どろり、そう表現するのが一番しっくりくる。


 歪みなく綺麗に垂直だった壁、水平だった床と天井、そんなダンジョンの通路を構成する全ての要素がぐずぐずに形を崩し、溶け落ちていく。

 まるで熱された砂糖菓子のようだ。


 対し、幹人たちが陣取る『不変領域』の黒い床と天井だけは形を保ったままだ。どころか、今や溶けて半液体と化した周りの銀色たちは、まるで見えない壁でもあるかのように、『不変領域』の中には侵入すらしてこない。

 ほどなくして、幹人たちの周囲は完全に、かつて通路を構成していた銀色の素材のなれの果てで埋め尽くされた。

 銀色に着色した水の中へ、透明な水槽に入って潜っているような状況だ。


「ひええええ…………、資料には書いてあったけどさ、マジでこんなんなるのかよ!」


 犬塚は顎も外れんばかりに口を開いている。他の面々も、もちろん幹人も、奇妙な光景に圧倒されている。


「で、ここからまた変化するわけだろう……?」


 言いながら、照治は一瞬だって見逃すものかと言わんばかりの眼光で、周囲を食い入るように見つめている。

 新たな変化は、そう時間が経たない内に訪れた。溶けた銀色の素材たちは、ひとりでに蠢いていき、あっという間に、またあの表面がひどく滑らかで美しい垂直の壁、水平の床・天井に戻った。


「……これが、再構築」


 魅依が静かに零す。声音だけでなんとなく、猛烈に様々な考察を巡らせているのだろうと察せられた。


「たしかに、道が変わっていますね」


 ザザが周囲を見渡して言った。

 再構築前は、正面に延びる道の先は右への曲がり角だった。それが今は、どうやらT字路になっている。たしかに、道は変化しているようだ。


「も、もう固まってるんかな……? ……お、大丈夫な感じか? 硬い硬い!」


 犬塚が『不変領域』から出た部分の床を、靴先で叩いて確認し始めた。コンコンと硬質な音が鳴る。

 彼の言葉通り、どうやらさっきまで溶けていた銀色の素材は、すっかり固体に戻ったようだ。

 おっかなびっくり『不変領域』を出て、正面の通路を皆で進んでみる。

 再構築前では右への曲がり角、それが今はT字路。とりあえず右へ進んでみると、今度は教室程度の広い部屋を挟んでから、三叉路に行き着く。

 幹人の記憶が確かならやはり、こんな道は再構築以前にはなかった。




「は~…………なんつうか、いや、すごいとこだね、ここ。ほんとにまるきり別の構造になってる。ところで照兄、入り口があるのってあっちだよね?」

「幹人、兄貴分命令だ、お前は絶対にこのダンジョンへ一人で入るなよ。ものの見事に反対方向指しやがって……」

「み、みき君、ほんとに、絶対、絶対駄目だからね……! 絶対です!」

「アメちゃん、これ結構マジなヤツだぜ」

「ミキヒトさん、約束して下さい、いいですね?」


 全員から、ひどく真剣な顔で釘を刺されてしまった。心配してもらえるのは嬉しいけれど、反面、とても情けない。


 ◇◆◇




「……よし、全員いるな!」


 ダンジョンから帰還した一行は、王室の用意してくれた宿、その中の一番広い一室に集まっていた。声を張るのはもちろん照治だ。

 宿は王都の南端の方にあり、王都南門から少し行った先にあるマヤシナの森までは、かなりアクセスが良い。そういう場所にある宿を王室側が抑えてくれたのだ。

 なお、宿と言っても、個室単位で部屋を借りているわけではない。二階建てのそこそこ大きな建物がまるごと、オオヤマコウセンの貸し切りである。

 さすが王室、豪勢な事をしてくれる。期待の重さも感じてしまうが。


「さて、それでは半円卓会議を始めるぞ!」


 幹人はハキハキと喋る兄貴分のすぐ近く、ソファーに咲と並んで座っている。


「議題はもちろん、リアル自動生成ダンジョンの攻略法についてだ」

 照治の後ろには、白く輝く一枚の板がある。皆大好きお馴染みのホワイトボード……では、ない。

 それは星命魔法で作られた、板状の白く輝く光の塊である。ペン型の魔道具でそこをなぞると、なんと線が描けるのだ。

 板を出力する魔道具とペン型の魔道具、セットで星命魔法式白板である。魔道具本体の大きさはホワイトボードと比べて格段に小さいので、とても持ち運びやすい。

 ちなみに咲が言いだした「どこでもホワイトボード」という名前でよく呼ばれている。

 ホワイトボードをポッロ車で持ち運ぶのはかさばるから避けたい、しかしホワイトボードなしに会議など出来ようはずもない。そういった事情から開発されたブツだ。


「うーん、やっぱまだ解像度が低い……。色数も少ないし、書き味も微妙だし……、筆圧感知もどうにかして実装したいし……」



 主な開発者である二年生コンビの片割れ、いつも会議で書記役を務めてくれている島田は、まだまだ出来に納得がいっていない様子だ。自身の書いた文字を見ながら、ぶつぶつ呟いている。

 彼は今日も照治の後ろで書記として、メンバーの発言の要約を白板に書き記す役割だ。


「再構築を目の前で見られたのは第一陣の面子だけだが、他のヤツらもとりあえず全員一度は入ったよな? あのダンジョンがどんなもんかは実感としてわかったかと思う」


 照治が言ったように、第一陣が帰った後、マヤシナ・ダンジョンにはオオヤマコウセン全メンバーが交代交代、一度は足を踏み入れた。

 そこから宿に引き上げてきて、中途半端な時間だったがとりあえず一眠りした後、昼頃に起き出して、今現在である。


「とにかく美しかったな」「背中ゾクゾクしました。ゾクゾク美」「マテリアルによる美をあのスケール感で見せられると圧倒的よね……」「建築物としての一貫性に感動したぜ」「こういった体験を多感な十代後半に出来た事を喜ばしく思う」


「あの、皆さん、テルジさんが聞いたのは多分、そういう事じゃないのでは……?」


 口々にマヤシナ・ダンジョンの統一されたシンプルデザインの持つ美しさを語る面々に、ザザがツッコミを入れる。


「お前らの言う事には全面的に同意だが、ザザが正しい。俺は今、攻略する対象として実感が湧いたかって聞いてんだよ」


 照治のその言葉には、まず犬塚が応えた。


「ダンジョンって、ゲームでなら何回でも潜ってきたけど、現実で入ってみると、思った以上にマジで迷うなあってのが正直なとこっすね。俺もアメちゃんほどじゃねえにせよ方向感覚には自信ねえし、たとえ再構築がなかったとしても、あんなとこ探索すんのはかなり骨だなって気がします」



「俺も俺も。特殊な磁界でも出来てんだかなんなんだか、ほんとに方位磁針(ルビ:コンパス)も使えなかったし、あんだけ広い空間内があっちこっち入り組んでんのはガチでキツい。迷いまくりよ、あんなの」


 犬塚の言葉にはスキンヘッド電気科四年・田川が続いた。

 この世界にも地磁気があるらしく、方角を知る道具として方位磁針は街中で普通に売っているが、マヤシナ・ダンジョンの中では前情報の通り、すぐにフラフラとでたらめな方向に振れてしまって使い物にならなかった。


「うん、そうだな。広く、入り組んだ構造に迷う。それをまずなんとかしたいところだな。……つまり、自分の座標や向いている方向などをきちんと把握しておけるシステムの構築が必要という事だ」



「……あ、あの! 部長! 僕、ちょっとアイディア出していいですか!」


 意見をまとめる照治へ、そこで手を挙げたのは意外にもと言うべきか、唯一の一年生・向野だった。


「おう、なんだ、言ってみろ」

「はい! あのですね、まずシキを、足じゃなくて車輪で動かすように改造するんです!」

「……ほう」


 ダンジョンで迷う……という話をしているのに、高専式精霊・シキという一見関係なさそうな話題が出てきた。

 しかし照治は意外そうな顔をしていない。おそらく、向野が何を言い出すつもりなのか、もうわかっているのだろう。


(ま、そうだよな、順当に考えればまず最初に行き着くアイディアだ)


 幹人も予想が着いているが、口を挟まない。一年生が頑張って手を挙げたのだ、そんな無粋は誰もしない。


「車みたいに、シキに車輪を付ける。そして、それぞれの車輪がどれだけ回転したのかを記録しておくんです! 自分たちで作るわけだから車輪の円周は明らか、あとは何回転したのかさえわかれば、シキがどれくらい進んだのかは計算すれば出てきます!」

「うん、そうだな。なるほど、移動距離はわかるな」


 車輪の円周と回転数から進んだ距離を算出するというのは、地球でも一般的な技法だ。例えば身近なところでは、自動車の走行距離メーターなどで使われている。


「よし、それから?」


 照治は頷き、そう言って向野に続きを促す。


「はい! それから、シキの舵取りを、左右の車輪の回転数調整だけで行うようにするんです。例えば、右に曲がりたければ右側の車輪を少なく回転させて左側の車輪を多く回転させる、みたいに。そうすれば、左右の車輪の回転数の差から、シキがどっちの方向へどれだけ向いたのか、これも計算で出せてしまえるはずです! ……えっと、出せますよね? 出せるような気が……」


 向野が少し不安そうに、幹人の方を向いてきた。


「うん、左右の車輪の間隔がどれだけ空いているかとかのデータも必要だけど、出せるよ」


 頷いて幹人がそう答えると、ぱっと表情を明るくし、改めて向野は照治へ向き直った。


「旋回角度も移動距離もわかる。それってつまり、出発地点から見て自分がどっちの方向へどれだけ移動してきたのかわかるって事ですよね!? 当然、自分が今どっちの方向を向いているのかだってわかります! 方位磁針がなくったって、これなら迷わずにマッピングが出来るんじゃないでしょうか!」


 向野が言い終わると、「おお~!」という温かい歓声が室内に満ちる。

 照治も満足そうに頷く。


「お前の言うとおり、その方法なら理論上、自分の出発地点からの相対座標や旋回角度を推定する事は可能だ。何も間違っていない。……うん、良いアイディアだ、向野」

「は、はい! ありがとうございます! ……やった!」


 五年生で部長の照治に褒められて、向野は素直に嬉しそうだ。


(照兄はなんだかんだ、やっぱ面倒見良いよなあ)


 基本的には超の付く理詰め人間ではあるが、相手がある程度歳の離れた相手だったりすると、どんな意見でも頭ごなしに否定せず、まずは認めるべきをしっかり認め、褒めるべきをきちんと褒める。





 意外だと言う人も多いが、照治にはそういう一面があった。


 彼が部長を任されたのはその技術力やカリスマ性を見込まれてなのだろうが、この年下への面倒見の良さもきっと、理由の一つであるはずだ。


 自分や妹の咲なんて、ずっとそれに甘えてばかりな気がする。

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