また死ねなかった。そんな思いで正門を潜れば、ブレイディアの街は泣き出しそうな曇り空の下、それでも今日も騒がしい。

 居場所がない、なんていうのはザザ・ビラレッリには長く付き合ってきた感覚だった。


「おい……あれ」「……うわ、【血染め桜】だ」


 道を歩けば、種々の店の前で賑やかにしていた冒険者たちが一瞬静まり返る。そうしてじろじろこちらを見てくるのは彼らの勝手、どうでも良いと思うのだけれど、戦闘後で高ぶった神経はいちいち敏感にその視線を感じ取って、それがどうにも煩わしい。

 だからいつも、少し早足。

 まっすぐにそのまま冒険者協会へ行き、その後はすぐ家に。


「……」


 向かうはずなのだけど、今日は、足が重かった。理由なんて、誤魔化しようもない。


「……帰ったら、なんて言おう」


 ぽつりと零した言葉に応えてくれる人なんて誰もいない。三年前に父が逝ってから、冒険者の仕事以外ではずっとそれが当たり前で、この状況も長く付き合ってきたもので。

 だけど最近、それが違ったのだ。


「……」


 喧嘩をしたら、なんて言って仲直りすれば良いのだろう。そんな事がぐるぐる頭を回っていて、ああ、自分は仲直りがしたいんだと思った。


(友達だって……言ってた)


 人の懐にすっと入り込んでくる、不思議な笑顔のあの人は、そう言っていた。

 今でも同じように言ってくれるだろうか、思ってくれるだろうか。


「……報告、いこう」


 思考から逃げるように、ザザの足は当初の目的地へと向かう。たどり着いた白い建物の扉をいつものように開いて、いつものように中に入って。


「え、ええ……あいつらマジで受けたのあの依頼? で、マジで行ったの?」

「あなたが! あなたが煽ったせいなんでしょう! 何を他人事みたいな言い方を!」

 

 聴いたの事のない怒鳴り声だった。発した人間の声を聴いた事がないのではなく、その人の怒鳴りを聴いた事がなかった。

 いつも穏やかで、自分が依頼を受けても報告しても心配顔の女性、リュッセリアはまだ怒りの声を張り上げている。


「無責任に! ……私の立場じゃお止めする事はできないんですよ! 無制限依頼なんですから!」

「い、いやあ……だってさあ」


 何があったんだろう。何かあったのだというのは確実だが、よほどの事らしい。


協会うちの戦闘職員は他の依頼で出ているせいで帰ってくるのは早くて明日! だから救援も出せない! ……どうするんですか!」


 リュッセリアは自身の前にいる金髪の女冒険者に掴みかからんばかりの勢いで、どうやら長くなりそうだ。

 いつも彼女の下へ行っているが、報告は別に他の職員でも良い。違うカウンターに行こうと視線を切り替えて。


「ミキヒトさんたちが帰ってこなかったら!」


 聞こえた言葉に引き摺られ、寄せられて、ザザの脚は二人の下へと向かっていた。


「いや、んな事言われてもさァ……」

「今の、何の話ですか」

「あ? んだよテメ……げ、【血染め桜】!?」


 驚きの次に、金髪の女冒険者はバツの悪そうな顔をした。不安が胸の中で嫌な実体へと変わっていく。ちらりとリュッセリアの方へ眼を向けると、彼女はすぐに口を開いた。


「ザザさん……! えと、どこから話したら……とにかく、あのですね、ミキヒトさんたちが今、無制限依頼を受けていて、」

「無制限、依頼? 討伐対象は?」

「フォスキアです。……北の荒野に最近急に現れてもう随分被害が」


 フォスキア、なかなか姿の見ない種なので戦った事はないが情報だけなら知っている。身体能力と察知能力が極めて高く、攻撃が当たらないと言われている魔物だったはずだ。

 等級は、一等。五等が一人とそれ未満しかいない彼らが本来、対峙して良い手合じゃない。


「し、知らねえよマジで! アタシはただ、アイツらにこんな依頼があるって教えただけだっつの……ま、ちょ、ちょっとは煽ったけどよ! ただ、その、アイツらの中のヘラヘラした顔の奴が急に食いついて来やがって、そんで」

「どうでも良い」

「そんで、……あ? どう、でもって」


 口から飛び出た言葉は本音だ。そのまま、ザザは女冒険者の胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「どうでも良い、お前の言い分は。ただ」


 もしあの人たちが死んでたら、お前の頭を潰しにくる。

 言って、部屋の隅へと持ち上げた身体をぶん投げて、その行方すら見ずにザザは出入り口へと駆け出した。


「……場所は北の荒野の、バルクス岩が集まっているあたりのはずです!」


 飛び出る寸前、聞こえてきたリュッセリアの言葉を脳に刻みつける。全力で駆ければ、そこまで時間はかからない位置だ。


(……でも)


 時間はかからない、けれど。もし。

 もし、もう。


「……~~っ」


 なんで、なんでこんなに。

 こんなに自分は、怖がっているのだろう。死にに行くようなものだと言われた依頼に自分が向かう時なんかとは、比べ物にならないくらい。


 ◇◆◇


「幹人!」


 照治の指示には詳細がなかったが、付き合いの長さがカバーする。幹人は意を汲み取って、攻撃班から防御班へ転向、即座にシールドを展開した。

 抜け目なくフォスキアが飛ばしてきた炎塊を幹人の張った純白の防護が弾く。


「ご、ごめんなさい! 壊しちゃいました!」

「兄ちゃんたちの設計が甘かった! お前のせいじゃない!」


 妹に叫ぶように返しながら、さあどうする。

 一応、この決戦前に行ったテストでは妹の出力はここまでではなかったのだ。どうやら、本番でより力を発揮するタイプらしい。

 咲に誰かが杖を渡すという手はある。だが、さっきと同じ戦い方ではまたすぐに無理がくるだろう。そうなれば、こちらはどんどんジリ貧だ。


(……くそ、頼るな、あの娘を!)


 桜色の髪の娘が頭に浮かんで、すぐに振り払う。兎と戦った時のように彼女が助けに入ってくれないか、なんて、それは願ってはならないのだ。

 自分たちで勝たなければ、この戦いのそもそもの意味がなくなる――。


「……前に、見た時も、さっき、こっちに、寄った時も、眼は、全然動いて、なかった。……ほぼ、退化している? ……耳については、わからない、でも、このままより、通用すれば」

「みぃちゃん先輩?」


 ぶつぶつと呟くその女性は、やがて咲に声を掛けた。


「咲、ちゃん! 鉢形先輩の、リュック、から、あれを!」

「っわかりました! テツさん失礼します!」


 鉢形が少しかがみ、そこに飛びつくようにして彼が背負っていたリュックへ咲は手を突っ込んだ。そこから取り出されたのは、握り手の付いた簡素な四角い箱である。


「部長、あの作戦、を! このまま、追い詰められるより、試してみませんか……!」

「……ちょうど咲の手が空いたところだしな、やってみるか! 総員いいな!? プランB発動だ!」


 魅依に応えた照治が号令を出して、全員がそれに頷いた。決行である。

 幹人、鉢形、魅依がシールドを張ったまま、照治と犬塚がペースを上げて細かい射撃を撃ちまくる……それは、紫色の魔物にではなく、地面へ向かって。

 荒らされた乾いた地面は土埃を立てて、一時的に幹人たちの姿を隠す。


「……ふうぅっ!」


 力を入れた声を上げ、咲が手に持った四角い箱へと巨大な魔力を注ぎ込んだ。

 そして総員、視線を交わしてタイミングを合わせる。


「……っ!」


 幹人たちシールドを張っていた三人が、それを同時に解除。無言、全員で一気にダッシュ。移動したのは斜め前へ二十メートルほど。

 さあ、どうなる。

 じいっと、全員、土埃の向こうに薄く見えるフォスキアの様子を注視。その中で、幹人はいつでもシールドを展開できるように神経を集中させている。もしこちらに運のない展開であれば、すぐに必要になる。

 だが、こちらに都合の良い展開であれば。


(……どうだ?)


 フォスキアはこちらを視界に移すはずの角度まで首を動かして、しかし、また別の方向へ向いてしまった。

 きょろり、きょろりと。紫色の魔物は周りを伺っている。それは、こちらを見失っているかのような動き。


「……」


 無言で照治がそうっと地面に落ちていた石を拾って、近くの岩に向かって投げた。コォンと、そこそこ大きな音が鳴るも、フォスキアはそちらを向くでもなかった。

 地球の蜥蜴には聴力があったはずだが、こいつのそれは極めて低いか、そもそもないのか。


「……なあ、あいつ、まじでわかってないんじゃない? 今の俺たちの位置」

「……耳はないか、ほぼ機能してない。眼も見えてないか、少なくともこの土埃程度で俺たちを見失うくらいには退化している……おいおい、こりゃ」


 幹人の言葉に照治が所見を述べ、そして不敵な声音で言った。



「大当たり、だぞ。三峰」

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