アンコール・書き下ろしSS(カクヨム限定)

異世界生活30日目昼、ビラレッリ邸にて


「雨ケ谷くん、ちょっといい?」

「お、塚崎さん。なにー?」


 杖の開発作業、その合間にダラダラ部屋という談話室のような場所で休憩していた幹人の下へ、化学科のギャルファッション女子、塚崎がやってきた。


「これ、食べてみてくれない?」

「……おい、待ってくれ、待ってくれよ塚崎さん」


 幹人の前、テーブルの上にコトンと彼女が置いた皿には、きつね色に揚がった衣を持つ具をパンで挟んだ一品が乗っている。


「まさか、そんな……」


 いや、嘘だろ……? そんな風に呟きながら、手で持ってがぶりとそれを一口齧ってみれば、衣の中身にはとろとろな食感と独特の香り、濃厚な味を持つグラタンソース、それにいくつかの野菜が入っている。



「間違いない……グ○コロじゃん、グ○コロバーガーじゃん。学生の味方のファストフード店で冬限定で売られる皆大好きグ○コロバーガーじゃん……」



 震える声でその名を口にした幹人に、見た目と裏腹にと言うべきか、家庭的な塚崎は言う。


「作ってみたの」

「人の身で? そんな馬鹿な……」

「雨ケ谷くん、グ○コロは神話上の食べ物とかじゃないの。さっき自分でもファストフード店で売ってるって言ってたじゃない。あのお店なら三百四十円くらいで買えるのよ」

「こんなに美味しいのに?」

「ありがと。でも人がおうちでも作れるものなのよ」


 突っ込みを入れる塚崎の口調は、いつも通りあまり抑揚がない。


「そんな……でも、ここは異世界だよ? 異世界で、こんな、こんなものをパッと作ってしまうなんて……人の身には過ぎたる行いでは……」

「グ○コロへの評価が高すぎないかしら。特別な調理器具が要るわけじゃないもの。市場に行ったら材料が揃ったから、作ってみようかなと思って」

「材料が市場に……塚崎さん、俺知ってるよ。グ○コロはとっても美味しい白い粉から出来てるんだ」

「それは小麦粉って言うのよ雨ケ谷くん」


 パクリと改めてまた一口食べてみれば、やみつきになる味が口の中いっぱいに広がった。


「なんてこった、美味すぎる、材料が何だろうがもうどうだっていい」

「繰り返すけど材料は主に小麦粉よ。いえ、分析したわけじゃないから、もしかしたらこっちの小麦粉にはちょっとアレな成分が入ってるかもしれないけど」

「手が震えてきた」

「頑張って抑えて」

「努力してみる」


 言ってから、幹人の口はまた一口美味しさの塊を齧った。


「……それで、いったい何が目的なんだい。こんなものを俺に食べさせて。こうなった以上、今の俺はもう塚崎さんとグ○コロの奴隷だ」

「別に奴隷にはならなくていいんだけど」

「でも塚コロさん」

「私とグ○コロが混ざってる」


 あまりのグ○コロの美味しさに、幹人の頭の中では塚崎とグ○コロ、二つの概念が一緒になっている。頭を振って何とか分離した。


「何が目的ってわけでも、ほら、杖の開発、皆頑張ってるから元気出るかなって思って……あ、強いて言うなら、後回しでもいいんだけど、その内に調理器具色々作って欲しい」

「調理器具を」

「そ、熱エネルギーを直接発生させるやつとかあるじゃない? あれってプログラムを書き換えれば表面を炙らずに内部の、一部分だけピンポイントで温める設定とかにできるわけよね? 色んな調理に使えそうだなーって思って」

「確かに……」


 調理器具としては、考えてみればかなり反則的かもしれない。


「はっ、お肉はレアだけど中のチーズはトロットロなチーズinハンバーグとか出来ちゃうぞ!」

「食べたいなら後で作ってあげるけど」

「わかった、塚崎さんは天使か何かなんだな? でなきゃこんな福音を授ける御業、説明がつかない……」

「雨ケ谷くんはちょっと食べ物に釣られすぎだと思う」


 心配になってきた。そんな風に零した塚崎へ、幹人はついでにと言うように告げる。


「ちなみにね、塚崎さん」

「なに?」

「俺も好きだけど、照兄の大好物なんだ、チーズinハンバーグって」



「……………………」



 そのポーカーフェイスをほんの少しだけ揺らし、しばしの無言の後。



「……雨ケ谷くん、そういうところ、ちょっと意地悪」



 こちらへ向けていた視線を脇に逸らしながら、塚崎はそんな風に言った。



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