異世界生活32日目朝、ビラレッリ邸にて



「あー……駄目だ駄目だ、反応しない。駄目だなー」


 想話で発動キーを念じてもみても、魔法は発動しなかった。ため息を吐いて、幹人は手に持っていた試作魔導杖ver0.7を作業部屋の机に置く。


「干渉しているようだな」


 幹人の隣、一緒に作業をしている機械科五年の先輩、巨漢の鉢形鉄次郎が言った。彼に頷いて、幹人はもう一度ため息を吐く。


「はあ、ですね。この長さでも駄目か~」


 幹人たちが製作している魔導杖には、人の思考を情報として受け取る部分と、受け取ったそれを元に魔法を構築する部分、二つのメインユニットが搭載されているのだが、これらの距離が近いとお互いに干渉し不具合を起こし合って正常な動作をしなくなってしまうのだ。


 今は双方の間に700mmという距離を取って試してみたのだが、残念ながら結果は芳しくなかった。


「想話信号受信部は100mm、信号処理、演算処理部分は……500mmくらいの縦幅にはなっちゃってますからね。その間を700mm取っても駄目、もうちょっと長くしなきゃいけない、ってなるとこれはいよいよ、全長かなりのものになりますよ」

「現時点でもう1300だ。1500は覚悟しなければならんかもな」

「取り回し厳しいですよねー」


 全長1500mm、1メートル半となればかなり長いサイズだ。気軽には振り回せそうにない。


「今は仕方ないとは言え、後々、魔力波を遮蔽する素材を見つけてシールド出来ればいいな」

「ですね。色々試してみましょ」

「ああ。……俺の我儘だが、理想を言えば手ぶらで戦えるくらいに小型化したいところだ」

「テツさんの本領は空手ですもんね」


 ロボコペに専念しているので高専に入ってからは大会にこそ出ていないが、鉢形は屈強な空手家である。中学時代は全国ベスト8まで上り詰めた猛者で、異世界に来た今でも毎日の鍛錬を欠かしていない。


「身体強化魔法、やっぱテツさんだけはズバ抜けてるもんなあ」


 身体強化魔法は日常的に運動をする人間であればあるほど要領が掴みやすいという話で、やはり鉢形は高い適性を示している。


「……いや、だがやはり上がいる。実は、ザザに手合わせを願ったんだ」

「え、そうなんすか? えー、見たかった! どうだったんですか?」


「そうだな、台風と戦っている気分だった」

「…………台風と」


 幹人のオウム返しに、鉢形は腕を組んでコクリと頷いた。


「人とやっている気がしない。抗えない強大な自然災害を前にしているかのような無力感だった。自分がいかに矮小か思い知らされた」

「うえー……」


 鉢形は謙虚な男なので多少の謙遜は入っているだろうが、それでも凄い話だ。


「俺もまだまだ鍛錬が足らん。良い目標が出来た」


 諦めるわけでも腐るわけでもなく、巨漢の先輩は淡々とそんな風に呟く。彼はどうやら、台風に立ち向かう気らしい。


「さすがテツさんだぜ。……うーん、俺も頑張んなきゃな」

「…………」

「ほら、一応これでも咲を抜かせばロボ研で一番素質は良いらしいんで、いっちょ戦力として成長しないとなーって、」


「雨ケ谷」


 幹人の言葉を遮った鉢形の声は、どっしりとしていた。揺れない目で彼はこちらをまっすぐに見ている。

 彼は、そのまま静かに口を開く。


「聞け、雨ケ谷。……お前がそこまで背負う事はない」


「……え、いや、俺は、」


「お前がずっと、……この世界に来る前からだが、来てからは特に、どれだけ頑張ってくれているかというのは、皆わかっている。沈んだ空気に落ちないように、険悪な雰囲気にならないように、いつも気を配ってくれているのはわかっている」


 わかっているし、助かっている。そう言って、突然の話に思わず押し黙る幹人へ鉢形は続ける。


「お前がいなければ、そうしてくれなれば、こんな状況下だ、俺たちはとっくに空中分解していただろう」

「…………そんな事は」

「ある。本来なら、そういう役目は年長者である五年の人間がやるべきなんだろうが、横倉はともかく、俺や部長はどうもな……からきしだ。すまん、お前にひどく頼ってしまっているとわかってはいるんだが」

「…………」


 正直な、事を言えば。

 ムードメーカーであろうという自覚がないと言えば嘘になる。この世界に来てからは特に、神経を張っていた部分はかなりあった。


「お前はもう、大きな仕事をしてくれている。だからこれ以上、背負う事などない」

「……で、でも、ほら、素質が良いらしいですしせっかくだから」

「魔法を使う者としての素質は良いんだろうがな。俺にはあまり、お前が戦いに向いているとは思えん。頭も回るし度胸もあるだろうが、根っこのところがいかんせん、人が良すぎる」

「……そ、…………そうです、かね」


「ああ。だから、やれる範囲でやってくれれば良い。雨ケ谷、少しは頼れ。こちらの立つ瀬がない」


 そう締めくくった鉢形に、無骨だが優しい先輩に、幹人はなんと返したらいいものかわからなくて。


「……こんな会話してるとアレですね、横倉先輩の餌食になるかも。ちょっと腐り気味だから」


 少し熱くなった目をごまかすようにそんな事を言ってみれば、鉢形は大真面目な顔で

「そうだな、気をつけよう」と返してきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!