異世界生活37日目夜、ビラレッリ邸にて


「俺はね、映画が撮りたい」

「あー、いいねえ」


 犬塚の言葉に、幹人がうんうんと頷いている。

 ダラダラ部屋と呼んでいる広めのビラレッリ邸談話室、今宵のテーマは『電源が復帰してスマホやPC類が使えるようになったら何をするか』だ。


(みき君は、結構、映画を観るんだよね……)


 幹人とテーブルを挟んで座る魅依はそんな事を思う。どうも、彼は照治と一緒にレンタルショップで色々漁っているらしい。

 魅依も色々なジャンルをかなりの数観ているが、それは遊ぶ友達がまともにいなかった小学校・中学校時代に、一人でも楽しめる娯楽を求めた結果である。

 悲しいと言えば悲しいが、おかげでたまに幹人と映画の話を出来ているので、それはそれで良かったかなと思っている。


「ほお、面白いな……! 魔法があればCGに頼らなくともど迫力の映像は撮れるからな。ううん、いいかもしれん」

「スマートフォンの、カメラも、今はもうかなり、性能が、いいですし、ね」


 楽しそうに頷く照治に、魅依もそう言って続く。


「でしょでしょ? 映画の具体的な撮り方とかはわかんねえんすけど……シネ研のヤツらがいりゃあ良かったな~」

「いたら大はしゃぎだったろうね」


 犬塚の言葉に幹人が苦笑する。大山高専シネマ研究部は大胆な発想力と妙な技術力、足枷のない行動力を持つ学内でも目立つ部活の一つだ。

 彼らの作品はとても良い意味で学生映画的な自由さがあり、どこか癖になる。


「映画を撮るならハリポタ! ハリポタみたいのが良いです!」


 ビラレッリ家の飼い猫・ネーロと遊んでいる咲が、少し離れたところから元気よく声を上げた。


「ハリポタかあ。こうしてファンタジックな異世界にいるわけだし、親和性は高そうだ」

「ハリポタみたいなゴリゴリの魔法ファンタジーもいいが、俺はやはりスター・ウォーズ的なモンを推したい! 星命魔法を使ってレーザービームとか再現して、……うーん、いいじゃないか!」


 咲の言葉へ頷く幹人に、照治がそうテンション高めに続いた。彼に犬塚が問う。


「部長ってスター・ウォーズ好きなんですか?」

「おう。スター・トレックも好きだがな。スターシップ・トゥルーパーズも愛してる。超文明メカの出てくる映像がとにかく好きなんだ。犬塚、お前は?」

「コマンドー、ないし、トゥルー・ライズが俺のマイ・ベスト・ムービーっすね」

「美味しいタイトルを出してくるなあお前……。いいよなあ、銃と筋肉とミサイルと格闘となんだかんだで結局起こるド派手な爆発……」

「男の好きなもの全部載せかよって感じっすよね! これぞまさしく海外映画ってな台詞回しもハートに刺さる!」


 グッと握りこぶしを作る犬塚。彼の上げた映画は二つとも、筋肉の代名詞と言ってもいいだろう超人、かのアーノルド・シュワルツェネッガーが主演を務める痛快アクションである。

 派手なものと格好良いものを好む男の子らしいチョイスだ。


「咲がファンタジー、照兄がSF、イヌちゃんはアクション……うーん、好みは色々だ」

「あ、でもみき君が、一番好きな映画は、その三つには、入らない、よね?」

「そうだね……あれ、言った事あったっけ?」

「……ええと、…………あ、あった、ような」


 本当は、以前に幹人と照治が部室でそんな会話をしているのを横で聞いていただけだ。それをきっちり覚えているというのは、気持ち悪いと思われてしまう気がして言い出せない。


「て、天使にラブ・ソングを、だよね?」

「そう! みぃちゃん先輩は観た事ある?」

「う、うん……」


 幹人がそれを好きだという話を聞いたその日に、レンタルショップに行って借りて観た……というのは、やはり言えない。言えるような根性があったなら、この片想いは良かれ悪かれ、もっと進展していたのだろうか。


「修道院に、シスターとして、匿われる事になった、クラブ歌手の、お話だよね?」

「それそれ! あれは……ジャンルは何だろ? コメディかな? わかんないけどとにかく大好き! 歌のシーンとかさあ、もう鳥肌立ちまくりで。ストーリーも気持ち良いし」


 映画に限らないが、彼が好む作品は基本的には明るくてハートフルなエンタメ作品が多い。人柄そのものが嗜好に現れているみたいだ、なんて思う。


「みぃちゃん先輩は…………待って待って! 当てる!」


 そう言って十秒程度、色々と考えた末に幹人は口を開いた。


「…………博士の愛した数式! どう!? みぃちゃん先輩数学好きだし!」


 幹人が挙げたタイトルは、メインテーマに数学を据えながら、それを愛する人間の日常を優しく描いた名作だ。

 もちろん、魅依も大好きではあるのだが。


「ええと……あの……」

「あ~違うかあ……! ……正解は?」

「レイン・マン、です……何度も、観直してて。……みき君は、観た、事は、ありますか?」

「レイン・マン! ある! サヴァン症候群の兄とブイブイ言わせてる感じな弟の話だよね?」

「あ、うん、それです」


 サヴァン症候群は知的障害や発達障害の特徴を示しつつ、ある特定の分野や事柄で天才的な能力を発する状態を指す。

 レイン・マンはサヴァン症候群を丁寧に描き、その名を世に広く認知させた作品だ。ジャンルで言えば、ヒューマンドラマだろうか。


「レストランに二人で入ったシーンとか、めっちゃ覚えてるよ」

「ええと、うん……サヴァン症候群のお兄ちゃんが、普通な弟と、やっぱり、あんまり、ちゃんと会話が出来なくて、小さな事とかが、もの凄く、気になっちゃったり、して……爪楊枝がテーブルに、ない事、とか……」


 映画で描かれるサヴァン症候群の彼は、記憶力に関してはずば抜けているものの、一方で日常生活はスムーズに送れない。普通の人が普通に出来る事が、彼には出来ない。

 ホットケーキを頼んだのに、メイプルシロップが先に来ない。テーブルの上へ爪楊枝がない。それだけで混乱してしまう。

 素敵なヒロインが素敵なヒーローと素敵な恋をする映画は、魅依にとってはとても美しくてひどく遠い、手に届かないおとぎ話で。

 胸に刺さるのは、自分と同じく決定的にどこかが鋭く尖ってどこかが大きく欠けた人間に、派手でなくていいから確かな愛情が贈られるストーリーだった。


「そうそう、爪楊枝がない。そうだそうだ、いつものホテルだとテーブルの上にあるんだけど、そのレストランにはなかったんだよね。で、ウエイトレスさんが新品の爪楊枝を箱で取り出してくれるんだけど、間違って床にばら蒔いちゃって……」

「う、うん……それを、瞬間的に数える……。あります、そのシーン、250本入りの箱から、落ちた楊枝は246本……」

「すごい印象的だったなあ、あのシーン。観たのは結構前だったと思うんだけど、そこは鮮明に覚えてる」


 うんうんと頷きながら、そして幹人は言った。


「『マジかよめっちゃイカしてるぜ!』って思ってさ」


(…………ああ、やっぱり)


 彼がそういう感想を持つ事に、意外感はない。


「映画観た後、試したもんね、爪楊枝バラバラ~って広げて一瞬で数えられるかどうか! 憧れちゃってさー! おんなじ事出来ないかなって!」


 だから、改めて思う。

 この人に、会えて良かった。


「出来なかったな~、全然出来ないの! 今だったら出来るかな? いやー出来ないなあ。みぃちゃん先輩出来る?」

「……私も、実は試したんだけど、出来なかった」


 お前は人生における幸運の全てを、この人と出会えた事でみんな使い切ってしまった、なんてもし神様に言われても、納得をする。

 だってそれくらい、胸の中が暖かい。


「出来ないかあ……でもやっぱ試した!? 試すよね! だってめちゃんこクールだったもんねあのシーン!」

「うん」


 欠けている部分に怯まずに、尖っている部分をこんなに自然な声で認めてくれる人と出会えて、本当に良かった。


(…………あ、でも、それだと)


 とてつもなく都合の良い何かでも起きない限り、自分の恋なんて叶わない気がする。だったら、幸運を使い切ってしまっているのは困る。

 現実的に成就が困難だという事は嫌というほど理解しているが、それでも魅依はこの恋を諦める気がない。諦められる気がしない。




「ファンタジーがいいです!」

「いやあSFだ!」

「ファンタジー!」

「SF!」



 なんて事を考えていると、照治と咲の熱い叫び声が聞こえてきた。映画を撮るならどんなジャンルの作品にするか、そう言えば結論が出ていない。


「ま~、せっかく魔法があるおかげでCGなしに派手な画作りが出来るんなら結局、ファンタジーかSF、どっちかが良いような気はするけどね」

「いやいやアメちゃん、……まだ出てないジャンルはあるっしょ」

「なんだい、他にあったっけ?」


 にやっと笑って、犬塚は部屋の隅に居る猫のネーロを指さした。


「あれ、……ところでネーロが虚空を見つめてない? 猫には何かが見えるのかも……動物にはそういう能力があるってたまに聞くよね」

「待て、待つんだイヌちゃん」

「俺もそんな名字をしてるからなあ、見えちゃうかも……青白い何かが宙に浮いているような気も……」

「へいへいへい、許されないぜ、それ以上の非道は……!」


 そう言いながらも、幹人は顔を俯かせている。

 彼は、ホラーがあまり得意ではないらしかった。そういえば確かに、ホラーは話に上がっていないジャンルだった。


「だ、大丈夫だよ、もし、そういう現象があったなら、そういう仕組みがある、って事だから、それを、まずは、理解すれば、いいわけだし」


 魅依にはホラーものの作品で怖い思いをした経験はない。興味深いなあと思うのだが、怖いとは思わない。


「頼もしい……頼もしすぎる……。ごめんねみぃちゃん先輩……情けない後輩で……すみません、本当……」

「う、ううん…………その」


 口にしかけた言葉を、魅依は途中でせき止めた。

 可愛くて良いと思います――なんていう事は、男の子には言わない方が良いのかもしれない。


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『俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する』

遂に2巻の発売日が決定しました! 

5月30日(火)、ぜひぜひご期待ください!

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