「飯だなあ、飯。腹減ったよ」「塚崎がメインで作ってくれているはずだな」「今日のメニューなんすかねえ」


 照治、鉢形、犬塚の三人がわいわいと進み、その後ろに魅依と咲。そして最後に幹人とザザが並んで歩く。壁に作られた門を抜け異世界の街・ブレイディアに入れば、そこはやはり騒がしい。


 疲れた身体を引きずって、皆で戻ってきたのだ。

 ザザはずっと黙っていて、なんとなく手はまだ繋いだままだった。小さな子どもの手を引くような感覚があると言ったら怒られてしまうだろうか。

 いつの間にか、もう夕暮れ。そこにはっきりしない寂しさを感じるのは、異世界でも同じだ。


 やがて、しばらく歩いてビラレッリ家の敷地に入った。もはや見慣れた屋敷が視界に入ると安心感がある。

 玄関先にいくつかの人影。留守番組のメンバーだ。


「おおおおおおい帰ってきたぜええええええええええ!」

「……イヌ! まじか! ……皆もいるな!」「うわああああ良かったあああ!」「全員無事っすよね! 良かったあ! うおおお!」「あ、あ、泣きそうです今、僕!」


 普段運動不足の癖に、こういう時には一目散に駆け出す犬塚。彼の声にこちらを見た留守番組たちからは一様に歓声が上がって。

 ピタリと、ザザの足が止まった。

 怯えじゃない、遠慮でもない。その表情は、純粋な驚き。


「……ザザ?」


 彼女の視線を追って、首の角度を上げた幹人が見たのは色とりどりの球体だった。

 留守番組の上空、十メートルか二十メートルほどの位置にお馴染みの星命魔法の光球が幾つも幾つも飛び交っている。

 まるで、光り輝く鳥のよう。

 ぼうっと二人でそれを見て、そんなこちらの様子に気づいた留守番組の一人が駆け寄ってきた。


「雨ケ谷先輩ご無事で! ザザさんも……あ、す、すんません、僕、お邪魔でした?」


 一年生である後輩の彼は、繋がれた手を見てそんな事を言った。


「いや、そんな感じのアレじゃないから気にしないで。で、あのさ、……この、空に飛んでる奴って」

「ああ、ほら、あの設計図の。組んでみたんすよ。多分こういう事だと思うんすよねえ、ザザさんのお父さんが魔道具自作してやりたかったのって」

「……父様、が?」


 後輩の言葉に、思い切り見開いた眼で空を見続けていたザザが反応し、そちらを見る。


「……ごめん、話してなかったね。屋敷のさ、魔道具がたくさん積まれた部屋に、ザザのお父さんが描いた図面……こういうのを作りたいなあって絵がね、あったんだ」

「……」


 継いで説明した幹人の隣、ゆるゆるとまた彼女の瞳は空へ移った。


「お父さんは、ただ魔道具を集めてたんじゃなくて、その部品を使って俺たちみたいに自分で何か……何かってか、自作魔道具を作ろうとしてたはず。ただ、ちょっと色々間違ってる部分があって、だから上手く作り上げられなかったとは思うんだけど。で、俺たちが戦いに行ってる間、それを屋敷に残ってたメンバーに俺たちなりのやり方で組んでもらってたんだ」


「……父様が、自分で。ミキヒトさんたち、みたいに……じゃあそれが、その、父様が作りたかった魔道具が、出してるんですか、あの、光」

「うん」

「父様の、……父様、が、……これを」


 呆然としているような、とぎれとぎれの口調で言うザザ。


「……ザザ、君もそうだと思うけど俺もさ、ちょっと、ピンと来てる」


『一面に、その子たちがぶわーって広がって。そうしたらもう、空の色なんてめちゃくちゃで』

『うおーいいなあ! すごい光景! 光る鳥かあ……、ロマンチックだ』


 それは、彼女が話してくれた家族との思い出。色とりどりに輝く鳥が空を飛び回る様。

 ザザ・ビラレッリが今まで見た中で一番美しかったという光景。


「……お父さんに、光る鳥が飛び回る景色が、家族で見たそれが、一番綺麗な光景だって思ってる事、言ったりは?」

「……あり、ます。……だから、もう一度見たいって、何度もせがんだ、事も」

「じゃあ……これって、そういう話だよ」


 繋ぐ手を介し、彼女の身体が固くなったのがわかった。


「必要ないよ、あの世にわざわざ確認しに行くなんて。君のお父さん、君の事、めっちゃ愛してるでしょ。家を潰す勢いでお金をかけてこんなもん作ろうとするくらいだ」


 再現をしたかったんだのだろう。ザザの父は、娘が一番心奪われた光景を。

 その理由なんて、わかりきっている。


「……言えば、いいじゃないですか」


 彼女の手の力が強まる。それでも、それは魔法を使わなければ女の子の力。


「こんな、こんな回りくどいこと、せずに……言えば、いいじゃないですか……」


 父親に文句を言って、肩を震わせる、そんな女の子の力。


「ひ、一言で、よかったんですよ……。一言、……愛してるって、直接、……抱きしめて、くれたりして、それで、そしたら、それで……それを、なんで、こんな事……」

「あの……多分ね、……期待値を、なるたけ高く取りたかったんだ、お父さんは」

「は……?」


 自分の予想だが、多分間違ってはいないと思う。どことなく居た堪れない気持ちになるのは、それを自分と同類の馬鹿さだなと思ってしまうからだ。


「可愛い娘にさ、お母さんを亡くして悲しんでいる娘に、出来る限り大きく大きく喜んで欲しかったんだよ。本当に出来る限り、自分の出来る一番をしてあげたかったんじゃないかな」

「……はあ?」

「愛しているって言うよりも、自分の手で抱きしめるよりも、記憶にある限りで一番娘が喜んだ瞬間を再現すべきだって考えたんだ。それが、一番効果がでかいから。……俺は、ちょっとわかるんだけど、その気持ち。せっかくなら最高効率・最大効果狙うっていう、そういうの」

「…………っ」


 ふるふると、首を横に振った彼女の表情はなんとも言い難い。驚きと呆れと憤りをぐちゃぐちゃに混ぜたらこうなるだろうという色をしている。


「……やっぱり、多少、おかしくなっちゃってはいたと思うんだ。お母さん、亡くしたショックで。だからと言ってザザからしたら本当」


 ふざけんなって話だとも思うんだけど……そう締めた幹人の言葉の後、聞こえてきたのはすうっという深い呼吸。


 大きく大きく息を吸う音。

 そして。


「………………とうさまのッ!! ――ばぁあああああああああああああかッ!!」


 鳴ったのは爆音も爆音。

 ザザ・ビラレッリの大噴火である。


「とうさまのばか! ばか! ばあああかッ!! なんでそうなんですか! なんでそんなひとなんですか!」


 キンキンとした金切り声ではなく、腹から叩き出すその怒声は、痛々しさではなく力強さが何より際立つ。


「へんじん! ばあぁか! そんなだから! とうさまがそんなだから! ばかでばかでばかの! へんなひとだから!!」


 いつもクールでお澄まし顔のザザ・ビラレッリは、そんな面影を吹き飛ばす勢いで噴き上がり続ける。


「そんなだから! むすめのわたしもこんなんなんですよッ!! ばかで! へんなのッ! とうさまのせいです! とうさまのッ!!」

「……ははっ」


 思わず、笑ってしまうくらい、それは微笑ましい光景だった。


「ばあか! ばあかッ! ばかばかッ、ばああああかッ!」


 だってこんなのもう、重く気まずい家庭の事情じゃなくて、ただの盛大な父娘喧嘩だ。


「お? なんだなんだ? はっはっは! 言ったれ言ったれ! いいぞいいぞお!」


 遠くから照治が手を叩いて笑いながらそんな野次を飛ばす。


「もうしりません! しらないです! わたしもうしりません! へんなままでいきます! へんなままでいきますし! ……このへんなひとたちといっしょにいきます! いきちゃいます! もんくなんてききません!」


 その宣言に、いよいよ部員たちは大きな歓声を上げる。よおしよく言った! こっちに来いこっちに! ようこそ変人の世界へ! などなど各々、言いたい放題である。


「へんでいい! わたしもへんでいい! だってそれがわたしです! いいんです! いいんだって! いってもらいました! だから、わたしはかってにへんなままいきていきます!」


 ぼろぼろ、ぼろぼろとザザの瞳からは涙が溢れていて、だけど暗い雰囲気なんてない。


「とうさまのばああああああかッ!! こんなの! つくろうとして! わたしをほうって! とうさまは、かってです! だからわたしもかってにしますッ! したいようにッ!」


 涙声で張られる彼女の力いっぱいの咆哮たちは、朱色の空に伸びていく。



「ばあああかッ! ……だいすき!! ばあああああああああああッッか!!」


 父親のところまで届け、まるで、そう言わんばかりに。

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