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「それで、みぃちゃん先輩は何を作るつもりなの?」
「え、えと、ね……そもそも、あの魔物の、高い周辺察知能力は、もしかしたら、魔力波を、利用している、かも知れない、って、思いまして」
それは、フォスキア偵察が終わった後の半円卓会議での一幕。別の一手を用意しておきたいと言った魅依が始めた話だ。
「魔力波って、電磁波的なアレっすよね? 電気が流れた時に周りに電磁波が発生するみてーに、魔力が流れた時にも周りに何かそういうのがびよんびよん発生するっつー」
「う、うん」
犬塚のおおざっぱな解釈に頷いて、魅依は続ける。
「魔力波は、も、元々、引き寄せ器がどうやって、引き寄せ先のものを感知しているのか、とかから、存在がわかってきたものではありますが、えと、そ、それを利用して、私達、は、測量器具を、作ろうと、していました」
波を発生させて、それがものに当たって返ってきた様子を感知する。そこから、では波が当たったものはどういう位置にあるのか、という事を逆算する。それが距離を測る測距儀と呼ばれるものの原理の一つだ。
「測距儀は、使い方で、レーダー、にもなります。それを、フォスキアは身体に、備えているんじゃない、かって。……あの大きな角が、魔力波を放射する、アンテナ。身体のところどころにある、光るものが、魔水晶で、センサー」
「ほお、なるほど。……お前の作りたい物も予想が着いたぞ、ジャミング装置だな?」
話の先を読んだ照治に、魅依は首を縦に振った。
「そ、そのとおり、です。……フォスキアが、周りの状況を知るために、もし魔力波を使っているのなら、それをかき消してしまうくらい、大量の魔力波を、こちらで発生、させてしまえば」
「耳で言えば邪魔な爆音を鳴らされて他の音が聞こえないような、眼で言えば強い光で目潰しをされているような状況に陥る、と。みぃちゃん先輩、目潰し好きだね」
「す、好きってわけじゃ、ないんだけど、そ、そういえばあの熊にも、やったね……」
幹人に言われ、魅依は苦笑い。そして照治がにやっと笑った。
「……いいな、面白い」
◆◇◆
「私はこれ! ずっとやってればオッケーですか!」
「あ、う、うん、お願い咲ちゃんっ」
「任せてください!」
咲が手に持つ装置は魅依と幹人謹製の、ランダムに様々な魔力波をひたすら発生させる魔道具だ。咲の大量の魔力を注ぎ込んでそんな事をすれば、フォスキアからすればたまったものではない状況になっているのだろう。
現に、今も紫の巨体は落ち着かない様子できょろきょろと首を回すばかりだ。
「うおー、やっぱ気持ち悪くなるな……うえ」
魔力の流れで発生する魔力波は、他の魔力の流れにも多少干渉する。それで魔法が発動不可能になるような事は確認できていないが、身体の中に引き込む魔力に影響するせいだろうか、こうも強いものが近くで発生していると気分が悪くなるのだ。
「むむむむむーっ」
他のメンバー全員が顔を青くする中、ピンピンしているのは魔力波を発生させている咲当人。自分の魔力による魔力波だから大丈夫、なのではなく、おそらくあまりに経路が太く引き込む魔力量が多いので、相対的に外部からの干渉による影響が小さいという事なのではないかという推論が出ている。
「さて……」
照治を筆頭に、咲以外の皆がその手に持った杖を構えた。穂先が向くのはもちろん、もはや無防備な標的である。
魔法は、特に星命魔法はそれ自体が魔力の塊なので魔力波を放つ。魔力波を鋭敏に感知できるフォスキアからすればさぞや避けやすかったろう、今までは。
「ッぶっ放せええ! 一気に決めるぞおお!」
だが、状況は一気に塗り変わった。決定的なほど。
五人は出来る限りの威力と数で光球を放ち続けた。一、二、三発とまともに着弾した紫の魔物は大きくよろめき、こちらの位置へ首を回そうとするもそんな暇は与えない。
回路も焼けよと言わんばかり、着弾したフォスキアに一切の反撃を許さない怒涛の勢いで撃ちまくる。察知能力の高さからもともとあまり防御力は高くなかったのか、食らったダメージがフォスキアの脚を鈍らせ、その場からの逃走という道も塞いだ。
「――――――ッ!」
まともに音になっていないその魔物の叫び声が、断末魔であってくれと願って。
光球をどれほど叩き込み続けただろう。
「……やった、か?」
めちゃくちゃに撃った所為でさらに上がった土埃に眼を眇めながら言ったのは照治。
「照兄、それ、大体やってない時の台詞だから……でも、この場合」
ちょうどよく少しの風が吹き始め、土埃が飛び去っていく。
そしてそこにあったのは、色々な箇所のぐちゃぐちゃになった、
「やった、でしょ……!」
間違いなく、大きな蜥蜴の死体だった。
メンバー全員、お互い顔を見合わせて、また死体を見て、顔を見合わせて。
何度か繰り返してから、
「「「…………ああーー」」」
結局、歓声らしい歓声は上がらなかった。疲れきった声で全員、その場にへたり込む。否、鉢形だけは岩のような様子で立ち続けているようだ。
「まじか、やったのか……現実だからノーコンティニューだよなあアメちゃん……」
「おうよ完全にノーコンティニュー、チート武器もなし……いや、チートはあったか、咲とみぃちゃん先輩っつー」
犬塚に応えた幹人の言葉には、咲はにーっと満面の笑みでブイサイン、魅依は照れたように首を振る。
「……幹人」
「おつかれ、照兄」
コン、とどちらともなく伸ばした拳を照治と合わせあう。とにかく疲れた、座り込むのすらしんどくて、地面へ大の字に倒れた時だった。
「……間に、合、わな、かった?」
その声は、吹いている風が運んできた。
顔を向ければ、視界の先にいたのは桜色を揺らす人影。
「そん、なっ……嘘、そんなっ」
それはまばたき一回程度の時間、まさに瞬く間にその影はこちらへと駆け寄ってきて、
「いやあ、生きている生きてる」
「……え」
「ぱっちり開いてるでしょ、眼。ザザの綺麗な髪もよく見え……うお、血が付いてる、【血染め桜】だ」
こちらが死体として転がっているものと思ったらしい彼女は、地面にひざを突いてじいっと幹人の顔を見やる。
ザザ・ビラレッリ。
相変わらず幻想的な翡翠の瞳が美しいその娘は、どうやらすごいタイミングで駆け込んできたらしい。
「……」
無言、ポンと幹人の肩を叩いて照治がその場を離れた。詰めはお前の仕事だという事だろう。他のメンバーもこちらをちらちら見ながらも、彼に続いていった。
「偶然きた、んじゃないか。リュッセリアさんとかに、」
「……な」
幹人の胸元に腕を伸ばして、しかし彼女は途中で止めた。
「……ない、ですよね。……私に、心配とか、そういうの、する資格」
だって、あんな事を言ったから。そう続けた彼女は顔を背けて立ち上がる。
「俺は心配しまくってたよ」
そのまま去ろうとするザザの腕を、幹人は引っ掴んで止めた。
「心配すんのに資格がいるのかどうかは知らないけど、俺は心配してた。ザザが危ない依頼に行っちゃう事、心配してた。だから今も、君を見られてホッとしてる」
「……心配、私を」
「そうだよ。もう会えなかったらどうしようって。……もし今回、君もそんな風に思ってくれたとしたら勝手な話、嬉しいかな」
そう言うと、彼女はこちらの眼を見た後にゆっくり俯いた。
「……だ、だから、こんな事、したんですか。わ、私が、あなたたちに、心配かけてるって、それをわからせるために、こうやって」
「え? あ、違う違う。その見方もあるのか……でも違う、そういうつもりじゃない」
それはそれで、無茶を繰り返す相手に止めてくれとメッセージを伝える方法としてアリなのだろうが、今回は違う。
「じゃあ……なんで」
彼女の言葉は、少し涙声。それがなんだかやはり、嬉しかった。
「五等級とそれ未満しかいないメンバーで、一等級の魔物を狩りになんて行ったのかって? そんなめちゃくちゃな無茶やったのかって?」
「そう、ですよ……っ普通!」
がばっと、ザザは俯いていた顔を上げた。
「普通! 死にますよ! 死んじゃいます! 全滅ですよ! ……みんなみんな、死んじゃってたんですよ! 普通なら!」
「そうだね、そのとおりだ。でもザザ、俺たちは生きてる」
「だからなんですか! だからって!」
「死んだのは魔物の方。等級で言えば圧倒的に格上のはずの。俺たちは、結構なジャイアントキリングやってのけた」
「だから、普通なら!」
幹人は改めてザザの手を取った。彼女が嵌めている手袋のおかげで体温はわからないけれど、その細さと細かい震えは感じる事ができた。
「普通なら? なあザザ、勘弁してくれ、わかるだろ、……俺たちって普通か?」
「……え?」
「もうそれなりの時間一緒にいるんだ、わかってるだろ。断言するぞ、絶対に普通じゃない」
俺はどこにでもいる普通の男子高校生、なんてモノローグに素直な感情移入を覚えた事など幹人の人生には皆無である。
「なんなら、見てくれよアレ」
「……アレ、って」
幹人に促され、ザザは後ろを振り返る。そこにはフォスキアの死体があって。
「角は当然として魔水晶も回収しておこう、……しかし、改めて見るとこういう配置か。これがこの身体での魔力波の感受にベストなのか?」「思ったより密ではないな……」「鱗の内部にも入ってるんすかね、……もしくは鱗自体も魔力波を受け止める性質を持ってるとか」
照治、鉢形、犬塚が魔物の身体についたセンサー用の魔水晶の配置にあれこれ考察を巡らせていた。魅依も魅依で、「周波数特性、とか、干渉とか、より詳しく調べたいですよね、魔力波……」などと言っているようだ。
自分たちを脅かした巨体の屍を前にしているのに、何よりこちらでザザと自分が割りとシリアスな話をしているのにそんな様子の四人に対し、残る一人である妹は完全に無の表情だった。
「……うわあ」
「アレが普通か? 絶対普通じゃないでしょあんなの。どこに出しても恥ずかしくない変人奇人の見本市だよ」
「でしょうね……」
ザザの同意には間がなかった。迷いがなかったと言ってもいい。
「でもさ、やってのけたよ、すごい事」
「え……あ、……それは」
「無制限依頼が出されるほど危険な一等級の魔物に勝ったんだ、五等とそれ未満だけで。それも皆、戦闘経験なんて全然ないのに」
堂々と、胸を張って言う。心から、これが自分たちだと言うように。
「俺たちは普通じゃない、まともじゃない、変人だ。自分たちでもそう思うし、直せる直せないで言ったら直せない、処置なしだ――だけど、他のまともな人たちにはできないような事ができる」
まともに生きろ、ちゃんとしろ。
そんな風に行ってくる連中を知識と技術で顔面ぶん殴って、「うるせえ、俺のほうがすごい」と言ってやるために実力を付けるんだ。
いつだったか照治が語った、そんな気概が幹人は大好きだった。
「ザザは、自分の事を変だって言った。ちゃんとした女の子じゃないって。俺たちからすりゃマシな方に見えるけど、そうだね、変人という枠で括ったら同類ではある」
でもさ、いいじゃん。そう続ける幹人の瞳を、彼女の翡翠色のそれが見返している。
「ザザは、ザザの思うちゃんとした女の子じゃない。だけど、君は普通じゃあ絶対にできないような事ができて、俺なんてそれに命を救われた」
どうか伝わってくれ、願いながら幹人は目の前の女の子へ精一杯の言葉を紡ぐ。
「ちゃんとなんかしてなくてもさ、いいじゃん。まともじゃなくても、変でもさ。その代わり、何か一つでもすごい事ができるなら、胸とか張れるんだよ、俺たち」
「……それ、私に、言う、ために」
ザザは、泣いているような、笑っているような、中途半端な表情でその美貌を歪め。
「こんな無茶、したんですか」
「イカれてるだろ」
彼女はコクンと大きく頷いて、繋がれているままの手にはぎゅっと力が籠められる。
「周りと違ってる事が間違いだなんて、ちょっと寂しい勘違いだよ」
「…………ああ、なんか。…………あなたたちが、言うと」
そう、なのかもなぁ……って。
彼女が呟いたのが、小さく、でも確かに聞こえた。
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