異世界生活37日目昼、ビラレッリ邸にて
「ホワイトデー? それはこの前言ってたバレンタインデーとは違うの?」
「バレンタインでチョコをもらった男の子が、女の子にお返しをする日がホワイトデーです!」
「へええ……なるほど、お返しの日」
妹の言葉に頷きながら、ザザは今日のおやつである甘い焼き菓子をその口へ運んでいる。幹人もご相伴に預かっているが、彼女のペースにはなかなか追いつけない。
「そうなんです。……んむー、おいし~!」
もぐもぐと幸せそうな顔で頬張る咲はザザと遜色のない食べっぷりだ。
「ホワイトデーは、学校はもう春休みに入ってるからなあ。ロボコペもまだルール発表前だし」
「三峯への礼として、部員一同でぶどう糖ブロックを箱買いして部室に置いとくくらいだよな」
幹人の言葉に、隣に座る照治が焼き菓子を咥えながらそう言った。
大山高専は三月の頭あたりからいわゆる春休みの期間が始まる。課外活動であるロボ研部も、ロボコペがオフシーズンなのでそこまで活発に活動はしていない。なので特別、わざわざ三月十四日に学校に行く用事はない。
挙げるとすれば、照治が言った通り、バレンタインデーに大量のチョコ菓子を部室へ置いておいてくれる魅依への、男子部員連名の返礼作業くらいだろう。彼女のプログラミング作業時の主燃料である、ドラッグストア等々で売られているぶどう糖をブロック状に固めた品を、たくさん仕入れるのだ。
あまり色気はないので、イベントという印象は薄い。
「俺と照兄にとっては、ホワイトデーは咲と母さんにマシュマロをしこたま供える日だよね」
「そうだな、大量に買い込むもんなあ。去年とか冷静に考えるとやばい量だったよな……」
「1kg入ってるでかい袋詰めを五個とか買わなかったっけ?」
「買ったな、つまりマシュマロ5kgかあ。米じゃねえんだから」
アメリカンな包装の業務用らしい品をネットで注文したのだが、この際たくさん買おうそうしようと取り寄せてみればえらい量になってしまって驚いた記憶がある。
「そのマシュマロっていうのは美味しいの?」
「マシュマロは幸せの味がします」
「すごい評価……チョコとどっちが美味しい?」
「…………チョ…………いえ、……マシュ……、チョ、…………マ、…………んんん、んんんんんん…………」
ザザの問いに、咲はひどく難しい顔をしている。宿題を頑張っている時でもあまりお目に掛らないレベルだ。
「お前は菓子なら何でも好きだろう。大した食い意地だよ、あのマシュマロの山だって食っちまうもんだからすげえよな」
「あ! 他人事みたいに! 照兄! 照兄が私に去年吐いた嘘を忘れたとは言わせませんよ!」
「あん? 何だったかなあ」
すっとぼけた様子の照治に、咲は怒りの声を上げた。
「何だったかなあ、じゃないですよ! 『このマシュマロは海外から取り寄せた特殊なヤツで、実はあと三十分くらいしか形を保ってられないんだ……早く食わないと溶けてなくなる』って言ったんです! だから私、必死になって口に詰め込んだのに!」
「そうだったそうだった、はっはっはっは」
「はっはっはっは、じゃなああい!」
真剣なトーンで大胆な嘘を吐く照治も照治だが、毎回気持ちいいくらい騙される方も騙される方ではないかと思う。消える海外製謎マシュマロの嘘を吐かれた時の、咲の手と口の回転速度は目を見張るものがあった。彼女が喉に詰まらせないように注意をして見ていた幹人も、照治と一緒にムービーを撮ったものだ。
たまに見返すと、だいぶ心が温まる。
「ゆっくり食べさせてあげればいいのに、テルジさんはひどい嘘を吐きますね」
「もっと! もっと言ってあげて下さいザザさん!」
「違うんだよ、俺はな、良かれと思って」
女子二人の非難へそう返す照治には、まったく堪えた様子はない。
「何が良かれと思ってですか! なんにも良くないですよ!」
「……あん、なんだお前知らないのか?」
怪訝な顔を照治が作ると、咲も「……え、何?」と身構える。
「マシュマロを食うとな、背が伸びるんだよ。お前にはありがたいかと思ってな」
「えええええええそうなのおおおおお!? 知らなかった知らなかった! えー! マシュマロすごい!」
目も口もまん丸にして驚きの事を上げる咲。あまりに素直な反応である。とても可愛い。
「たくさん食べて良かったああああああ! マシュマロにはそういう成分とかが入ってるの!? セガノビールみたいな!」
「おう。マシュマロを食うと、摂取されたマシュマロが体内で骨と骨の間に次々と挟まっていって結果的に背が伸びるんだよ」
「………………………………………………あああああああ嘘だああああああああ!!」
椅子から立ち上がった咲はテーブルをスピーディに迂回して向かいの席の照治へ飛びつき、服を引っ掴んでガックンガックンと揺らす。
「騙した騙した! また騙したあああ!」
「はっはっはっは」
「はっはっはっは、じゃなああああああい!」
その様子を見て、今まで何とか笑いを噛み殺していた幹人だったが、もう限界である。
「……ああああ! お兄ちゃんも笑ってる! あ~!」
「咲、お前はいつまでもそうやって純粋で居てくれ。兄ちゃんからの願いだよ……」
「むええええ馬鹿にしてえええええ!」
怒りでぷるぷると身体を震わせ、そしてこちらをキッと睨んで言う。
「…………怒りました、怒りましたよ………………。咲は怒りました! こうなったら お兄ちゃんたちがとっても傷つく事を言ってしまいます…………! もう止められません……! 今の咲は傷ついた一匹の獣…………! 手加減は出来ませぬ!」
「ほーお、いいだろう。言ってみるといい。怖い怖い」
「いやあ、怖いなあ。何を言われちゃうんだろう」
照治に続き、幹人も白々しい口調で怖がってみせる。実際、特に恐れる事はないだろう――。
「知ってますよ……お兄ちゃんたちが毎年毎年、話してるから知ってます! ホワイトデーあたりの日には、大山高専では、進級出来るかどうかを先生たちが話し合う会議があるって事!」
「おい咲やめろおおおお! それ以上はやめろおおおおおおおおおお!」
「咲やめるんだ! 兄ちゃんたちはマジだぜ! これはマジで言ってる!」
「その会議の結果によっては! もう一回! おんなじ学年をやるんです! ……そしてお兄ちゃんたちは!」
騙された恨みの深さか、容赦なく咲は追撃を掛けてくる。
「この異世界に来た事により! 授業もテストも必要な分を受けてないから! つまり!」
「「うああああああああああああああああ!」」
悲鳴を上げ、幹人も照治も椅子から転がるように離れ、そのまま部屋を飛び出る。
聞きたくない。聞きたくない現実だ。
バレンタインデーと同じように、ホワイトデーも甘くない。
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