◇◆◇


「むむむむむ……」


 我慢。我慢である。人にはそれが必要なのだ。

 思いながら幹人は手に持った箒を掃き掃き、床に溜まった埃を集める。窓から差し込む光が宙に舞うそれらを映し出して、こちらの世界のハウスダストは健康にどれくらい害があるだろうかと少し考えてしまう。


「……はあ、あー、……めっちゃ気になる!」


 しかし今、幹人の興味を一番に惹いているのはそれではない。

 ここはビラレッリ邸二階、西方面の角部屋。幹人がひとまず掃除を担当する事になった部屋である。

 入って、すぐに声を上げそうになった。改めて見回しても、あまりに心が踊りすぎる光景だ。


「すげえ数だよな……。絶対見たことない機能とかが……くそー気になる!」


 なんと、森の荷車の中に入っていた謎アイテムたちとおそらく同種の品々、それが部屋の至るところに積み上げられているのだ。

 当然ながら見たことのないシルエットが大多数、きっと自分の知らない色々な機能があるに違いない。


「でもなー、でもなー、さすがになあ!」


 すぐにでも欲望の赴くままに貪りたいという欲求は極めて強いが、ここは他人の家である。しかも自分は、相手の思惑はわからないがともかく厄介になっている身分だ。

 勝手に部屋にあるものを弄るなんていう非常識、許されるはずがないだろう。


「……ん、お、なんだこれ」


 鋼の心で掃除を続けていると、山と積み重なった謎アイテムの奥に棚のようなものがあった。


「……おー」


 そこには謎アイテムの中にあるような部品がごちゃりと詰め込まれているようだった。分解された後、だろうか。


「……で、これは」


 さらに、部品の山の隣には何事か書かれた紙束。手にとってみれば、字は読めないが中々興味深そうなものが描かれていて。


「……いやいやいやいや、違う違う、我慢、我慢、……我慢」


 息をふうっと吐いて、棚に紙束を戻す。少しでも気を抜くとこうだ、こういう方面の欲求というのはどうしてこうも抑えがたいのか。

 もし簡単にそれを抑制出来るような人間だったなら、多分普通の学校に通っている……なんていうのは、さすがに他の高専生たちに失礼過ぎるか。

 そうだ、もしかしたら他にもこんな部屋はあるかもしれないけれど、きっとみんな我慢してしっかり掃除をやっているはず――。




「幹人幹人幹人これ見ろこれえええええええ! すげえぞお前これすげえんだお前これえええええええええ! 掃除なんかやってる場合じゃねええええええええ!」




「あんたそれでも成人かああああああッ!」


 扉を勢い良く開けて飛び込んできた影に思わず怒鳴り返してしまう。

 だって、こんなのあんまりだ。


「何言ってんだ、忘れたのか? 成人式はまだだがお前、皆で盛大に二十歳の誕生日祝ってくれたじゃねえか」


 へへ……と少し照れくさそうに言う照治の手には扁平なシルエットの、おそらくこの部屋に転がっているものと同じような謎アイテムがある。

 こちらが葛藤しながらも耐えていたというに、どうやらこの兄的存在は全力で誘惑に飛び込んだらしい。


「そんな事を言ってんじゃないよ! なにやってんのさ! それこの家にあったもんでしょどうせ!」

「そうだ! 俺が担当になった部屋にたくさん……うお! なんだよこの部屋もすげえじゃねえか!」

「すげえけど! 我慢してたの! 他人の家だから! 厄介になってる身だから! 常識として!」

「人としてはお前が正しい! が、高専生としてはどうかな!?」

「うるさいよ!」


 びしっとキメた照治の表情は、なまじ顔立ちが整っているだけに余計苛立ちを誘う。


「ちゃんとしてる高専生に失礼だよ照兄……」

「……ちゃんとしてる、高専生?」

「いるよ! 何割かはちゃんとしてる!」


 首を傾げる照治に返す言葉は一応真実のはずだ。高専にだってまともな人間はいるのである。


「まあまあまあまあ、いいからちょっと見てみろよお前、すげえんだぞほんとこれ」


 幹人の肩に腕を回しながら照治はそんな風に言って、手に持った扁平な物体に設えられたスイッチらしき部分を押し込んだ。

 何だと言うんだ、一体。

 そんな風に、何が起こるのかとりあえず待った幹人の前、扁平な謎アイテムの上面からポワーンとオレンジ色に輝く球体が湧き出てきた。



「……は?」


 そう、それは湧き出てきたという表現しかしようがなく、そしてその球体はゆっくりと上昇、顔の高さ辺りで停まって浮遊状態に移行した。



「……え? いやいやいや」


 目が点になるというのは、きっとこういう事を言うのだろう。

 なんだ、これ。



「なあ幹人、しかもこれさ、この謎の球体、触れるんだぜ?」

「は?」


 言われ、恐る恐る手をそれに伸ばしてみると、指先に感触。少しあたたかく、どこか触れた指がピリピリとするが、確かに硬質な手応え。固まった粘土や石膏のような、少しの柔らかさを持つ硬さだ。ツン、と少し押してみれば、ちょっとした重さも感じる。


「いや、……いやいや」

「で、スイッチを切ると消える」

「いやいやいや……」


 全体的に、まったく意味がわからない。

 なんだこれ、なんなんだ。何もないところから出現する謎の光る球体。不思議な触感、感じる質量。そして嘘のようなあっさりとした消失。

 なんだ、これは。



「……そ」

「そ?」

「…………掃除なんかしてる場合じゃねえええええええええええええええッ!!」

「だろーおッ!」



 結局同じように叫んだ幹人に、照治はご満悦の笑顔だ。


「ヤバイだろヤバイだろ!? なにせ、出現するのがなんなのかまるでわからんの謎の物体……いや物体かどうかすらわからん何かってのがヤバイ!」

「ヤバイ! てか照兄これアレじゃん! これってアニメとかでよく見るあれじゃん! 謎の光球スフィア! 魔法少女もよく撃つやつ!」


 空間に突然現れては敵に放たれる、謎の光球。

 現代アニメでは日曜朝から深夜まで大活躍の定番な攻撃方法だが、今見たものはそれになんだかよく似ていると言える気がする。

 そんなものを生成するアイテムを前に興奮するなという方が無理だ。


「ば、分解バラしちゃ駄目かな!? それ、分解しちゃ! 駄目だよねさすがに駄目か!」

「落ち着け幹人! まだ他にもこういう奴があるかどうか確認しようぜ!」

「そうだね! 照兄がいた部屋はどうだったの!?」

「これを見つけてテンション上がったままここに来ちまったからわからん!」


 興奮で音量が上がったまま叫ぶように会話しつつ、部屋にある姿形様々なシルエットに手を伸ばし、動作を確認していく。


「……あー! これ! 同じようなやつ! しかも光球の色が違う! あっ、しかもさっきより硬いかも!」

「こっちもあった! おーああ! これちょっとダイアル回して操作出来るぞッ!?」

「すげえ、すげえよ照兄! これはえらいこっちゃだよ! なんでいきなり現れる!? なんで消える!?」

「なにで構成されてる!? なにを目的にしたもので、つかそもそもどっから来てんだよあの質量! なあんなんだこれッ!」



 脳みそ内でアドレナリンやらドーパミンやらがドバドバ放出されているのがはっきりとわかる、そんな興奮状態で。


 だからこそ、まったく気が付かなかった。



「あの、何をしてるんですか?」



「え? ……あ」


 声のした方に振り向けば、そこにいつの間にか居たのは桜髪の佳人。

 ザザ・ビラレッリである。

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