「そろそろ帰りましょうか。日が暮れます」

「そうだね。みんなに心配かけてもいけないし」


 空はそろそろ赤くなる頃合い。ビラレッリ邸でこちらの帰りを待っている面々を思って、幹人はザザへそう返した。

 二人で揃って歩く足取りは、重いようで軽いようで。身体は疲れているが精神は元気なのだ。


「結構狩れましたね、次は私なしでも平気でしょう。不意の一撃さえ食らわなければ」

「それが問題なんだ……、身体強化を魔道具で発動する目処が立たなくて。打たれ弱いまんまだ」

「それくらいはまともに練習しろってことでしょう。身体強化をモノにするコツは、魔法の練習だけじゃなくしっかり運動もする事ですよ」

「……うーん、でも、だってさあ」


 別に運動が嫌いなわけじゃない、わけじゃないが魔導杖作りという運動などよりもやりたくてやりたくて仕方のない事があるのにそれを我慢するというのが難しい。


「……っ」

「……ザザ?」

「……いえ、だって、あんなに頭が回って難しい事もべらべらしゃべるのに」


 少しだけ、でもはっきりと。

 口の端が上がった彼女の顔が、夕日の赤に照らされて幹人の瞳に輝く。


「そんな、子どもみたいな顔。……ふふ、やっぱり、変なの」


 多分、これはきっとあまりに不意にやってきた、しかも初めて目にする事になる、ザザ・ビラレッリの笑顔なのだろう。


「……ザザって、ほんとに歳下の女の子なんだね。いや、もう三十日以上の長い事お世話になってる身でそんな風に言うのもなんだけど」

「なんですか、いきなり」

「ほら、最初なんてめっちゃ怖かったからさ」

「……別に今だって」

「そんな事ないよ。……ほんとにあの時、ザザがここに来てくれてよかった」


 彼女が偶然通りかかって、その面倒見の良さで助けてくれなければ自分は今頃こうしていないだろう。よしんばあの状況をザザ抜きで切り抜けられていたとしても、その後で結局にっちもさっちもいかず詰んでいた可能性も高い。


「……ミキヒトさん、あの。ずっと聞きたかったんですが」

「え、なに?」

「……なんであの時、追ってきたんですか? ……結構本気で脅しつけたつもりだったし、実際、あんな風にする私にまた話しかけようなんて人、今まで誰もいなかった」


 どこか俯きがちで呟かれたのは、今更と言えば今更の、今だからと言えば今だからの問いなんだろう。


「ああ、だって、それはそれぞれ独立だからさ」

「は?」

「ええっと、だから、別問題? 個別の話? ザザの口調とかを怖く感じるって事と、ザザがしてくれた行動が優しい人のものだって判断する事は」


 それはそれ、これはこれ。常々心がけ、よく言う持論の一つだが、特にクセの強い人間が多い高専などに通っていると、有用な考えだと思える事が多い。


「……やっぱり、変なの。あなたたち全体的にそうですけど、その中でも、またちょっと違うっていうか」

「たまに言われる」


 照治なんかは、悪食系人付き合い主義者という表現をしてくるくらいだ。


「呆れるとは思うんだけど、広い心でこれからも接してくれると嬉しいかな」

「……今日の様子。あれだけ戦えれば生きていけるでしょう。あなたたちに私はもう必要ないと思いますが」

「必要不必要だけで人付き合いできるほど賢くないんだ、好き嫌いのが比重が大きい。ていうかさ、俺としてはもう友達のつもりなんだけど……」


「……友達」




 そんな話をしている内に、やがて森を抜ける。草原の向こうに街の姿が見えた。遠目にやはり、ぐるっと廻るあの壁は圧巻だ。


「……ミキヒトさん」

「ん?」

「あの家、広くて、そこそこ古くなってて。だから、掃除しても補修しても、終わりがあるわけじゃないと思うんですよ」


 突然の彼女の台詞は、こちらを一切見ないで放たれた。


「ザザ?」

「だから、別に、好きに住んでくれていて良いですよ」

「……それは」

「私が帰ってこなくっても」


 その言葉に吸い込まれるようにして、幹人は彼女の横顔を見る。夕陽の塗布する赤の中、彼女の翠の瞳はなぜか、ひどく濃い影を纏ったようで。


「私がどういう依頼ばかりを受けているか、それでどんな風に言われているかくらい知ってるでしょう」

「……そりゃ、一応。だけど、」

「父に」


 幹人の声を遮って放たれた言葉は今までで一番硬く、それでいてどこか虚ろな響きがあった。


「父に、会わなきゃいけないんです。待ってるんです、私は。だから、依頼を。私は、だから」

「ザザ……?」

「……友達って、言ってもらっても、…………いえ」


 突然流れた不穏な空気を振り払うように、ザザは小さく頭を振った。それは同時にこの話はお終いだという断言でもあるようで、踏み込むことを躊躇わさせる。


「お腹、空きましたね。今日の当番は当たりの人ですか」


 結局、彼女はそんな風に下手くそに話題を変えて、しかしそれに乗らない思い切りなんて、持つ事ができなかった。


「塚崎さんと照兄と咲、だっけなー。塚崎さんは大当たり、照兄は堅実。咲はどうかな、感覚派だからなあ」


 だって、足りな過ぎる。


「……でも、そういうところも、天真爛漫って感じで可愛いですよね、あの子」

「いやあ、本人に言うと調子に乗るからあんまり言わないけどほんと可愛い。マジで」


 ザザ・ビラレッリを知らな過ぎて、その中に踏み込むにはあまりに、手にする装備が足りな過ぎる。

 彼女がどうやって笑うのかだって、やっとついさっき知ったような体たらくなのだ。


(……品位と礼儀に欠けるかも知れないけど、ちょっと聞いて回るか)


 世話になっている恩人の事をあれこれ詮索するのは気が引けて、今まで街の人たちにザザの事情を積極的に問うた事はなかったが、幹人はその方針を変える事にした。


 変えなければならないと思った。あんな瞳を見てしまったら。


 濃い影を纏ったような――まるで光を追い払ったような、そんな瞳を見てしまったら。



 どうしてかははっきりと言えないけれど、放っておいてはいけないと思ったのだ。


 咲の事を感覚派だなんて、これじゃあ言えないかもしれない。

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