異世界生活36日目朝、ビラレッリ邸にて



「ミキヒトさん、後でご自分のお部屋から掛け布団を出してきて下さい」


 よく晴れた日の朝、作業部屋で魔道具いじりに精を出している幹人の下へザザがやって来てそんな事を言った。


「え、うん、……そっか、天気良いからね、干すのか」

「ええ、まあ干すのもそうなんですが、そろそろ魔力を当てておいた方が良いかと思いまして」

「……?」


 幹人には、ザザが当たり前のように放った言葉の意味がわからなかった。だからこそ、何かとても興味深い事を言っていると感じる。


「ごめん、その話、詳しくお願いできる?」


「ああ、うちの掛け布団はですね、貴重な魔物の羽毛を使った、実は結構良い品なんです。だから定期的に魔力を当ててあげるとちゃんと温かくなりますよ」


「良い羽毛の掛け布団は魔力を当てると温かくなるという観念がね、ザザ、俺の中に根付いてない。だからもうちょっと掘り下げて聞きたい」


「そうなんですか?」


 ザザは不思議そうな顔だ。どうやらこの世界では常識的な事なのだろう。


「うん。まず魔力を当てるって何? ……籠める、とは違う? 充填するってんじゃなくて?」

「ええ、お布団は魔力を貯めておく事はできないので、籠めるとか充填するとかじゃないです。魔力を流せばそのまま流れて散っていきます」

「それで温かくなるってどういう事? そもそも、温かくなるって発熱してるって事?」


 幹人の問いにザザは少し迷いながら答える。


「ええと……発熱する、…………のでは、ないような、気が。そういう事じゃなくて、魔力を当てた掛け布団はしばらくの間、……こう、よりフカフカになって、魔力を当ててないヤツよりかぶってると……なんか、…………温かくて、だから、どう言えばいいんでしょう」


「つまり! 発熱性が追加されるのではなく断熱性が向上するという事ではないか!?」

「おっと照兄、いつの間に!」


 生き生きとした声で割り込んできたのはいつの間にやら部屋の入り口、開け放たれた扉に身体を預ける姿勢で佇んでいた照治だった。彼はずんずんとこちらに歩み寄りながら言う。


「馬鹿野郎、幹人お前な、こんな面白そうな話を俺抜きでやるんじゃないよ馬鹿野郎」


「ごめんごめん。で、照兄、断熱性が向上するっていうのは……」

「よりフカフカになる、というのがミソだろう。布団、他にはダウンジャケットなんかもそうだが、羽毛や綿のようなフカフカな素材を詰めるのは、それらが内部に多くの空気を蓄える事ができるからだ。そして空気を多く蓄える事ができればできるほど、つまりフカフカであればあるほど……?」

「あー、断熱性が高い? なぜなら空気は断熱材だから」

「そうだ。羽毛や綿そのものが断熱しているのではなく、それらが内に蓄える空気という非常に優秀な断熱材が断熱しているのだ。つまり、魔力を当てた掛け布団がフカフカになって温かくなるというのは、内部の素材がより空気を蓄えられる形に変化して断熱性が向上するという事じゃないだろうかな」


 語られる照治の論はすっきりとして隙がない、納得のいくものである。うんうんと幹人は頷く。


「なるほどね……」

「だが、じゃあ魔力を当てると具体的にどう空気をより蓄えられる形に変化しているのだろうというのはわからんなあ」

「うーん……それについてはあれかな、今、俺はちょっとオジギソウをイメージしてる」

「ほう、オジギソウ」


 眼鏡を光らせつつ、興味深げな声で相槌を打った兄貴分に幹人は続ける。


「オジギソウって、触られたりするとそれをきっかけにして繊維内部の水分が移動を始めて、それで葉が動くみたいなんだけど、似たようなもんかなって。羽毛がさ、魔力を当てられるってきっかけによって、なんか中の何かが動いたり繊維の状態が変わったりして、それでブワッと広がってフカフカになるのかも」

「ほー、ほほお、ふんふん、いや、なかなか説得力を感じる仮説だ、ほうほう……!」


 お互い考えを持ち寄って、ひとまずの結論が出たような感がある。

 とは言えこれは推論だけの仮説であり、そして何より大きな問題があろう。


(仮説を立てたらその確認、と言いたいところなんだけど)


 さすがにお世話になっている居候の分際で、提供してもらった結構良い品だという寝具を「かっさばいて中身を確認してもいい?」とは言えない。


「ザザ、布団かっさばいて中身を確認してもいいか?」


「照兄はすげえよ」


 こちらが言えなかった事をあっさり口にするこの兄貴分を、果たして見習っていいものかどうかはわからないが、幹人は尊敬している。


「中の羽根が飛び散っちゃったら集めるの大変ですよ」

「頑張るから!」

「風でどこかに飛んでいってしまったらテルジさんのお布団は今日からペッタンコですよ」

「我慢するから!」


 食い下がり方にも躊躇いがない。中久喜照治、ああなった彼のあの熱はどんなに高級な羽毛でもおそらく、遮断できないだろう。


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