「……さて、これで一応、六人が決まったわけだな」


 やがて幹人が咲から身体を離したタイミング、照治がそう言って、書記役がホワイトボードへ中久喜、雨ケ谷(兄)、三峯、鉢形、犬塚、雨ヶ谷(妹)と参加メンバーの名前を記した。


「準備はもちろん全員でやるとして、これ、六人が戦いに行ってる間、俺たちってぼうっと待ってるんすか? それはそれでめっちゃ辛いんすけど……」


 戦闘に参加しない部員の一人が渋い顔で言った。確かに、待っているだけというのは嫌な時間だ。


「っあ、だったらやっててもらいたい事があるんだけど、ちょっと待ってて」


 思いつきだが良い案に思え、幹人は言うが早いか脚を動かして部屋を出た。階段を上がり、二階の西方面角部屋へ。この屋敷に来た初日に掃除をした場所だ。

 魔道具で出来た山の奥、埋もれかけた棚へ駆け寄り、そこへ変わらず置かれていた目的のものを引っ掴んで元の部屋へ戻る。


「お待たせ、これなんだけど」


 幹人が持ってきたのは、掃除の途中で見つけた紙束である。何枚もあるそれを適当に床へ直に広げれば、皆が覗き込む。


「なんだ、……絵が描いて…………じゃ、ねえな、これは、絵じゃなくて」


 図か? 言ったのは照治で、幹人も同感だった。


 紙面に描かれているのは、ある程度の規則性をもった線分や幾何学図形。自分たちと馴染み深いものの匂いがそこには確かにあった。


「これさあ……こうして改めて見てみるとなんだけど、多分、……なんかの設計図なんじゃないかな? 魔道具の中の部品とかを使った、つまり、俺たちがやってるみたいな自作魔道具の」

「……そう、見える、ね。で、でも、ちょっと」

「拙いな。魔道具の構造への理解も作図のイロハも足りな過ぎるって感じだ」


 言いよどんだ魅依に続ける照治の言葉はぶった切りで、彼らしい遠慮のなさである。


「でも、何かを作りたかったのは確かだ。それが何なのか……ザザは、お父さんが魔道具を集めてたのはお母さんがそれを好きだったからだって言ってたけど、この図を見る限り、何かを作るために集めてた、のかも、って感じがする。まあそれもお母さんのための何か、って可能性が高そうだけど、……でもとにかく、ザザのお父さんが本当は何を考えていたのかが、少しでもわかるかも知れない」


「……よし、んじゃあ部長たちが魔物退治に行ってる間、俺たちなりにザザのお父さんが組みたかったものを作ってみますよ」


 居残り組の部員の一人がそう言って請け負った。


「よし! ではこれで、大まかな話はまとまったな! あとはやるだけだ!」



 ぐるりと部屋を見渡し、照治が大号令をかける。



「各自、全力を尽くせ! 大丈夫、俺たちはたんいを懸けた戦いをいつもやってはきっちり乗り越えてきてんだからな! ……や、たまに失敗する事もあるが」


 自分たちに相応しい発破に皆少し笑って、そして作業に取り掛かり始めた。



◇◆◇



 鉛色の曇り空の下、地面に伏せながら、その姿は堂々たるものだ。そそり立った一本角、禍々しい紫に染まった体躯。


「おーおー、居るぜ……」


 もうその姿は、双眼鏡で確認するまでもない距離にある。少し震えた声で言った照治と共に集団の先頭を行きながら、幹人は自分の背中がびっしょり濡れているのを自覚していた。


 街から北へ行った先の荒野。

 無制限以来の期日、時刻は昼を少し過ぎたところ。いよいよ決戦の時である。

 戦闘メンバー六人、全員その手には無骨な杖、試作魔導杖ver1.1がある。さらに鉢形だけは諸々の入ったリュックを背中に背負う。

 じりじりと進み、残り距離は五十メートルを切った。


「……っ」


 息を呑んだのは誰だったか。すっくと、紫の蜥蜴・フォスキアが立ち上がり、こちらを見た。おそらく最初から近づいていたのは察知されていたのだろうが、この距離まで近づいてようやく敵の警戒域に入れたという事だろう。


「始めるぞ、……シールド展開!」


 照治の号令に、鉢形、魅依、そして咲が従った。地面に杖を垂直に立てるようにして構え、六人を半円状に全方位囲むようなラウンドシールドを星命魔法でそれぞれ一層ずつ作り上げる。

 特に弄らなかった場合、星命魔法の発生色は個人ごとに違う。半透明のラウンドシールドは一番外側に鉢形の渋い茶色、中間に魅依の濃い紅、最も内側に咲のオレンジ色のものが張られた。


「しゃあっ、後は射撃班撃ちまくれえ!」


 幹人は照治、犬塚と並んで射撃班である。半透明とは言え三層のシールド越し、多少標的の姿は見づらいが、とにかく撃って撃って仕留めるのが仕事だ。

 気炎万丈、照治の濃い灰色、犬塚の明るい青、幹人の真っ白な光球が何発も乱れ飛んで。


「……まじか!?」


 思わず叫ぶのは犬塚だ。十数発は放ったはずのそのことごとくを、軌道を予知しているかのような余裕さで避ける紫の魔物はしなやかな動きでこちらとの距離を一気に詰めてくる。

 最後は大きく跳躍、こちらの真上を飛び越してフォスキアは背後に周った。全方位に張る形の半円状シールドが展開してあるので後ろも無防備ではないが、慌てないわけがない。

 急いで振り返り、一行は間近でその巨体を見る事となった。頭の高さは四メートルほどか、見下されると迫力は抜群だ。

 悲鳴を上げる間もなく、その黒光りした爪が振り下ろされた。


「……~~っ! った、えてる! 耐えてるぞ!」


 喰らったら終わり、となりかねない一撃をしっかり受け止めたのは一番外側の渋い茶色のシールド、鉢形のものだ。照治が鼓舞するように歓声を上げた。

 グゥルウ、とひと唸り。意外だなというような反応に見えるのはこちらの気の所為か。


「……くらえ!」


 至近距離、チャンスではある。意気を上げながら幹人は光球を放つ。


「……っくそ」


 しかし、巨体とは思えないほどの鮮やかさで躱される。そのままフォスキアは距離を取った。こちらを伺うように睨んでいる。


「……通用は、している。攻撃を防いだ、これは事実だ」


 どっしりと落ち着いた声で照治が言って、恐怖が這い寄るのを払う。


「俺たちの杖は、一等級の魔物を相手にやれている。いくぞ、このまま」

「……おう!」


 幹人が応え、全員改めて杖を握る力を強めて。


「……――グウオオオオオ!」


 バッと広がるフォスキアの五本の尾。その一つ一つの先端に炎が生まれた。そして咆哮を上げた口にも紅蓮が灯る。

 思わず身を固くしたこちらへ、計六発の炎弾が容赦なく飛んできた。


「うおおおおおああああああ!?」


 犬塚を筆頭に全員が叫び声を上げる中、炎はシールドへ着弾。一発目を耐えた一層目が、二発目で力尽きる。シールドは耐えきれない負荷がかかった時、割れるでもなく破れるでもなく霧散する。


 三発目、四発目を魅依の赤いシールドがなんとか弾くもそこでやはり、宙に散っていった。五発目を残る最後の一層、咲の張ったオレンジのシールドが防ぐ。

 耐えてくれ、誰もが願った。六発目はフォスキアの口から放たれたもので、それまでの五発よりも一回り二回り大きい。迫ってくる様は悪夢そのものだ。

 シールドが破られれば死は免れないだろう。


 そして飛来した紅蓮の塊をオレンジのシールドは、

「…………生きてるっ!」

「……ぃ妹ちゃんマジでナイス!」


 凌ぎ切った。

 幹人の上げた声に絞り上げるようにした犬塚の賛辞が続く――が。


「おいふざけんな容赦なさすぎだろてめえ!」


 フォスキアはそのまま、こちらが精神的に持ち直す間もなく、シールドを張り直す暇を与えず、その巨体を奔らせ再び飛びかかってきた。照治の罵倒はさすがに悲鳴じみている。

 インパクトの威力は質量と速度に依る。巨体の突進、それは両方を十二分に備えているだろう。

 フォスキアは勢いを両の爪に乗せ、思い切り咲のシールドに叩きつけ。


「……ッガ!?」


 明確に、困惑の声を上げた。それはそうだろう、渾身の十爪が通じずに弾かれ、その内の何本かは折れて宙を舞ったのだ。


「……通し、ません!」

「ガアアアアッ!」


 兄の幹人がドキリとするくらいに凛々しく咲が言えば、苛立ちに任せてという様子でフォスキアが両手と口を使って咲のシールドを壊しに掛かる。

 立て続け、計四撃に渡ったその巨体のコンビネーションを、だがオレンジの半円は拒絶し切ってみせた。


(……こんなに)


 ああ、こんなに。そんな感慨が胸に溢れる。

 妹の溢れる才気。それが理由の大きな一つだが、自分たちがしっかり杖を作り上げられたからというのもまた、大きな一つであるはずだ。だからこんなに、これほどの結果が出せている。

 こうして強敵と、渡り合えている。


「……っ」


 技術が実を成した実感というのは何にも代えがたい感動をくれるが、それに浸るべき状況じゃない。

 妹がピンチをしのいで、訪れたのは一転してチャンス。兄の自分がものにしなければ。


「……っし!」


 連撃後の隙を逃さず放った幹人の白い光球が鋭く、紫の魔物の右肩に着弾した。血が跳び、肉がえぐれる。

 通用する、攻撃も。

 フォスキアが後方へ跳躍、またしても距離を取った。こちらも皆、止めていた息をその隙に吐き出す。


「……テツ、三峰、シールドを張り直せ。咲、最高によくやった、引き続き頼む」

「うん……!」


 照治に返すこの妹の凛々しい様子、そういえばテニスの試合中はこんな感じだったなと思い至る。メンタルスポーツと言われるテニスで鍛えた彼女の闘争心にスイッチが入ったのだろうか。


「……あ、……あれ?」


 なんて考えていると、その妹から困惑げな声が漏れ出た。どうしたんだろうと振り返って確認すれば、彼女の杖からわずか、煙が出ている。


「……過負荷! くそ!」


 苛立たしげに幹人は叫んだ。苛立たしいのはもちろん自分、技術が実を成した実感なんて思っている矢先にこれだ、つくづく未熟である。

 そして、幹人たちの生命線、咲の張っているオレンジのシールドが宙に散って消えた。


 ◇◆◇

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