七章 変人

「……ヤバイだろ?」


「ヤバイね……本能がアレとやり合っちゃまずいって言ってる気がする」



 照治の言葉に幹人は大きく頷きながら、双眼鏡から目を離した。


 よく晴れた青空の下、頭に一本、大きな角の生えた紫色の巨大な蜥蜴(ルビ:とかげ)。眼球は濁った灰色をして、脚に煌めく爪は黒光り。時折開く口から見える牙は燃えるように赤かった。ついでに尻尾は全部で五本ある。


 街から北へ徒歩で一時間半、草の少ないゴツゴツとした赤茶けた荒野。殺風景なそこに堂々と鎮座しているのはそんな生命体だった。


 奴こそがランク無制限扱いで討伐依頼の出された魔物、フォスキアだ。


「グロいお姿だぜ。RPGなら後半の大事なイベント戦で出てくる奴だろ」

「レベルで言ったら一桁台の俺たちがやり合う相手じゃあなさそうな雰囲気は抜群だ。みぃちゃん先輩も見てみて」

「あ、う、うん」


 幹人、照治、そして魅依の三人で、そこら中に転がった大きな岩の影に隠れつつ、遠間から偵察中である。昨日の夜、結局リュッセリアは幹人たちの依頼受託を押し切られる形で承認してくれたのだ。


「……うわあ、……なんであんな角、長いん、だろう、攻撃、用かな……。にしては、細い? ……身体のところ、どころが、キラキラ光るのも、気になる……あ、魔水晶がある、ね」

「え、気づかなかった」


 全体の禍々しい雰囲気に圧倒されてそんな細かい所に注目できなかった。

 魔水晶というのは、魔道具の中にある水晶型部品だ。いつまでも水晶型部品と回りくどく呼ぶのもなんなので付けた名前である。


「で、アイツの特長だが昨日リュッセリアさんに聞いた話によれば、」


 照治が言いかけた時だ。件の魔物、フォスキアの近くを低く鳥が飛んだ。


「……うおっ、すげ」


 気だるげに伏せている紫の魔物からすれば死角の位置を飛行したはずのその一羽は、しかし突然動いた尻尾の一つにはたき落とされた。獲物を視認していなかったフォスキアが発揮したその鮮やかさで精確な手腕に、思わず声を漏らしてしまう。


「今の様子を見てもわかるな、めちゃくちゃ周辺状況の察知能力が高い。おかげで、その素早さも相まってどんな攻撃もまともに当たらない、らしい。そんな厄介な奴がこんなに街の近くに来ちまってるもんだから、無制限依頼となったっつーわけだな」

「……なんだろうね、やっぱ耳が良いのかな?」

「一番ありそうな可能性はそれだろうな。でも耳、どこにあんだろな、見当たらねえが」


 数の少ない珍しい魔物らしく、討伐例もほとんどないせいではっきりしたところはわかっていないらしい。



 引き続き観察をしていると、やがてフォスキアはすっくと立ち上がり、その四足で軽やかに跳躍。転がる岩と岩を八艘飛びよろしく踏み付けて、いずこかへ去っていった。


「身軽だなあ……」


 アレを倒さなければならない。なかなか、これは難題そうだった。




「さ、いろいろ考えたが……まとめると」


 夕方。ザザの屋敷である。


 作業部屋に置いたホワイトボードの前に立つ照治がそう言うのを、幹人は正面前あたりに座って聞いている。他のメンバーもホワイトボードに対して半円状にずらりと並んで座り、半円卓会議だ。

 幹人たち三人が帰還してから始められたこれは、もう開始して二時間ほど経っていた。ホワイトボードもだいぶ黒く埋まっている。


「あの高い察知能力と身軽さ、加えて居ついてるのも岩があるにはあるが、入り組んでるわけでもない荒野。……どうにも罠にはめるのも包囲するのも難しそうだ」

「単体の強敵を非力の集団が相手にすんならその二つが常道なんすけどね」

「そうだな。……だが今回は仕方ない、諦めて次善策の方でいこう」


 部員の一人が言った言葉にそう返し、照治は改めてホワイトボードに書かれた様々なアイディアを眺める。


「……出た案の中で一番いけそうなのは……やはり、スピードとセンシビリティに対しては堅さと手数、真正面からガチンコ勝負しよう作戦か」

「一番あったま悪そうな奴じゃない、脳筋作戦」


 言ったのは女子高専生の一人、建築科五年の横倉だ。照治とは同学年である。


「お前が上げた案だろうが。それに、発案に頭が使っていようがいまいが、最適なものをこそ選ぶべきだ」


 そう言って貰えるんなら良いけどさ、と彼女はきっぷ良く笑った。


「内容のおさらいだ。戦闘参加者全員で一箇所に固まって全力で全方位にシールドを展開。そんで、シールド越しに光球を生成できるだけ生成、発射しまくって弾幕を張る。敵の攻撃を防ぎながら、そのまま数撃ちゃ当たるでぶっ殺す、以上」


 シンプル、実にシンプルこの上ない作戦である。部員たちの間に「いやあ、でも流石にこれはどうなんだ……? 安直すぎない?」という空気が流れた時、手を挙げたのは筋肉の塊、テツさんことロボ研の誇る巨漢、鉢形だった。


「もし周到な罠作戦が実施できそうだとしても、俺は、こちらがベストだと思う」

「ほう、テツ、理由は」

「俺たちは戦闘の素人だ。複雑な作戦を立てたとしても、本番で実行できるかというのはかなり怪しい。ゆえに、作戦はシンプルであればシンプルであるほど良いだろう……それに何より、俺たちは戦術家じゃない、技術屋だ」

「……ああ、…………ふん、なるほど、確かにそうかもな、いや、その通りだ」


 照治は納得したように、うんと頷く。


「テツの言うことがもっともだな。技術屋が曲がりなりにも命を張るなら、そりゃあ自分たちの技術にこそだろう。このシンプルな脳筋作戦なら、その成否は単純にどれだけ固いシールドを長く張れ、どれだけ強い弾を速く撃てるかで分かたれる。それは、俺たちの場合、杖の出来栄えにかかってくる。……そんなら本望だぜ、なあ」


 強がりではある。やはり、あんな化物と戦うのは怖い。それでも、部員たちは皆、確かに頷いた。


 この屋敷の主である少女は、まだ帰ってきていない。無事帰ってきてくれるかもわからない。そして、帰ってきてくれたとしても、また危険な戦いに赴く、それを止められない。



 彼女がいなければ自分たちなんて、今までこうして生きてこられやしなかった。だったら、ここはやるべき時なのだ。



「さて、本番は二日後。理由はわかるな? 無制限依頼の期限がその日だ。そこを過ぎると、冒険者協会お抱えの戦闘職員や国の騎士団が出張って討伐隊が組まれるらしい」


 幹人たちが偵察に行っている間、部員たちの何人かが情報収集をした結果、どうやらこの依頼を受けそうな冒険者は今のところいなさそうという話だが、照治が今言ったようなリミットは厳然と存在するので悠長にはしていられない。


「やる事はとにかく、杖のチューンナップに尽きる。安全マージンを詰められるだけ詰めて、今できる限界ぎりぎりまでスペックを引き上げるぞ。幹人に試運転させた時はかなり安全係数高め、様子見で組んでいたが、そんな事のやれる相手じゃないからな」


「……あ、あの」


 おずおずと手を挙げたのは魅依だ。


「どうした、三峯。脳筋作戦に反対か?」

「い、いえ。杖の、性能で勝負する、というシンプルな、案に反対する、つもりはありません。ただ、ちょ、ちょっとした、別の一手も用意をしたい、んです。もしかしたら、効果が、あるかもしれない、くらいのもの、ですが……」


「ほお、なんだ、それは新たにものを作る必要はあるのか?」

「はい、た、ただ、一から、というわけでは、なく、作りかけ、だった測量器具を、組み替えさせて、頂ければ……その、横倉先輩には、申し訳ないん、ですが」


 建築科所属で伯父が土木事業を営んでもいる横倉がかねてより街の地図を作りたいと言っていたため、メインでは杖を開発しつつ、測量器具製作も行っていたのである。


「あ~、良い良い。ま、後で作り直してくれりゃあ構わないよ」

「す、すみません」


 きっぷ良くオーケーを出した横倉に、恐縮した様子で魅依は頭を下げた。


「それで、みぃちゃん先輩は何を作るつもりなの?」

「え、えと、ね」


 幹人が水を向けると、魅依は自分のアイディアを全体に披露する。拙い口調ながら全員がじっとそれに聞き入ってしまうのは、彼女への信頼と尊敬がそうさせるのか。


「……いいな、面白い」


 話が終わって、にやっと照治は笑っていった。


「聞いた限り、構成はまったく違うが、確かに測量器具作りのノウハウとユニットは流用できるだろう。神経を使わん設計だから製作難度も高くなさそうだ」

「照兄、俺、みぃちゃん先輩の手伝いに入っても?」

「おう、頼む。人が足りなかったら呼べ。……さて、そんじゃあ他に決めるべき事は」


 照治がそう言って、書記役がホワイトボードを裏側に回転させた。


「誰が実際、戦いに行くか、だな。なんせ、杖が全員分あるわけじゃない」


 実戦投入レベルにまで仕上がっている魔導杖は、全部で六本。今から新しいものを作って増やすのは時間的に厳しい。


「杖の数がそのまま上限だろう、つまり六人。ちなみに俺は決定だ、責任者だからな」

「俺も。言い出しっぺだからね」

「わ、私も、絶対に行きます」


 照治の宣言へ間髪を入れずに幹人が言えば、魅依もそう続いてくれた。


「戦うというのなら俺も行こう、肝は座っているつもりだ」

「俺も行く! アメちゃんほどじゃねえけどそこそこ魔法の素質もあった方だし!」


 残る部員の中から最も速く手を挙げたのは巨漢・鉢形と幹人と同学年同学科・犬塚だ。


「テツがいると安心感はあるな。犬塚も確かに、魔法の素質は良いほうだったな。よし、なら決定と行こう。そんじゃあ最後の一人は」

「はいっ!」


 他の部員たちが手を挙げようとしてくれる中、高い声と共にぴしりと上がった一本に、幹人は自らの眉間を抑えた。


「咲……」

「魔法の素質のお話をするなら! 私が一番です! ダントツです!」

「……あのな、だけど」

「……お兄ちゃん、私、ちゃんとザザさんと仲直りしたい。……だから、お願い」


 じいっと、妹は真剣な瞳でこちらを射抜いてくる。割合、聞き分けのいい娘ではあるのだが、この顔は自分の意見を曲げない時のそれだった。


「ザザさんお墨付き! なかなかすごいらしい素質がありますので! お役に立ちます! 必ずや!」

「……素質は、ある。それは、そう、なんだけど」


 兄として、決して軽々にうなずける話ではない。


「……幹人、俺は当然、自分も含めて戦闘参加メンバーの誰も犠牲にするつもりはない」


 渋る幹人の肩に手を置いたのは照治だった。


「ならば、できる限りメンバー全員が無事でいられる確率を上げる事を考えるべきだ。咲のデタラメな魔力量は、確実に安全性を押し上げてくれるだろう」

「照兄……」


 現実問題、彼の言っている事はもっともではある。妹の超が付くほど巨大な魔力の存在は主戦力足りうるだろう。格上の魔物と相対するなら余計に。


《つうかな、ここでオーケーしないとこいつ、またいつぞやみたいに抜け出して、今度はドンパチやってるとこへ飛び込んできかねんぞ。そっちのが危ないだろう》


《う、……そうだった》


 咲にはその健脚と行動力を駆使した前科が存在する。想話を飛ばしてきた照治の言う通りだ。


「……咲、現場では絶対に兄ちゃんの言うとおりにする事。守れるか?」

「守りますっ!」

「……照兄はああ言ってたけど、危険性は本当に高い。だからもし状況が状況だった場合、兄ちゃんはお前だけを逃がす選択を採る可能性がある。それでもか?」




 しっかり妹が頷いたのを確認して、ぎゅっとその身体を一度抱きしめる。その細さと小ささにやはり置いていくべきではと考えがどうしても湧いてくるが、なんとか抑え込む。その代わり、何があってもこの娘だけはと改めて胸中で誓った。

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