ザザから手を放し、右手を彼女のように構え、そして足裏から星の力を引き出していく。吸い上げる感覚でやってみれば、どうやら上手くできているようだ。


 右手までもってきたそれを、最前のザザのやりようをトレースするようにしてもやのような何かへと変換する。

 そして最後に、アドバイスに従って作り出す炎をできる限りで鮮明に思い浮かべながら、そこへ赤い衝撃を与えるように念じてやれば。


「おおおおおおおおッ!」「うわああ! お兄ちゃんすごーいすごーいっ!」「すげええぞアメちゃんッ!」「魔法使いだ! 三十歳になってないのに!」


 息を潜めてこちらの様子を観察していたギャラリーが爆発する。幹人も、空いた左手でガッツポーズである。

 幹人の右手の上には、赤々とした火炎があった。


「うっひょおおおおおおお! やったあああ! ザザありがとおおおおお!」

「いえ。……ミキヒトさん、素質が良さそうですね」

「え、そうなの?」


 思いがけない言葉に問い返したこちらへ、ザザははっきり頷いた。


「はい。今の炎はなんの調整もかけずに出しているでしょう。そういう状態での炎の大きさや勢いには、魔法を使うものとしての才覚が出ます。ミキヒトさんの炎は、普通の三倍はあります」

「まじか……!」


 幹人の生み出すそれなりに猛々しい炎は、背の丈一メートルほど。中々、上々な結果らしい。


「ザザが自然にやるとどうなの?」

「私ですか? こんな感じですね」

「うえっ!?」


 ボッ、と重い音。ザザが生み出した炎は、なんと三メートルはあろう代物だった。常人の三倍と言われたこちらの三倍、尋常な大きさではない。


「めっちゃすげえんだな、ザザ……」

「一応、冒険者としてはそれなりですので」

「ひゃー、凄まじい人に保護してもらったもんだ……あれ、いや」


 森で助けてもらった時の事を思い出し、違和感に気付く。


「でもさ、ザザってあの棒で近距離戦やるタイプじゃないの?」

「そうですが、それが?」

「魔法がそれだけ才能あるのに?」

「え? だから……あー、もしかして、私が素であんな怪力だなんて思ってますか?」


 違うのか。よく考えなくてもそれは違うのかもしれないが、異世界だからなんとなく、そんな事もあるかもしれないと思っていた。

 先入観に囚われた、よくない思考である。


「魔法で身体の力を強くしています。身体強化魔法です。それが得意な人間や武器術に長けた人間が武器主体タイプ、魔法を遠距離から飛ばして当てる事が上手い人間が魔法主体タイプです」

「なっるほどお、……いやーいやいやいやいや」


 納得しそうになって、途中で引っかかりを覚えた。


「魔法で身体の力を強くする? 身体強化魔法ってそういやあフィクションにもよくあるけど、……これ、どうなってんだろ」


 照治の方を向いてみると、彼も口元に手を当てて考え込んでいた。


「……そうだな。そもそも、身体の力、ってなんだ?」

「筋肉、その収縮力だろう」


 照治のつぶやきに答えたのはこの場でもっとも筋肉搭載量の多いだろう巨漢、鉢形だ。


「筋肉が縮む、引っ張る。その力が身体の動作の大元だ。ゆえに身体の力とはその中の筋肉が持つ縮む力とイコールだ。そして通常、筋肉の収縮力の増大は筋肥大という筋肉を構成する筋繊維が太くなる事で起こる」


 鉢形は相変わらずの渋い声で、静かに続ける。


「……ここからは俺の予想だ、根拠はない。身体強化とは、擬似的な筋繊維の生成魔法ではないかと思う。魔法で作られた擬似筋繊維が既にある筋繊維にまとわって太くする、もしくは独立して筋繊維の役割を果たし筋繊維自体の数を増やす。そういった形で筋肥大を起こし、筋肉の収縮力を上昇させている」


「それで身体の動きが強力になる、と。なるほど、擬似筋繊維か……」


 鉢形の仮説に照治がそう興味深そうな声を上げ、他のメンバーたちもそれぞれ、そんな感じかもなあといった表情を浮かべる。


「いや、わからんがな、俺の思いつきであって空論だ」

「あ、あの、で、でしたら……」


 そこでおずおずと手を挙げたのは、相変わらず前髪で瞳を隠したみぃちゃん先輩こと魅依だ。


「ザ、ザザさん、少し、お、お聞きしたい事が」

「なんですか? 私はさっきからのあなたたちの話、さっぱり理解していませんが」

「え、ええと、ああいう話ではなくて。その、身体強化魔法を、発動した状態で、殴られたり、斬られたりする、と、発動していな、い、状態と比べて、ダメージが減ったりは、しますか?」

「ええ、減ります。身体が頑丈になります」


 答えたザザに「ありがとう、ございます」と礼を言った魅依の顔にはなにかしらの納得の表情があった。すぐにその意味を照治が尋ねる。


「三峯、今のはなんだ? 何を確認した?」


「ザザさんの、答えは、身体強化魔法が、擬似筋繊維生成である事へ、多少の裏付けになる、かと。魔力で出来た、何かをまとって、筋繊維が太くなる、または、魔力で出来た筋繊維が出来上がれば、それが鎧や、緩衝材のように、作用して、身体は頑丈になるでしょう、から」


 なるほど、それは確かにその通りだろう。一同揃ってうんうんと頷く。


「それと、もう一つ、身体強化魔法が、運動エネルギーの、付与魔法ではない事、の、証明にも」

「……あーそうか! 運動エネルギー付与! その魔道具あんだもんね! てことはそういう魔法もある! そっかそっかその可能性もあった!」


 その考えに至らなかった事がなんとなく恥ずかしく、幹人は思わず声を上げる。

 たしかに、自分の身体に運動エネルギーを付与する事でも身体の動きを強力にする・加速するというのは実現できる。そして実際、この世界には運動エネルギーを生み出す魔法がある事は一番最初に見つけた魔道具、引き寄せ器が証明している。


「その可能性はある、あったけど、でも!」

「う、うん。だけど、身体が頑丈にもなるのなら、そっちの説はないとしていい、かな」

「……~~っ! みぃちゃん先輩かっけえな! スマートだよ!」


 一つの質問で二つも重要な確認を取って見せた。実に鮮やかである。

 思わず幹人が拍手をすると他のメンバーも続いて、パチパチパチという乾いた音でなんとなく場が埋まる。 


「え、ええと、あ、いえ、その、す、すみません、べらべらと、あの」


 拍手を受けて魅依はおどおどと縮こまる。注目を集める事に慣れていないのだ。


「何だか知りませんが何かがわかったんですね? それがわかるとどうなるんですか、良い事が?」


 問うてきたザザに、幹人はもちろん首を横に振る。


「いや、ただ『しっかりした説が立って、その確認も出来てすっきりしたな~』ってだけで、特には」

「……あれだけ熱を入れて喋っておいてそれってどういう……サキ、あなたのお兄さんたち、本当に、なんなの?」

「私はもう慣れました」


 悟ったような顔で静かに言う妹には申し訳なく思う。彼女がその境地に達してしまったのは、間違いなく自分のせいだという自覚がある幹人である。


「……で、どうします? ミキヒトさん以外の人たちも経路、通しますか?」


 その問いに、首を横に振るものなどいなかった。


「よろしくお願いしまあああすッ!」


 ……次から次へと彼女の下へ押し寄せ、魔法使いとして目覚めていく。そこかしこで上がる炎の大きさはまちまちだ。


「異世界から来たから特典がついて皆そろって常人の三倍です! っていう美味しい話はないようだな……単に幹人だけかあ」


 そうぼやく照治の炎は、幹人の半分、よりも少し大きいくらいか。皆の様子を確認するかぎり、最初の炎が幹人よりも大きかった者はいないようだった。


「お、みぃちゃん先輩のは綺麗だね」

「そ、そうかな。ありがとう……。……なんか、すごいね。本当に、炎がこうやって」


 魅依は自らの手のひらの上で燃える炎をじいっと見つめている。なかなか絵になる姿だが、綺麗だと見とれているのではなく、おそらく原理がどうとか制御が何とか、そういう事を考えていると思われる。


「これで最後ですか?」


 建築科五年の女子学生が目覚めを終え、火を起こしたところでザザが言う。確かに見渡してみて、まだやっていないものは――。





「はい! 私まだです!」



「ああ、サキ。そうだった、ごめんね。元はあなたが始めた話だったのに。うん、じゃあこっちに」

「はい! お願いします!」


 妹は、どうやら行儀良く一番最後まで我慢していたらしい。魔法と聞いてあんなに目を輝かせていたくせに、なんとも殊勝な事である。


「お兄さんがなかなかだったから、あなたにも期待が持てる。それじゃあいくね」

「はい! ……うわあ! 本当になんか通ってきた! わっ、足の下すごい!」


 後で褒めようと決めるそれなりに妹バカな幹人の前、咲は順調に目覚め始め、



「……ん?」



 手を繋いだザザが、その眉間にシワを寄せた。傍で見ていて不安になる反応である。


「……あの、ザザ。咲になにか? ……あんまり強くなさそう、とか?」


 そうだったなら、自分と素質を交換というのは……無理な話だろう。幹人としては出来るものならそうしてやりたい気持ちではあるのだが。


「……いえ、ではなく。……サキ、ちょっと待って」

「はい?」


 前方へ手のひらを上にして右腕を伸ばす咲に、ザザは待ったを掛けた。


「前じゃなくて、頭の上に手を挙げて。目一杯伸ばして、そう」


 素直に指示に従った咲に頷くザザは、なんだか神妙な顔をしている。なんだというのだろうか。




「それじゃあいきます!」


 元気に宣言した咲はそのまま「むむむむ……」と念じ、


「えいっ」





「……は?」



 あっけにとられた声を漏らしたのは果たして誰だったろうか。誰しもがと、そう言っても良い気さえする。


 爆発だと思った。それは、それほどまでに巨大な図体をしていたのだ。煌々と放たれるひどく強い光は、まるで太陽が落ちてきたかのよう。



「え、……え!? なに!? なにこれ!?」




 驚きに叫ぶ妹の頭上、天を突くその背丈、おそらく、優に十メートル。


 冗談みたいな轟炎が、小さな妹の右手から生まれ出ていた。




「うああああああ怖いよおおおおおおおッ!! お兄ちゃあああああああんッ!!」


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