「私もアンタと同じかな。ザザの事は大好きだよ、あんな素敵な娘に会えて、そんだけで異世界来た価値があったって言っていい。これはマジ。……でも、雨ケ谷との事についてどっちかの肩を持つとしたら、ごめんだけど、私もみぃちゃん派だ」


 自身のポニーテールの毛先を弄りながら、少し顔を俯かせた横倉の声音はいつになく真面目な色だった。


「だってさあ、雨ケ谷としゃべってるときのみぃちゃん、すっげえ幸せそうじゃん。……あのさ、みんな正直わかってっと思うけどさ、みぃちゃんがあんだけ楽しそうに人としゃべれてんのって、多分、ほんとにちょっとした奇跡みたいなもんでしょ」


 その場の誰もが、横倉の言葉を否定しなかった。

 三峯魅依という人間は、ある一面から見ればずば抜けた天才だ。それなりに自分も頭が回る自信のある照治だが、彼女は次元が違う。

 だがその一方、魅依はまた違う面から見たときには、社会生活をまともに行うのも少し難しいくらいに、能力が大きく欠けている。


「私は出来るなら、あの奇跡がずっと続いて欲しいって思ってる。みぃちゃんと雨ケ谷が楽しそうにしてんの見てると、ああ、こういう事ってちゃんとあるんだなあって、なんか世の中捨てたんもんじゃねーなってか、そんな感じに思えてさ。……勝手にちょっと嬉しくなるってか、そんな感じ……あ~」


 くっそ、ハゲに釣られて真面目な事言っちった。横倉はおどけた口調でそう締めた。


「二人の言う事もよくわかる。だが、……俺はどちらの肩も持てん。どちらも応援するだけしか出来ん」


 明確に魅依への支持を口にした田川と横倉に対し、そう言いだしたのは巨漢・鉢形。


「色恋の事はよくわからんが、田川の言うとおり、三峯は本当に深く雨ケ谷を好いているように見えるし、横倉の言うとおり、あの二人の組み合わせが奇跡的な嵌まり具合だというのもそうなのだと思う。だが」

「だが?」


 促した横倉に、鉢形は続きを口にする。


「俺は、この世界に来てからも毎朝の鍛錬を欠かしていない。そしてザザの屋敷に来てからは、ザザは時折、組み手の相手をしてくれている」


「さらっと言うがお前、そんな事しててよく生きてるな……」


 思わずツッコんでしまった照治に、鉢形は大真面目な顔だ。


「学びは多いぞ。人間ではなく、人間の形をした自然災害と闘っている気分だ」

「だからほんと、よく生きてるなって言ってんだよ」

「人が最も強くなるのは、生き残りたいときだろう。おかげで身体強化魔法もずいぶん上達してきた、しなければ死にかねないからな。俺に出来る範囲で最も効率良く強くなっている実感がある。効率が良いというのはやはり気分が良い、そうだろう?」


 無骨で実直ではあるが、鉢形鉄次郎、彼もやっぱり高専生だ。馬鹿である。


「話が少し逸れたが、とにかくそうしてザザと拳を合わせているわけだ。すると、ほんの少しわかる事がある。彼女はなかなか、危なっかしい」


 だから危ないのはお前だよ、というツッコミがとりあえず横倉から出たが、鉢形は一つ頷いただけで話を続ける。


「ザザの動きは徹頭徹尾、攻撃最優先にしてハイリスクハイリターンだ。つい最近まで彼女にとって戦う理由が戦う理由だったものだから当たり前なのかもしれんが、それが今でもそのまま残ってしまっている感じだ」

「……ああ、伝説の精霊、あのでかい竜と戦ってる時もそんな風だったな」


 鉢形の言葉に、照治はそう言いながら思い返す。突進しては距離を取り、また突進……竜を相手にそんな戦い方をしていたザザの姿を。

 強かった、圧倒的だった。だけどそれでも、たしかにあれは、自棄の匂いを持っている動きだった。


「彼女はまだ、きちんと自分を大切にする事がうまく出来ないんじゃないかと思う。俺たちと出会った頃よりかはもちろん良い方向へ舵を切れたのだろうが、それでもまだ危なっかしい。盛大に転んでしまわないよう、支えがあればいいと思ってしまう」

「雨ケ谷がそれになればって事?」

「少なくとも、ザザが望んでいるのはあいつだろう」


 横倉に頷いて、鉢形はそう結んだ。


「……私は、ザザちゃんの事を尊敬しています」


 静かに言ったのは、ギャルファッション女子・塚崎だ。


「まっすぐじゃないですか、彼女。好きな人への踏み込み方が一直線っていうか。誤魔化しとか保険とか誘導とか駆け引きとか、そんなの全然使おうとしない。それこそ鉢形先輩が危なっかしいって言ってた戦い方じゃないですけど、まっすぐに、全力で、身体ごと突進っていうアプローチ。……私は」


 そこで一旦言葉を切って、塚崎は短い沈黙を作った。

 そして声のボリュームとトーンを少しだけ落とし、言った。


「私は、あんな風には出来ない。だから、彼女を凄いと思う」

「…………見てて気持ち良いってのは、そうよね。眩しいっていうか」

 塚崎の言葉にそう続いた横倉は、そこで向かい合う照治の膝頭をパァンと叩いた。

「で! アンタはどうなのよ中久喜くん。どう思ってんの。どっちって言ったら?」

「そんなもん決まってるだろ。三峯だ」


 即答。一息の躊躇もせず答えた照治に、横倉は少したじろいだようだ。


「……言い切るわね。ハゲより切れ味良いくらいじゃない」

「当たり前だ。あのな、ザザには犬塚がぶち当たる事になった壁があるだろうが」

 そう言うと、車内全員が低く呻いた。

「幹人は元の世界に帰るし、戸籍も何も持たない異世界人であるザザを地球に連れて行くわけにもいかない。三峯とどっちがどうのなんぞ言う前に、そもそもザザの方には行き場がないんだよ。それが現実だ」


 静まり返る車内にため息を吐いて、照治は少し補足した。


「もちろん、異世界との行き来が拍子抜けするほど簡単だったり、幹人がこの世界に残るなんて言い出したり、なんて事になれば話は変わるがな」

「……その可能性は、ありそうだと思ってるわけ?」

「さあ、どうだろうな」


 横倉に首を振りながらそう答えると、今度は塚崎が問うてきた。


「三峯先輩自身については、どう思ってるんですか? 雨ケ谷くんとの相性とか」

「……あいつは」


 眼を少し細め、間を置いてから照治は言った。


「ザザを含めた、俺の知る限り全ての女の中で、幹人の相手としては最高だよ」

「……ずいぶん強い答えが返ってきて驚きました。それは、どうしてですか?」

「さあ、どうしてだろうな」


 先程横倉に対してはぐらかしたように、塚崎の問いにも照治は明確な答えを返さなかった。

 それを、まだ口にはしたくなかったから。


「てか、そもそも雨ケ谷って三峯さんの気持ちには……」


 横倉と塚崎の問いをはぐらかした代わりにではないが、田川が漏らしたその言葉には、迷いなく照治は答える事にした。


「直接幹人に聞いたわけじゃないが、そりゃ気付いてるだろ。この前のテオバルドの一件なんか、あれで気付かなかったらヤバいしな。……そもそも、知っての通り、あいつは人間関係あんだけ濃やかに気を配れるヤツだぞ」

「あ~……俺たちが感づくようなもん、雨ケ谷がわからんはずがないっすよね」


 魅依が幹人に対し特別な感情を抱いている、それを自分や他の部員が気付いた時にはもう、当の幹人はとっくに魅依の気持ちを察していただろう。

 そんな風に照治は予想しているし、おそらくこれは間違っていないとも確信している。


「でも、じゃあ雨ケ谷のヤツ……みぃちゃんに好かれてるって事には気付いているけど、みぃちゃんとの関係を自分からは特に進めようとしてこなかった、って事、よね? それって……つまり」


 表情を思い切り渋くして言うのは横倉だ。


「つまりそれって………………待て待て、待て、それってぶっちゃけ、関係を進める気がないっていう…………みぃちゃんの事は、女としては好きじゃ、ない……っていう、事、なんじゃ」


 続きをもう言いたくないとばかりに、横倉はそこで言葉を切った。


「何もそんな単純な話にする事もないだろ。まともにした事もない俺が言うのもなんだが、色々あるもんなんだろう、恋愛には」

「そーだけどさあ……ええ……みぃちゃんってもしかして、もしかしなくても敗色濃厚……? ええ、いやいや、頼むよ雨ケ谷…………」


 照治のフォローにさしたる効果はなかったのか、テンションを落としたまま、横倉は顔を覆って俯いてしまった。


「……中久喜先輩」

「ん、なんだ?」

「まともにした事ないんですか、恋愛」

「いや、そこ気になるか……?」


 隣に座るギャルファッション女子・塚崎から飛んできた質問は、今までの話題と随分ずれ込んだところに刺さるものだった。

 しかし塚崎はその表情の薄い顔でじいっとこちらを見て、問いを取り消さない姿勢。


「言った通りだ。あまり興味も縁もないもんでな」

「いや~、考えてみりゃ不思議な話っすよね~。部長って正直、顔もイケてて頭も良くて背も高い、三拍子きちっと揃ってんのに、女の影はない!」

「そりゃあお前、つまり性格に問題があるわけだ」


 話に入ってきた田川の言葉に、しれっと照治はそう返す。

 自分の見てくれや頭や背がそれなりに優れている事は客観的事実として認めているが、同じように内面に問題がある事も照治は自覚している。


「……個性的な性格ではありますよね、確かに」

「だろう。変える予定もないしな。構わん、当面は恋愛なんてもん、するつもりはないからな」

「……そうですか」

「ああ」


 その言葉に嘘はない。


 なぜなら、恋愛を含めたありとあらゆる全てのものを置いてでもやらなければいけない事が、やり続けなければいけない事が、他にあるからだ。

 それは中久喜照治にとって、自分の命よりも大切な事なのだ。


 ◇◆◇

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