、例えば風景として印象に残るのが棚田だけだった。『建物に威圧されているような気分になった』という寺すら、『立派な山門を構えるお寺』というだけでしかない。これには少々の寂しさを感じた。田舎という表現はあっても、「どんな」田舎なのかの情報が薄く、そのあいまいさ、抽象性が、スタちゃんの存在を読者から遠ざけているようにも思う。そしてスタちゃんの遠さが、彼の軌跡から、どこかしら滑稽味を感じる原因となっている。
短編賞に応募した作品とのことで、制限故にキツいところもあったかと察せられるが、せっかくの舞台をもうちょっと利用できたら、と惜しまれた。
風景に割かれなかった筆は主人公の内心、思考、記憶の反芻に向けられたかと思うが、その中で次の部分にやや不満を感じた。
『入社二年目の梅雨の頃、スタちゃんにとって一番辛いことがあからさまにされ、少し前から孤立無援の状態になっていた彼は会社を去った』
スタちゃんにとって一番辛いこと、というここは、これだけで済まさず具体的に読みたかったのだ。なぜそう感じたかといえば、この点が「移住後に熊に襲われたこと」と対比される位置にあり、彼が「東京での死を迎えた瞬間」だったはずだからだ。
こういう対比、重ね合わせはあまりやり過ぎても逆効果だったりお笑いになってしまったりするものだが、ただボカして済ませるというのも、なにやらスッキリしないものを感じた。
さらに主人公による一人称の筆致について。ストーリーの印象とも強く関わるところで、この筆致が非常に淡々としていることが、良くも悪くも気になりながら読んだ。
そこからは、主人公がスタちゃんに注ぐ感情も推し量ることが出来ず、主人公の行動原理、目的意識がどこにあるのか(あるいはそれを探しに来ているのか)、ということさえ読者として迷った。その時々の主人公の思考は明確に綴られるのだが、感情的な部分の表現が薄い印象だったのだ。スタちゃんに向けられた悪意についても、「宇田が」「あっちゃんが」と語られ、主人公自身はどうだったのか語られることはない。
『俺はスタちゃんの訃報に接して以来、彼のことを思い出すたびにどうも落ち着かないような気分』とはあるが、これだけではいかにも弱い。
もちろん、『俺自身が彼にどんな感情を持っていたのかも判然としなかった』との述懐もあるわけだが、判然としないことについての感情もないのである。
つまり彼が迷っているのかどうか、自分の感情を知りたいと感じているのかどうか、といったことも表明されないまま。
そうした彼の目的の曖昧さ、が作中に必要だということはあるだろうが、それにしてもこれでは、読者としても彼に感情移入することは出来ず、読み進めるモチベーションを保てない。主人公自身が興味を向けない(あるいは、作者がそのように見せない)ことに、読者が興味を持つことは難しい。作品テーマを壊さない程度に、主人公に「目的意識」を持たせることが出来ていれば、
ストーリー的には、主人公が、スタちゃんへと近付こうとしていながら、しかし遠ざかろう、遠ざけようとしているような印象を受けた。
スタちゃんの孤独な骨壺を前にして、『俺も親との絆なんてものには自信がないが、うちの親なら俺が国外で死んだとしてもとりあえず迎えに来てくれると思う』と違いを強調し現状に“反論”する。スタちゃんの実情を聞いて、『ここまで知りたくはなかった』と覚悟のなさを吐露する。『俺達世代には』と集団に寄り添った上で、『一方で、彼に全く非がなかったという訳でもない』と弁明する。
そして、
『彼が出会った人間全員ひとり残らず居場所を与える(あるいは人を理解する)のが下手な奴ばかり、だったのだろう』
自分もその中にいたからこその旅路であるというのに、この、まるで自分は局外者、観察者でしかないかのような切り取りようである。筆致が淡々としていることで、なおさら彼のこうした態度が無責任と思われてくる。
ここまでスタちゃんのこと、その死を自分から遠ざけるようにしていながら、『俺はスタちゃんを見て、心のどこかで自分に似ていると思っていた』と述べても、これは言い訳として聞くよりなかった。
こうしたわけで、本作を読み通して、自分のない男が元同僚の死を追うことで、自らの無責任さからさらに逃れようとして去って行く物語――と読んだ。