六章 納得いかないんです

「一面に、その子たちがぶわーって広がって。そうしたらもう、空の色なんてめちゃくちゃで」

「うおーいいなあ! すごい光景! 光る鳥かあ……、ロマンチックだ」

「異性に求婚するためだっていうので、雰囲気はありますよね」


 その鳥は、腹の部分が光るらしい。個体によって色は様々で、一年に一度、番を見つけるために群れでそのまま空を飛び回るのだと言う。


 それが、ザザ・ビラレッリが今まで見た中で一番美しい光景との事だ。


「見てみたいなあ……」

「色んなところを行き来する鳥らしいですから、こればっかりは偶然に頼るしかありませんね。……私も、あれ一度っきりでした」


 彼女と二人、歩きながら幹人は少し想像してみる。色とりどりに輝く鳥が、空一面に。なんともファンタジーだ。


「面白いなあ。その鳥の中で人気のある色とかあんのかな。この光を出せる奴はイケてる、みたいな」

「どうなんでしょうね、でもありそう。私は翠色が綺麗だと思いましたけど」

「ああ、ザザの眼と同じ色だ」


 芽吹く幼い葉のように淡く、それでいて少し寂しそうな深さも持つ翡翠。見ていると引き込まれそうになるそれは、どこか不思議な引力がある。


「そうですね、……この眼の色は父と同じで」

「へえ、そうなんだ。良い色だよね」


 今日は、ザザと二人きりだ。昼を少し過ぎた時分、高く照る日の光は頭上に広がる木の葉に遮られて濃い影を作っている。

 機械仕掛けの魔法の杖、魔導杖と呼ぶようになったそれの開発開始から今日でもう三十五日目を数える。ようやく形になったそれの初めての実戦テストが今である。


「……一応は、その、一番好きな色です」


 髪先をいたずらに弄りながら彼女はそう言った。なんでもないような、その実、照れや何やらが透けて見える音色の声。

 基本的には表情は薄くクールだが、知り合った当初よりかは、色々な彼女を見られるようになった気がする。それなりに打ち解けられてきたのかもしれない。


「あの鳥が出た時も、父がこの色の子をすぐに見つけてくれたりして」

「お父さんと見たんだ」

「……家族で、です。……そろそろ喋るのは終わりにした方がいいでしょう」

「……そうだね」


 幹人たちが今歩いているのは街の中ではない。初めてザザに出会った場所、魔物の出る森の中だ。そろそろ、獲物に出会っても良い頃合いである。


(ザザは想話、使えないんだよな……)


 ザザは幹人たちが想話と呼ぶ事にしたテレパシーを使えないらしい。と言うよりか、そんな事を出来る人間を他に知らないと言っていた。

 これについては、より実験と考察を加える必要があるだろう。


 しばらく無言で森を進んで、ガサッと音がしたのは十分ほどしてからだろうか。

 いた。茶色い兎の数、ちょうど三つ。


 無言でぽん、とザザがこちらの背中を叩いた。見ているからやってみろ、そういう合図である。

 よし、と胸中気合を入れて、幹人は手に持ったそれを握りしめる。


(頼むぞ、試作魔導杖ver1.0)


 全長1メートル半ほどのシルエット。細長い棒状で、先端側の50センチと柄側の10センチほどが四角い形に太くなっている。

 素材は木と金属。抱えて歩くにはそれなりに辛いずっしりとした重さが、今は少し心強い。


 いざという時にザザが控えてくれているという安心感を背に、きちんとテストを繰り返して実戦レベルにまで押し上げたという自負のあるこの自作魔道具を手に、幹人は魔物たちへ向け一歩、足を踏み出した。

 わざと立てた足音に反応、兎たちがこちらを向く。不意打ちで勝っても仕方がない、こいつらくらい、正面からやらねば。


「……ジャアアアッ!」


《ショット!》


 短く念じたのは頭の中、そして発されたのは声でなく想話。同時、魔導杖へと魔力を注ぎ込む。

 それに反応し、魔導杖の先端へ純白の光球が発生。すぐさま放たれまっすぐ進み、こちらへ飛びかかっていた兎の顔面に命中した。


「ジャア!?」


 声を上げて吹っ飛んだ兎は、近くにあった太い幹に激突、そのままずるりと地面に落ちて動かなくなる。


(……次!)


 残る二体も戦闘態勢、こちらへ飛びかかる構えである。同時に撃ち落とすのは辛い、であれば採るべき選択肢は。


《シールド!》


 幾つかの数値をイメージしながらそう念じれば、幹人の眼前に白く輝く半透明の板が出現する。形状は正方形、大きさは縦横約二メートル。


「グギャッ」「ギ……ッ!」


 出現した光の盾に弾かれ、二体が地面に転がった。バックステップで距離を取りながらも、好機を逃すまいと杖の先端を一体に向ける。

 シールドが消えたタイミングでショットを念じ、放った光球は見事その茶色い体へ直撃、黙らせる事に成功する。


 残るは一体、視界の端で捉えていたそいつは形勢不利と判断したか、ふらつく身体を疾走させて逃亡を図っていた。


「逃すか……!」


 彼我の距離はあっという間に七、八メートル。しかし幸い、その間に障害物はない。


《ショット・ラージ!》


 ショットを念じて発生する光球は直径十センチほど、テニスボールよりもやや大きいといったところだ。対し、ラージを付与した場合、発生するのはその十倍。直径は一メートルに届く。

 魔力消費も杖への負荷も大きいため連発は出来ないが、ここぞというところで強力だ。


 作り出された一抱え以上のその大球は空気を押しのけるような勢いで飛び、逃走する兎の背中へ食いかかる。


 鈍い衝突音と焼け焦げるような響きが重なり、光に呑まれた兎はどうやら、その命を散らしたようだった。


「…………ふー」


 留めていたらしい息を吐き出して、気が付いてみると手が少し震えている。

 勝利の歓喜か、戦闘の恐怖か、殺害の実感か。

 多分、そのどれもだろう。


「……私の出番はありませんでしたね」

「ザザ」

「心配なんて、要りませんでしたか」


 ザザはそう言いながら、一番近くに転がっていた兎の屍体を確認する。


「死んでますね。……一撃で、ふうん」

「ザザが後ろに居てくれると思ったから戦えたようなもんだよ」

「謙遜しないで下さい。私は今、あなたと戦うならどうするかなと考えてます」

「勘弁してくれ」


 魔法を教わり、開発にも色々と協力してもらったおかげで実感としてわかっている。彼女は、自分がまともに相手に出来るような人間ではない。


「……まさか本当に、魔道具で戦闘レベルの魔法を発現するなんて。特異ですね、間違いなく。戦闘能力そのものというよりかは、そういう事の出来るものを作り出す力が」

「一応、俺たちが一番誇れるスキルってそういう方面のモンだからね」


 試作魔導杖ver1.0、試作の冠はまだ取れなさそうだが、それなりに自信作である。

 幹人たち機械科勢がまず取り掛かったのは、魔導杖の筐体を作るための工作機械を作る事。「ものを作るためのものを作る事から始めるの……?」という妹の疑問の視線が思い出されるが、重要な事なのである。


 森のガレージにある電動工作機械をベースにし、ビラレッリ邸にあった魔道具から諸々容赦なく部品を抜き取って組み上げた魔力稼働式工作機械シリーズは、単純で力技な出来だが役割を果たせるだけの機能は持たせられた。

 それが完成したあたりで、電気科勢及び魅依もかなりのプログラム作成が可能なところまで開発機の仕様を把握。

 照治いわく、最大の功労者はやはり魅依らしい。彼女がいなければ到底不可能だったと語っていた。


(やっぱかっけえよなー、みぃちゃん先輩)


 技術者を志す人間として、同じ学校、同じ部の後輩として素直に誇らしい。

 そこからは怒涛の勢いだ。仮説・実験・検証・考察のサイクルを幾度となく回し、いかに精確に、いかに簡単に、いかに強力に魔法を魔道具で発現させるかという一点を研究し続け、実際にものとして作り続けた。


「出力はかなりのものでしょう、魔道具のそれじゃありません。……人間がその場で組む魔法と同じような柔軟さがあるというのも、決まった動作しかできないはずの魔道具にしては異様です。さっきの光の盾、自分の好きな位置に出せるんでしょう?」

「好きな、ってほどじゃないけどね。でも、うん、それなりに指定出来るよ」


 まだ精度がかなり甘いのだが、ある程度狙った位置、狙った角度で発生してくれる。

 従来型の魔道具では、物理的なダイアルやボタンで調整しない限り魔法を決まった位置や方向でしか出せないので、戦闘において自由度や対応力がないという欠点がある。


 さらに言えば、魔導杖には将来的に様々な魔法を搭載したいという思いがあるので、使える魔法を一つ増やす度にそのための操作ボタンも増えていくというのは設計としてよろしくない。


(手前味噌だけど、想話を応用するってアイデアは最高だったな……)


 使用者が考えてる事をダイレクトに信号として魔道具に伝えられれば、こう言った問題は解決するだろう。例えば、脳波コントロールのように。

 そう考え、幹人が案として出したのは、想話を応用する事だった。


「私には仕組みがまったくわかりませんが」

「うーん、ほら、俺たちが使えるテレパシーあるでしょ? 簡単に言うと、あれで魔道具に命令を送ってるわけ。この魔法をこんな風に発動させて欲しいなーって」

「ああ、あの謎の……そんな事ができるんですね」

「できるようにしたって言いたいかな。結構頑張ったんだ。結構ってかめちゃくちゃ」


 この脳波コントロールならぬ想話コントロールの開発もそれはもう地道な努力と苦心の連続だった。完璧だとは言えないがギリギリ実用という現状のレベルまで押し上げるまでに、どれだけ頭と手を動かしたものかわからない。


「脳波とかよりはるかにわかりやすい特性だったから助かってるけど、でもやっぱりまだまだ精度がなあ……ノイズの問題もあるし……あとは」


 言いながら、手に持った杖を見る。先端の四角く膨らんだ部分を触れば、わずかな熱が指に伝わった。


「それは何を?」

「ん、やっぱり熱持ってると思って。エネルギーロスがあるんだよな……。このくらいの戦闘だったら良いけど、長引くと中がダレる可能性が高い」

「よくわかりませんが、失敗作って事ですか? しっかり戦えてましたが……」

「失敗作じゃないよ、だけど改善点はたくさんある。想話コントロールに対する精度もそうだし、熱の事もそうだし、筐体が長くて重すぎるっていうのもなんとかしたい。……想話信号受信部と信号処理、演算処理部分の距離を長くとらないと干渉し合うっていうのがなあ、原因なんだ。でなきゃもっと小さく軽く出来るのに」


 戦闘前はずっしりとした存在感が心強いと思ったが、いざ戦ってみるとやはり、この重量も長さも取り回しが厳しい。


「なにより、まだまだ出力は出せるはずなんだ。おっかなびっくりの設計だから安全係数を大きく取ってて、これはかなり制限がかかってる」

「……本当ならもっと威力が出る、って事ですか? いや、言っている事はよくわかりませんが。……そもそも、今更ですが戦闘終わりの会話じゃありませんよね、これ」


 呆れたようなザザの言葉はきっと、実に道理だろう。


「やっぱりあなたたち、ちょっと変です。そもそも周りから見たら、ああやって原初の魔法……ミキヒトさんたちは星命魔法の方で呼んでますけど、あれを使ってる時点で相当な変人扱い決定ですよ」


 ザザの言葉通り、兎相手に使ったショットもシールドも種別で言えば魔力を魔力のまま扱う、人間にはイメージが難しく使いづらい、原初の魔法と呼ばれる類のものである。

 ちなみに幹人たちがそれを別名である星命魔法で呼んでいるのは『字面に浪漫がある』というだけの理由である。


「色々試したけど星命魔法がベストなんだよ。形や大きさ、硬さやら色々を変えられるから弾丸にもシールドにも他のものにもなるっていう自由度と、なによりバカみたいな効率の高さね」


 単純に同じ量の魔力を使い、星命魔法で光球を出して撃ち込む場合と土属性魔法で土塊を生み出して撃ち込む場合とでは、比較にならないくらいに前者の方が威力が高い。

 これは、形や性質は変えるとしても魔力を魔力のままで使用する星命魔法に比べ、魔力を存在として別のモノに作り変えて使う他の魔法では変換によって大きなロスが発生しているのだろう、という論が幹人たちの中では優勢だ。


「人間にはイメージが難しくても、魔道具ならコードで書けば扱えるし」

「傍で見ていて単純にすごい光景ではありますけどね、星命魔法をまるで普通の魔法のように戦闘で繰り出す姿というのは。……それで、どうしますか。三体狩りましたから、冒険者登録のための証拠品はこれで集まりますが、まだ何体か?」


「狩っていきたい。なるべく実戦での使用データを取りたいんだ」

「そこは戦闘経験を積みたいって言うところです。そういうところが変なんですよ」



 そのもっともな彼女の言葉には苦笑するしかなかった。

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