「ずいぶん大きな声を出していたようなので何事かと思ったんですが」

「……ええと」「その、だな」


 照治と顔を見合わせ、そして冷静に周りを見渡してみれば、そこには謎アイテムでごちゃごちゃになった室内の様子がある。明らかに掃除を始める前よりもひどい有様だ。


「……エ、乱雑さエントロピーは、増大するものでな? だから仕方ないんだ」

「はあ?」

「照兄! その理系ジョークは絶対通じない! 本来的な用法でもないし! ……これはですね、その……いや」


 照治に代わって何かを言おうと思ったが、当然、理のある言い訳など出てこない。



「「……申し訳ありません」」



「いえ、別に謝れと言っているわけではなくて。何ですか、そのポーズ」



 揃って土下座を披露しつつ謝意を伝えてみたがあっさりとザザはそう言った。


「最終的に綺麗にしてくれれば良いですから。それより、何を騒いでたんですか? 珍しいものでも?」

「心が広い……。で、えと、珍しいものっていうか、……この部屋にあるのって」

「魔道具ですか? ……あなたたちの故郷はこれもないんですか?」


 魔道具、彼女は謎アイテムをそう呼んだ。ファンタジー感の強いワードである。


「ない。ただ、これらと同じように構造があって機能を果たすモノっていうのがあって、俺たちはそういうのが大好きなんだ。だからちょっと、大興奮しちゃった」

「……こういうのが、好き。そうですか」


 ザザは少し、その端正な顔をしかめた。


「……えと、ほら、兎と戦ってたときに俺たち、槍を使ってたろ? あれもさ、南の森の中で拾った謎アイテム……魔道具? を改造して作ったんだ」

「改造? 変な事をしますね。……というか、拾ったって言いました、今」

「え? うん。なんか荷車が倒れててさ、そん中にいっぱい入ってたんだ」

「……そうですか」


 少し考えるようにザザは口元に手を当てて言った。


「それ、もしかしなくても、うちに魔道具を売りに来た商人の荷物ですね」

「え!? そうなの!?」

「ええ。よくあるんです、商人が街に来る途中で魔物に襲われて引き返したり死んだりって」


 さらりとザザは言うが、なんとも恐ろしい話だった。


「……ていうか、じゃああの荷物、ザザに渡した方がいい?」

「私はお金を払ってませんし、あなたたちが拾ったものでしょう? であれば、そちらのものです」


 拾得物に関しては、拾得者のものという事らしい。正直、今更返せと言われても勝手に分解して弄ってしまっているものも多いので、一安心である。


「なあ、そもそもなんでこんなに魔道具を集めてるんだ?」

「知りませんよ、そんな事」


 照治の問いに少し硬い声で返すザザ。負の感情が垣間見えるそれに、ピンと来た。


「って事は、これ、ザザじゃなくてお父さんが? あ、散財ってじゃあ」

「ええ。馬鹿みたいに買い漁って。普通の家庭にも一つくらいあっておかしくないものとは言え、それほど安くはありません。なのになりふり構わずで……商人たちのいいカモです。お金なんて、なくなるに決まってる」


 聞くだになかなか大変な父親である。どう言ったものかわからず、苦笑するしかない。


「……本当に、馬鹿」


 ザザの口調は冷えていて、どうやら難儀な父娘関係のようだ。


(……お母さんの事とかは、聞かない方がいいか)


 わからないが、この分では話にすら出てこないそちらに至っては巨大な地雷の可能性もある。


「もったいない事だ、俺たちなら全身全霊で有効活用するのに。それはもうしゃぶるようにな! 宝の山だぜ……」


 ギラギラした眼で謎アイテム改め、魔道具を見つめて照治が言って。


「いいですよ、別に。好きに弄って下さい」


「……や、待ってくれ、ザザ。……さすがに出来ないよ、お父さんのものなんだろ? 俺たちが弄るって分解するわ改造するわ部品取りにするわの容赦なさだよ?」

「それが何かいけませんか? どうせここでこうしてホコリ被ってるだけです。というか、どうぞやってしまってください、こんなもの。なんならバラバラに」


 一応躊躇った幹人に、ザザは魔道具たちを睨んで言った。


「せめて誰かが有効活用してくれた方が、うちも没落貴族になった甲斐があるってものでしょう」

「あの、ザザ、ほんとにさ、いやほんとに、まともな神経してる人間だったらそんな事を言われてもなんだかんだ、最後まで遠慮したりするもんだと思うんだけどさ……」

「悪いが、俺たちはこういうとき言葉通りに捉えるタイプだぞ!」


 胸を張る事ではないと思うが、照治の言った通りだ。特に好奇心を前にすると、読むべき行間を平気で読まない事が出来る類の人間なのである。


「いいって言ってるじゃないですか。どうぞお好きに」


 どうやら本当にいいらしい。いや、彼女の父親からするといいはずがないだろうが。




「……幹人、いいよな? だっていいって言ってるもんな?」

「うーん………………………………いっかぁ!」



 ビシっとサムズアップ。

 いいと言っているのだからいいのだろう、という事にしてしまおう。


「どうぞ。私にはなにが楽しいのかさっぱりわかりませんが」

「ザザ、ちなみにこの魔道具についてなにか知ってたりしない? 作り方とか」

「この辺りで作られているものじゃないというのは知ってます。というか、どうやって作っているのか誰も知らないというのも知っています」

「え?」


 怪訝な顔で聞き返した幹人に、ザザは続ける。


「なんでも、どこかの国の飛び抜けた天才が一人で作って流通させたって話です。ですから、その人以外作り方を知りませんし、仕組みについても何が何だか全然。当人に聞こうにもその人自体、今どこに居るのかわからないらしく」

「はー……なんだそれ。そんな事が現実にあるのか……?」


 普通、技術というのは一人で積み上げるものではなく、様々な分野の様々な人間の功績が積み重なって出来上がるものだ。よって、いかな天才と言えど、自分以外の誰もが皆目見当もつかないものを作り上げるというのはなかなか、普通だったらありえない話である。


「まあ、どこの誰が作ってどういう風に動いてるだとかそんな事、知らなくとも道具は使えます。使い方と使い道さえわかっていれば十分だっていうのが大抵の人間の考えでしょう」

「えー、そんなもんなんかなあ……ううーん、そっかあ…………そうかあ」


 地球にしたって例えば、技術的な仕組みなんて知らなくとも携帯電話は使えるし、使えればそれでいいという人間が大多数ではあるだろう。それと同じような事だろうか。


「そんなものでは? 便利は便利ですよ、私もいくつかよく使うものはあります。勝手に魔法を実行してくれるので、自分で魔法を使うのと違って疲れませんから」

「……そもそもさ、魔法って」

「魔法の話をしていますか! もしかして魔法の話を!」


 響いた声にドアの方を見やれば、そこには顔の半分だけを壁の淵から出しながらこちらを覗き込む咲の姿があった。

 いつの間に来たのだろうか。ザザと連続になるが、まったく気が付かなかった。



「魔法の話! 魔法の話を! しているんですか!」



 繰り返す咲の瞳はキラキラと輝いて、なんだかとても眩しい。


「見ろよ幹人、あのピュアな瞳を」

「俺たちの濁ったそれとは違うね」


 綺麗なものを見るたびに自分の汚れを自覚してしまうのは、大人になりつつある証拠なのだろうか。


「ザザさんは! もしかして! 魔法が使える人なんですか!?」

「もしかして、って、それは冒険者だし、もちろん使えるよ。……まさかあなたたち、魔法も知らないとか……?」

「実際にあるってゆーのは知りませんでした! ……魔法使い! 本物の……!」

「う……」


 いっそう輝きを増した咲の視線に、ザザが一歩後ろへ下がった。

 なおも咲は星を散りばめたような瞳で彼女を見つめ続け、結局折れたのはザザの方だった。




「……掃除がひと段落したら庭に来て。教えてあげるから」




「……っ! うわあああああありがとうございますっ! 魔法! やったあああ!」


 満面の笑みを弾けさせる咲に、髪先を弄りながら「教えるなんて、性に合わないんだけど」とザザはぼやいた。





「……ザザ、もしかして猫とか飼ってない?」

「なんですか、いきなり。……飼ってますけど、今は外で遊んでると思いますよ」

「その猫さ、弱ってるのを見かけて見捨てられなくて飼っちゃったとかじゃない? なんならそう、雨の日とかに」

「……え、…………え、なんでわかったんですか?」



 言い当てられた事に驚愕の表情を見せるザザだが、驚いたのはこちらも同じである。どうしてそんな冷たく見えて根は優しい女の子像を完璧にトレースしているのだろうか。






 ザザ・ビラレッリ、彼女のキャラクターがいよいよ掴めてきたなと思う幹人だった。


◇◆◇

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