五章 本領発揮だね

「結構、人いるんだねー」

「人口はどのくらい、だろう、ね、この街」


 ガヤガヤと、周囲に満ちる喧騒はかなりの密度だ。お盆と大晦日の有明並みとは言わないが、ぼうっとしていれば簡単に人にぶつかるレベルだろう。

 魔法をザザから教わって、翌日である。今日は何人かのメンバーで街を散策に来ている。幹人の隣を歩くのは魅依だ。


 彼女と会話をしながら歩く幹人の眼には、異世界の町並みが映る。建造物を作る煉瓦の赤が青空の下で美しく映え、行き交う人々の多様な服装と髪色がそこに混沌さを加えている。

 ここは街の北西部から中央部へ伸びるように位置する、街人向けの商店街のような場所だ。

 商店街と言っても日本のそれとはずいぶん趣きは異なり、煉瓦作りのものから骨組みとほろ布だけで出来たような簡素なもの、路上に敷物一枚広げただけのものまで、店舗のスタイルは多種多様である。


「なにかヒント、見つかればいいんだけど」

「う、うん……」


 生活費を稼ぐ方法探し。街をブラつきに来たのはそのためである。

 十二人のメンバーのうち、一緒に来ているのは半数。あとの半数はザザの屋敷に残って掃除なり魔道具いじりなりに精を出している。


「あ、お兄ちゃん、焼き鳥みたいなのが売ってる!」


 魅依とは反対隣の咲が、そう言って指をさす。


「おお、ほんとだ」


 どうやらこの世界、少なくともこの街の人々の生活というのはささやかな魔法を主軸に回っているようだった。焼き鳥屋も、自分で炎を起こして焼いている。

 文化レベルとしては第一次産業革命を迎える前の欧州くらいだろうか。そこに、ものを動かしたり火を起こしたり、その他さまざまな場面で使える便利な力として魔法が根付いている形だ。


「あれは、ええっと、一本十五バイストです!」

「お、もう数字覚えたんだな、えらいえらい」

「んふふ、でしょー!」


 頭を撫でると妹はご満悦の表情を浮かべた。

 この世界の文字について、取り急ぎ数字だけはザザに教えてもらってある。バイストはお金の単位だ。


「でも、あれだ、ね。この世界も、十進数、なんだね」

「その点は本当、幸運に感謝したいね。違ってたら混乱してたよ、絶対」


 進数とは、一つの桁に数字をいくつ使うかという概念である。十進数であれば、0から9まで計十個の数字で一つの桁が数えられ、それを超えると桁が上がって10となる。

 当たり前のように思えるが、コンピューターの中では二進数という一桁が0と1だけで構成され、それを過ぎるとすぐに桁が上がるものを使っており、もっと身近なところでは秒や分は、0から59を過ぎると桁が上がって1となるため六十進数である。

 異世界が十進数ではない進数を使用していても、何もおかしくはないのだ。


「指の数が十だから十進数が基本になったんだ説ってやっぱり正しいのかな」

「う、うん。かもね。おかげで、計算には困らなくて。……ん、あ、みき君、だったら、計算代行とか、どうでしょうか?」

「おー、計算代行!」


 魅依のそのアイデアは、それらしいワードである。


「この世界の人の計算レベルがどれくらいなのかにもよるけど、ありかもね。例えば英語圏じゃ九九が完全じゃない人も多いって言うし」

「海外だと、日本ほど素早く、暗算が出来る人ばかりじゃない、とは、聞くよね。ほんとかどうか、わからないけど。だから、買い物に付いて行って、暗算する、とか、お店に所属して、お金の計算をする、とか、何かの試算をする、とか」


「んー、いいかも! ……いや、でもさ、そういう特にお金にまつわる話、身分証明も出来ない怪しい連中に任せるかな?」

「あ……そ、そうだね」


 なかなか手痛いところだろう。金勘定を任せられるには信用が必要なはずだ。

 頑張ってみる価値はありそうだが、十二人が生活出来るほどのお金を稼げるようになるまでかなりの時間が掛かる気がする。


「お兄ちゃん、異世界に来てお金儲けと言ったら、なにかを作って売るのが良いんですよ。異世界にないものを」

「お、そうなのか?」

「妹は本で読みましたので。クラスで流行ってるんです」


 得意気に言った咲のアイディアは実に真っ当そうである。


「たとえばー、なんかー、そのー、マヨネーズとか定番」

「………………………………マヨネーズ? なんで?」

「なんかー、えっと、わかんないけど! 異世界にないから珍しいんじゃない?」

「そっか。……ないのかな、この世界は、どうだろう。マヨネーズかあ」


 どうやって作るんだったっけか。正直、よく知らない。

 歩きながらの幹人の眼に、露天で売られているじゃがいもに似た食べ物が目に映る。そこには白いソースのようなものが掛けられており、例えばあれはマヨネーズだったりしないのだろうか。


「卵と、油と、……あと、なんだっけ? ……ちょっと、恥ずかしい」


 魅依もそう言って首をひねる。


「ここは知ってそうな人に聞こう、塚崎さーん!」

「……私? なに、雨ヶ谷くん」


 いつもテンションが少しダウナーなギャルファッション女子、化学科三年の塚崎は料理上手でも知られている。曰く、料理は化学の塊らしい。


「マヨネーズってどう作るの? あれどうなってんの?」

「マヨネーズ? 油と酢を卵で繋ぐのよ。油性の油と水溶性の酢は仲悪いけど、乳化剤、卵であれば卵黄のレシチンていう成分が両方に良い顔するから橋渡しをしてくれるの。そんで混ざるようになる」

「な、なるほど……そういう構造、だったんだ」


 さらりと噛み砕いた説明が降ってくるあたり、さすがは化学専門の人間である。魅依が納得の声を上げて頷く隣、咲と揃って拍手する。


「作って売るって事?」

「うん、なんかうちの妹曰く、異世界ものの定番なんだって」

「へえ、そうなんだ。……でも有用な調味料だからもうあるかも。なんにでも相性のいいマイルドな味と、酢の殺菌作用による保存力を併せ持ってるから。作り方だってただ順番を守って撹拌するだけだし」


 そう言われればそうである。日本でも定番中の定番調味料だ、ないという可能性の方が薄い気もしてきた。


「その撹拌が大変だから電動調理器具が出るまであんまり地球でも流行らなかったんだけど、こっちには魔法も魔道具もあるから……あっ、ごめん咲ちゃん、ここにないものを作って売るっていうのはすごく良いアイディアだとは思うんだけど」

「いえ、本に出てきたな~って思って言っちゃっただけですので! でも、そーですよね、ありそ~ですよね、もう」


 むむむむ、と咲は考えこむ。他に何か出てこなかったか本の内容を思い出しているのだろう。


「よし、ちょっとお店に売っているものを覗いてきます!」


 そのままテテテテッと軽やかな足取りで並ぶ店先を冷やかしに行ってしまった。はぐれないよう、視界にだけは必ず収めておくように注意したい。


「作って売る系の欠点としては元手が要るって事だよなあ。それから安定的な材料の仕入れルート」

「やるなら、私たち、大所帯だから、それなりの規模で展開は、したい、よね。塚崎さんは、なにか良い案、とか、ある?」

「ん、そうですね……」


 魅依の問いに少し考えて、しかし残念そうに塚崎はそう言って首を振った。


「私たちの知ってるすごく便利なものって、作るために必要な素材がまず、天然のものじゃないケースが多いのね……、改めて考えてみると」

「そうなんだよなあ……だから、かなり大掛かりでないと。人も物も、時間も」


 三人揃って、なんとなくため息を吐く。なかなか現実は辛いものがある。


「でも売れそうなものを考えておくのは良い事だと思うわ。横倉先輩なんかね、ずっと言ってるわよ、地図作りたい地図作りたいって」


 暗くなった空気を払うように塚崎がそう言って話を継いだ。横倉とは建築科五年に所属する女子学生だ。


「あー、横倉先輩、建築科だもんね……いや、建築科って地図関係あるのか?」

「測量実習とかはあるらしいわよ。あと伯父さんの家が土木事務所なんだって」

「へーえ、なるほど。俺たちの世界くらいの精確な地図がこっちで作れたら確かに売れそうだ。……でも、よく知らないけど測量器具? が必要だよね?」

「言ってる、『作ってくれないかなー作ってくれないかなー』って」


 その言葉に、魅依が残念そうな顔をする。


「作りたい、ね、……でも測距とか、測角……やっぱり、魔道具の、内部プログラムを、いじれない問題に、当たっちゃう……魔力にも、電流に対する電磁波、みたいな、魔力波が存在しそうだし、それを利用すれば、作れそうな気がするんだけど……」

「そうなんだよねー……ま、とりあえず、当面のお金に関しては」

「私たちの手持ちのアクセサリやらを切り売りする、と。それなりに持ってて良かったわ」


 指輪やらネックレスやらの光物は、一応それなりに売れるんじゃないかと予想が立っている。幹人もいくつか持っているキーホルダーを売りに出すつもりである。


「なるべく高値がつけばいいなー」

「そうね。でもあんまり付き過ぎても困るのかしら、狙われる?」

「そっか、ほどほどが良いのかも――」


「おいおいおいヘニャチン野郎じゃねえかおーい! どうだい調子は!? ええ!?」


「……チッ」


 その突然響いた声に、幹人たちの前を歩いていた照治が忌々しげに舌打ちする。

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