「……ただ、残念ながら今回はそれを採用するのは難しいかもしれんな」

「え……、…………そ、そうなんですか?」

「ああ。繰り返すが、理論上は間違ってないぞ、考えは合ってるんだ」


 あからさまにテンションの落ちた向野へ丁寧にフォローをしてから、照治は続ける。


「だが、お前の言ったやり方、専門用語ではオドメトリと言うんだが、こいつには大きな弱点がある。滑りによる誤差が計算に入っていないというな」

「……あ」


 向野の語った理論は、車体の移動がきっちり車輪の回転分だけであるという事を前提にしている。


 しかし実際は、減速や加速の時などに顕著だが、車輪は地面の上を少なからず滑ってしまうのだ。そしてどれだけ滑るかを正確に計算するのは、かなり難しい。


「あのダンジョンの床は、歩く分には滑って転ぶほどではないが、結構摩擦係数は低い。滑りの発生は多いだろう。また、オドメトリでは、一度発生した誤差はリセット出来ず、ずっと残り続けるという欠点もある。すると小さな誤差が積み重なって、だんだんだんだん大きな誤差になってしまうんだ」

「加えて言えば、あそこには魔物も出現する。滑りだけではなく、ヤツらの攻撃を受けて吹っ飛ぶ可能性がある。そうなれば、タイヤの回転とは関係なく強制的にシキの座標や向いてる方向は大きく変えられてしまう。以降、もう指針としては使い物にならなくなるだろう……なかなか、条件としては厳しいかもしれんな」


 照治の説明にそんな風に補足したのは巨漢・鉢形だ。責めるような口調ではなく、どっしりとした声音で事実だけを説明する言い方に、やはり後輩への気遣いが見える。


「そうですか……」

「アイディア自体は良かった。アイディアを出そうという姿勢もな。これからも何か思いついたらどんどん言え」

「はい!」


 肩を落とした向野だが、照治の言葉に最後は持ち直して元気に返事をした。


「さて、早速一年の向野が発言をしてくれたぞ。他には何か思いついた者はいるか?」


「オッケイ! したら俺の話を聞いて下さい!」


 バッと手を上げたのは皆大好きスキンヘッドお兄さん・電気科四年の田川だ。





「うん、そうか、却下」

「扱いの差! 向野との扱いの差! ねえ俺も後輩よ!? 可愛い後輩!」


 照治的に、四年生の田川はもう、丁寧にフォローをしてやらなくても大丈夫だと判断した相手なのだろう。


「お前が言い出すとしたら、後に名探偵に見破られる事になるような、込み入った人の殺し方だけだろうが」

「だから誰がコナ○の犯人じゃ! まず一番先に犠牲になるとしたら部長、あんただぜ……夜道には気をつけな……」

「夜道にそんな赤鼻のトナカイみてえなハゲ頭の電球がいたら嫌でも気付くわ」

「さすがに俺の頭も光らないの! 周りに明かりがなきゃ! もしサンタのおっさんに期待されても夜道は照らせない!」


 無駄に切れ味のいい応酬に、笑いの沸点が低い幹人の腹筋は割ともう限界である。


「いやいや、つうか思えばサンタのおっさんも無茶言うよな……、『鼻赤いから照らせるっしょ?』とか。照らせねえよ」

「っ話が脱線してんだよボケいつまでやる気だ!」


 田川の頭を思い切り横倉がひっ叩いた。続けて彼女は照治の頭も張る。

 二人とも、悲鳴は上げたが文句は言わなかった。


「……ええと、で、田川、お前のアイディアは?」





「大精霊祭の時のリベンジ、今度は倫理的にもオッケーなヤツ! 位置がわかんねえならGPSみたいなシステム作っちゃいましょ!」




「ほう、GPSか……」


 田川の提案に、照治は口元に手を当てて唸った。


 GPS、Global Positioning Systemは地球上で現在位置を測定するために使用される、一般にもお馴染みのシステムである。


「あれって地球の周りに飛ばされた衛星からの電波信号を受信機で受け取って、そこから現在位置を割り出してるわけじゃないすか」

「ああ。やっている事は結構単純だな。一応解説するか? 聞きたい者……おお、ザザ、偉いぞ! 素晴らしい学習意欲だ!」


 ピシッと手を挙げたザザを賞賛する照治。ちなみに他のメンバーで手を挙げたのは下級生を中心としたメンバーで、全体の半分くらいである。

 高学年組は興味がないというよりも、知っているから特に聞く必要がないと言った風な顔だ。


「では聞きたいヤツだけ聞いてくれ。まず、地球の周りを飛ぶ衛星が電波を出す。このとき、電波には電波の発射時刻と発射した衛星の座標情報が乗っている」


 白板に地球や衛星の図を描きながら、照治が朗々とした声で解説を始める。


「それを地上の受信機が受け取り、電波の受信時刻と発射時刻を比べる。その差がすなわち、衛星から地上の受信機まで電波が届くのにかかった時間という事になる。この時間に電波の速度、つまり光速だな、これを掛け合わせれば、時間×速度という事で、衛星から地上の受信機までの距離が出てくる」


 うんうんうんと、一年生の向野や二年生コンビは割合、熱心に聞いている。


「ミキヒトさん、頑張って聞きますが、後でもうちょっとゆっくり教えて下さい……」


 ザザがこそっとそんな事を言ってきた。もちろん頷いてオーケーを伝える。

 ちなみに咲はもう、手足の柔軟体操などをしており、まともに聞いていない。


「知りたいのは、三次元空間上における受信機の座標(x,y,z)だ。つまり、知りたい変数は全部で三つ、三つの変数を明らかにするためには、数学的には方程式が同じく三つあればいい。という事で、理論上は衛星三つから信号を受信すれば、式が三つ立つので、受信機の座標は明らかになる。これがGPSの原理だ」


 現実的には、精度の関係で衛星四つから信号を受信しているみたいだがな。そう締めくくって照治は説明を終えた。


「さすが部長、よどみない解説! で、俺が言いたいのは、同じようなもん作ればダンジョン内でも現在位置の測定出来るっしょ、って話です。使うのはもちろん、そう、魔力波! 毎度お世話になっております、魔力波!」


 魔力が流れた際、周囲に発生する波、魔力波。

 無制限依頼でフォスキアを倒した際にも、大精霊祭で闘う中でも、田川の言うとおりこれには散々世話になってきた。


「GPSで言う衛星と同じ役割、魔力波を発生させる基地局をマヤシナの森の中、つまりダンジョン周辺にいくつか作っておくんよ。で、魔力波を受信するための受信機も用意すればGPSならぬDPS……Dungeon Positioning Systemが出来上がる! 受信機を持ってダンジョンに潜れば、ダンジョン内で自分の三次元座標がわかる!」


「それは……………………………………そう、だな」


 田川の提案を受け、照治はしばらく思案した後、独り言のように言葉を零す。


「GPSと同じく魔力波の発射時刻と受信時刻の差を利用する場合……光速だとすると基地局と受信機が近すぎるだろうが、魔力波は光速よりは結構遅いようだし、いけそうか? あとは時刻差ではなく到達角度や魔力波の強度で測る方式も考えられる……」

「く、組み合わせて、やっても、いいかもしれません、ね。上手くすれば、位置だけでなく、自分の向いている方角に関しても、ある程度正確にわかるシステムが組めるかも、しれません」


 幹人は照治の呟きを全ては理解出来なかったのだが、さすが、魅依は違ったらしい。しっかりついていった上で、彼女は自身の意見を述べる。


「ダンジョン内での、魔力波減衰や反射などの、懸案事項もありますが、幸い、ダンジョンを構成しているのは、現在確認した限りでは、あの銀色の素材だけの、ようにも見えましたし、う、上手くあの素材を透過出来るような、周波数帯なりを、探し出せたりすれば……」


「そうだな、……うん、いけるかもしれん。やってみる価値は大いにある」


 オオヤマコウセンの誇る二大頭脳は、どうやらいけそうと踏んでいるようだ。


「照兄とみぃちゃん先輩が出来そうって言うんなら、俺たちは全力で手足として動き回るよ。ばんばん使ってくれ」

「魔力! 魔力ならたくさんあります!」


 幹人に続いて、一応話の流れは追っていたらしい咲もそんな風に主張する。


「おう、もちろん頼りにしているさ。……よし、では、ダンジョン内で迷いまくる、まともにマッピングが出来やしないという問題に関しては、このDPSを作成するという案で対処していくようにしたい。……なにか異論のあるものは? 遠慮なく言え」


 誰も手を挙げるものはいなかった。決定である。





「よし、では次の議題に移る!」

「マッピングしたとしても、日を跨いだらダンジョンが再構築されちゃうから結局意味ないって話よね。ったく、作ったヤツはなかなか良い性格だわ」


 渋い表情で建築科五年女子・横倉がそう言えば、メンバーは口々に「まったくだ」と同意する。


「……あの、普通のダンジョンは魔物が作るんだっていうけど、あのマヤシナ・ダンジョン作ったヤツってさ、魔物じゃない……よね? みぃちゃん先輩とはダンジョンの中で、そんな話をしたんだけど」


 幹人がそんな言葉を投げてみると、真っ先に力強く頷いたのは横倉だった。


「ありゃあ人、ないし人と同等以上の知性や美学を有した知的生命体による作成物よ。間違いない、だってあんなに、構築に一本筋の通った美学があるもの」


 彼女の言葉はずいぶん確信的だ。建築を専門とするものとして、何か感じるものがあったのかもしれない。


「あのダンジョン内が再構築されるっていう現象も、それを引き起こしている仕組みや装置があるはず、だよなあ。なんか自然にああなるとか、魔物がすっげえ頑張ってどうにかしてやってるとかじゃねえよ。間近で見た感じ、きっちりシステム的に動いている感じしたもんよ」


 犬塚がそう言えば、照治も頷く。


「……あいつ自体が巨大な魔道具、俺はそんな印象を持っている。あのダンジョン自体が、だ」

「だとすれば、制御を司る部分があるはずだ」


 ずっしりした、低いが不思議と良く通る声で照治に続くのは巨漢・鉢形だった。


「それを探し出し、破壊、ないしハックしてしまうのが一番手っ取り早い。変化し続けるダンジョンなどというものに、正面から付き合い続ける事もなかろう」


 それは工学系らしい、もっと言えば高専生らしい意見である。

 つまり、その場のほとんどの人間が賛成だと言う事だ。


「下手に下の階層を目指すよりかは、まずは一番浅い階層あたりを魔力波感知センサーなどを使って、とにかく隅から隅まで徹底的に調べ上げるべきだ」

「そうだな、俺もそう思う。だがテツ、なら俺にもちょっと案を言わせろ」


 照治はなんだか、少し悪戯な表情だ。


「ほう、なんだ?」

「まずな、前提として、定期的に再構築されちまう事を除けば、あのダンジョンは極めて調和の取れた構造をしている。めちゃくちゃな悪路や異様に不規則な道なんかは、どうもなさそうに見えた」


 だったらそれを利用しよう。そう結んだ照治に、同学年同学科で長い付き合い鉢形は、彼の言わんとする事をもう理解したのか、ふっと苦笑した。


「……お前は本当に、動くのが嫌いなんだな」

「怠惰はエンジニアの美徳だろうが」

「ちょっと、二人だけで納得してんじゃないわよ。こっちにもわかるように言え!」


 横倉にせっつかれ、照治は改めて全体に届くように声量を上げて言った。


「――ダンジョン探索は、シキにやらせちまおう。自動走行方式に改造だ」


 あっけに取られるメンバーに、照治は堂々とした態度だ。


「障害物だらけの街やら森の中じゃあ無理だが、あんだけシンプルで整った通路なら、十分に自動走行で動き回れるはずだ。だったらセンサー積みまくってダンジョンの制御部分らしきところを探し回らせつつ、DPS用の受信機もついでに持たせてマッピングもやっちまおう」


「……それでもし、制御部分を発見出来て、上手く破壊なり無効化なりが出来ちゃったら、その後ちゃんとずっと使えるダンジョンのマップが手に入る、って事?」


 問うた幹人に照治は頷き、「人間が探索に入るのはそれからで十分だ」と言った。


「もちろん、魔物が出る事を考えるとなかなか難しいところもあるだろうが、無理な話じゃないはずだ。少なくとも、再構築時に『不変領域』にいなけりゃ即死もありうるなんて場所を、人間がしらみつぶしに探索しまくるなんてリスクを取るよかずっと良いだろう」


 楽をしたいからシキに自動でやらせよう、というわけじゃない。

 照治は、最もそれが効率的で、何よりメンバーの負う事になるリスクが最小になるからそうしようと言っているのだ。





「それに、考えてみろ。ダンジョン潜りに精を出すのと、ダンジョンを潜らせるロボット作り、マッピングするシステム作りに精を出すのと、どっちが俺たちの本領だ?」


 そう問われてしまえば、答えなんて決まっている。

 こうして自動生成ダンジョンに対する、オオヤマコウセンのやり方は決まった。










「……ダンジョンの攻略会議とは思えない内容でしたね」


 ザザの言葉は、それはそれでもっともである。


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