一章 自動生成ダンジョンじゃん!

「いやー品のない事言ってるってわかっちゃいるけど、いるけどさ~、……聞きてええ! 前を爆走するポッロ車の中の会話!」

「だったらあっちに乗ればよかっただろうが、横倉」

「そんな無粋な真似が出来るか!」


 品がないのは良くとも、無粋なのは駄目らしい。そこは彼女――建築科五年女子・横倉の中では境界線があるようだった。

 横倉の正面に座る照治は、ため息を吐いてから言う。


「まあ、気持ちはわかるがな。俺も気にならんと言えば嘘にはなる」


 本当に、どんな話をしているんだろうかな。そんな事を思いながら、照治は後ろへ流れていく外の景色を、幌の隙間からなんとなく眺めた。


 現在、オオヤマコウセンは王へ会いに行くため、王都行きの道を移動中である。伯爵に依頼の話を聞いてからは、一週間ほどが経っている。

 なぜ一週間も出発を待ったのかと言えば、王が謁見出来るタイミングが一番早くて今日しかなかったからである。さすがに多忙の身らしい。


(その間に、今回の依頼に必要になりそうな魔道具なんかをいくつか作れたし、ちょうど良かったと言えばちょうど良かったがな)


 時間を無駄にしたと思うよりかは、きっちり準備を整えられたと考えたい。

 王都へ行くための移動手段は、ウルテラへ向かう際にも使ったポッロという魔物で引く幌馬車のような乗り物、ポッロ車だ。

 これを今回は、計三台用意した。

 太っ腹な事に滞在場所や費用まであちらが用意してくれるという事なので、今回はオオヤマコウセン十三人、フルメンバーで向かっている。

 ……向かっているのだが。


 大問題だったのは、三台のポッロ車へ乗り込む際のメンバー分けだった。


「若い子ワイワイの一号車も、アダルトチーム中心のこの三号車も問題ないんだけどさあ……」


 う~んと横倉が腕を組みながら唸っている。

 縦に並んで走るポッロ車、先頭の一号車へ我先に乗り込んだのはお調子者の二年生コンビ、井岡と島田だった。歳の近い一年生の向野と、三年生の犬塚もそこへ乗り込んだ。

 幹人も犬塚に続く形でその一号車へ乗ろうとしたのだが、


『ミキヒトさん、こっちで私と一緒に乗りましょう』


 彼の腕をとり、あれよあれよという間に二号車の方へ引っ張り込んだのは、桜髪の可憐な美少女。

 可憐は可憐でも、その膂力は人より怪獣などと比べた方が良いレベル。照治の見る限り、幹人に抵抗の余地はなかった。


『…………わ、……私も、そちらに、乗ります』


 そして静かに、しかし強い声でそう宣言し、ザザと幹人の乗った二号車へ入っていったのは、長い前髪で瞳を隠す美女だった。

 一見すると気弱そうで、実際ほとんどいつもはそうなのだが、時と場合によっては、彼女の眼にはとてつもない灼熱が宿る。それはつい最近、皆が目の前で見てしまった事だ。


「修羅場の馬車、略して修羅馬車しゅらばしゃ……! 馬車じゃなくてポッロ車だけど……」などと誰かが震える声で呟いていた。


「なあ横倉、やはり俺もあの二号車に乗るべきだったんじゃないか?」

「べきじゃねえよ空気を読めタコ助。いいだろうが、こっちは年長組って事で」


 あれでは幹人も大変だろうと、照治は修羅馬車に乗り込もうとしたのだが、横倉に『お前はこっちだ』と首根っこを引っ掴まれ、余った三号車へ押し込まれてしまった。


 五年生の照治と横倉が乗った事でこの三号車には自然とその他の年長メンバー、機械科五年にして筋肉の塊・鉢形と電気科四年、電球よろしく輝くスキンヘッドの田川が加わってきた。


「いやあ、あそこであの二号車にはちょっと乗れなかったわあ。無理無理」

「……俺も未だ未熟の身だ」


 その禿頭をパチンを叩きながら言う田川に、相変わらずの渋い声で小さく首を振りながら鉢形が続いた。


「すみません、先輩方に混じって私までこっちへ。……私もあの二号車に乗るのは、ちょっと違うかなって」


 照治の隣でそう言ったのは、化学科三年生のギャルファッション女子・塚崎だ。


「気にすんな気にすんな! ……しっかし、そう考えるとやっぱ、妹ちゃんてすげえよな……堂々たる態度で入ってったもんな……」


 田川が自身のスキンヘッドをなでなで、心底感服したような声で言ったとおり、あの幹人・ザザ・魅依という面子の揃った修羅馬車へ、咲はまったく臆する事なく踏み込んで行ったのだ。


 なお、その顔は「私がここに乗るのは当然ですけど何か?」と言わんばかりであった。


 こうして全メンバーがそれぞれ乗り込んだので、下級生+三年生犬塚の一号車、上級生+三年生塚崎の三号車、そして修羅場の二号車の全三台は目的地、王都へ向けて走り出し――今に至る。


「咲は闘うハートも蹴散らすガッツもある女だぞ。テニスの試合なんか『そこでそんな強気な球打つのかよ……』みたいなのバンバン決めて相手の心をへし折るスタイルだ」

「へ~、そこは兄貴の雨ケ谷とは違うのね」


 照治の評に横倉は意外そうだが、本当にそうなのだ。

 勝負事や争い事でも遠慮してしまう幹人に対し、咲は闘うのなら全力全開体当たり、そこは大きな違いだろう。


(……とはいえ、二人とも基本的に底抜けの善人ってとこではそっくりだがな)


 それは、二人の兄貴分としてずっと近くで過ごしてきた照治が最もよく知る事だ。


「で、その兄貴の方の雨ケ谷はさ、……その、どうするつもりなんすかね」


 核心に迫る話の口火を切ったのは、田川だった。


「三峯さんとザザちゃん、二人に好かれちゃってるわけすけども。なんかザザちゃんなんてさ、最近すっげえ距離近くないすか? 大精霊祭終わった辺りからかな? 物理的にも精神的にも、めっちゃぐいぐい行ってますよね?」

「それな! 私も思ってた! すげえよなあれ!」


 田川に思い切り同意、横倉はガクガクと首を縦に振った。二人に続いて照治も意見を述べる。


「飯なんか食うときの、隣席確保率の高さには目を見張るものがあるな」

「私、雨ケ谷くんの好みの料理、ザザちゃんに聞かれました。すごく熱心で、……ああ、本当に好きなんだなって」


 料理上手のギャルファッション女子・塚崎からはそんな証言まで飛び出してきた。


「……攻勢に出ているな」


 相変わらずの渋い声で、筋肉の塊・鉢形がそうまとめた。







「…………つかさ、まさか実はもうくっついちゃってる、とか」


 ポツリ、そう呟いたのは横倉だった。


「いや、それは…………部長、どうなんすか?」


「どうだろうな。俺と幹人だって、何でもかんでも明かし合うわけじゃない」


 田川の問いにはそう答える。かなりあけすけに色んな事を話しているのは確かだが、それでも言わない事はお互いにある。


「雨ケ谷本人からは何も聞いてないって事っすか?」

「そうだな、そうなる」


 それに、相談してくるのならばいつでも、いくらでも聞くが、無理に聞き出す事はしたくない。

 だから照治も本当に、幹人とザザの関係が今どうなっているかは知らないのだ。


「もしかしたら何かあったのかも知れんがな。幹人はザザに毎晩、勉強を教えに行ってもいる事だし、その時にでも」

「うわ~、何かってナニか的な!? お勉強って保健体育的な!? ……あ、いやいや、まあまあまあ、今の発言は流して下さい、ね」


 女子陣から微妙に白い眼で見られ、田川はキリッと表情を切り替えた。


「真面目な話、真面目な話ね、その、…………正直な事言いますよ! 俺は、――三峯さんに報われて欲しい。ザザちゃんの事は友達としても恩人としてもほんとに好きだけど、それでも俺は三峯さんの肩を持ちたい」

「……お~、言い切るなあハゲ」

「そうです俺は言い切るタイプのスキンヘッドなんす!」


 横倉から入った横やりに、自身の禿頭をペチィンと叩いてから力強くそう返し、田川は続ける。


「俺なんて三峯さんと同学年だから同じタイミングで入部して、一緒に部活やってきて、ずっと見てきたわけっすよ! あの健気さ! いじらしさ! 頑張り! この前テオバルドにブチ切れた時もさ、確かにほんと洒落にならんくらい怖かったし尋常じゃねえくらい重てえって思ったけど、そんだけ雨ケ谷がマジのマジで大事って事でしょ!? ほんと! 心から! 報われて欲しい! 三峯さんに報われて欲しい!」


 思いの丈を一気に語った田川は「……って感じなんすけど、皆さん正直どうすか?」と他の面子に水を向けた。


 最初に応えたのは横倉だった。

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