「キンキン声でうるせえんだよ、アバズレ女」

「兎さんも狩れねえボクちゃんはお口だけ元気でちゅねえ」


 侮蔑まる出しの声を上げながら正面からこちらへ寄ってきたのは、以前に冒険者協会支部で絡んできた金髪の女性である。


「ほー、よく知ってるな。なんだお前、ストーカーか?」

「はーあ? だーれがテメエなんかのきったねえケツ追っかけっかよカス。ちょっと気になっただけだっつの。相変わらずナニは小せえくせに態度だきゃデケえなテメエ、その減らねえ口縫い付けてやろうか?」

「テメエこそ下の口を縫い付けた方がいいんじゃねえか? 少しはお上品になんだろ」


 女性と立ち止まってにらみ合いの照治である。相変わらず発言の内容が荒い。


「ゆ、みき君、あの、あれは……」

「雨ケ谷くん、誰、あれ」

「オトモダチ。友情を確かめ合ってる」


 適当な事を言ってみたら、照治と女性から同時に睨まれてしまった。


「……で、お口の達者なヘニャチン野郎は兎ちゃん狩りに行かないんでちゅかあ?」

「……ッチ」

「あれあれえ? どちたんでちゅかあ?」


 ニタニタという表現をすべきだろう笑顔で、女性はおどけたように照治に手を振った。連続する猫なで声に照治のこめかみがピクついている。


「怖いならおねーたんが付いてってあげまちょうかあ? お金はとりまちゅけどお!」

「お姉さんやっぱり強いの?」

「は? 強えに決まってんだろ? そこらの玉なしどもなんざ目じゃねえっつの。ランクで言えば二等よ二等、ま、一等にも限りなく近えってとこかな」


 割り込んだ幹人に、彼女は少々控えめなバストを張ってそう答える。

 ザザに聞いた事だが、冒険者には強さや実績で決定された格付けが存在するらしい。最低が五等冒険者であり、大体の人間がそこから四つ上の一等冒険者までの間に位置するという話だ。


 女性の言う事が本当なら、一等に限りなく近い二等というのは確かに、胸の張れるランクではあるだろう。


「おー、そうなんだ、すごい! でも実は俺たちも今、すごく強い女の人にお世話になってるんだ」

「はーあ? アタシのがつええに決まってんだろ? 誰だよそいつ?」

「ザザっていうんだけど」

「そうかそうか、ザザねー……………………ザザ?」


 得意げな表情をピタリと固めて問い返してきた彼女に頷く。


「そ。ザザ。ザザ・ビラレッリ」

「…………ザザ・ビラレッリって、【血染め桜】の?」

「そのキャッチーなフレーズは知らないけど、髪の毛は桜色だね」

「……うえええ」


 みるみるうちに女性の顔は顰められ、その色は青ざめていった。

 彼女が一等に限りなく近しい二等だろうが、それもそうだろう。


「数字外れ(ナンバーレス)じゃねえか……」


 冒険者ランクには保有者の数は一握りだが、実は一等よりも上が存在する。

 高等、特等、最後が極等。数字の付いていないこの上位三ランクを持つ冒険者は、女性が震える声で言ったように数字外れ(ナンバーレス)と俗称され、周囲から特別視される存在であるらしい。


 そしてザザ・ビラレッリは本人がさらりと言っていたが特等冒険者、超が付く実力者だ。


「……んだよ、クソ、きっちりケツ持ちがいやがんのかテメエら。しかもよりにもよってあのイカレちまってるザザ・ビラレッリ……ま、ま、まあ、んだよ、お、お似合いじゃねえのか、変ちくりんな奴ら同士な!」

「……変? ザザが?」

「あぁ? あの死にたがりが変じゃねえっつのか?」

「いや……死にたがり、ってどういう」


 最前出てきた【血染め桜】もインパクトのあるワードだったが、死にたがりというのはそれ以上だろう。流石に少し、聞き逃せない。

 怪訝な顔の幹人に、女性も同じような表情だ。


「あんだよ、マジで知らねえのか? この街のヤツなら大抵知ってんぜ、アイツ、一人で行こうもんなら絶対死ぬだろってアホみたいに難度のバカたけえ依頼を受け続けてんだよ」

「……そうなの?」

「ソーだよ。死にてえんだとしか思えねえだろそんなん。んで、その度きっちり達成して返ってきやがるのもヤベエし、魔物の返り血で髪が染まったまんま、その足でまた同じような高難度依頼受けに冒険者協会に行くっつー姿がな、もう怪談だよ怪談。だから【血染め桜】」


 女性は、畏怖と嫌悪の混ざったような顔で頭を振った。


「強えんだろうさ、だがあんだけ無茶やって生き残ってくるっつーと、もはや気味が悪い。極めつけに大手のギルドやらの誘いも断って、その理由が……いやいや! なんでアタシがテメエらに親切丁寧にこんな事話してやんなきゃなんねえんだよ!」

「知るか、ベラベラ喋っておいて」


 文句を切り捨てた照治に、女性は舌打ち一つしてからビシっと指をさした。


「とにかく! あのイカレ女はヤベエがテメエが強えわけじゃねえからな! 勘違いすんなよ種なしチェリー!」


 彼女はそんな言葉を照治に叩きつけ、そして足早に去っていった。人混みの中を華麗な身のこなしで抜けていく様を見るに、二等冒険者の実力は伊達ではなさそうだ。


「……先輩、なんであの人あんなに先輩に絡んでくるんです?」

「知るか……。くっそ、やっぱムカつくなあの女……」


 塚崎へ吐き捨てように答えた照治の眉間には寄った皺で高い山脈と深い渓谷が出来ている。


「助かった、幹人」


「正しく虎の威を借りちゃっただけだよ。あとでザザにお礼を言おう。……でも、気になる話だったね。そんなに危ない任務ばっか受けてるって。ましてや死にたがり……」

「潰れかけてるお家再興のため、じゃないか? 危険なら報酬も良いだろうからな。死にたがりだなんだっつーのは、あの女の言いざまが大げさなんだろ。悪意があんだよ悪意が」


 照治の予想が妥当な線だろうか。なんとなく引っかかるものを覚えつつも、幹人もひとまずそれで納得をしておく事にした。


「……しかし、あのクソビッチに言い返す言葉は正直ねえんだよなあ」

「兎ちゃん、狩れないからね俺ら……」


 実に情けなく、手痛いところではある。魔法は一応使えるようになったが実戦レベルでなく、まとも戦えるようになるのは早くても一年後。


「……とりあえずお金を稼ごう、照兄。生きていかなきゃ」

「そうだなあ……売りに行くか、アクセやら何やら」


 騙さずに買い取ってくれそうな店はザザに聞いてある。ひとまずの金銭を得るため、どこか重い足取りで幹人たちは商店街を進んだ。

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