重版御礼・書き下ろしSS(カクヨム限定)
異世界生活34日目昼、ビラレッリ邸にて
「あ、お兄ちゃん! もしかしてこの世界に来てもう一ヶ月くらい経ちますか!?」
ビラレッリ家の食堂、皆揃って昼食を採っていると幹人の隣に座る妹、咲がへそんな事を聞いてきた。
「えーっと……そうだな、それくらい経ってるはず」
「あ~……という事は……」
両目をぎゅっとつむって、咲は何やら残念そうな声を絞り出す。
「なんかあったのか?」
「『お魚料理は魔王さまに聞こう!』の4巻がもう発売されています……」
「楽しみにしてたな、そういえば」
咲が言ったタイトルは、やたら魚介類のレシピに詳しい女魔王さまと、彼女が恋する魔王城の料理人の生活を描いたファンタジー世界ラブコメもののライトノベルだ。
「そうです……心待ちにしていたのに……」
ガクリと項垂れる咲。
料理上手な部員、塚崎の作ってくれた今日の昼食のメインメニューはアクアパッツァのような魚と貝の料理である。多分、これを食べていて思い出したのだろう。
「4巻の限定版には【舟食い鮫のカルパッチョ~マンドラゴラを添えて~】のレシピが付いてくるらしいのに……」
舟食い鮫とマンドラゴラを使ったレシピを手に入れてどうするつもりだったのかはわからないが、とにかく口惜しそうな妹である。
「てか、妹ちゃんってラノベとか読むの?」
そう問うてきたのは咲の正面に座る犬塚だ。彼へ大きく頷いて妹は答える。
「はい! 結構色んなの読みます! 本が好きなんです!」
「元々、ハリー・◯ッターにハマって本を読むようになったんだよ。そんで、そこから主に照兄の影響でラノベも好きになった感じ」
「へえー、アメちゃんじゃなくて部長の影響か」
「俺も読むけど、照兄ほどじゃないから」
照治はなかなかディープな読書家で今はハードSFを好むが、特に中学生あたりの頃合いはライトノベルにかなり傾倒していた。
「俺の人生観の一部分は、中学時代に読んだラノベによって構築されたようなもんだ」
幹人の正面に座る本人は、そうしみじみと言った。
「でも聞いて下さいイヌちゃんさん! 照兄と私、おんなじ本のおんなじシーンを読んでも、全然感想が違うんですよ! それはいいんですけど、こう、語りたいのそこじゃないのに~! って事がよくあるんです……」
「あー、妹ちゃんと部長は感性が対極にある気がする」
「例えば……照兄照兄! ありがちなシチュエーション! 空から女の子が降ってきたらどうする?」
咲の問いに、魚の切り身を一切れパクリと食べながら照治は答える。
「んなもん速度によるだろ」
「ほらー! こういう事言うんです!」
「言うだろうなあ、部長なら……」
それでこそって感じだ、そう呟いて犬塚はうんうんと頷く。
「ねー照兄、降ってきた女の子がもしすっごく可愛くてもそーなの?」
「顔の美醜が何か落下速度に影響を与えるか?」
「むえー……照兄は鉄壁です……」
相変わらずの照治の言葉に咲は渋い顔をした。むべなるかな、ではあるのだが彼女には言わなければいけない事がある。
「咲、ここにいる多くの人間がどちらかと言えば照兄側だぞ」
「うぅ、私がおかしいのかな……」
「まさか」
おかしいのは高専生がうじゃうじゃいる、この場の比率の方である。
「……あ! お兄ちゃん! 妹は大変な事を思いついてしまいました!」
「どうしたどうした」
「お兄ちゃん、元の世界に帰ったらこの体験を話してお金を稼ぐんだよね?」
「おう、ひと財産築いてみせる」
事が事だけにそう簡単な話ではないだろうが、せっかくなのでなんとか上手くいかせたいものだ。
「こうなったらもう! もうラノベにしましょう!」
「ええ?」
首をひねった幹人へ、咲は熱を上げて続ける。
「こうして異世界に来てるんですから、ラノベにするっきゃないですよ!」
「……いやあ、咲、咲ちゃん」
幹人は腕を組んで、うーんと唸る。
「それって、俺たちマジもんの高専生、理系の面倒くさいとこを煮詰めたような人間が主人公って事だろ? そんな尖った小説、まず、一体どこが出してくれるんだ」
「わかんないけど! ファミ通文庫とか?」
「随分ピンポイントにレーベルの名前を挙げるなあ……」
「いや、だが幹人、ファミ通文庫は1998年創刊、現在のライトノベル系の中ではどちらかと言えば歴史の深い老舗と言っていいレーベルだろうが、それでいてチャレンジングなジャンルの作品をぶっ込んだりするところでもあるんだぞ。咲はいいところを突いているかもしれん」
中久喜照治、レーベル事情にも詳しい男である。
「そうなの? でもさ、俺たちの奇行を出版物として世に出してしまったら我らが高専に迷惑が掛かるんじゃないかな」
「お兄ちゃん、自分の学校を信じて下さい! 協力してくれる人を募ったら推薦コメントがもらえるはずです!」
咲の言葉は随分と力強く、断定的である。
「発売されたら、お兄ちゃんたちみたいな高専生とか、理系の人たちとかがきっと応援してくれます! やたらレーベル公式アカウントのツイートがリツイートされたりとか! あとは、理系の人たちがよくわかんない事を言いながら夢中になって楽しそうにしてるところが、なんか面白いなって思ってくれる人もいるかも!」
「うーん……そうかなあ……」
「そうですよ! どうしてそんなに弱気なのお兄ちゃん! これは案外、重版とかされるかも!」
「されるかなあ」
されたなら、それはすごく嬉しいけれど、幹人としては中々予想の出来ない事態である。
「タイトルも決めておきましょう! ……うーん、何がいいかなあ、お兄ちゃんたちがどういう人たちかもう大体わかっちゃうヤツにしたいな」
少しの間、俯いて考え込んだ妹はやがて、電球マークが頭の上に見えそうな表情で顔を上げた。
「……よし、思いつきました! お兄ちゃんたちがここに来たとき、初めにやった事を説明しましょう! それがタイトルです!」
「…………俺たちがここに来たときに、っていうと」
「私はよく覚えてますよ! あのね、だからね――」
そして、妹が口にしたのは。
長ったらしくて面倒くさい、自分たちらしさがにじみ出たような、そんなタイトルだった。
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応援ありがとうございます、皆様のおかげで重版が決定しました……!
これからも頑張ります!二巻もよろしくお願いします!
藍月要
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