「鼻息荒いですね……」



「もったいぶらないで! どうかお願いしますザザ様!」「お願いします! 待ちきれないんですザザ様!」「卑しい俺たちにお慈悲をザザ様!」



 気持ちの悪いねばついた熱気を放つのは、もちろんまとも人間たちではない。

 変人含有率を較ぶるのであれば他のどんな教育機関にも負けないであろう場所に嬉々として足を踏み入れし者、そう、高専生である。


「お願いします! プリーズ! ザザ様! ティーチミー!」


 もちろん、ボルテージが上がっているのは幹人も例外ではない。


「様はやめて下さい。あとそのテンション、なんとかなりませんか」

「なんともならないかな!」

「……そうですか」


 彼女の美しい翡翠の瞳が、残念なものを見る色を帯びた気がするのはおそらく気のせいではないだろう。幹人たち総勢十二人を前にして、ザザは小さくため息を吐いた。


 ここは彼女の屋敷、その広い庭である。どれくらい広いかと言えば、サッカーグラウンド五面分くらいは優にある。上品に整えられた緑が格式を感じさせる、美しい庭園だ。

 これで没落したというのだから、元がいかほどの格だったかは推して知るべしというところだろう。


「それでは、とりあえず見ていて下さい――これが火属性魔法です」


 彼女の立てた人さし指の先へ、ぱっと炎が灯る。ライターや何かのありそうにない、完全に素手の真上である。

 世界よ、これが異世界だ。そう言わんばかりのわかりやすい超常現象だった。


「「「お、おおおおおおおおおおおおおお!」」」

「それを、こう」


 地響きのような歓声をあげるこちらに動じる事なくザザは淡々と、指先の炎の規模を一気に大きくした。もはやバレーボールも飲み込めそうな規模である。


「そして……あそこ目掛けて、こう」


 さらにその炎は彼女の指を置き去りに、それが指し示す方向へひとりでに飛んでいった。それこそバレーのスパイクのような高速で進み、太い幹を持つ木に激突して消える。




「んほおおおしゅごおおおおい! 異世界しゅごいのおおおおおおお!」「常識おかしくなっちゃうよおおおおおお!」「アタマがフットーしそうだよおおおおお!」




 気持ちの悪い騒ぎ方をする気色の悪い一向の中、「すごいすごいすっごい!」と大きな瞳を輝かせる咲の姿は、完全に清涼剤であった。


「ザザ! それ、自分の意志で飛ばす方向とか制御してんの!?」

「ええ、ものを投げる時と同じように。だいたいあの辺へ向けて投げる、みたいな感じです。上手い人間下手な人間、色々いますけど」


 幹人の問いにザザは頷いてそう答えた。彼女がどちらなのかはわからない。


「どうなっての!? それ、そもそもどうなってんの!?」

「これは、…………………………どう、と言われても」


 部員の一人が上げた声に、どうなってるんだっけと今度は眉根に皺を寄せるザザ。


「……イメージでしょうか。イメージ、火を起こすというイメージが現実になっているんです」

「いやいや、そういうのはいいから、もっと原理的な奴を頼む!」


 割りと失礼な言葉を投げたのはやはりと言うべきか、照治である。それに気を悪くした風もなくザザは平然と答える。


「そう言われても、どこかの偉い人がそう言ってたらしいですからそうなんでしょう」


 ああ……と、部員一同、揃ってなんとも言えない顔をしてしまう。科学にしたって悲しいかな、権威主義とは無縁でいられないものだが、異世界でも同じような言葉を聞くとは。


「幹人ぉ! 燃焼の三要素とはなんだ!?」

「可燃物、支燃物、点火源!」

「そうだその通り! ……さて、支燃物はいいだろ、周りに酸素あんだから。問題は残り二つだ」


 幹人に質問を投げた照治は、顎に手を当てて続ける。


「点火源は、……静電気、とか……いや、熱エネルギーを発生させる魔道具があったからな、高温状態が何かしらによって作られていると見るべきか? だからそこを魔法で何とかしている?」


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん、なんの話?」

「ものが燃えるっていう事がどういう事なのかって話。ものが燃えるためには、燃えるものと、燃える事を助けるものと、燃えるきっかけ、この三つがなきゃいけないんだ。それが可燃物、支燃物、点火源」


 木をこすって火を付け燃やす事を例とすると、こする事により発生する摩擦熱が点火源、燃えることを助ける空気中の酸素が支燃物、燃える物体である木が可燃物だ。

 ではザザの起こした炎はというと、その内、点火源と可燃物が不明なのだ。


「一番わかんねえのは可燃物だな、炎の中には何もないように見えた……だとすると」

「ガスじゃない? 可燃性のガス、ブタンとかプロパン」


 照治に言ったのは化学科三年のギャルファッション女子学生。異世界に来てもなお手持ちの品でメイクをキープしている彼女の名は塚崎という。


「塚崎さん、でもザザの炎って拡散しないでまとまったまま吹っ飛んでいったけど、いやいや、意思に応じるっていう点から意味不明なんだけどそれは置いといて、そういうガスってあるの?」

「うーん、あんな球体みたいにまとまって移動するものは……ああ、だからつまり、意思に応じるっていうのがキモなんじゃない? 意志で操作できるから、拡散させずにまとめておくことが出来る、みたいな」


 幹人の問いに答えた彼女の言葉に、一同はなるほどとそれなりの納得を示す。代表として、やはり照治がまとめた。


「つまり、火属性魔法というのは、意志で操作可能な性質を有した可燃ガスの生成、およびそれへの点火と操作か? これがもし正しければ火属性とはいうものの結局、物質生成とその操作魔法な気もするな……で、どうだザザ! 合ってるか!?」

「何を言っているのか全然わかりません」

「照兄、通じないよ……! そういうんじゃ通じないんだって……! 理系の人の言うことってわかりづらいの!」


 呆れたような咲の言い様は、それなりに胸に刺さる。似たような事を言われた経験は、誰しもあるのだ。


「ザザ、じゃあ、ザザがその火属性魔法を出すとき、どういったシーケンス……あー、イメージでやってんのか教えてくれない?」

「なんと言うか、ボワッと燃える感じのもわもわしたものをニュ~っと出して、そこにカッときっかけを与えるみたいな感じで」

「あれ!? これ合ってるんじゃねえ!?」


 あちらの語る事からなにか掴めないかと問うた幹人に、ザザからはなんとこちらの仮説と合致を見せていると思えなくもない話が返ってきた。照治を筆頭に、部員たちから歓声が上がる。


「と言うか、やってみればわかりやすいでしょう。ミキヒトさん、こちらへ」

「俺? わかった」


 彼女の下へと歩み寄ると、ぎゅっと両手を掴まれた。あんな巨大な棒を振るうからだろう硬さもある彼女の手は、しかしほっそりした女性のそれで、少し冷たく心地の良い温度だった。


「……本当にない。それじゃあ、経路(ルビ:パス)を通します」

「なに? 経路? ……うおっ、なんだ?」


 はじめに感じたのは、彼女の手を伝わってこちらに何かが入ってくるという感覚だった。それは幹人の身体を抜けて、地面へ降りていく。


「……え、おわ、おわわわわわ!?」


 それからは、激変と言ってもよかった。


「なんだこりゃ!!」


 足裏の下に、すさまじいものがある。なんとも力強く、エネルギーに満ちた何かが。

 これは、もしかすると。


「感じます? 星の力」

「……星、やっぱり、これ。……なんか、うん、すさまじいのが下に」

「あるでしょう。魔法というのは、星から魔力を引き出して様々な現象を起こす事を言います。……あ、さっきはこれを言えばよかったんでしょうか? でもイメージも大事だし……」

「……星から引き出す。じゃあ自分の中にあるなにかを絞り出すわけじゃない?」

「ええ。人間の中にそんなものはないでしょう」


 彼女はあっさりそう言って、それはそうなのかもしれないと納得が行く。


「でも、てことは引き出せれば引き出せるだけ使えちゃうってこと? 星の力がべらぼうに大きかったら、ほぼ無制限っていうか」

「まさか。引き出すと疲れます、やり過ぎると気絶します。個人差はかなり大きいですが、無限に出来るような人はいないでしょう」


「なるほど……星の力は枯渇しないの?」

「そんな話は聞いたことも」


 相当に大きい、もしくはなんらかの形で放たれた魔法のエネルギーが星の中へと戻っている、どちらかだろうか。







「……ちょっといいか? 魔道具についてだ。あれも同じように星から力を引き出しているのか?」


 手を上げて問うたのは照治だ。幹人も気になっていたところである。


「わかりませんが、おそらく。魔法が起こってるんだからそれしかないでしょう。こっちが魔力を引き出して魔法を発動させるわけではなく、道具側がやってくれるので疲れませんが」


「では、魔道具の方が自分で魔法を使うよりも良いんじゃないのか?」

「いえ、魔道具も無理をさせ続ければ壊れます。その上、自分で色々と調整できる魔法と違い、動きが決まっていて融通が効きませんし、なにより出せる力があまり大きくありません」


 たしかに、今まで見てきた魔道具は小規模な現象を起こすものばかりだったように思う。少なくとも、先ほどザザがやったような大きな炎を出せるものなどはなかった。

 だからこそ幹人たちは刃を熱するという地味な仕掛けで戦う事を選択せざるを得なかったのだ。


「基本的に、戦いなんかで使うんなら断然、自分の魔法ですね。威力がまるで違います。逆に、日常生活で便利に使われるのは魔道具の方だったりします。人間の魔法は結構大雑把ですが、その点、動作が決まっていて融通が効かない魔道具は、だからこそいつも精確に動いてくれますから。無理をさせなければ勝手にずっと動き続けてくれますし」


 力は強いが大雑把な人間の魔法と、最高出力では劣るが精確に、かつ自動で動く魔道具。

 一長一短だ。


「なるほどねー、棲み分けがされてるわけだ」

「そうですね。……話を戻します、魔法は自分と星の間に魔力の通り道がないと使えません。だから皆、子どもの内から親の手で経路を通してもらいます」


 では最初の一人はどうだったのだろうと思ったが、また話の腰を折らないように聞かないでおく。


「その歳で経路が通ってなかったというのは、本当に魔法のないところから来たんですね。どこにそんな国が……まあいいです、では続けて実際に魔法を出してみましょう」

「お願い!」

「はい。私の手から伝わる感覚に集中していて下さい」




 そう言ってザザはこちらの両手から右手だけを放し、自らの前に手のひらを上にして掲げる。


(……地面、いや、星からか。なんか流れてきてるな)


 感覚としか言い様がないが、足裏の下にうごめくエネルギーが彼女の身体に入っていくのがわかる。それは掲げられた右手まで登り、そこから形を、性質を、存在を変えた。

 出来上がったのは、燃え上がる姿の想像される、もやのようななにか。


「それで、これを、こう」

「ああー……なるほど~!」


 色であれば赤のような、そんな衝撃がもやに当てられ、そして炎が生まれた。

 ボワッと燃える感じのもわもわしたものをニュ~っと出して、そこにカッときっかけを与えるみたいな感じ……なるほどその通りであった。そして細かい検証は必要だろうが、自分たちの仮説もきっと、真実とそう遠くはなさそうな感もある。


「やってみて下さい、今の感覚を覚えてるうちに。コツは魔法の結果、この場合であれば作り出す炎を鮮明にイメージする事です」



「おっけ! なんか出来そうな気がする!」

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