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「日暮れギリギリだったな、良かった良かった。幹人、金は持ってるな?」
「うん、ある。スリには遭ってない。照兄は?」
「こっちも無事だ。……メンバーも、全員いるな」
足早にビラレッリ邸の敷地に入りながら、照治は後ろを確認した。幹人も見て、出発時に居たメンバーが欠けていない事を確認する。
三つの太陽は、二つがすっかり地平線の向こうに消えて、残りの一つが辛うじて暮れなずんでいる。
この世界でも夕焼けは赤。大気の層に阻まれながら、最後に残る可視光線の色。
もうすぐ、日が暮れる。
「とりあえず、最低限のミッションは達成だな」
「そうだね、……ほんと、最低限だけど」
ザザ紹介の店でアクセサリー類をいくつか売る事には無事成功、リスク分散として照治と幹人二人で売上金を分けて持ち、こうして無事に全員揃ってビラレッリ邸へと帰ってくる事が出来た。
売上金はそれなりの額になったので、本当に当面だが、一応腹は満たせそうである。
だが結局、継続的な金策案はこれというものが出なかった。
「うーん、引き続き考えるっきゃねえかあ。欲を言やあ、俺たちの強みを活かせる形がベストだよなあ」
「そーだねえ、それなりの知識とまあまあ技術と、リミッター外れ気味の精神が織りなす気持ち悪い実装力をね」
手前味噌だが、とにかく高専生は実装の手が早い。アイディアを実践し、形にする速度が優れているのである。
何か一つ、大きなブレイクスルーがあればこの手詰まりの状況を一気に打破出来る。そんな風に思うのは楽観だろうか――。
「ぶちょおおおおおおお! アメちゃあああああん! みんなあああああ! 帰ってきたなあああ! 大っ変だあああああああああああああああ!」
「なんだなんだ、犬塚の奴」
「イヌちゃんテンションたっけえなあ、えっちなゲームの発売日みたいだ」
広い庭を突っ切って、幹人と同学年同クラス・機械科三年犬塚が駆けてくる。苗字の割に運動不足な彼だが、ずいぶん躍動感に溢れた姿である。
「たい、へっ、な、はっ、はっ、ん、だよ、ほんと……はあ、はあ、……はあ」
「スタッカート効きすぎて何言ってんだかわからんぞ」
「んなこと言ってるべぁあいじゃねえんすよ!」
べぁあいではないらしい。自分の呂律が上手く回っていないことにも、もはや無頓着の犬塚である。
「こっちこっち! こっち来てください! こりゃあもうえらいこっちゃっすよ! 今日から不眠確定!」
「ほお、不眠確定と来たか……! お前が前にそれを言ったのは後に大手通販サイトで星4.7が付いたエロゲーの発売日だけだったなっ」
「これは相当のものだね……!」
全員揃って、また館の方へと駆け出した彼の後を追う。
ネガティブな何かではなさそうだなと予想をしつつ扉をくぐって、館の東端の部屋へ。そこは自由に使えと言ってもらった中で一番だだっ広く、作業をするならここだなという話をしていた場所だ。
魔道具による灯りのついた室内には、残り半数のメンバーが勢揃いしていた。
「帰ってきたな」
「おう、テツ。何やら大フィーバーらし、い、……な」
机を囲むメンバーの中心に居たのは、みんな大好き巌の巨漢、鉢形鉄次郎。彼の前には、見たことのないアイテムが一つ。
そして、それはどうやら動作しているらしく。
その光景を見た瞬間に、幹人の背筋にはピリッと電気の奔った気がした。
「……テツさん、それ」
「ああ。掃除を進めていたら発見された」
「それ、あの……」
うまく言葉が出てこない。ごくりとつばを飲み込んで、その音がいやに部屋へ響いたのがわかった。
震える声で、幹人はなんとか問う。
「……まず、さ、それ、キーボード、だよね?」
「そうだ。結局、変わらないんだろう。人間が使うならこういう形、インターフェイスは」
鉢形の前、机の上に置かれている物体は長方形の平たい板。
その上にはたくさんの丸いスイッチ、否、キー。ひとつひとつの上には、なんらかの文字らしきものが記されている。
「で、キューブ型部品、と……」
机の上にあるのは、キーボードだけではない。どんな魔道具の中にも必ず存在するいくつかの部品の一つ、黒いキューブも置かれていて。
「繋がって、る? ……繋げられる?」
キーボードの側面から伸びた紐が、キューブに空いた穴へ挿し込まれている。
「ああ。そして、キーボードに火を入れると」
カチっと、鉢形がキーボード側面にあったらしいボタンを押し込んで、幹人は照治たちと共に思わず息を呑んだ。
白い、四角い膜のようなもの。表面には文字がずらずらと描かれている。
そんなものが突然、キーボードの上・前方に現れた。
宙に浮いた、像が写っているのに厚みの感じないその姿は、言ってしまえばSFなどでお馴染みのものに見え、その名が口をついて出やった。
「空中投影ディスプレイ……! 空中投影ディスプレイじゃないか……!」
「こんなにくっきり、全然、ちらつきもねえ……! ……ああそうかっ、星命魔法か!? 細かく制御すりゃこういう事だって……いやしかし、こんな解像度……?」
幹人に続けた照治の声は、やはり驚きに揺れている。
空中投影ディスプレイは地球でも研究の進められている分野ではあるが、まだまだ民生品用の技術としては確立されていない。
少なくとも今目の前にある機器のように、普通のディスプレイと同等以上の解像度、安定性で映像を映せるものは存在しないだろう。
「ていうか、いや、それだけでもすさまじく興味深いんだけど……」
そう、今、最も話題に上げなければいけないのはそれではない。それによって映しだされているものの方である。
ずらりずらりと並んだ、文字の羅列。何かの規則性も見られるそれは、おそらく。
「テツ、おい、これは……なあ」
「ああ、そうだ部長。おそらく、内部プログラムのソースコードだ」
ドン、と音がなる。
照治がその長い背を折り曲げて、床に尻もちをついていた。
しかし誰も、それに驚かない。それくらいの衝撃が、告げられた言葉にはあったから。
「俺たちが出来たのは、ここまでだ」
そして鉢形は、こちらを見ながらそう言った。
「ここから先は、専門家に任せたい」
正確には、こちらにいる、長い前髪で瞳を隠した一人の女性を見てそう言った。
「みぃちゃん先輩……」
ふらりふらりと、その人は件の魔道具の下へ歩み寄る。周りにいた鉢形たちは彼女のためにスペースを空けた。その自然な姿に、三峰魅依への技術者としての信頼が透ける。
「みぃちゃん先輩、あの、……ソースコードに、アクセス出来るっていうのはさ」
じぃっと画面を見始めた魅依に、幹人は声をかける。
どんな処理をさせ、どんな計算をさせ、どんな動きをさせるか、その内容が記された文字の連なり。命令文書。
それがソースコードである。
そこにアクセスが出来るというのは。
「こっちで、中身を書き換えたりして、プログラムが、作れるかもってこと……? 魔道具を動かすためのプログラムが……。それは、それが出来る道具……?」
そんな道具が、つまり開発機があるかもしれないとは予想されていた。魔道具の中には単純な動作をするだけでなく、状況等に応じて動きがきちんと制御されているものがあったからだ。
例えば一番最初に見つけた、物を引き寄せる引き寄せ器。引き寄せたものが自身の先端に当たる前に、引き寄せる勢いを減らして衝撃を小さくしている。さらに後々色々試してみたところ、引き寄せる対象物がある一定以上の大きさを持っていた場合、引き寄せる力がまったく発生しないという特性もあった。
これは対象物との距離やその状態を読み取り、それに応じて動作を変化させなければならないので、そのやり方を記したプログラムが中に書き込まれている仕組みであってもおかしくはない。
よって、逆に言えばそれを書き込んだり書き換えたりする道具だってある可能性が考えられていたのだ。
ある意味で、自分たちが最も欲していたものの内の一つ。
「……うん。そ、そうだと思うん、だけど、それが簡単な話では、なくて……。いろいろ、その、体当たりで理解しなきゃ、いけないから。OSのことも、魔道具の仕様も、なにより、こっちのプログラムの、ソースコードの、書き方」
「あー……そうだ、そうだよね」
確かにそうだ、まったく簡単な話ではない。
教えてくれる誰かはいない。仕様書や解説書だってない。そもそも、同じような文化を下敷きにした人間が作ったわけでもなく、こちらからすれば突拍子のない思想で作られている可能性もある。
少なくとも、そこまでソフトウェア関係に強いわけではない自分にはまったくのお手上げな気もする。
脳天気に浮かれるのは、少々子供じみた不見識だったろうか――。
「……で、でも、だ、大丈夫!」
少し肩を落としたこちらに、いつもうつむきがちなその人は、顔を上げてまっすぐに強い瞳で言った。
「……絶対、使えるように、するから! 任せて!」
前髪の奥、形の良い瞳が放つ光に一瞬呼吸が止まる。
彼女の強い言葉に篭もるのは、専門家としてのプライドか。
「……みぃちゃん先輩がそう言うと、なんだかあっさりいけそうな気さえするよ」
三峰魅依。
大山高専情報科四年。人とのコミュニケーションの苦手な、奥手で内気な十九歳。
「が、頑張ります! 今まで、役に立てなかった、し……!」
「いやあ、俺は命を救われてるけどね」
そう言ったものの、彼女の言う事はわかる。思えば、ずいぶん窮屈だったろう。
幹人は個人として助けてもらったが、この世界に来てからこれまで、彼女の手腕が振るえる状況は訪れてこなかった。
「あ、えと、あれはその、無我夢中というか……で、でも、今度はもっとちゃんと!」
だが、ようやくだ。
「うん。本領発揮だね」
天才という言葉を軽々しく使いたくはないが、使わなければ言い表しようがない人間というのは、確かにこの世に存在する。
彼女は、その内の一人。
ソフトウェア関連で言えば、大山高専開校以来のどこに出しても間違いなく誇らしい完全に極まった天才(ギフテッド)。
それが三峰魅依であり、そしてようやく、そんな彼女の出番が来たのである。
「……やってやる。やってやれる。なあ、やっとだよ」
「照兄」
床に座ったまま、照治は口の端に笑みを浮かべている。本当に、楽しそうな笑みを。
「中途半端にしかいじれねえ謎アイテム……すげえ魔力も咲だけで……。なんもねえと思った、なんか、異世界にきて、そうだ、やってやれるんだって、そういうの」
これまでの閉塞感を恨むような彼の言葉は、しかし後ろを向いていない輝きがあった。
「あるじゃねえか、あったんじゃねえか、……揃ったんじゃねえか、なあ、これで」
こっからは、俺たちのターンだろ。
呟かれた言葉の熱は、この世界にきて一番の温度を宿していた。
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