ビラレッリ邸で一番飾りが多く立派な、いわゆる応接間で、コンコーネ伯爵はそんな事を言いだした。

 椅子に腰掛ける姿はぴっと背筋が伸びていて、さすがの威厳を感じさせる。

 ちなみに彼女の後ろには何人か、いかにも有能そうな従者らしき人たちがいる。


「……え、王? 国王?」「王、王ってあの王ですよね……?」「……だ、だーいぶガチの人じゃん」「な、なんで俺たちにそんな……」「この中の誰かが選ばれし勇者だったとか……?」


 伯爵の言葉に、オオヤマコウセンのメンバーたちは各々顔を見合わせては困惑の言葉を零す。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、王様だって! 王様! もしかして会えちゃったりする!? 王様に! 王様! すごい!」

「会えちゃったり……するのかな? いや~、まさか自分の人生で王様なんて概念に縁があるとは……」


 幹人ももちろん例外でなく、妹の咲と一緒にひたすらそわそわしている。

 だが、テーブルを挟んで伯爵の正面に座る照治だけは、顔色ひとつ変えていなかった。


「順を追って説明して頂けますか? どうしてそんな話になっているのか」

「あら、貴方はあんまり驚いていないのね。ふふ、さすが団長さん」


「俺たちは俺たちに出来る事しか出来ませんし、もう少し言えばやりたい事しかしたくありませんので、依頼してきた人間が誰であるかというのは、本質的にあまり重要ではないんです」


 どんな時でも、中久喜照治はやはり中久喜照治だ。声音に揺れはなく、言葉にブレがない。

 一本筋の通ったそのスタイルは、とても頼もしい。

 そんな照治に伯爵は「やっぱり変わってるわね」と、どこか楽しそうに笑ってから続ける。


「貴方たちが先日の件への報酬として要求した、ジーリン・アッドクライムについての情報。自分の知っている事を書いて書簡で送るって言ったけど、せっかくだから改めて、色々なツテを使って調べ直したの。年寄りだから無駄に知り合い多くって」

「いえいえ、まだまだお若いでしょう。ありがとうございます、助かります」

「ううん、私たちウルテラの街の人間にとって、貴方たちは大恩人だもの。構わないわ。それでね、調べて調べて、そうしたら行方知れずになる前のジーリン・アッドクライムと、とても親しかった人がいた事がわかったの。それが、なんと……」

「この国の王、という事ですか」

「正確には現王じゃなくて、先代の王ね。先王は残念ながらもう亡くなられているわ」


 伯爵は紅茶に良く似たこちらの世界のお茶を、上品にカップの取っ手をつまんで一口飲んだ。そして、こともなげに言う。


「でね、現王に直接会いに行って聞いて来たのよ。なにか知ってる事はない? って」

「それは……大胆ですね」


 さすがの照治も驚いた顔だ。


「……ザザ、この国の王様って割と簡単に会えちゃったりするの?」

「いえ、まさか。コンコーネ伯爵だから出来る事です。ウルテラはこの国でも重要な都市の一つですので、その代表者である伯爵も重要人物ですから。あと、その、……昔、伯爵はかなり名の知れた冒険者だったらしく……、ええと、」


 幹人の問いに、ザザはなんと言ったものかというように言葉を探す表情だ。

 それを見て、当の伯爵が悪戯に笑って話を継ぐ。


「やんちゃしてたの、若い頃は結構ね。色んな無茶も馬鹿も、一通りやったわ。そして先代や先々代の王はそういう人間が好きだったものだから、招かれてよく王宮には出入りしてたの」

「なるほど……。伯爵にとって王宮は、行き慣れていると言えば行き慣れている場所なんですね」


 照治の相づちに、伯爵は悪戯な少女のように笑った。


「そういう事。現王とはあんまり直接会う機会はなかったんだけど……でも、彼女はものっすごく有能な王よ。もしかしたらこの国始まって以来の名君、かもね。美人だし」

「彼女、美人……じゃあ今の国王様は女の人なんですか? 女王様?」


 そう問うたのは咲だが、幹人も同じ事が気になっていた。


「ええ、そうよ。先代や先々代は男性だったけど、女性の王もうちの国では珍しくないの。貴方たちの出身国だとそうでもないのかしら?」

「そうですね。統治者が女性であったというのは、例としては少ないです。……ところで、話を戻しますが、伯爵がその場で自分たちオオヤマコウセンを国王にご紹介下さったという事ですか?」


 話の軌道を修正し、問うた照治に伯爵は頷いた。


「ええ。『うちの街がお世話になったオオヤマコウセンっていうギルドが、ちょっとジーリン・アッドクライムについて知りたがっているんだけど、知ってる事を教えてくれない?』って。わざわざ貴方たちの名前を出すべきかどうかは迷ったんだけど、変に隠したりするのも良くないかなと思って」


 幹人も、彼女のその判断は正しいものだと思う。妙な隠し立てをして、痛くもない腹を探られても困る。

 だが、伯爵の声のトーンはそこで落ちた。


「それがまずかったわね……。『なら、代わりに彼らに依頼を出したい。果たしてくれたなら、ジーリンについて知っている事を話す』って言われちゃって……」

「……なるほど」


 納得の声を上げる照治に、伯爵はすまなそうに言う。


「本当なら、貴方たちに依頼なんてやらせずに私が王から情報を全部聞き出してこそ、貴方たちの先の功績への報いになるというものなんだけど……王に譲ってはもらえなかったわ。……ごめんなさい」

「そんな、お気になさらず」

「いえ、私の落ち度よ。もちろん、私が元から知っていた事をまとめた資料も置いていくけれど……。でも、うん、本当にごめんなさい、これじゃあ恩人の貴方たちに、さらに苦労をかけに来たようなものね……」

「いえ、まさか。大きな情報を握ってそうな人物、それも国王という本来なら会うことも出来ないであろう立場の方に顔を繋いで頂けたというのは、真実、大変ありがたい事です。俺たちだけでは何をどうしたって行き着かない。感謝します、伯爵」

「でも……」


 照治のフォローにも伯爵の表情は曇ったまま。


「……伯爵、こちら、よろしければ」


 そんなタイミングで、化学科三年ギャルファッション女子・料理上手の塚崎が、伯爵のカップにお茶を継ぎ足し、さらにテーブルに焼き菓子を置いた。


 作りたてなのだろう、漂う香りが甘く香ばしい。なんとなく、場の雰囲気を明るくしてくれる。


「お口に合うといいのですが」

「あら、ありがとう。……うん、美味しい! あらあら、すごく美味しいわこれ!」


 焼き菓子に口をつけ、ぱっと笑顔を咲かせた伯爵に塚崎は「恐縮です」と言いながら、大仰にならない程度で丁寧に頭を下げる。

 割って入るタイミングも含め、如才なさと気立ての良さが際立つ、実に鮮やかな手並みである。

 ギャルファッションという見た目の派手さと表情の薄さから初対面の人間には誤解されがちだが、塚崎はとても濃やかな気配りをする暖かい女性なのだ。


「おお、塚崎すまんな、んっ、美味い美味い、さすがだ。……ところで気になるのは、依頼内容もですが、そもそも国王はどうして俺たちなんかに依頼を出そうなどと思ったのでしょう。こんな木っ端ギルドなどに頼まずとも、ご自身の優秀な配下がたくさんいらっしゃるでしょうに」

「団長さん、それは貴方たちの自己認識が甘いわね。アレをお願い」


 伯爵の合図に応えて音もなく、彼女の背後に控えていた従者が、テーブルの上に一枚の紙を置く。


「……あ」


 思わずといったように声を零したのは犬塚だった。

 テーブルに置かれた紙、それは新聞だ。文字は相変わらずまともに読めないが、どんな内容なのかは、もうわかった。

 見やすいタッチで描かれた大きなイラストが、紙面を堂々飾っているからだ。

 ツナギを着込み、蜘蛛型の精霊を従え、大きな竜に立ち向かう男の子。いかにも負けん気の強い瞳に、モデルとなった人物の特徴がよく表れているように思う。


「ほら、かっこよく描かれているでしょう? 煽り文句も素敵じゃない、『伝説の精霊へ果敢に立ち向かい、見事鎮めてみせた英雄たち』」

「…………」


 無言、犬塚は吸い込まれるようにじいっと紙面を見つめている。

 記事の端には、担当した記者の名前が綴られていた。今まで何度か眼にした文字列なので読める――モニカ・マニャーニだ。

 真っ赤な髪と美しい鳥型の相棒を持つ、元気で可愛いウルテラの記者。


「この新聞はね、今朝うちの街で配られた、今年の大精霊祭の総まとめ号。明日にはここブレイディアを含めて周辺の街でも配られるでしょうし、それ以外の主要都市にも順次届けられていくわ。そうしてたくさんの人たちが、オオヤマコウセンの活躍を知る事になる。つまり、それほどの事を貴方たちはしてくれたのよ。もうとっくに、木っ端のギルドなんかじゃないの」


 強く伯爵はそう言い切った。


「英雄だってさ、なあイヌちゃん、俺たち、英雄なんだってさ。……どう? 絵のモデルとしては」

「……アメちゃん、あの、…………俺さ、俺」


 少し震える声で、潤んだ瞳で、ぎこちない頬で、それでも。

 犬塚は笑顔を浮かべて問うてきた。


「俺、こんなかっけえ感じだった?」

「最高だったよ、もちろん」

「……そっか」


 そっか、そっか。三回言って、それから彼は改めて、にっと大きく笑った。

 それはどこか、吹っ切れたように。


「……こんなにかっけえ感じに見てもらえててさ、それをこうして記事で残してもらえたんならさ、……俺、なんか、なんかオッケーだわ! オッケー!」


 いえーい! と犬塚は片手を挙げる。パァンと二人でハイタッチ。

 この明るい友達にらしい笑顔が戻った事が、幹人はとても嬉しかった。


「いいわあ、青春ね、いいわあ……うんうん、若者はそうでなきゃ!」


 ぐっと握りこぶしを作って、伯爵は微笑んだ。


「王は結構情報通というか、いろんなところにアンテナ張ってるタイプなの。だから


貴方たちの事はこうやって改めて記事が出るよりもはるか前に、目をつけていたと思うのよ。大精霊祭での戦い方なんて明らかに特殊だしね、少なくとも、他の人間たちにはない技術スキルがあるというようには見られているはずよ」


「それで依頼を出してきた、のならば……普通の内容ではないのでしょうね」

「その通りよ団長さん。王が貴方たちに頼みたい事というのはね――」







 そうして語られた依頼内容を聞き終え、照治は塚崎の入れたお茶をぐいっと飲み干し、にいっと笑って言った。



「……いいですね、それは大変面白そうだ!」



 この兄貴分、中久喜照治の座右の銘は『興味本位』である。

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